2007-08-12

夏の終わり

9回表。1点リード。
投手にとっては、しびれるほどに願ってもない場面。
マウンドには、地区大会とはうって変わって、最速143km/hと球威はあるがノーコン、というある意味本来の姿を取り戻していた対馬。
勝利は間違いない、と信じたい思いと同時に、タダでは終わらないな、という予感もまた、回の最初からあった。
こういう時の予感というのは、大概悪い方向に運ぶものらしい。
希望的観測には、そうであってほしいという願望がかなり多めに混ざっている。その上で悪い予感を持つような場合は、悪いほうに運ぶ可能性が相当高いことを直覚している場合、なのかもしれない。
 
2回、5回と何れも2死からの連打で得点を奪い、再三のピンチも持ち前の堅い守備で切り抜け。
8回までの駒大苫小牧は、持ち味を存分に発揮していた。
春の選抜で8強に進んだ伝統高・広陵もまた。互いに投手の好投を好守で支え、僅差の緊迫感ある展開で試合が進んでいった。
安打数も拮抗していたが、ラッキーな内野安打やポテンヒットが多かったのは広陵。内容は、点差の通り僅かに駒苫優位で運んでいた。
それでも、嫌な予感が消えなかった理由。昨年までの駒苫には感じなかった不安が、消えなかった理由。
それは、随所に見え隠れするこのチームの経験不足だった。
 
このチームは、昨秋の選抜に繋がる全道大会に出場していない。出来なかった。
その前段の室蘭支部予選で、毎年甲子園出場を争う強豪・北海道栄にコールド負けを喫してしまったのだ。
決勝まで進んだ先輩チームの影響で始動が遅れ、甲子園で負傷したエース候補・対馬を欠き。さらに甲子園の心労から胃を壊した香田監督が入院し合流が遅れる。悪い材料が重なった結果とはいえ、その代償は重くチームにのしかかった。
実戦経験不足。
いくらノックをしようと、いくらシート打撃をやろうと、野球には実戦でしか生まれ得ないシチュエーションが無数にある。
対外試合が禁止される冬場。駒苫は、氷点下のグラウンドで紅白戦を繰り返していた。
そこまでして欲しかった実戦訓練。だが、試練は続いた。
特待生問題。春の全道には、控えメンバーで挑まざるを得なかった。
結果として控えメンバーですら優勝し、レベルアップを実証したものの。「本来のスタメン」たる選手たちは、負けたら終わりの緊張感の中での試合は、夏まで経験出来ずに終わってしまった。
一戦毎に仕上がりを増し、南北海道大会の決勝では完成したかに見えたチームだったが。選抜8強の広陵と比べれば、やはり粗さが目立っていた。
 
初回から先発・片山は先頭を含む2つの死球。送りバント失敗でのゲッツー。三遊間を抜ける当たりを抑えたファインプレーから、送球を一塁手が捕球ミス。ショート後ろへのフライに3者お見合い。
細かな、だが確実に決めるべきシーンでの基礎的ミスが序盤から積み重なる。
5回にはゲッツーコースでの悪送球が失点に繋がり、6回はバントの構えの打者を四球で歩かせまた失点。
回を追う毎に球威を増すエース・野村と共に、堅実な守備・シュアなバッティングで隙を狙う広陵ナインとは対照的だった。
レベルの高い選抜の舞台を3試合経験したチームとの差が、徐々に表れはじめていた。
 
9回。先頭バッターを追い込みながら、対馬の決め球のストレートは抜け気味に真ん中に入ってしまう。
センター前ヒット。同点のランナー。動揺を隠せない。目が泳ぐ。
悪い癖が出てるなあ、と思う間もなく。
ボーク。
微妙な判定ではあったが、中途半端な牽制動作だったのは確かだ。
すぐに香田監督が交代を告げる。彼には珍しい非情采配だ。「次」を考えるなら、続投のほうがいいに決まっている。この緊迫した場面で、しかもミスを挽回するチャンスすら与えず代えてしまえば、本来のエース・対馬が負う傷は極めて深い。「次」を考えている余裕がない、「次」より「今」を重視しなければ「次」はない、という判断だろう。
一面では正しい。だが、一面では間違っていた。異様な事態に、投手だけでなくグラウンド全体に緊張が蔓延していた。
代わったピッチャーは、久田。春の全道でエースナンバーを背負い、急成長した選手。
代わった2球目。パスボール。この緊迫した場面で急遽交代では無理もないが、無死一塁はミスによる自滅だけで無死三塁になってしまった。
しかも、迎えた打順はクリーンアップ。外野フライでも同点。
それでも、4番5番を立て続けに伸びのあるストレートで内野フライと理想的な形で打ち取った久田は立派だった。並の投手ならガタガタ崩れてもおかしくない場面。見事な集中力だった。
あと一人。バッターは死球による負傷交代で出た控え選手。広陵ベンチでは泣き出した選手もいる。
しかし、掴みかけた勝利は、ちょっとした運でするりと逃げてしまう。
詰まらせ打ち取ったゴロは、高く弾みながら三遊間の真ん中へ。ショート本多のグラブを霞め、レフト前に転がっていった。
同点。
しかし、まだ同点なのだ。
落ち着いて回を終えれば、まだ。裏も延長もある。
落ち着いて。いつものとおりに。
しかし、その「いつも」の経験が。このチームには足りなかった。
試合を通じ繰り返されたミスが、最後に勝負を左右した。
ボテボテのセカンドゴロ。セカンドは名手小鹿。しかもファーストにランナーがいるから振り向いて一塁に投げる必要もない。
簡単な場面で、だからこそだろう。焦った。グラブにボールが収まらず、アウトが取れない。
三塁ランナーが飛び出す。ホームへ送る。そこまでは非常に素早く良い判断が出来るのだが。
再三好牽制を見せていた幸坂が、この場面で、三塁に渡すだけでアウトが取れるこの簡単な場面で、悪送球。
勝ち越しの2点は、あまりに重かった。
 
5つの失点には、全てミスが絡んでいた。
ミスしたほうが負ける、という甲子園格言を地でいくような結果だった。
もし、選抜にも出ていたら。
もし、特待生問題がなかったら。
もし、甲子園で2戦ほど戦った後で、今日のカードであったら。
もしを言い出せばキリがないが。「もし」はわかりきっていたことで、それを乗り越えるため努力を重ねた結果が甲子園出場でもある。
過去3年は、その努力に多少の運が重なった。今年は、なかった。それだけのことなのだ。
気持ちのいい連打と。3投手の力投と。随所の好守と。「らしさ」は存分に見せてくれた。
それで、十分だ。
 
今年も、熱い夏だった。
最近よりはちょっとだけ短かった、と。それだけのことさ。
また、夏は来る。勝っても負けても、これからまだまだ、夏は来る。
胸張って帰ってこい。でないとらしくないぞ。
後ろばっかり見てたら、また逆転されちまうぞ。

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