<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957</id><updated>2012-02-17T05:45:35.364+09:00</updated><category term='サッカー'/><category term='創作系妄想'/><category term='面白スパム'/><category term='社会問題'/><category term='写真'/><category term='環境'/><category term='スポーツ'/><category term='映画'/><category term='野球'/><category term='警句'/><category term='テーマページ'/><category term='魔法のiらんど'/><category term='旅行記'/><category term='季節感'/><category term='日常雑感'/><category term='文学'/><category term='音楽'/><category term='ネット放言'/><category term='思想的雑念'/><category term='八百屋'/><category term='食べ物'/><title type='text'>雑念の置場 [三治blog]</title><subtitle type='html'>日常生活の中で吐き出しきれないモヤモヤを、ぽつぽつと書き綴るブログです。</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><link rel='next' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default?start-index=101&amp;max-results=100'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>273</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-2792157632318454407</id><published>2010-03-08T00:49:00.006+09:00</published><updated>2010-03-08T01:43:40.582+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>ウェブログの価値と意義</title><content type='html'>こんな時間まで仕事をしているのである。&lt;br /&gt;今頃は、前職では一年で最ものんびりできる季節だったのだが。今の仕事ではそうはいかない。&lt;br /&gt;夏は夏で出張三昧だが、冬は冬で、休みも休めず働かなくてはならない。&lt;br /&gt;それでもなんとか、今日で一山片付いたようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このブログは、開店休業状態でほとんど放置してはいるが。忙しい時期の私にとってはかけがえのないものになる。&lt;br /&gt;忙しい時、闇雲にならなければならない時。人は、いとも簡単に自分を見失う。&lt;br /&gt;今よりずっと余裕があった1年半で、ゆっくり自分の人生を振り返りながら書いていたこのブログは、私が自己を見失わないために必要なものになっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自信満々で生きているように、人には見えるらしい。&lt;br /&gt;とんでもない。&lt;br /&gt;自信がないから、下手くそな論理で武装し虚勢を張るのだ。&lt;br /&gt;よく吠えるのは、弱い犬。&lt;br /&gt;吠え方にまで気をつける犬は、よほど弱い犬なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このブログでの私は、吠えているようで、私から見れば吠えていない。&lt;br /&gt;私に弱気を隠そうとしたって、私にはお見通しである。当たり前だが。&lt;br /&gt;ここが弱い。ここを気をつけないといけない。誰も言ってくれない部分は、私はここに来れば見つけることが出来る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余裕がある時も、無い時も、また少しずつでも書いておいたほうがいいかな、と。&lt;br /&gt;思うようになったのである。&lt;br /&gt;ほとんど更新もしていないのに、昔の記事を読みに来る人は来てくれている。&lt;br /&gt;私の虚勢を面白がってくれる人も、少ないけれども確かにいる。&lt;br /&gt;それも、社会に翻弄されころころと雪ダルマのように責任が重くなりはじめ、日々誤解や疑念を生む性質の文章を書かされる私には、少なからず励ましになっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ロジックにとりつかれた仕事をして、仕事として文章を書き続けなければならない私が。&lt;br /&gt;いったいどこまで、散文を書けるんだろう。&lt;br /&gt;クリエイティブな私は、私の中でまだ眠っているんだろうか。&lt;br /&gt;伝えるべきことを伝えることが、できるんだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;書きたい文章を書けない、書けるが書きたくもない文章をひたすら、wordで週200枚も300枚も書き続けなければならない日々の中で、昔の志も、少しづつだけ頭をもたげ始めているようである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;所詮はブログである。&lt;br /&gt;誰に見せるでも無いが、誰にでも見えるのがいいところ。&lt;br /&gt;たまに、書いてみようかな、と。今はそう思っている。&lt;br /&gt;気が変わりやすい私のことなので、明日には忘れているかもしれないが。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' 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width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-492250782667844945?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/492250782667844945/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=492250782667844945' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/492250782667844945'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/492250782667844945'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2010/01/blog-post.html' title='俺様の正しさは、いつか歴史が証明する'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' 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/&gt;漫画だけではない。新聞でも小説でも論文でもインターネットでもテレビでも何でも、何かを観たり読んだりしている時の私は、さながら小学生のようである。いや、小学生の頃はもっとひどかった。これでもだいぶマシになってはいるのだが、それでもまだそのへんの小学生よりはひどいのではないかと思う。&lt;br /&gt;心、ここにあらず。集中しきって、全く周りの事柄がわからなくなるのである。&lt;br /&gt;話かけられても聞こえない。飯の最中でも食べるのを忘れている。ひどい時だと、味噌汁にどぼどぼと醤油を注いでいたりしても、気付かない。&lt;br /&gt;感情移入という言葉があるが、そんな生易しいものではない。&lt;br /&gt;あえて無い言葉でもって表現しようとするなら、「離脳」である。&lt;br /&gt;後頭部の後ろあたりに、脳が自分で描き出した夢幻の世界に、脳みそ自身でぷかぷか浮いていってしまい、もやもやと漂っているかのような。そんな感覚である。&lt;br /&gt;その世界では、目や耳の五感すら遠い。一旦肉体を介した後で、間接的に「後ろの世界」にいる脳まで伝わってくるかのような。そんな感覚である。&lt;br /&gt;そこから戻って来る時を表現した、我に返る、という言葉もある。これは割に近い。だが、やはり感情移入のレベルの人の用いる語ではなかろうか、とも思う。&lt;br /&gt;私のぷかぷか浮かんだ脳みそは、そんなに簡単に現実の肉体には戻れない。少し、酔う。&lt;br /&gt;浮いた後、遠く奥深い所まで沈んでしまう時もあって、そういう時は軽い目眩すら覚える。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;昼休み。車の中で1人パンを齧りながら、漫画を読んでいたのである。&lt;br /&gt;昨日までの大雪と強風が嘘のように、2月の終わりの日差しは暖かく。エンジンもかけずひとりぬくぬくと読み耽っていたのである。&lt;br /&gt;それが、よくなかった。ふと時計を見ることを思い出した時には、既に1時を回っていた。出先からの帰りだったので時間の縛りは無かったのだが、少し驚いた。&lt;br /&gt;外に出た。社用車は最近、車内禁煙になったからである。&lt;br /&gt;ぱっと日の光に照らされる。厚く降り積もった雪からの照り返しも加わって、一瞬世界が白くなった。&lt;br /&gt;そのまま、貧血のようにぐらぐらと目眩を起こしてしゃがみこんだ。立てない。&lt;br /&gt;心臓に手を当てる。動いていた。よかった、大丈夫だ。そう思ったら、少しずつ世界は暗く落ち着いてきた。&lt;br /&gt;2本続けざまにタバコをふかしても、まだ足が浮いているような気持ち悪さが残った。&lt;br /&gt;丁度、船や飛行機に長時間乗って陸に降りた時のような。文字通り、地に足つかないのである。&lt;br /&gt;次第に不安になる。私は、今、生きているのだろうか。&lt;br /&gt;私は、この世界に存在するのだろうか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;いい加減4時間経って、浮遊感は無くなった今でも、不快感だけはねっとりと残っている。&lt;br /&gt;生きているんだかいないんだかすら、よくわからない。&lt;br /&gt;我思う故に我あり？懐疑論で自己の存在を証明できるなんて、嘘じゃないだろうか。デカルトが単純すぎるだけじゃないのか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8268286355195310431?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8268286355195310431/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8268286355195310431' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8268286355195310431'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8268286355195310431'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2008/02/blog-post.html' title='離脳の憂鬱'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-4629647337018487838</id><published>2008-01-30T17:05:00.000+09:00</published><updated>2008-01-30T17:04:18.678+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>謹んで、新年のお慶びが遅れましたことを深くお詫びします。</title><content type='html'>&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/R52H-5Ydw-I/AAAAAAAAAg4/BiJ6niEUmwA/s1600-h/20080117094954.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/R52H-5Ydw-I/AAAAAAAAAg4/BiJ6niEUmwA/s320/20080117094954.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5160430262661530594" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;あけましておめでとうございます。&lt;br /&gt;１月も３０日になってからおめでとうもないもんですが、何はともあれ今年もよろしくお願い致します。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;随分更新をサボりました。&lt;br /&gt;もともと、書きたいことがなかったら無理して書かない、をモットーに運営してきたブログですので、実は「サボった」なんて罪悪感を感じているかのような書きぶりも多少偽善くさいんではありますが、相も変わらず書きたいことが別に無い状況が続いておりますので、そんな戯言を書き綴ることもご容赦願いたく思います。&lt;br /&gt;書きたいことがない。実に、書きたいことがありません。いい加減始めて１年半以上経つブログですが、ここまで書きたいことが無い状況が長く続いたのも初めてでありました。&lt;br /&gt;そもそも、始めた年に何回か書いたように思いますが、私が「書く理由」は「書きたいから」ということしかありません。全くの趣味の世界であり、何らかの感受性が働かなければならないものでもあります。&lt;br /&gt;突き動かされるようなことが、無いんですね。&lt;br /&gt;それでもカネでももらえるなら無理してでも書くのでしょうが、カネをもらった瞬間から好きなことは書けなくなることは目に見えていますので、もらうつもりも無く、またもらえるほどクオリティに自信を持てるわけでも無く、もっと言えばもらえるクオリティに磨き上げようという気力ももともと無ければ今は尚更無いわけです。&lt;br /&gt;そんなこんなでしばらく得意の放置をかましていたわけですが、一つ問題が発生しました。&lt;br /&gt;このブログの更新情報をお届けしている「めるまが三治」の運営母体、メルモから、さっさとメルマガ出さんかい、出さんと利用登録を抹消するぞと。それはもうものすごい剣幕で脅しのメールが来るわけです。きっちり２週に１度。その更新期限が明日あたりらしいのです。&lt;br /&gt;再度登録するのは面倒だし、今登録してくれている人が何人いるかはわかりませんが、そういう人に再度の登録を呼びかけるのも至極面倒です。&lt;br /&gt;登録する人だって面倒でしょう。こんな雑文ブログの更新情報が欲しいと言う変わった人の気持ちが私にはイマイチわかりかねるのですが、自分で提供したサービスを運営している者としての責任意識みたいなものは微かにはあるわけです。&lt;br /&gt;いないとは思いますが、更新を心待ちにしていらっしゃる方には、申し訳ありませんと言うほかありません。一番心待ちにしているのはメルモだろとは思いますが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;こんな下らないチラシの裏を書いていても仕方が無いので、さらにもっと下らないチラシの裏を書いてみようかと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;常日頃、私は今のマスメディア、特に無責任な報道を繰り返すテレビ局に絶望をしております。&lt;br /&gt;テレビなんてものは、近所の口やかましいおばちゃんみたいなもんで、その内容には一部たりともそのままの真実は無い、そう心して見るべきものと思っています。&lt;br /&gt;と言いつつ、下らないものが好きな私はお笑い番組が大好きなので、ついダラダラとテレビの前から動かないわけで、特に大好物ばかり並ぶお正月なんていうと、下手すると１日12時間ぐらいテレビばっかり見ていたりするわけです。&lt;br /&gt;下らない番組と言えど、やはり許し難いテレビ局の欺瞞体質というのは散見されるものであります。&lt;br /&gt;その日も、我が家のテレビの前で一人、血管を浮き立たせ怒り狂っていたわけです。&lt;br /&gt;１月の３日ぐらいでした。結構深い時間だったように思います。テレビ朝日の系列だったと思います。ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか、近未来の先進技術特集みたいな番組で、某不細工がウリの男女漫才コンビが案内役をつとめておりました。&lt;br /&gt;途中までは、非常に興味深く拝見しておりました。石膏粉を使った３次元コピー機や、揚力だけで浮いて突っ走る列車に、子供のように我を忘れて見入っていたわけです。&lt;br /&gt;しかし。乗り物編の第一位。これが、良くなかった。良くないどころか一瞬にしてふざけるなとブチ切れた私は、危うくテレビ朝日宛に苦情のメールを送りかけたました。&lt;br /&gt;タイトルだけでおわかりになる方はおわかりになるでしょう。&lt;br /&gt;その一位は、こんなものだったのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「自家用ＵＦＯ」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ＵＦＯ。Unidentified Flying Object、日本語で言えば未確認飛行物体の略語です。&lt;br /&gt;元は米国空軍の用語で、レーダーに映った正体不明の飛行物体をこう呼びます。国籍不明の飛行機やミサイルなどである可能性があるため、スクランブル発進の対象となります。&lt;br /&gt;そうした飛行物体の中に、現在の人知の及ばぬ不可思議な動きをしたり、ものすごく速かったり、消えたり、そういう謎の物体がある、と言う噂が立ち、それをオカルトマニアが「宇宙人の仕業かも」と触れ回り、そうした面のみが日本に伝わって、この国で一般的な「ＵＦＯ」の概念となっているわけです。&lt;br /&gt;が、あくまでＵＦＯはＵＦＯ。何なのか得体がしれないからＵＦＯでしょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「自家用」とは、これいかに。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;自家用ということは言うまでもなく、購入者自ら操縦するということです。&lt;br /&gt;ということは、どう操作すればどうなる、ということを理解していなければなりません。&lt;br /&gt;もちろん作る人間がいるのですから、その構造・原理全て明らかになっているでしょう。&lt;br /&gt;どこが未確認なのかと。確認できないものがあるものを製造し操縦できるのかと。&lt;br /&gt;そんなもんはＵＦＯじゃありません。「確認飛行物体」です。英訳するのが面倒なので、しませんが。&lt;br /&gt;もう、タイトル聞いただけで憤慨しましたね。その瞬間に携帯でテレビ朝日の苦情先をググろうとしたぐらいです。&lt;br /&gt;さらに。ＣＭ明けに姿を現した、その確認飛行物体。&lt;br /&gt;もう、あまりに想像通りで。これまた怒りを湧き立たせるに十分でした。&lt;br /&gt;例の、誰もがＵＦＯと聞いて最初に思い浮かべるであろうアダムスキー型の物体に、とりあえず何だか人が乗って、ふわふわ浮いているわけですが。&lt;br /&gt;物体の下の芝生が、びゅうびゅうと上からの風で煽られています。&lt;br /&gt;どう考えたって、人が乗っている真下あたりに強力で大型のプロペラがついて、丁度ヘリコプターのプロペラを物体下部に付けたような格好にして浮いているに違いありません。&lt;br /&gt;あまりに、陳腐。その原理は、はるか昔１６世紀にレオナルド・ダ・ヴィンチが発想したものと同じものです。もっと言えば、勇気一つを友にして天まで高く空遠く旅立ったイカロスの翼とて、原理として大きく違うものではないではありませんか。&lt;br /&gt;ダ・ヴィンチ以来かれこれ４００年以上の歳月を経て、とっくに実用化されている技術の応用で、未確認飛行物体とは。その厚顔無恥には恐れ入るばかりです。&lt;br /&gt;そもそも形が気に入りません。アダムスキー型ならＵＦＯと呼んでもいいかのような勘違いをしているのではないでしょうか。&lt;br /&gt;目撃が報告されている中で、アダムスキー型というのは圧倒的な少数派です。その特徴的な、いかにも怪しげな原理で飛ぶ構造を持っていそうなフォルムでもって、バイキンマンすら愛用するところであるアダムスキー型ですが。かれこれ２５年前、私が星空や宇宙に夢中な幼稚園児だった頃の参考資料を記憶だけを頼りに思い出しても、ＵＦＯには円盤型やら葉巻型やら様々な形式が報告されていたはずです。&lt;br /&gt;よりにもよって、アダムスキー。しかも送風原理で飛ぶ、と。宇宙からはどうやっても飛んでこれないし、また飛んでいくことも出来ようがない、あまりに陳腐でバカバカしいおもちゃでしかない確認飛行物体。&lt;br /&gt;そんなものが、近未来の乗り物第一位なのです。ＵＦＯと呼んでしまうのです。スタジオのパネラーは、すごぉいなんて嬌声を上げてしまうのです。&lt;br /&gt;日本のマスメディアのレベルには、目を覆うばかりです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;と、そんな私個人の脳内の下らない部分を赤裸々に抉り出すブログとしての路線は堅持しつつ、また気が向いたら更新していこうと思います。&lt;br /&gt;今年もよろしくお願い致します。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-4629647337018487838?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/4629647337018487838/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=4629647337018487838' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/4629647337018487838'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/4629647337018487838'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2008/01/blog-post.html' title='謹んで、新年のお慶びが遅れましたことを深くお詫びします。'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/R52H-5Ydw-I/AAAAAAAAAg4/BiJ6niEUmwA/s72-c/20080117094954.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-9125577182321525838</id><published>2007-11-02T17:39:00.000+09:00</published><updated>2007-11-02T17:35:34.363+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='季節感'/><title type='text'>なまぬるい秋の日　その２</title><content type='html'>どの木もすっかり葉が落ちきってしまったこの時期が、一年で一番紅葉の時期が待ち遠しい季節だろうと思う。&lt;br /&gt;例えばサクラが散ってしまっても、その後には美しい緑の森になる。&lt;br /&gt;だが、紅葉は、文字通り最後の灯火だ。葉が落ちたら一面の枯れ木林にしか見えない、寂寞とした姿を晒すことになる。つい１週前まで黄や紅で繚乱とした山々が、だ。&lt;br /&gt;雪が降るとまた感じが違うが。風に舞う落ち葉すら無くなるこの時期は、１週ほど前までの美しさが目に焼きついている分だけ、どうにもやるせない。&lt;br /&gt;撮り溜めした写真でも見ながら、来年の紅葉を待ち焦がれるしかないんだろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrT7vCBBZI/AAAAAAAAAes/9r0eV6ulfVA/s1600-h/20071023091823.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrT7vCBBZI/AAAAAAAAAes/9r0eV6ulfVA/s320/20071023091823.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5128144148905395602" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br clear="left" /&gt;支笏湖越しに眺める樽前山と風不死岳。&lt;br /&gt;この時期の北海道は、なかなか晴れない。今年も非常に雨が多かった。超のつく晴男の私ですらそう思うのだから、よっぽどだろう。&lt;br /&gt;商用の途中、たまたまここを通りがかったら、晴れ間が覗いた。実を言えばこの時私はものすごく急いでいたのだが、滅多に無い晴れ間が絶好のタイミングで訪れたのだ。１分やそこら止まったからといって状況が変わるわけでもない。&lt;br /&gt;この湖には、いろいろ思い出がある。&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/10/blog-post_29.html"&gt;前の記事&lt;/a&gt;で書いた心霊ツアーだけでなく、炊事遠足やら花火やらボートやら登山やら&lt;br /&gt;氷濤祭りやら、とにかく何度となく来ている。来なかった年は無いんじゃないかと思うぐらい来ている。&lt;br /&gt;そんなに賑わう観光地でもないし、風景以外に取り立てて見るべきところもないのだが、それでも、また来たくなる。商用でも、所要時間が変わらないならできるだけこの道を選ぶ。&lt;br /&gt;ただキレイだから、というだけなら飽きる。飽きさせないだけの魅力が、この静かな湖にはあるのだろう。&lt;br /&gt;それはなんなのかって。書けたら苦労しないよ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrXhvCBBaI/AAAAAAAAAe0/QVu5ZUUdWEo/s1600-h/20071023092142.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrXhvCBBaI/AAAAAAAAAe0/QVu5ZUUdWEo/s320/20071023092142.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5128148100275307938" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br clear="left" /&gt;この湖岸道路がまた、いい。天然の湖で、しかも国立公園指定されている湖で。これだけ湖岸すぐを走れる道はそうないはずだ。&lt;br /&gt;本当は、湖に赤い筋道が映える夕暮れ時が一番きれいなんだが。そこまで待つ余裕はこの日はなかった。&lt;br /&gt;のまれるような湖の青と山の紅にみとれながら、急ぐ。&lt;br /&gt;ちょっとぐらい遅れたってクビにゃあならんよ、と悪魔が囁くが。仕事は仕事。普段サボりまくっている私だが、人が待っている時ぐらいは一応まともに仕事をしようとするようである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;別の日。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrZUvCBBbI/AAAAAAAAAe8/FKVuhOJzHPA/s1600-h/20071023101101.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrZUvCBBbI/AAAAAAAAAe8/FKVuhOJzHPA/s320/20071023101101.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5128150075960264114" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br clear="left" /&gt;そんなに山の中ばかり歩くわけではないし、楽しいことが大してあるわけでもないのだが。この時期のこういう日だけは、この仕事をしていて良かったな、と思う。&lt;br /&gt;柵付きの遊歩道で人ごみに紛れて眺めたって、どんな紅葉だって美しいはずが無い。&lt;br /&gt;自然というのは、あるがままであるから自然なのであって。柵がついて砂利が敷いてあるだけでもう、それは自然ではないのだ。&lt;br /&gt;北海道の大自然、なんてみんな気安く言うが。そんなコピーの背景で流れる映像が牧草地だったりじゃがいも畑だったりするとげんなりする。&lt;br /&gt;「都会」の対義語は「自然」ではない。「田舎」である。北海道の大自然は決してじゃがいももとうもろこしも育まない。育んでたまるか。どちらも地球の裏から来た作物ではないか。自然には存在し得ないものだ。育んだのは、田舎だ。農村である。人が作ったものである以上、自然ではないのだ。&lt;br /&gt;「北海道の大自然」というコピーは、ほとんど全て「北海道の大田舎」に変えるべきである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;大自然は、厳しい。甘いものではない。&lt;br /&gt;この日だって、遭難者が出て上空をヘリがぶんぶん飛んでいた。&lt;br /&gt;変に道路整備やら景勝地造成やらが進んでしまったから、山の怖さを知らない人までずんずん入れるようになった。その結果が、これだ。&lt;br /&gt;きれいなバラには棘がある、というが。まさに然り。むしろ、危ないからこそ人は美しいと感じるのだろう。&lt;br /&gt;私だって油断はできない。慣れているから、余計に危ない。&lt;br /&gt;そんなことを、倒木に腰掛けてぼんやり水の流れを眺めながら、考えているうちに仕事が進まず納期を一日ズラしてもらったのは内緒である。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-9125577182321525838?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/9125577182321525838/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=9125577182321525838' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/9125577182321525838'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/9125577182321525838'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/11/blog-post.html' title='なまぬるい秋の日　その２'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyrT7vCBBZI/AAAAAAAAAes/9r0eV6ulfVA/s72-c/20071023091823.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1046498633876439064</id><published>2007-10-29T18:03:00.000+09:00</published><updated>2007-11-02T16:28:35.566+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='環境'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='季節感'/><title type='text'>なまぬるい秋の日　その１</title><content type='html'>携帯で撮った写真が随分溜まってしまった。忙しかったのである。忙しくても写真はちょっとの隙で撮れるが、それをＵＰしようとなるとそうはいかない。&lt;br /&gt;今我が家のバイオくんはネットに繋がっていないので、ブログは基本会社で隙を見て更新している。会社のＰＣを使う用事が多い時はろくに更新も出来ない。&lt;br /&gt;気合を入れれば文章だけは携帯でもＵＰできるが、画像はBloggerではまだ携帯からアップロードする方法が無い。どうしようもないのだ。&lt;br /&gt;それでもどうしてもという場合は、携帯からGmailに添付送信してネカフェから繋いで落として、とか、もっと気合を入れれば一旦どこかのうｐろだに上げて携帯で無理くりBloggerの編集画面開いて画像の直リンクを引っ張って、だとかやる方法はあるのだが。前者ならちょっと画像にお化粧をしたりするうちに平気で１時間ぐらい経ってしまうのでカネもかかるし、後者はBloggerアカウントのタイムアウトまでの時間が５分ぐらいしか無いので、あらかじめ携帯で文章を打ち込んでコピーしておいて、だとかすごいことになる。どちらにせよ、よっぽど気合を入れないとできる仕事ではない。なまぬるいひるさがりに仕事をさぼりつつやるような調子の場合と同じ心構えでは、とてもできやしないのである。&lt;br /&gt;それでも今年の春先まではやったこともあったんだが。今はそんな気合はどこにも無い。まあ、早い話がもうブログにそこまで傾ける情熱が無くなって来ているのかも知れぬ。あんまり、書きたいことが無くなってきている。私の貧相な見識と感性では、そんなに毎日のように書きたいことがあるほうが不思議だ。よく持ったもんだとすら思う。&lt;br /&gt;まあ、その貧相な感性を振り絞って撮ってきた写真がちょこまか溜まってしまったし、今日は割となまぬるいしで、もったいないからまとめてＵＰしてみようか、というのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyU1u5ogfPI/AAAAAAAAAeE/da-D4-zPIOo/s1600-h/20071005152201.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://3.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyU1u5ogfPI/AAAAAAAAAeE/da-D4-zPIOo/s200/20071005152201.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5126562830692154610" /&gt;&lt;/a&gt;幌加内町、朱鞠内湖。撮ったのは、確か１０月の１週目頃だったと思われる。&lt;br /&gt;ダム湖とはいえ、ダム湖では日本一の広さを誇る湖であり、それでいてあまり深くないので湖の中に立ち枯れした木が顔を覗かせていたりして、なかなかに風情のある場所だ。どんな場所か興味のある人は&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E9%9E%A0%E5%86%85%E6%B9%96"&gt;Wikipediaの説明&lt;/a&gt;でも読んで下さい。&lt;br /&gt;朱鞠内というところは、日本一寒いところである。昭和何年だかに－41.2℃という、余裕でバナナでも大根でも釘が打てる温度を記録している。何年だか知りたい人はご自分で調べて頂きたい。10月に入ったばかりだが、すっかり秋の空気だった。紅葉も始まっている。風が止むと水面に映えて、なかなかのものなのだ。&lt;br /&gt;また、別の意味でも日本で一番寒いところである。このダム湖のやや下流に小さな集落があるのだが、そこは日本で一番地価が安いところらしい。湖畔には結構有名なキャンプ場もあるし、夏場はライダーで結構賑わう国道275号線も通っているのだが。土地を買ってまで住もうという人はあんまりいないようだ。&lt;br /&gt;何故か。こういうきれいな場所のご他聞に漏れず、「出る」ということになっているから、というのも理由の一つではなかろうか。この場所に纏わる怪談はとにかく多い。道内では支笏湖と双璧ではなかろうか。なんせダムが戦時中の真っ只中にタコ部屋労働を酷使して作られたものなので、その苦しみを語り継ぐ人も多かったのだろう。&lt;br /&gt;だが。何せ霊感のなさにかけては自信のある私である。恐らく、美輪明宏とタイマン張ってもビクともしないであろう私である。道内最強の心霊スポットと言われた支笏湖の廃病院跡で、同行のうち一名が原因不明の震えが止まらなくなっているのをえへらえへら笑って眺めていた私である。&lt;br /&gt;私にとっては、きれいな上に道北へ向かう場合の近道なので、かなりの頻度で通る道なのだ。&lt;br /&gt;苦労してこのダムを作り無念のうちに亡くなった人たちだって、きれいだなあと眺めてもらえるほうが、ガクブルしながら避けて通られるより浮かばれるんじゃないかしら。そんな不謹慎なことをのんきに考えながら、夕闇が迫る中で車を止め、そばで見つけた林道に入った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyU-KJogfQI/AAAAAAAAAeM/AXqUopsNGnk/s1600-h/20071005154147-1.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyU-KJogfQI/AAAAAAAAAeM/AXqUopsNGnk/s200/20071005154147-1.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5126572094936612098" /&gt;&lt;/a&gt;ちょうど&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_27.html"&gt;割り箸記事&lt;/a&gt;を書いたすぐ後だったので、森の木がどのように更新して保たれるのか、そんな写真を撮ってみようと思ったのである。&lt;br /&gt;三者三様のネット記事を相手に結構キツイことを書いた上にトラックバックやメールまで飛ばしておいたので、反論が来たら説明する材料にしようと考えていた。&lt;br /&gt;残念ながら華麗にスルー（ＩＴ企業は該当記事のＴＢ欄ごと抹消、大学の先生は何事もなかったかのように秋季講義他の記事、ナントカ九州はメールで引用連絡も音沙汰無し）だった。日本の人というのは、本当に批判すると議論にならない人が多いらしい。&lt;br /&gt;それで、この写真たちもお蔵入りするところだったのだ。&lt;br /&gt;だが。その後。実は割り箸記事は、このブログ始まって以来最高の検索ヒット数を記録している。と言っても元が元なので大したことは無いが、魔法のトロイパニックの記事より読んだ人が多いのだ。トロイ記事は未だに2ch某所に晒されている（らしいリファーが来ている）にも関らず、である。&lt;br /&gt;今後新しく覗きに来た人のために、ちょっと、デタラメ書いたわけじゃないんだよ、というのを説明して置きたい気持ちがある。&lt;br /&gt;森の中で見つけた幼木たちの生活などをもとに、「遷移」について少し説明してみようかと思うのである。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyVAcZogfRI/AAAAAAAAAeU/BhKAxKpOgdU/s1600-h/20071005153313.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://1.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyVAcZogfRI/AAAAAAAAAeU/BhKAxKpOgdU/s200/20071005153313.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5126574607492480274" /&gt;&lt;/a&gt;先程と同じ林道の、林縁沿いである。ＰＣの人は画像をクリックすると大きな絵が出るので、是非拡大してみてもらいたい。&lt;br /&gt;道路と森の境目辺り、ササが生い茂っている下のほうに、誰でもよく知っている手のひら型の葉っぱが見えるだろうか。この林道の縁には、イタヤカエデの幼苗が無数に生えてきているのである。&lt;br /&gt;林道で幅5ｍほど開けているとはいえ、一枚目の写真の通り林冠は成木にほとんど覆われ緑のトンネル状態、しかも2ｍ近い背丈のササがびっしり林床を覆っているから、直射日光などほとんど当たらない。それでも種が落ちれば、あちこちに反射して微かに届いた紫外線を使ってこうして苗が成長するのである。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyVDmJogfSI/AAAAAAAAAec/nIfQIFPBAPs/s1600-h/20071005153504.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyVDmJogfSI/AAAAAAAAAec/nIfQIFPBAPs/s200/20071005153504.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5126578073531088162" /&gt;&lt;/a&gt;さすがに、あのビッシリ状態から全部は育たない。栄養不足に負けてしまったり寝腐れが起きたりねずみが若芽や皮を食べたりして、何百本・何千本に１本だけが大きく育つ。この写真のものは2ｍを超え、下草のササの背丈を越している。&lt;br /&gt;これは写真に撮りやすい林道から近いものを撮ったが、もっと奥のシラカバ中心の森の中からもぴょこぴょことカエデが顔を出している。ササが林床にくまなく生えているから、当然日照条件は林道沿いよりさらに悪いのに、だ。&lt;br /&gt;もしこのシラカバ中心の森をシラカバの状態で止めようとしたら、間伐だけでなく下草刈りも必要になる。シラカバは完全な陽樹で、直射日光が当たらないと生えてこないからだ。草にも負ける。&lt;br /&gt;逆に、北海道では土砂崩れの後のむき出しの泥岩や、建物を壊して更地にした場所、土取り場の後などでシラカバが無数ににょきにょき生えてくることがよくある。土壌に栄養が無いので草が育たず、軽くてふわふわの種を飛ばし侵入したシラカバの幼苗に存分に日光が当たるからだ。恐らくこの森も、土砂崩れか山火事か、はたまたトドマツの造林地の皆伐か、一旦森が壊れる何らかの条件があってシラカバの森になっているのだ。&lt;br /&gt;そこに、プロペラつきで風に乗るカエデの種がどこからか飛んできて、日陰が増えシラカバの幼苗が育たない・育てなくなった林床に入り込む。やがて大きくなり、また種を撒いて、成長が早い分どんどん先に老いて倒れるシラカバに取って代わっていく。これが、「遷移」である。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyVJ45ogfTI/AAAAAAAAAek/7K61bpvQt2k/s1600-h/20071005154034.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://3.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyVJ45ogfTI/AAAAAAAAAek/7K61bpvQt2k/s200/20071005154034.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5126584992723402034" /&gt;&lt;/a&gt;真ん中の赤いツタが絡み付いているのが、先程の無数のカエデたちのお母さんの木である。「母樹」という。樹高15ｍちょっと、50年生ぐらいだろうか。左隣にあるおなじみの白い樹皮がシラカバである。ほぼ同じ樹高だし同い年ぐらいだろうが、シラカバはカエデより相当成長が早い。先にシラカバが伸び、カエデは後から追いついたものと思われる。&lt;br /&gt;カエデにしてみれば、シラカバの元気のいいうちに１本でも大きくなれれば、種を撒き散らせる。そうなれば、新たな芽が出ないシラカバたちと徐々に徐々に入れ代わっていけるわけだ。&lt;br /&gt;遷移が進行していくと、やがて陰樹だけの寿命の長い森になり、かろうじて林床に生えてくる陰樹が、100年以上生きたような老木にごく稀に取って代わる、という安定した森になる。これを「極相林」という。これ以上は樹種の切り替わり、「遷移」が起きない森、ということだ。&lt;br /&gt;本州以南では陽樹として分類されることの多い落葉広葉樹のイタヤカエデだが、常緑広葉樹の育たない北海道の木の中では耐陰性の高い部類の樹種になる。ミズナラやハルニレ、ヤチダモ等と共に極相林を形作る代表的な樹種のひとつである。&lt;br /&gt;先程例に挙げた山崩れ・地滑りや、台風による大規模風倒、噴火や山火事などの「撹乱」によって、一度リセットされ更地になる度にこの遷移を繰り返し。１０００年２０００年の時間をかけて作られていくのが森なのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;森の木は、割り箸程度の量を伐ったところでビクともしない、ということがお分かりいただけただろうか。&lt;br /&gt;そして、放置したところで次から次と命が更新されていくから、決して二酸化炭素放出し放題、にはならないということもお分かりいただけただろうか。&lt;br /&gt;太古、地球には気体の酸素、つまりO2はほとんど存在しなかったと言われている。火星の大気はほとんどがCO2で出来ていて、それに近い状態だったと類推されている。&lt;br /&gt;４０億年ほど前に生まれた初期生命体にとっては酸素は猛毒で、それを吐き出す植物プランクトンはそれらを駆逐するために生まれた、とも。次第にその酸素を利用する我々のような「動物」という存在が生まれ。植物はそれらに負けないほど大量に、そして大きく育つ方向に進化を遂げ。緑の地球は生まれたのである。&lt;br /&gt;４０億年二酸化炭素を消費し酸素を増やし続けてきた、今や大気の２０％以上を占めるまでに増やしてきた植物、つまり森が。放っておいたぐらいでCO2を放出する場所になってしまうなら、地球にこんなに酸素があるわけがないのだ。&lt;br /&gt;中国の割り箸生産の最大の問題は、皆伐して跡地を農地化してしまっていることだ、と言われる。&lt;br /&gt;だが、そうやって出来た畑で作った安い野菜を必死で欲しがっているのは、一体どこの国なのか。今や日本国内で加工食品の製造に使われる野菜の大部分が中国産なのだが。&lt;br /&gt;１０億以上の人口を抱えている中国の、ほとんどの農家は0.5ha以下の農地しか持っていない。日本の農家は、平均で1.5ha。北海道なら平均で17ha、100ha以上ある農家だって珍しくない。しかも中国は、未だ共産主義の名残が濃く、農家は農家、都市は都市で職業選択の自由すらない。狭い土地でも耕し、安くても売らなければ生きていけないのだ。&lt;br /&gt;そんな農家が近所の山を伐って木材を売り農地を広げようとするのは、悪なのか。そう言える資格が、私達にはあるのか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;と。まあ、そこまで広げて人間社会全体を見なければ、環境問題は語れない。マイ箸一年分の環境貢献なんて、ファーストフードやコンビニ弁当3食ぐらいで吹っ飛んでしまうのではないか。あくまで感覚での想像だが。&lt;br /&gt;わからない、という人は、山に入ってみてもらいたい。柵つきの歩道がついて綺麗に下草が刈られた景勝地ではなく、ごく普通のそこらへんの山に入ってみてもらいたい。&lt;br /&gt;むせ返るような命の息吹の中にいれば、私のような貧相な感性の人間でも思うところがあるのだから。&lt;br /&gt;きっと、あなたも何かを感じるはずだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;山をぶらぶら歩いているうちに、急に強烈に動物的感性を呼び覚まされた。&lt;br /&gt;腹が減ったのである。&lt;br /&gt;幌加内と言えばやっぱりそばだ。しかも時期的に新そばだ。ついこの間も食べたのだが、新そばとなれば話が別なのだ。&lt;br /&gt;たらふくとろろそば食って、シートベルトがキツイ思いをしながらのたくたと運転して帰ったのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;もう一つ、溜まった写真で記事を書こうと思ったのだが。それはまた次回。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1046498633876439064?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1046498633876439064/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1046498633876439064' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1046498633876439064'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1046498633876439064'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/10/blog-post_29.html' title='なまぬるい秋の日　その１'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RyU1u5ogfPI/AAAAAAAAAeE/da-D4-zPIOo/s72-c/20071005152201.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1428171800166306203</id><published>2007-10-22T17:53:00.000+09:00</published><updated>2007-10-22T17:55:53.327+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='環境'/><title type='text'>他事暴論</title><content type='html'>サミットが近付いてきたせいか、それともゴアがとうとうノーベル賞までもらってしまったせいなのか。最近やたらと地球温暖化関連の報道を見かける。&lt;br /&gt;我が家は北海道ローカルの新聞を購読しているので、尚更なのだろう。&lt;br /&gt;北極の海氷が過去最小、だとか。アルプスの氷河がどうした、だとか。賑やかなことだ。&lt;br /&gt;だが、現状の問題点は種々指摘され、CO2削減目標を達成できない政府を批判する割に、なかなか「じゃあ、我々はどうすべきなのか」という部分は出てこない。&lt;br /&gt;まとまった結論の出しにくい問題ではあるにせよ、高みから指摘や批判だけをしてどうすべきかを述べない、というのはどうなんだろうか。&lt;br /&gt;不安だけを煽るから、うろたえた人々が「割り箸反対」だとか「クールビズ」だとかつまらんことをキーキー騒ぎたてる奴が出てくるんじゃないのか。うるさくて仕方がない。&lt;br /&gt;問題なのは、そんなみみっちいことじゃない。もっと本質的なことにある。&lt;br /&gt;ゴアですら下らない、と私は思う。私ですらわかることから目を背けようとしてはいないか。&lt;br /&gt;暴論なのは承知の上。それでも、誰も言わないから私が言うしかないではないか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;みみっちすぎる例として、クールビズでも考えてみようか。&lt;br /&gt;服装を軽装にして、夏場の冷房温度を２℃上げると６％の省エネになると言う。&lt;br /&gt;本当にそうなのか？そうなったのか？&lt;br /&gt;服飾業界は、このムーブメントでたいそう儲かったらしい。それはそうだろう、ノータイを前提にした開襟シャツなんて、今まで脇役でしかなかった商材が主力で売れまくったのだから。&lt;br /&gt;今までの常識の範疇での切り替えをしようと、女子制服を変えた会社やスーツを買い替えた男性も多いだろう。&lt;br /&gt;ところで、その時に前着ていた服は捨てるしかなかったんじゃないのか？服を作る時にだってCO2は出るんじゃないのか？&lt;br /&gt;さらに言えば、その服を売り捌き儲かった人がいる。&lt;br /&gt;儲かった人達は、当然その金を使うんだろう。いい車に乗るのかもしれないし、贅沢な食事をするのかもしれない。そこにも、通常より多量のCO2排出が付き纏うはずだ。&lt;br /&gt;その差し引きまで計算しているんだろうか？&lt;br /&gt;それは初期投資だけのことで、ランニングでは着実に減ってくるはず、と言うのかもしれないが。&lt;br /&gt;ランニングは本当に減るのか？&lt;br /&gt;暑さのあまりアイスやらジュースやらビールやらの消費が増えたり、シャワー等で水道消費が増えたり、そういった負の付随効果までの検証はきちんとされているのか？&lt;br /&gt;ちょっと考えれば、単純に温度を下げた分の削減ができるのか怪しいことが見えてくるんだが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そもそも、「何をすれば大気中のCO2量を増やすことになるのか」ということに対する視点が欠けているのではないか。冷房の温度なんて、氷山の一角じゃないのか？&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_27.html"&gt;割り箸記事&lt;/a&gt;でコンビニ弁当の環境負荷についてちらっと触れたが。およそ、人間の活動なんて全てCO2排出に繋がっていると言っても過言でない。何せ、息するだけでもCO2は出るのだ。&lt;br /&gt;活動の種類による排出量の違いは、確かにある。同じ距離を歩く場合と車に乗る場合ではえらい差があるだろう。&lt;br /&gt;じゃあ、歩けるのか？といえば、歩けない。１０km以内は全部歩け、と言っても誰一人従わないだろう。&lt;br /&gt;だから、例えばハイブリッド車、というような発想が出てくる。だが、それで間に合うのか？&lt;br /&gt;日本の全登録車両をハイブリッドにすれば３０％ぐらいは排出軽減になる、という試算も見たことがあるが、それは全登録車両に徹底できてはじめて全体の排出量が３０％減る、という話だ。&lt;br /&gt;それではクールビズで服を着替えるのと同じではないのか？初期投資（車購入代）や旧型車両の解体再資源化からだってCO2は出るし、「儲かる人」も間違いなくいる。&lt;br /&gt;しかも、現状ハイブリッド車は同ランクの車よりずっと高い。よく、「ちょっと高くても環境にいいものを選びたい」なんて絵空事を言う人がいるが。高い金を払うというそれだけでも環境負荷になる要素があることに気付いていない。もちろん、その渡した金を使う人がいるからだ。&lt;br /&gt;その上ハイブリッドの場合、高い割にまだ運動性能では劣る。誰でもハイブリッドを選ぶ、というコストパフォーマンスを発揮できるようになる日は遠いだろう。&lt;br /&gt;一体、ランニングで３０％改善できるようになる日はいつのことになるやら。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;活動様式をいくら変えようとしたところで、そのためにコストがかかる現状では本当に微々たる効果しか上がらないだろう。現に、日本のCO2排出量は、京都議定書発効以降も着実に増え続けている。&lt;br /&gt;そんなまだるっこしいことをしなくとも、ちょっと本気で考えれば、日本のCO2排出量を６％削減する方法なんかすぐ思いつくだろうに、何故誰も言わないのか。&lt;br /&gt;何をしたってCO2増加に結びつく。なら、「何かする」その行動を全て、６％制限してやればいいのだ。&lt;br /&gt;金をもらうにも使うにも、６％の制限を加える。つまり、６％増税してやればいいのである。&lt;br /&gt;問答無用で６％「使える金」が減るのだから、当然国民活動の合計が６％減縮するはずだ。&lt;br /&gt;今より６％なんて冗談じゃない、と思うかもしれないが。日本の総所得が今より６％減ったからどうだというのだろう？国民一人当たりのGDPは、６％減ってもまだイギリス・フランス・ドイツなどの欧州諸国より上になる計算なのだが。当然、発展途上諸国とは比べようもない。今が不当に豊か過ぎるだけなのだ。&lt;br /&gt;例えば、日本の名目GDPは約530兆円ある。そこにかける税を６％増やせば、約30兆円の増収ということになる。その資金で社会保障制度を立て直すなり、格差是正の資金にするなり（そもそも増税分を高所得偏重の累進課税にすればかなり格差是正に繋がるはずだが）、国の借金を返すなりすれば、現状国が抱えている問題の大半はケリがつくはずだ。それでCO2排出量も減るならば、万々歳ではないか。&lt;br /&gt;年収500万あたりを累進の中間値とするなら、年間30万円。一月あたり2万5千円。辛いようにも思えるが、生きていけなくなる額ではないはずだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;極論である。暴論である。そんなことはわかっている。&lt;br /&gt;だが、イイ子ちゃんヅラした環境ブリッコどもが今騒いでいるような、何ら痛みを伴わないような行動だけで解決するなら、地球温暖化なんて問題にもならなかったはずだ。&lt;br /&gt;彼らが軽々しく言っていることを、目標達成できるレベルで考えたら。それも、目に見えやすい金に換算したら、どういうことになるか。それに耐える覚悟があって言っているのか。&lt;br /&gt;問いかけるために、話をわかりやすくしただけのことである。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;ちなみに、確実な解決策はもう一つある。&lt;br /&gt;国民の行動を６％削減する、もう一つの方法。&lt;br /&gt;６％、人間そのものが減ればいいのである。&lt;br /&gt;少子化による人口減少を待っている猶予は無い。京都議定書の期限は2012年だし、こうしている今も地球はどんどん暖まっているのだから。&lt;br /&gt;ということは？&lt;br /&gt;１００人に６人。４０人のクラスなら２人か３人。&lt;br /&gt;みんなを助けるために、自分が犠牲になれるかい？&lt;br /&gt;そういう覚悟ができないなら、それぐらいの効果を上げようという行動や意気込みが無いなら。&lt;br /&gt;環境を語る資格など無いのである。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1428171800166306203?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1428171800166306203/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1428171800166306203' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1428171800166306203'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1428171800166306203'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/10/blog-post_22.html' title='他事暴論'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8607653546800416668</id><published>2007-10-19T18:05:00.001+09:00</published><updated>2009-08-25T07:33:52.759+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>事故分析</title><content type='html'>徒歩で信号を渡る時、あなたは青信号と赤信号どちらが危ないと思うだろうか。&lt;br /&gt;そんなの赤に決まってるじゃん、と思ってしまう人は、気をつけたほうがいい。一番事故に遭いやすいタイプだし、車でも事故を起こしやすいタイプだ。&lt;br /&gt;考えてみよう。直線道路の交差点。まずまず見通しもいいとする。&lt;br /&gt;赤信号の時は、横断歩道を横切る車は当然ながら直進車のみ、こちらからも向こうからもお互いが良く見える状況にある。&lt;br /&gt;赤信号ということは、もし無理にでも渡ろうと思うなら、車にぶつかろうとする自殺志願者は別として、よくよく車の来ない事を確認しながら渡ることになる。万が一危険なタイミングであっても、走って避けるなり車側で避けてくれるなりするだろう。&lt;br /&gt;判断力が未熟な子供や衰えた老人でもなければ、また渡る隙もないような交通量の多い交差点でもなければ、赤信号を渡って事故に遭う可能性は非常に低いはずだ。&lt;br /&gt;逆に。青信号。直進車は来ないから、多くの人は左右もろくに見ず黙々と渡る。特に日本人は、前より下を見て歩く人が多いと言われている。&lt;br /&gt;だが。直進車がいないというだけで、青信号だって横断歩道を横切る車はいる。右折車や左折車である。&lt;br /&gt;信号のタイミングがギリギリに近かったり。対向車線の交通量が多くてなかなか右折のタイミングが無かったり。単に焦っていたり。そういう、車側で十分な安全確認をしない状況が生まれやすいのが右折・左折時である。&lt;br /&gt;そういう危険な車がたまに横切ろうとする中で、歩行者もぼんやり渡っていたら。ドスン、だ。&lt;br /&gt;結論。赤信号を渡るより青信号を渡るほうが、実は危険なのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;10月19日。14年前のこの日。それは、当時高校３年生の私が、生まれて初めて交通事故に遭った日である。&lt;br /&gt;青信号を自転車で渡ろうとして、右折してきたおばちゃんにガスンとやられたのである。まさに、前記の通り。青信号の危険を全く考えていなかった事故だった。&lt;br /&gt;結構な勢いでぶつかられたから、ショックは大きかった。一度ボンネットに乗っかって吹っ飛ばされた着地点は、急ブレーキで止まったおばちゃんの車から３mほど離れていたし、カゴに乗せていた教科書が詰まったカバンはさらに５mほど離れた生垣にぶら下がっていた。怪我こそ突き指と擦り傷で済んだものの、しばらく恐怖感が消えなかった。&lt;br /&gt;その後の取調べが、まあ、長かった。突き指でも一応は人身事故である。ほんの微かにだけ血痕のついた私の着地点には、あのサスペンスドラマでよく見る、白いチョークで描かれた人の形の絵が残った。これはしばらく「あれ、オレ」と自慢に使えた。&lt;br /&gt;パトカーの中で長々と状況を聞かれるうち、大した被害が無くいい加減暇を持て余した私の脳ミソは右往左往し始めた。上に書いた、赤信号と青信号どっちが危ない？というようなことを考え始めたのである。&lt;br /&gt;そして、一つの結論を見た。&lt;br /&gt;赤信号か。青信号か。それはただの状況だ。&lt;br /&gt;渡っていいか。悪いか。それはただの法律だ。&lt;br /&gt;「青信号は安全」という単なる状況の一部を、状況の全てでもあるかのように取り違えていた。&lt;br /&gt;法的拘束があろうとなかろうと、一部は一部なのだ。大部分であっても全部ではないのだ。&lt;br /&gt;それに縛られ、気付かず少数の危険に盲目になってしまった、それが原因だったのだ。　&lt;br /&gt;今、渡れる状況なのか、安全か安全でないか。そのために見なければならないもの。信号というのは、そのうちの一部でしかない。なのに、ただの状況の一部のみで判断をした、言い換えれば、信号に判断を委ね他に目を向けることを怠ったから、私は事故に遭ったのである。&lt;br /&gt;赤信号みんなで渡れば怖くない、という、一時期流行った言葉があった。&lt;br /&gt;あれも本質は、信号だけを信用して渡ってしまうのと変わり無い。&lt;br /&gt;周りの「みんな」に判断を委ね、自分は何も考えていないからだ。&lt;br /&gt;歩行者から見て赤なのだから、直進車から見れば青。もし運転者が「青だから歩行者なんか来るはずが無い」ってな調子で、よそ見でもしていたら。怖くないどころの話ではない。大惨劇は避けられぬ。&lt;br /&gt;みんなが渡っていようといまいと、赤でも怖くなく渡れるときはある。そして、逆もまた。&lt;br /&gt;横で縮こまってすみませんすみませんばかり言っているおばちゃんを鬱陶しく思いながら、私が得た結論は、そういうことだった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;何も信号の話に限らない。&lt;br /&gt;周りをよく見ていれば誰にだってわかるようなことで、人は騙され蹴躓き続けている。&lt;br /&gt;そして、見ていなかった自分を棚に上げ、「委ねた相手のせい」、「自分でない誰かのせい」にしようとしている。&lt;br /&gt;そんなこともわからないような人が、何だかうじゃうじゃいる気がするのだ。&lt;br /&gt;それは、やはり私のように、いっぺん事故にでも遭わない限りわからないことなのだろうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8607653546800416668?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8607653546800416668/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8607653546800416668' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8607653546800416668'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8607653546800416668'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/10/101914-mm.html' title='事故分析'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8905688555817532680</id><published>2007-10-01T17:20:00.000+09:00</published><updated>2007-10-01T17:17:37.317+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='環境'/><title type='text'>森の老木と人の世の老木</title><content type='html'>長々と書き過ぎた。&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_27.html"&gt;前の記事&lt;/a&gt;の話である。&lt;br /&gt;あまりに長かったのでさっき計ってみたら、引用文を除いた残りの分だけでも18000字ぐらいあったらしい。&lt;br /&gt;どうりで一日で書き終わらず、書き始めの日付のまま一日間違えてUPしてしまうわけだ。&lt;br /&gt;長いこと一つのことを考えながら書いていると、だんだん書いていることと別のことに頭が飛んでしまうのが私の悪い癖だ。あの記事でも、最後にまとめようとする段には既に上の空だから、最初何を書こうとしていたのかも忘れてぼやけた結論になってしまった。&lt;br /&gt;何を考えていたかって。今のこの日本の世の中なんて、スギやヒノキの人工林みたいなもんだよなあ、と。ぼんやり考えていたのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;日本の森は、太平洋戦争の影響で一時ずたぼろになった。石油石炭が軍用に大量消費されているのに輸入がほとんど止まってしまったから、燃料その他で森が伐られに伐られたのである。&lt;br /&gt;それこそ、割り箸の比ではない。しかも林業従事の主体になるべき年代が根こそぎ徴兵されている中でのことであったから、手が入らずひたすら伐られるだけの状況である。戦争が終われば今度は、空襲で焼け野原になった街の復興にさらに木材が必要になる。ハゲ山があちこちに散在し、写真で見ても、今では想像もできないほどひどい状態であった。&lt;br /&gt;そこから、山の人たちは必死で植えた。植えに植えた。木材が売れに売れて儲かって仕方ないのに加え、政府の手厚い保護もあったからみんな嬉々として植えた。どうせ植えるなら、早く育ちより高く売れる儲かる木のほうがいい。かくて本州各地の山はスギだらけになったし、北海道ならトドマツやカラマツだらけになったのである。&lt;br /&gt;だがその木材需要は長くは続かなかった。復興特需が落ち着くのと期を同じくして、燃料は石炭石油に変わり、建築はコンクリートになった。儲からなくなった山からは人がいなくなり、本来あるべき樹種比率とはまるで違う、同じ歳の同じ種類の木ばかりの山は置き去りにされた。&lt;br /&gt;前の記事でも書いたとおり、これから遷移が起こっていくのだろうが、元の森に戻るには何百年、下手したら何千年もの時間がかかる。そして、一斉に植えられたが故に同じような時期に枯れるのだろう植えられた木々は、実りとして迎えられるでもなく、若い木の邪魔者として扱われ続けるのだろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;同じ頃の、人の世は。&lt;br /&gt;戦争で人口が激減したこの国は、産めよ増やせよと数を増やし、より儲かる産業に向いた人材としてそれらベビーブーマーを育てた。&lt;br /&gt;学校を建てまくり都市を整備し。山にいた人の子、畑を耕した人の子、魚を捕った人の子、みな政策的にサラリーマンに仕立て上げた。&lt;br /&gt;それが、一番儲かるからだ。誰が？もちろん、彼らから税収を得る国家が、である。&lt;br /&gt;何かに似ていないだろうか。&lt;br /&gt;この政策により膨らみに膨らんだ日本の所得は、バブルでピークを迎える。その中心になった団塊世代は、謂わば太陽をさんさんと浴び、各企業や機関でいいポストに収まり高給取りになっていった。&lt;br /&gt;一度上がった給与水準は、所得規模が縮小してもそうそう変わらない。まして終身雇用と年功序列をもって階段を上りポストを占めた人々が、簡単に降りることに納得するはずがない。&lt;br /&gt;景気低迷の割を食うのは、林床に生えた幼木のような私達若い世代だ。どんなに会社が儲かったって、上であらかた奪われるのだから、取り分は少なくなる。&lt;br /&gt;太陽の光を浴びられずじっと耐えている林床の幼木に、どこか似ていないだろうか。&lt;br /&gt;違うのは、老木の扱いだ。物言わぬ森の老木は放っておけても、さかんにゴネる人の世の老木は放ってはおけぬものらしい。&lt;br /&gt;まだまだ枯れそうにない老木たちは、たっぷり老後も生きていけるだけ栄養を蓄えたはずの老木たちは。その上年金という肥やしをちゃんと撒き続けろとゴネているが。&lt;br /&gt;年功序列も終身雇用も外され常に利益を出せなければクビと脅され、この先死ぬまでにどうやっても彼らが得た給与総額を超えそうに無い上に小子化で数も減っている私達が。その年金とかいう制度すら続くかわからない状況で、先の見えない私達が。なぜ富裕な世代のためにそんなものを継続し、今以上の税を納めなければならないのか。&lt;br /&gt;自分を育ててくれた親の世代だろう、というのとは話が違う。自分の親なら助けるし面倒も見る。世代全体の話にされたら到底納得できる話ではない。&lt;br /&gt;我々の与り知らぬ、生まれるよりはるか前に、永遠に成長が続いていくかのような幻想を元に作られた制度が悪いだけなのだから。&lt;br /&gt;太陽は彼らに当たり続けてきたではないか。老木を伐らず幼木をゴミのように切り捨てることを続ければ、森はどうなるのだ？&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;とはいえ。この時代は、長くは続かない。あと少しだ。クローンのように気味が悪いほど同じような顔をした老木世代は、あと20年もすれば表に出なくなる。&lt;br /&gt;その時、この日本という森は、どうなっていくのか。&lt;br /&gt;スギの人工林がそうであるように、遷移が進んでいくんだろう。この今をじっと我慢できる陰樹たちが林冠を覆うのだろう。&lt;br /&gt;日本型サラリーマンという、スギのようなひ弱な陽樹は、既に生き残っていないだろう。陽の当たらないところで彼らは育たない。「勝ち組･負け組」の格差社会は、その前兆だろう。&lt;br /&gt;様々な個性豊かな樹種の育つ、自然な森に還るのだろう。&lt;br /&gt;この森から収入を得ていた地主、「国家」とかいう奴らが儲かる山にはなりそうにないが。知ったこっちゃ無い。さっさと借金苦で潰れてくれたほうが、かえって有難いぐらいだ。&lt;br /&gt;いつまでも老木の世話なんかされていたら、それこそ戦後のハゲ山に戻るしかないのだから。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8905688555817532680?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8905688555817532680/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8905688555817532680' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8905688555817532680'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8905688555817532680'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/10/blog-post.html' title='森の老木と人の世の老木'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8643476265709208089</id><published>2007-09-27T19:32:00.001+09:00</published><updated>2010-03-08T01:17:53.213+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='環境'/><title type='text'>「割り箸」と「地球温暖化」から考える現代人の思考形態</title><content type='html'>何がどうなってそうなったかわからないが、知らないうちに「割り箸 地球温暖化」で検索していたのである。&lt;br /&gt;こういうことが、私にはよくある。実によくある。最初は目的をもって検索をしていたのが、その着いた先のリンクであったり、そのリンクの中の気になった一語であったり、辿ったり検索したりしているうちに何を求めているかわからなくなる。その途中でたまたま入力した検索ワードが、「割り箸 地球温暖化」だったのだろう。&lt;br /&gt;割り箸と、地球温暖化。誰の身近にも、「割り箸なんか使ってたら地球が温暖化しちゃうよ？」なんて言いながら得意げに「マイ箸」なるものを持ち歩く自称エコロジストがいるんではなかろうか。私の周りにはうじゃうじゃいる。そういう方の集まる団体と付き合いが多くならざるを得ないので、いつも鬱陶しい思いをしているのである。奴らは不意に、「ロハス！」とかいうラピュタの滅びの呪文のような謎の言葉まで口走るのだ。面倒くさいことこの上ない。&lt;br /&gt;では、そういう思い込みの強い方々、それも私から見ると低次元と言わざるを得ない思い込みを持つ方々は、どういう思考でそれに至っているのであろうか。そんなような興味本位が、どこかから沸いてきてカタカタとキーボードを叩いていたらしいのである。&lt;br /&gt;いつもなら、ここからさらにあれやこれやと足を伸ばして、時間になったら帰るのが私の暇な日のサボりパターンなのだが。今日はここで期待以上に面白い検索結果が出たので、記事にしてみようと思うのである。&lt;br /&gt;まずは、Googleでの「割り箸 地球温暖化」検索の結果をご覧頂きたい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;div class=g&gt;&lt;h2 class=r&gt;&lt;a href="http://blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html" target="_blank"&gt;ペンギン飼育係が見た: &lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;と&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;&lt;/a&gt;&lt;/h2&gt;&lt;br /&gt;&lt;table border=0 cellpadding=0 cellspacing=0&gt;&lt;tr&gt;&lt;td class="j"&gt;&lt;font size=-1&gt;&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;と&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;. 禅の話は1回休みます。 &lt;b&gt;地球&lt;/b&gt;環境について、私達でも簡単に出来ることをすこし取りあげます。 我々バックエンドチームは殆ど皆外食族です。わけあり、&lt;wbr&gt;弁当を作ってくれる人がいない、あるいは作ってくれないので毎日外食生活を楽しん &lt;b&gt;...&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;span class=a&gt;blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html - 31k - &lt;/span&gt;&lt;nobr&gt;&lt;a class=fl href="http://72.14.235.104/search?q=cache:donxwQdtK9cJ:blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html+%E5%89%B2%E3%82%8A%E7%AE%B8%E3%80%80%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96&amp;hl=ja&amp;ct=clnk&amp;cd=1&amp;gl=jp" target=nw&gt;キャッシュ&lt;/a&gt; - &lt;a class=fl href="/search?hl=ja&amp;lr=&amp;newwindow=1&amp;rlz=1T4IBMA_ja___JP219&amp;pwst=1&amp;q=related:blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html"&gt;関連ページ&lt;/a&gt;&lt;span class=bl&gt; - &lt;a class=fl2 href=# onclick="return gnb._add(this, 'http://blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html')"&gt;メモをとる&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/nobr&gt;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;&lt;/div&gt; &lt;div class=g&gt;&lt;h2 class=r&gt;&lt;a href="http://yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html" target="_blank"&gt;森林と&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt; 二酸化炭素と&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt; やさしいバイオテクノロジー &lt;b&gt;...&lt;/b&gt;&lt;/a&gt;&lt;/h2&gt;&lt;table border=0 cellpadding=0 cellspacing=0&gt;&lt;tr&gt;&lt;td class="j"&gt;&lt;font size=-1&gt;これもタイトルの通り、&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;が森林破壊の元凶だと一般に思われている信仰を切り捨てています。 これらの本を参考に、&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;と森林と&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;について簡単に解説します。 ・森林にある植物は、光合成により空気中の二酸化炭素を吸収し酸素を排出します  &lt;b&gt;...&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;span class=a&gt;yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html - 28k - &lt;/span&gt;&lt;nobr&gt;&lt;a class=fl href="http://72.14.235.104/search?q=cache:k4yvAjxk_9wJ:yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html+%E5%89%B2%E3%82%8A%E7%AE%B8%E3%80%80%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96&amp;hl=ja&amp;ct=clnk&amp;cd=2&amp;gl=jp" target=nw&gt;キャッシュ&lt;/a&gt; - &lt;a class=fl href="/search?hl=ja&amp;lr=&amp;newwindow=1&amp;rlz=1T4IBMA_ja___JP219&amp;pwst=1&amp;q=related:yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html"&gt;関連ページ&lt;/a&gt;&lt;span class=bl&gt; - &lt;a class=fl2 href=# onclick="return gnb._add(this, 'http://yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html')"&gt;メモをとる&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/nobr&gt;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;&lt;/div&gt; &lt;div class=g&gt;&lt;h2 class=r&gt;&lt;a href="http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/12,10799,128,html" target="_blank"&gt;我孫子市では全庁的に&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;の防止に取り組んでいます 我孫子市&lt;/a&gt;&lt;/h2&gt;&lt;table border=0 cellpadding=0 cellspacing=0&gt;&lt;tr&gt;&lt;td class="j"&gt;&lt;font size=-1&gt;我孫子市ではスローガンを決め全職員が一丸となって&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;防止に取り組んでいます。&lt;wbr&gt;計画の推進にあたっては、全庁的な推進体制 &lt;b&gt;...&lt;/b&gt; 6種類分別の徹底、使い捨て容器の分別徹底、庁内用エコバック使用の 推進、マイ箸使用の（&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;不使用）の推進 &lt;b&gt;...&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;span class=a&gt;www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/12,10799,128,html - 24k - &lt;/span&gt;&lt;nobr&gt;&lt;a class=fl href="http://72.14.235.104/search?q=cache:xu9PlEQbLzwJ:www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/12,10799,128,html+%E5%89%B2%E3%82%8A%E7%AE%B8%E3%80%80%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96&amp;hl=ja&amp;ct=clnk&amp;cd=3&amp;gl=jp" target=nw&gt;キャッシュ&lt;/a&gt; - &lt;a class=fl href="/search?hl=ja&amp;lr=&amp;newwindow=1&amp;rlz=1T4IBMA_ja___JP219&amp;pwst=1&amp;q=related:www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/12,10799,128,html"&gt;関連ページ&lt;/a&gt;&lt;span class=bl&gt; - &lt;a class=fl2 href=# onclick="return gnb._add(this, 'http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/12,10799,128,html')"&gt;メモをとる&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/nobr&gt;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;&lt;/div&gt; &lt;div class=g&gt;&lt;h2 class=r&gt;&lt;a href="http://www.glwwp.com/" target=nw class=l onmousedown="return clk(this.href,'','','res','4','&amp;amp;sig2=F5CJ9PjCV1dBxtcaNkJsLQ')"&gt;『&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;白書』 - 原因や対策など&lt;b&gt;地球&lt;/b&gt;環境問題について考える！&lt;/a&gt;&lt;/h2&gt;&lt;table border=0 cellpadding=0 cellspacing=0&gt;&lt;tr&gt;&lt;td class="j"&gt;&lt;font size=-1&gt;&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;の原因や対策、影響や国の取り組みなどについて。また、環境問題について個人で出来る対策なども紹介しています。 &lt;b&gt;...&lt;/b&gt; ここでは&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;の消費量やそれに伴う森林破壊、また&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;の代用品（マイ箸など）などを見ていきましょう。 &lt;b&gt;...&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;span class=a&gt;www.glwwp.com/ - 10k - &lt;/span&gt;&lt;nobr&gt;&lt;a class=fl href="http://72.14.235.104/search?q=cache:-dVoRWwVmkMJ:www.glwwp.com/+%E5%89%B2%E3%82%8A%E7%AE%B8%E3%80%80%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96&amp;hl=ja&amp;ct=clnk&amp;cd=4&amp;gl=jp" target=nw&gt;キャッシュ&lt;/a&gt; - &lt;a class=fl href="/search?hl=ja&amp;lr=&amp;newwindow=1&amp;rlz=1T4IBMA_ja___JP219&amp;pwst=1&amp;q=related:www.glwwp.com/"&gt;関連ページ&lt;/a&gt;&lt;span class=bl&gt; - &lt;a class=fl2 href=# onclick="return gnb._add(this, 'http://www.glwwp.com/')"&gt;メモをとる&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/nobr&gt;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;&lt;/div&gt; &lt;div class=g&gt;&lt;h2 class=r&gt;&lt;a href="http://www.liaison-q.com/kurino/eco02.html" target="_blank"&gt;栗野的視点／&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;防止以上に健康被害がもっと怖い&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;の使用&lt;/a&gt;&lt;/h2&gt;&lt;table border=0 cellpadding=0 cellspacing=0&gt;&lt;tr&gt;&lt;td class="j"&gt;&lt;font size=-1&gt;そう、&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;の問題は&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;だけではなく、健康被害を含め様々な問題を含んでいるのだ。 &lt;b&gt;...&lt;/b&gt; &lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;の問題は&lt;b&gt;地球温暖化&lt;/b&gt;防止のためという以上に、自らの健康を守るために使用を控える必要があるのだ。 では、&lt;b&gt;割り箸&lt;/b&gt;をマイ箸に替えれば健康が守られる &lt;b&gt;...&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;span class=a&gt;www.liaison-q.com/kurino/eco02.html - 8k - &lt;/span&gt;&lt;nobr&gt;&lt;a class=fl href="http://72.14.235.104/search?q=cache:uzhRl5EV6V4J:www.liaison-q.com/kurino/eco02.html+%E5%89%B2%E3%82%8A%E7%AE%B8%E3%80%80%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96&amp;hl=ja&amp;ct=clnk&amp;cd=5&amp;gl=jp" target=nw&gt;キャッシュ&lt;/a&gt; - &lt;a class=fl href="/search?hl=ja&amp;lr=&amp;newwindow=1&amp;rlz=1T4IBMA_ja___JP219&amp;pwst=1&amp;q=related:www.liaison-q.com/kurino/eco02.html"&gt;関連ページ&lt;/a&gt;&lt;span class=bl&gt; - &lt;a class=fl2 href=# onclick="return gnb._add(this, 'http://www.liaison-q.com/kurino/eco02.html')"&gt;メモをとる&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/nobr&gt;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;&lt;/div&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;本来Googleのポリシーで言えば、上から順に「割り箸 地球温暖化」に話題が近くかつ重要度の高いページになるはずなのだが。こうした絞り込み検索をした場合の常として、両方を重要なタイトルやキーワードとしているサイトが少ないため、ページランクにのみ依拠したランク付けになってしまう場合が多くなる。&lt;br /&gt;一番上のページはまさにそのパターンだろう。詳しく見ていないから知らないが、Linuxに関連する仕事をやっている会社の社員ブログ的なものらしい。&lt;br /&gt;当然、「割り箸 地球温暖化」の問題に対する見識は低い。まあ、当然だろう。IT企業の社員さんがごくごく日々の雑感を書き綴ったものであって、学術的価値を求めて必死に研究した成果の発表ではないのだから。&lt;br /&gt;そうしたお気楽に書かれたものを謂わば晒し者にしてしまうのに抵抗が無いわけではないが、ページランク３のサイト上で広く世界へ発信しているのだから、賛否があるのは承知の上だろう。&lt;br /&gt;web上での発言は、世界の誰かに影響を与えるやもしれぬ、という責任意識をもって為されるべきものである。間違っていたら、速やかに修正しなければ意図せず誰かを騙してしまうやもしれぬのだ。&lt;br /&gt;まあ、そんなわけで。一番目のページを見てもらいたい。割り箸に関する「非常によくある勘違いとその論法の無理」の好例として。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;h3&gt;地球温暖化と割り箸&lt;/h3&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;禅の話は１回休みます。&lt;br /&gt;地球環境について、私達でも簡単に出来ることをすこし取りあげます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;我々バックエンドチームは殆ど皆外食族です。わけあり、弁当を作ってくれる人がいない、あるいは作ってくれないので毎日外食生活を楽しんでいまーす(!?)という人等々。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;今日も昼ごはんの時間になりました。本日はコンビニに行って弁当を買うことにしました。私は店員さんが付けてくれた割り箸をプラスチック製のフォークに交換します。なぜなら、プラスチックなら、リサイクルができるからです。木製の割り箸は使い勝手がよくて使い捨ても便利ですが、私は敢えてプラスチックのフォークを使用するようにしています。実は使い終ったフォークを洗って、次の日に再度使うようにしています。試しに私が割り箸を使用した場合の一年間の消費量を計算してみます：&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;一日(昼と晩) =&gt; 2 膳&lt;br /&gt;一週間 =&gt; 2 x 5(日) = 10 膳&lt;br /&gt;一年間 =&gt; 10 x 50 (週) = 500 膳&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;例えば、日本全国1億2000万人の3割が上記のように割り箸を使用するとしたら、500膳 x 3600万人 = 18億膳の年間消費量になります。かなりの木を切り倒さなければなりませんね。これらの木は勿論外国からの輸入に頼ります。どこかの國の木が減少したことで、砂漠化や地球温暖化に拍車をかけます。それが再び異常気候としてどこかの國を荒らします。それが日本になるかもしれません。携帯電話と同じ様に、My 箸も必須道具になればいいですね。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;因みに、私は帰宅時に、自分の管轄内の使用されていない実験用サーバ電源を切って帰るようにしています。皆さんはどうされているのでしょうか?&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;em&gt;- ペンギン飼育係が見た:地球温暖化と割り箸　より（&lt;a href="http://blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html"&gt;http://blog.miraclelinux.com/penguin/2006/12/post_d2ba.html&lt;/a&gt;）-&lt;br /&gt;&lt;/em&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;何だか凄そうな数字が並んでいる。18億膳！ヒェー明日からは私もマイ箸ね、なんて思ってしまう人もいるんではなかろうか。&lt;br /&gt;まあ、ちょっと落ち着いて考えてみて欲しい。この記事を書いた人にも落ち着いて欲しい。3600万×500膳は180億膳である。ものすごく単純な計算ミスをしている。&lt;br /&gt;実際の年間割り箸消費量が「何膳」なのか私は知らない。カレーやパスタのような洋食では箸は使わないだろうし、ファーストフードもまず使わない。寿司だって使わない人も多い。そもそも３割もの人が外食だらけとも思えないし、そうやって考えると180億膳というのはちょっと多すぎる気がする。&lt;br /&gt;まあ仮にその数字が正確としてだ。&lt;br /&gt;問題なのは、単位が「膳」なことにある。「膳」なせいで、180億という愕然とするような数字が弾き出されているのだ。&lt;br /&gt;今回の論旨は、割り箸を使った分だけ木が伐られている、というところにあるはずだ。なら、本来「木を何本切ったか？」で説明すべきではないのか？&lt;br /&gt;ここに１膳の割り箸がある。今、うちの会社の給湯室に行って取ってきたのである。&lt;br /&gt;長さ20cm。幅が太い側で1.3cm、細い側で0.7cm。厚さが太い側で0.4cm。まず標準的な大きさだろう。&lt;br /&gt;これから１膳分の体積を求め、それを180億倍すれば、日本人が割り箸で年間に消費している木材の量が求められるはずだ。ということは、年間何本の木が必要かもわかるはずだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;まず、１膳の体積。割り箸は、太い側と細い側を交互に組み合わせて作ってるはずだから、幅は数字の便宜上中間の1cmにして差し支えないはずだ。まあ誤差を多めにするため厚さを0.5cmとすると、1膳の体積は&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;20cm×1cm×0.5cm＝10c㎥&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;となる。これに製造時の歩留まりの分が加わって1膳に必要な木材量になるわけだが、細かいのは面倒なのでものすごく多く見積もって仮に半分歩留まりが出るとすると、1膳の体積の2倍で20c㎥になる。それを18000000000倍だから&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;20c㎥×18000000000＝360000000000c㎥&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;何だかさらに数字が大きくなった。3600億である。より怖ろしく感じてしまう人もいるのではなかろうか。実際は単位が「膳」から「立方センチメートル」というさらに小さい単位になったから、というだけなのだが。&lt;br /&gt;単位を変えてリットルにしてみる。3億6000万リットル。2リットルのペットボトルにしたら1億8000万本、それを並べたらなんと長さ1万4400km、東京からユーラシア大陸と大西洋を横断してアメリカまで達します！だとか。数字のお遊びで脅すことはいくらでもできる。そういう騙しに乗らず、本質を見なければならない。&lt;br /&gt;単位を立方メートルに変えると、360000㎥。何だか途端に迫力のない数字になる。&lt;br /&gt;これを覚えておいてもらって、次に原材料の木の体積を求めてみる。&lt;br /&gt;直径30cm、樹高15m弱。樹種にもよるが、まず30年生ぐらいの若い木だろう。それぐらいのものを使うものと考えてみる。この木から0.2m×0.2m×10mの角材をとって加工をするとして、1本の体積は&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;0.2m×0.2m×10m＝0.4㎥&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ということは。先程の年間割り箸消費体積の360000㎥を本数に直すと&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;360000÷0.4＝900000本&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;90万本。まだ多い気がする人もいるだろうか。だがこれは、日本全国で割り箸を一年間使いまくった場合に使われる量として想定された数字だ。それで、せいぜい90万本。果たしてそれは多いだろうか？&lt;br /&gt;本数ではまだわかりにくいので、面積にしてみる。この90万本が、2m間隔で縦横直交の列状に配置されているとすると、１本あたりの占有面積は4㎡になる。従って、90万本分の占有面積は&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;900000×4＝3600000㎡=360ヘクタール&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;随分小さい数字になってきた。面積で話をする場合の決まり文句に「東京ドーム何個分」ってやつがあるが、あれは東京ドームを4.6ヘクタールとして計算している。この場合なら78個分だ。それでもまだ想像力に欠けた人なら騙せるかもしれない。割り箸を使い続けることで、貴重な森林が毎年東京ドーム78個分ずつ失われていくのです、とか、喪失が永遠に継続されるかのように言えば、多分日本人の半分以上は騙せるだろう。&lt;br /&gt;東京ドーム78個が、日本の森林面積に占める割合で言えばどのぐらいか、だとか。そういう想像が出来ないからだ。&lt;br /&gt;日本の森林総面積は、1995年の報告で2515万ヘクタールとされている。そのうちには自然保護の観点から一切伐採が認められていない森も含まれるが、人の手で植えられた人工林が約40％とされているから、まず1000万ヘクタールぐらいは「伐ってもいい森」があることになる。&lt;br /&gt;360ヘクタールというのは、そのうちの0.0036％に過ぎない。100年かかってようやく0.36％である。&lt;br /&gt;日本人の3割が、割り箸をあらん限り使いに使いまくってようやくこの程度なのだ。この程度を伐ったところで、種が飛んで勝手に生えてくる分だけでも補完できるのは間違いない。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;かなりの木を切り倒さなければなりませんね。これらの木は勿論外国からの輸入に頼ります。&lt;/blockquote&gt;なんて何の想像もしないで言ってみても意味が無い。日本に限定して言ってもこの程度なのだから、諸外国にかける迷惑を総合したってたかが知れている。&lt;br /&gt;何ら専門知識は使っていない。せいぜい日本の森林総面積ぐらいで、それだって検索すればすぐに出てくる。ちょっと想像すれば、ここまで出せるのに。18億膳（実際は180億膳だが）という天文学的数字で思考停止してしまうから本質を見失うのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そもそも、この人は根本的に忘れていることが一つある。木というのは、植えれば育つのだ。&lt;br /&gt;仮に、割り箸をあらん限り使いに使いまくる3600万人の人が、一人1本ずつ木を植えたとする。3600万本。年間に割り箸になる木が90万本だから、それは40年分の割り箸をまかなえる量になる。40年あれば立派な材木に育つだろう。40年に1本、一生に2本植えれば、一生で使う割り箸分の森林ぐらい自分で何とかできるのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何とかしようのある割り箸に比べ、この人の日常には取り返しのつかない環境負荷を与えている要素が実に多い。&lt;br /&gt;ほとんど外食。特にコンビニ弁当。これほど環境にとって悪いことはない。弁当のパッケージはほとんど石油原料で作られている。一緒にお茶かなんか買うならペットボトルもそう。それらの原料の石油は、何万年何億年とかけて自然作用で生まれたものだ。多少は植物から作る技術が発達しつつあるが、まだまだコストが高いから実用性がない。&lt;br /&gt;プラスチックならリサイクルできる？とんでもない。取り返しの利かなさで言えば木材とでは比較にならない。リサイクルされたところで、歩留まりは出るしリサイクルにもエネルギーが必要になる。現状は、そこでも石油を使うのだ。&lt;br /&gt;せっかく地中深くに埋もれていたものを燃やして大気中に放出するのだから、多少リサイクルでごまかしたって環境に負荷をかけ続けていることに変わりはない。&lt;br /&gt;木材の組織の半分は炭素で出来ている。その炭素は、大気中の二酸化炭素を吸って出来たものだ。もちろん燃やしたり捨てて腐ったりすれば大気に放出されるが、吸ったものを吐いただけだから収支はプラマイゼロになる。使っただけ大気中の二酸化炭素を増やすプラスチックとはまるで違うのだ。&lt;br /&gt;それをさも得意げに「割り箸は断ってプラスチックのフォークを」なんて言うのだから、何をか況やである。だいたい、洗って翌日も使うって、割り箸だって洗えば翌日ぐらいまでは使えるだろうに。&lt;br /&gt;外食そのものも問題だ。外食は、食材のロスが非常に多い。大量生産だから経済的で無駄がないように思うかもしれないが、使える部分以外は容赦なく廃棄するし大量に抱えた分の腐れロスも出るから、自炊と比べ食材消費率が高いのだ。だから価格も高くなるのである。&lt;br /&gt;と、いうことは。その無駄になった食料を生産する分だけ、世界のどこかの森林を潰し畑にするのに加担していることになる。その分も、割り箸節約分により抑えた環境負荷より圧倒的に多いはずだ。&lt;br /&gt;マイ箸も含め、そんなことをやっているよりすぐ山に行って木を植えるほうが効果は圧倒的だ。何せ1本植えれば40年分である。&lt;br /&gt;家族でキャンプがてら湖にでも行って、人数分木を植えたらあとはたっぷり遊んで。それが、40年分の割り箸使用に見合う環境活動なのだ。割り箸不使用のためだけにわざわざ毎日マイ箸なんか携帯して面倒くさい思いをするぐらいなら、そっちのほうがよっぽどいいではないか。&lt;br /&gt;それが本質を見た考え方、というものではないだろうか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;割り箸だけでなく、建築でも家具でも紙でも薪でも何でも、現状で消費される木材の量というのはたかが知れている。植えたり自然に増えたりで取り戻せる量は超えないし、使うと森が壊れるなんていうのは誤解もいいところだ。森は、そんなにヤワじゃない。&lt;br /&gt;そして、使うために伐る人は、使った分どうするかを考える。植える。手入れする。育てる。伐って終わりにはしない。そうしないと収入がなくなるからだ。&lt;br /&gt;使えるものはどんどん使っていい。使った分だけ植えればいいのだから、植えてくれる人に植えるための資金を回すためにはむしろ使ったほうがいいのである。&lt;br /&gt;「森林破壊」について言うなら、問題にすべきなのは使いもしないで伐ってしまっていることにある。&lt;br /&gt;畑を作る、牧場にする、家を建てる、ゴルフ場にする、何やらかんやらの理由で森を伐り倒し、伐った木は使いもせずに捨てている。その面積や本数は、使うために伐られた量とでは比較にならない。&lt;br /&gt;もちろん伐った分だけ植えるなんて発想は無い。さらに、使い終わったというべき過疎地の耕作放棄地や潰れたゴルフ場、そんなものは知らんとばかりにほっぽり出したままだ。その森は、何百年も経たないと元の森には戻らない。単純なマイナス。これは、間違いなく今後やってはいけないこととして糾弾すべきことだ。&lt;br /&gt;それと同じ文脈で割り箸を語るのは、勘違いも甚だしい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;と。いうことを踏まえて。&lt;br /&gt;２番目のサイトである。DNA分析なんかを研究していて、本も出している大学の先生のブログらしい。ミートホープ事件なんかも扱っていて、そういう専門分野での記事には非常に面白いいい記事が多かった。&lt;br /&gt;環境分野は（恐らく）専門外なのだが、私と同じように日々似非エコロジストを苦々しく思っているらしく、１番目のような典型的思考停止型非科学的環境論に反論する記事も載せられている。これもその一つらしい。&lt;br /&gt;だが、まあ専門外にはあまり首を突っ込まないほうがいいというか。読みかじり知ったかぶりのしどろもどろ感が拭えない記事になってしまっている。やはり、ことの本質からはズレてしまっているのだ。&lt;br /&gt;長い記事なので、全文は引かない。ポイントで抜粋する。是非、原文も読んだ上で私の指摘を読んでもらいたい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;h3&gt;森林と割り箸 二酸化炭素と地球温暖化&lt;/h3&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;地球温暖化対策のためには二酸化炭素の排出量を削減する必要があるそうです。&lt;br /&gt;この命題は一般的には真だと受け止められていて、本気かパフォーマンスか知りませんが、さまざまな企画され、日常生活の中で二酸化炭素の排出量を減らそうとの涙ぐましい努力がなされています。&lt;br /&gt;日本が削減しないといけない二酸化炭素の量のうち、森林が吸収してくれる二酸化炭素も含まれているそうで、この分を引いた分だけ産業・家庭などの努力で減らせばいいらしい。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　　　～中略（三治）～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;しかし、植物もいつまでも成長し続けるわけではなく、やがて老いて成長が鈍り、死んで枯れます。&lt;br /&gt;成長が止まると光合成も止まります。&lt;br /&gt;死ぬと腐敗が始まります。腐敗という現象は、微生物によるセルロース分解です。これは燃焼ですので、二酸化炭素が発生します。完全に腐敗しきると、植物の吸収した分の二酸化炭素と同じ量の二酸化炭素が出ます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;植物が生長している過程では、確かに空気中の二酸化炭素は減りますが、森林全体をみると、成長期の林、老いた木、死んだ木、分解されつつある木などが混在しています。森林全体としてみると、二酸化炭素の吸収と排出量はほぼ同じです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;一般によく手入れされている森林だと、空気中の二酸化炭素の量を減らすことはできます。&lt;br /&gt;植林から間伐、伐採を計画的に行っている場合、成長期の木の割合が高くなり、二酸化炭素の吸収量が排出量を上回ることになります。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ところが、森林を守ろうとのかけ声の下、何も手を加えないとどうなるでしょうか。間伐しないで雑然と成長すると、やがて日光が遮られ、多くの木の成長が止まります。当然光合成も鈍ります。老木が増え、枯れ木が増えると、ますます光合成を行う木の割合が減り、腐敗による二酸化炭素放出量が上回ることになります。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;空気中の二酸化炭素を減らさないといけないとの前提の話ですが、もしこれを森林により達成しようとするのなら、森林を単に守るだけではかえって逆効果で、計画的な伐採・植林が必要なことがわかると思います。木によっては放っておいても増える種類がありますので、定期的に老いた木や密集した木を間伐、伐採するだけでも有効で、あえて植林しなくても若い木々を保つことができます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;森林を守るとはこのようなことであり、決して伐採反対だけで達成するものではありません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;木を切ることであればどんな場合でも反対する「自然保護」を自称する団体がありますが、彼らの行動により、二酸化炭素を減らすことが目的であれば、その目的の正反対の二酸化炭素を増やすことをしていることになります。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　　　～中略（三治）～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;割り箸の話に移ると、割り箸を確かに一回の使用で使い捨てにしてしまうのはもったいないような気がします。では、何度も使うのがいいのか、あるいは塗り箸を持ち歩いて割り箸を使わないことがいいのか、考えてみましょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;割り箸自身は元々間伐材など、ごみになるような木から有効利用して作られています。&lt;br /&gt;プラスチック箸はもちろん石油から作られています。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;箸を洗って使うとなると、水道水を使い洗剤を使うわけですから、環境への負荷がかかります。&lt;br /&gt;レストランなどで塗り箸やプラスチック箸などを使うところは、大量の箸を環境に負荷をかけながら洗い、最後にアルコールなどで消毒するそうです。洗剤やアルコールなどの薬剤を使い、廃液を出し、なにより、労働負荷がかかります。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;レストランで割り箸を使うことは、コストが安く、労働負荷も低い。割り箸はゴミになりますが、多くは生ゴミと一緒にごみになるため、生ゴミを焼却処理するときに、割り箸は有効に働いてくれます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;個人でマイ箸を持ち歩いている人は、何処で洗っているのか知りませんが、マイ箸を衛生に保つことはかなり難しいのではないでしょうか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;割り箸を使わないことが森林を守ることになる、ひいては地球温暖化対策になる、と思っている人は多く、また、マイ箸を持ち歩いているような人たちはその思想を他人に押しつける傾向があるでしょう。&lt;br /&gt;しかも、鼻持ちならないのは、そういう人たちは、自然保護に関心を持ち、大変いいことをしていると優越感臭をプンプンさせています。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;しかし、この思想は単なる思いこみ、勘違い、であり、科学的ではありませんし、実用的でもありません。&lt;br /&gt;それどころか、その思想は、環境をより悪化させ、地球温暖化をより促進させていると知ったら、この人たちはどうするのでしょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;あっさり転向するのか、それとも信仰を守り通すのか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;em&gt;- 森林と割り箸 二酸化炭素と地球温暖化　やさしいバイオテクノロジー/ウェブリブログ　より（&lt;a href="http://yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html"&gt;http://yoshibero.at.webry.info/200705/article_5.html&lt;/a&gt;）-&lt;/em&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;まずは、一段目。「本気かパフォーマンスか」だとか、「涙ぐましい」だとか、のっけから斜め上に構えた姿勢が際立っていたので載せておいた。&lt;br /&gt;およそ学術論文では見ない書きぶりである。専門外だからやっぱり気楽なのだろう。そして、現状の環境ムーブメントへの反感がそこはかとなく伝わってくる。何が何でも揚げ足とってやろう、という意気込みすら伝わってくるように思うのだが、私の穿ち過ぎなのだろうか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;二段目。いよいよ核心である。最近出た環境問題に批判的な本に触発されたらしいのだが、批判しようと躍起になりすぎたか、多少自家撞着気味の部分がある。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;植物が生長している過程では、確かに空気中の二酸化炭素は減りますが、森林全体をみると、成長期の林、老いた木、死んだ木、分解されつつある木などが混在しています。森林全体としてみると、二酸化炭素の吸収と排出量はほぼ同じです。&lt;/blockquote&gt;これは、林業用人工林の話でなく、自然林の話とするなら正しいと思われる。私が計ったわけではないが、どの本を見てもそう書いてある。&lt;br /&gt;木というのは、上に伸びる時期に組織に炭素を蓄える。どんどん背が高く大きくなる時期だからおわかり頂けるだろう。&lt;br /&gt;やがて、だいたいどんな木でも10mを越えたあたりから、上への成長が鈍くなる。横に枝を広げ幹が太くなる。そうなると葉の量も増えるから、呼吸による炭素放出量が吸収量に近づいてくる。&lt;br /&gt;ただし。死ぬまでは決して放出が吸収を超えることは無い。何故なら、植物は呼吸に使うエネルギーも全て光合成で賄っているからだ。根から吸うのは水と組織生成に使う窒素やリンなどの養分だけで、燃焼に絶対必要な炭素は大気から吸う以外得ようがないからだ。デンプンを蓄える機構は木には無いし、種を作って飛ばすにも養分が必要になる。&lt;br /&gt;枯れたり倒れたり、死んでようやく腐敗により放出だけになる。それと、林床にぽつぽつと生える幼木の吸収量がちょうど拮抗するのだ。だから、吸収と排出がほぼ同じになるのである。&lt;br /&gt;そして、間伐や植林を行うよく手入れされた人工林では、この収支が吸収側に偏る。そこまでは、まさにお説ごもっとも、よく勉強されました、なのだが。&lt;br /&gt;批判脳にとりつかれているこの先生は、この話を拡大解釈してしまう。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;ところが、森林を守ろうとのかけ声の下、何も手を加えないとどうなるでしょうか。間伐しないで雑然と成長すると、やがて日光が遮られ、多くの木の成長が止まります。当然光合成も鈍ります。老木が増え、枯れ木が増えると、ますます光合成を行う木の割合が減り、腐敗による二酸化炭素放出量が上回ることになります。&lt;/blockquote&gt;何だか、さっきのIT企業と同じレベルに堕した感すらある。&lt;br /&gt;やっぱり大事なことをわかっていない。森の木は、放っておいても生えてくる、そのイメージが無いのである。&lt;br /&gt;間伐したりしないと生えてこない、わけではないのだ。木には、陽樹と陰樹というのがある。陽樹は成長は早いが日なたでないと伸びられない木、陰樹は成長は遅いが林床の日陰の僅かな光でも成長できる木のことである。&lt;br /&gt;最初に陽樹がぐんぐん伸びて林冠を覆い、その子供達は暗いところでは生きられないから次第に減っていき、次第に陰樹の森に切り替わっていく。これを遷移と言う。そこに山火事があったり、台風による風倒や地滑りがあったり、枯れ木の倒伏があったりして陽樹の子供が育つ日のあたるゾーンが確保される。これを撹乱と言う。そうやって、常に入れ替わり立ち代り生まれ変わっていくのを100年200年のスパンで繰り返しているのが森なのだ。&lt;br /&gt;いくらいっぺんに育ったところで、枯れ木だらけにはまずならない。放出が吸収を大幅に上回ることは起こり得ないのだ。&lt;br /&gt;そもそも、先生ご自身&lt;blockquote&gt;森林全体としてみると、二酸化炭素の吸収と排出量はほぼ同じです。&lt;/blockquote&gt;と書いたばかりではなかったか？「自家撞着」と言ったのはここである。それとも、「自然林」と「放置人工林」では違う、とでも言うのだろうか。違いやしないのに。&lt;br /&gt;人工林や里山を放置せず間伐しないといけないのは、スギやヒノキのような陽樹林を維持するためだ。撹乱を人工的に起こすのである。放っておけば枯れ木林になるから、ではなく、陰樹林になってしまうからなのである。それを炭素収支の話と取り違えてはいけない。&lt;br /&gt;そして、木はそう簡単に腐らない。森に入ったことがある人ならわかるだろう、そこらじゅうの倒木は、動かさない限り倒れたままで何年も何十年もほぼそのままの姿を保つ。炭素の大部分は固定されたまま残るし、木自体が枯れて呼吸していないんだからその分の排出量だって減っている。&lt;br /&gt;枯れ木林になったところで、排出量自体大したものではないのだ。おまけにその排出する炭素だってもともと大気から吸ったものなのだから、放っておいたら二酸化炭素出し放題、大気中にも増え放題みたいな言い方は完全な間違いである。参考にした本が間違っているのか、先生の誤読なのかはわからないが。&lt;br /&gt;さらにもう一つ。間伐や定期的な伐採を行うとして、だ。その木はどこへ行くのか。そこまで考えていないのではないか？&lt;br /&gt;伐った木は森からいなくなった、というだけで、どこかで放っておけばやはり炭素を放出する。放出しないようにどこかに格納でもすると思っているんだろうか？&lt;br /&gt;そもそも、切るためのチェーンソーはほぼ全てガソリンで駆動する。運び出すトレーラーは軽油を使う。加工するにしても燃やすにしても、どこかでエネルギーを別に使って処理される。だから、手入れの行き届いた人工林でも、結局炭素収支は拮抗するようになっているのだ。&lt;br /&gt;「伐れば炭素を放出しない、伐らなければ放出する」と言ってしまうのは考え方として浅薄に過ぎる。&lt;br /&gt;伐った分を燃料にするだとか、プラスチック製品を木や紙の製品に変えていくだとか。化石燃料削減の方向に話を持っていけばまだ説得力があったのに。とにかく批判、と焦ったのか短絡的に根元を崩しに行くから足下が怪しくなってしまっている。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そして三段目。いよいよ割り箸である。ここはもう初っ端から終わりまで怪しい文言で埋め尽くされている。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;割り箸自身は元々間伐材など、ごみになるような木から有効利用して作られています。&lt;/blockquote&gt;割り箸＝間伐材というのは、国産の割り箸に限定した話になる。輸入品は、普通に材木用に伐った木から作られる。さらに、割り箸の9割は中国などからの輸入品であるから、まるで全部ゴミから作ったみたいなこの書き方も事実誤認ということになる。&lt;br /&gt;ちなみに、間伐材だってゴミではない。割り箸や鉛筆等の小さい木製品は重要な用途だし、紙の原料にもなれば今流行のペレットストーブの燃料にもなる。わざわざ間伐するような林業者は、せっかく伐ったのだからできるだけ金に換わるものに、と知恵を絞る。ゴミにされてしまうのは、邪魔だからと伐られた木だけなのだ。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;箸を洗って使うとなると、水道水を使い洗剤を使うわけですから、環境への負荷がかかります。&lt;br /&gt;レストランなどで塗り箸やプラスチック箸などを使うところは、大量の箸を環境に負荷をかけながら洗い、最後にアルコールなどで消毒するそうです。洗剤やアルコールなどの薬剤を使い、廃液を出し、なにより、労働負荷がかかります。&lt;/blockquote&gt;洗い手間にまで突っ込んで言うなら、割り箸の製造手間だって言うべきだろう。１回使い捨ての割り箸と、１年ぐらいは使うんだろう塗り箸やプラ箸では、期間トータルでの製造コスト･環境負荷がえらい差になるはずだ。&lt;br /&gt;仮にそれで割り箸のほうが環境負荷が少ないなら、なぜ家でみんな塗り箸を使ってるんだ？全て割り箸に切り替えろぐらいの話が出たってよさそうなものである。&lt;br /&gt;あくまで「問題になるような負荷ではない」というだけの話であって、使い捨てのほうが環境にいいなんていうのは○○を食べるだけで痩せるという破滅した論理に近い。&lt;br /&gt;批判脳にとりつかれて極論に走りすぎた典型例だろう。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;割り箸を使わないことが森林を守ることになる、ひいては地球温暖化対策になる、と思っている人は多く、また、マイ箸を持ち歩いているような人たちはその思想を他人に押しつける傾向があるでしょう。&lt;br /&gt;しかも、鼻持ちならないのは、そういう人たちは、自然保護に関心を持ち、大変いいことをしていると優越感臭をプンプンさせています。&lt;/blockquote&gt;結局、こういう手合いに何とか言ってやりたかったというだけなのだろう。だからと言って中途半端な読みかじりで反論を書こうとするからこうなる。ミイラ取りがミイラというのはこういうことを言うのである。&lt;br /&gt;お気楽に書いたのは同じなのだろうが、IT企業の社員ではなく仮にも大学の助教授という肩書きを持って発言しているのだから、もう少し責任と自覚をもってもらいたいものだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そして、さらに２番目のような「よくある批判脳的反論」にさらに批判脳的に反論している部分があるのが５番目のサイトである。&lt;br /&gt;Googleさんは実にうまいこと「世間によくある見解順」に配置してくれたものだ。つい記事にしてしまいたくなるぐらいうまい順番だった。&lt;br /&gt;このサイトの作者は、ジャーナリストらしい。ジャーナリストな割に「著作権法に基づき、一切の無断引用・転載を禁止します」とか書いていて著作権法すら読んでいない人らしいが。無断引用が認められていなかったら迂闊にいい論文なんか書けない。引用連絡だけで日が暮れてしまうんではなかろうか。&lt;br /&gt;そんな妄言に構う必要はないのだが、たかがブログの記事ぐらいのことで訴えられでもしたら面倒なので、リンク再掲だけにしておく。お手数かけて申し訳ありませんが、リンクを辿って読んでみて下さい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;- 栗野的視点／地球温暖化防止以上に健康被害がもっと怖い割り箸の使用（&lt;a href="http://www.liaison-q.com/kurino/eco02.html"&gt;http://www.liaison-q.com/kurino/eco02.html&lt;/a&gt;）-&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さすがジャーナリストである。きちんと割り箸の年間使用量を調べてある。先程は面倒くさがって調べていなかった私も今調べてウラをとったが、この数字で合っているようだ。林野庁の公表資料に出ているが、250億膳で45万㎥だそうな。&lt;br /&gt;先程は疑義を呈したが、さすがIT企業、なかなか侮れない。いいところをついていた。計算は間違ってたけど。&lt;br /&gt;私の計算の前提条件を180億膳から250億膳に変えてみると、必要木材量は50万㎥になる。実際が45万㎥だから、私の想定力もなかなかのものである。と、さりげなくアピールして疑義を呈したことへのマイナスイメージを払拭し、上記の想定数量を書き変えていく手間を削減しておいて、記事内容に進む。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;やはり、間伐材使用の件での反論は多く聞くのだろう。割り箸の9割は輸入であることを指摘しているが、それについては一番目のページについてそもそもその量が大したことが無いという反論済みなので、詳しくは触れない。&lt;br /&gt;にしても、こんな量ごときの割り箸だけに限定して全面輸出禁止しようとする中国という国は。外交カードに利用しようとしているのが見え透ける。そんなことするぐらいなら倍ぐらいに値上げしたほうがよっぽど儲かるのに。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;通り一遍の、一番わかりやすい森林破壊や地球温暖化の観点からの割り箸批判も書いているが、この記事での力点はそこには無い。タイトルの通り、地球温暖化「だけでない」のであって当然「だけでない」対象の健康被害の問題のほうを強調したいのだろう。&lt;br /&gt;にしても、変な文章だ。中国産が止まる止まると言いながら、結局は中国産に頼らざるを得ないのが現状って、止まったらどうするつもりなんだろうか。そこにビジョンがなさ過ぎる。&lt;br /&gt;止まったらあとは値段の問題じゃないだろうに、値段を理由に国産材の復権はあり得ない、というのは論理破綻だろう。国産材しかなくなるんなら復権するしかないんだから。&lt;br /&gt;しかも、中国産のものの健康不安を散々煽っておきながら、だ。金魚鉢に入れたらみんな3日で死にましたよ、と脅しておきながら、だ。「塗り」が問題なんだから塗り箸もプラ箸も危ないんですよ、とまで言っておきながら、だ。それでも、中国から割り箸を輸入すること自体を否定しようとはしない。&lt;br /&gt;何だか不自然じゃなかろうか。国産の間伐材利用品を応援しましょう！になるのがどうみても自然な流れなのに。林業従事者がいないからもうだめだろうって、使わなければさらにダメにする一方ではないか。&lt;br /&gt;ちなみに、金魚鉢に入れたら死ぬのは、箸だけではない。もっと身近にある。私達が毎日口にするものにもある。ご存知、塩素たっぷりの水道水である。これはテキメンに利く。地方によって塩素濃度に差はあるらしいが、多くの地域では3日も持たないだろう。金魚だから死ぬんであって、人間なら影響が無いとは言えないまでもすぐ命に関るようなことが無いのは言うまでもない。&lt;br /&gt;こういう根拠の薄弱な脅しを使い。一つ一つアレはダメ、これもダメ、と潰していって。このブログの以前からの読者の方には、「どこかで見たパターン」ではないだろうか？そう、&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/02/blog-post_09.html"&gt;2月9日の記事&lt;/a&gt;で書いた、「一日２食健康法」と全く同じ流れなのだ。&lt;br /&gt;当然、結論もまた。ここだけは我慢できないので引用する。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;　さて、最近は中国製のみが問題視される傾向があるが、こうしたことはなにも中国製に限ることではないだろう。&lt;br /&gt;　ところで中国製割り箸でも安全安心なものもあるし、地球温暖化防止に貢献しながら、安全性の問題にもきちんと取り組んでいる企業もある。&lt;br /&gt;北九州のベンチャー企業、楽しい株式会社である。&lt;br /&gt;同社の内容と取り組みについては私の取材記事「&lt;a href="http://www.liaison-q.com/company/orange2-15.html"&gt;竹製割り箸、リサイクル竹炭の販売を通し、中国での植林活動に取り組む北九州のベンチャー企業&lt;/a&gt;」に詳述（ＨＰ「九州の頑張る企業」に収録）しているので、そちらを一読して欲しい。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;こんなまとめアリか？無理やりにも程がある。突如として「なにも中国製に限ることではないだろう。」だとか「中国製割り箸でも安全安心なものもあるし」なんて話が出てくるのだから。そして極め付けが「きちんと取り組んでいる企業もある。」である。&lt;br /&gt;実はこのページ、「リエゾン九州」という九州のベンチャー企業支援をやっている組織のサイトのコンテンツなのである。&lt;br /&gt;シロウトにはわかりにくそうな問題、ともに化学物質がらみの健康問題で脅しに脅して周囲を全部否定して、安心なものとの落差を印象付け「これしかない」ぐらいに思わせようという論法である。ジュース･お茶･コーヒー･ミネラルウォーターまで全否定して浄水器と柿の葉茶に誘導した２ショッカーと、結末まで同じである。&lt;br /&gt;しかも、このサイトの内容も「まぐまぐ」で配信されているらしい。何で「まぐまぐ」はこんなのばかりなのか、と２例だけで決め付けるのは危険かもしれないが。あまりに同じメソッドで「まぐまぐ」がそういうふうに指導してるんじゃないかとすら勘繰ってしまう。&lt;br /&gt;やっていることは立派なことなのに。普通に応援すればいいのに。何でわざわざ根拠薄弱な地球温暖化まで持ち出して周囲を潰そうとするのか。しっかり取り組んでいるナントカ株式会社にだって失礼ではないか。&lt;br /&gt;「競争原理」がはびこった結果、こういう足の引っ張り合いで勝てばいいみたいな向上心に欠けた輩が幅を利かせてきた気がする。ダメダメ言ってこれしかないと押し付けるより、これがいいここが素晴らしいと言ってくれたほうが、買う側の気分がいいのは間違いないのに。客の顔が見えていない商売というのはこういうのを言う。&lt;br /&gt;しかもご丁寧に、自分の書いた他のサイトの記事まで紹介しているんだから。本当にジャーナリストという奴は。こんな文章を売ってるだけで食っていけるのだからいい商売だ。この何だかしゃれたものに聞こえる横文字は、「売文家」とかそういう言い方に変えていくべきなんじゃないかとすら思われる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。三つ、違う立場の意見を見て頂いて。その一つひとつに反論を行ったわけだが。&lt;br /&gt;何も私は、批判をすることで相手の足を引っ張り慧眼を誇りたいのではない。かといって、真剣に環境問題を訴えたいのでもない。&lt;br /&gt;環境については、私は既にできることをやっている自負がある。玄関先で苗木を育て、毎年そこから30本位は山に植えに行っているからだ。&lt;br /&gt;なんだそれっぱかし、と思うかもしれないが。やっているのといないのとでは随分違う。割り箸で考えてもらいたい。私が木を植え始めて既に5年になるから、150×40÷2で、私は既に3000人の一生分の割り箸を植えてきたのである。そして、実際に山に入り、木がどうやって生きているかを多少なりとも見てきたのである。&lt;br /&gt;3人それぞれ立場は違うが、一人でも私と同じ方向でことを動かしている人間がいるか？山に入ったことがあるか？木に触れたことがあるか？小さな種から背丈をはるかに超すまで一本の木を見続けた者がいるか？&lt;br /&gt;やっていないから、彼らの言葉には重みがないのだ。やったことのないことには、想像力が働かない。アタマだけで軽く考えるから、どこかで思考停止する。&lt;br /&gt;これは、環境問題に限ったことではない。何についてでも応用できる。&lt;br /&gt;その、思考停止の構造について述べたかったのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;１番目は、ちょっと考えてみたが18億（くどいようだが計算間違いで実際には180億だが）という数字の大きさで思考停止した。それがどれだけの量なのか、もう一歩踏み込むことをしなかった。&lt;br /&gt;「割り箸はどう考えても環境によくない」という思い込みから出発するから、間違った。&lt;br /&gt;２番目は、そういう思考停止に気付いても、正しい反論ができなかった。身近にたまたまあった反論材料に飛びつき、それだけをもとに話を進めてしまい、反論材料の検証が不十分になった。&lt;br /&gt;「環境をしたり顔で言う奴はうさんくさい」という決め付けから出発するから、間違った。&lt;br /&gt;５番目は、立場上の利益誘導のほうに引きずられるあまり、問題の本質からはるかかけ離れたところに着地点をもっていってしまった。&lt;br /&gt;「自分が儲かることに話を持っていかなければ」と思うあまり、何が言いたいのかもわからん話になったのである。&lt;br /&gt;どれもこれも、出発点が間違いなのだ。&lt;br /&gt;割り箸は環境にいいか悪いか、または自分が儲かるには何を言うか、どこかに決め付けてから出発するからだ。&lt;br /&gt;実際には悪いことは悪いけど大したことはないし、割り箸を使うのをやめる労力があったらもっと効果的な方法がある、という玉虫色が結論なんだから、善悪二元ではどうやったってそこには辿り着けないし、私利私欲は言うまでもないだろう。&lt;br /&gt;IT企業社員だろうと大学助教授だろうとジャーナリストだろうとそうであるように、この出発点決め付けによる誤謬は世の中にはびこりまくっている。マスメディアなんか全部そうだと言ってしまっていいぐらいだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;世の中、いいと思うことにも悪いことは必ずある。逆もまた然り。&lt;br /&gt;そんな当たり前のことを、人は出発の時点で頭から消してしまうことがある。&lt;br /&gt;それを忘れず、常にアタリマエは全部疑わなければ、正しいことなんか見つかりようがないのだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8643476265709208089?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' 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/&gt;とはいえ、何せ式の前日である。時間も１０時近い。夜の営みに燃え盛っていたりはしないんだろうか。&lt;br /&gt;そんな実に下らない心配にすら苦しめられながら、おそるおそる。メールを送ってみたのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;返信は、すぐに返ってきた。ばかりでなく、私を大いに落ち着かせた。&lt;br /&gt;彼が高校からツルんでいて、進学校の癖に雁首揃えて私と同じ予備校に進んだ連中ぐらいしか来ないらしい。&lt;br /&gt;ひとテーブルは１２人だから、あいつらだけでほとんど席は埋まるだろう、と。&lt;br /&gt;大いに安心した。予備校を無事卒業して以来１１年、一度も会っていない顔ばかりだが、というか私は予備校もろくに通わず近所の競馬場に入り浸っていたので予備校でもそんなに関わりがなかったのだが、少なくとも緊張が必要な面子ではない。バカやった仲間ではある。&lt;br /&gt;身の御しかたの、見通しは立った。もう用は無いのだが、あんまり夜の営みに移りたい気配もないので、小一時間ばかり馬鹿話をしてまた明日、ということになった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さらに念には念を入れる。&lt;br /&gt;来ることが確認できた面子のうち、一番親しく付き合いがあった友人にも連絡をとった。&lt;br /&gt;まだ実家住まいの彼は、私と向かう方角が一緒なのである。電車に乗るのもかなり久々であり、親戚やら仕事関係やらの付き合いの人でごった返す式場を一人うろうろしたくはなかったのだ。&lt;br /&gt;同じく５年ぶりの、少し腰の引けた調子の彼をも一気呵成に馴れ馴れしくあつかましい調子で圧倒し、私のペースで行程も決まったのであった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;当日。式は昼からだと言うのに、６時には目が覚めた。&lt;br /&gt;よほど楽しみだったらしい。結婚式というよりは同窓会の気分である。&lt;br /&gt;昔から日曜や遠足ばかり早起きする子供だった私は、毛脛の生え揃った３０男になってもやはり変わっていない。&lt;br /&gt;電車のデッキに乗ってしばらくすると、友人が乗ってきた。&lt;br /&gt;やはり何の気遣いもなく、昨日も一緒にバカやってたかのように話かける私に、彼は多少面食らっていたようだったが。２０分ほど揺られるうちにすっかり昔の通りの関係に戻っていた。戻りすぎて若干険悪な倦怠感すら漂っていた。&lt;br /&gt;駅につき、平気で信号無視しながら歩いてゆく私についてこない彼を罵倒するうちに式場。２０分前。ほぼ予定どおりである。&lt;br /&gt;それはそれは、立派な式を予感させる要素に満ち満ちた受付だった。ホールでは弦楽四重奏の生演奏である。&lt;br /&gt;育ちが違うのだ。結婚する彼は、地元有力企業の社長子息である。列席者には、すごい名前が並んでいる。&lt;br /&gt;なかなかにつらい待ち時間であった。この日ほど、末席が素晴らしいと思ったことはない。隅っこで小さくなりながら始まるのを待った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;にしても、来ない。&lt;br /&gt;さすが奴らである。結婚式だというのに５分前でも誰一人現れない。私より常識の無い人間がこれだけいるとは思わなかった。&lt;br /&gt;当然ながら、当人は控室にこもっているし、式次第や席次を眺めるぐらいしかすることがなかった。&lt;br /&gt;知った名前は、私を含め７名だった。親戚とおぼしき同じ苗字だらけの隣のテーブルから、こぼれたのであろう同じ苗字の親子連れが三名。&lt;br /&gt;残りの一人。私の隣の席である。かなり特徴的な苗字に見覚えがあったが、よく思い出せない。少なくとも高校絡みではない。&lt;br /&gt;不自然なのだ。テーブルの定員は１２名。このテーブルの席は１１席。高校７名親戚３名に、一人ポツンと割り当てられた変な苗字の彼。&lt;br /&gt;と思ううちに、どやどやと友人が揃った。既に照明が落ちている。本当にギリギリに駆けこんできやがった。しかも一人まだ来ない。結婚式に遅刻する奴というのは聞いたことがないが、奴なら不思議ではないから不思議である。&lt;br /&gt;そして、誰一人社交辞令を言わない。「よう」で終わりである。やはり、昨日まで会っていたかのような調子で何食わぬ顔をしている。&lt;br /&gt;よくもまあ、こんなのばかり集まったもんである。良家のご子息なんだから、友達は選んだほうがいいと思うんだが。もちろん、私も含めて。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;乾杯が近づき、グラスに酒を酌み交す。場違い感で溢れかえりそうな隣の彼に、ビールを注ぎつつ思いきって聞いてみた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;「（変な苗字）さんは、アイツの大学か何かの関係ですか？」&lt;br /&gt;「あ、はあ。そうです。東京の○○大学で一緒で。」&lt;br /&gt;「ああ、やっぱり。一度お会いしてると思うんです、アイツがライジングサンで友達を連れて来た時に一緒に飲んで・・・」&lt;br /&gt;「ああ、あの時の方ですか！覚えてます覚えてます、確かニコタマなんとかとかいう変な名前の馬のハズレ馬券をくれた方ですよね？」&lt;br /&gt;「え、あぁそうでしたっけ・・・ちょっとそれは覚えてないんですが・・・」&lt;br /&gt;「いや、そうですそうです。あれしばらーく財布に入れてましたから。」&lt;br /&gt;「ああそうですかー。ありがとうございます。ははははは」&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;今考えると何がありがたいんだかさっぱりわからんのだが、お礼を言われて気を悪くする人はいるまい。&lt;br /&gt;にしても、よく覚えていたもんである。取引先の名前もろくに覚えない私が。それもこれも変な苗字のおかげであろう。&lt;br /&gt;彼は私以上によく覚えていた部分があった。やはり変な苗字の人は、変な名前に敏感なものなんだろうか。&lt;br /&gt;かくて、私の立場は完全に固まった。それは、決して歓迎すべきものではなかった。&lt;br /&gt;左を向けば、ろくに連絡もしていないのに相変わらずな関係を保っている、相変わらずなろくでなしの軍団と相変わらずなヨタ話をし。右を向けば、一度しか会ったことない苗字は変だが立派な社会人の方と社交辞令を交わすのだ。&lt;br /&gt;心に誓った。今日は、酔えない。酔えば確実に右と左を混同する。&lt;br /&gt;別に左はどうでもいい、というよりこれ以上どうにもなりようがないのだが、右には最大限に居心地の悪い人がいる。昨日の段階で私が恐れた立場に、まさに置かれている人がいるのである。&lt;br /&gt;この席以外割り当てようがなかった式の当人のためにも、ここは私が適度に居心地よいよう振る舞ってやるしかないではないか。&lt;br /&gt;酔えない。注がれたら飲みまくらなければならず、かつ酔えない。なに、いつものことだ。やってやるさ。&lt;br /&gt;やたら長いナントカ理事長の挨拶の間、私は決意を新たにし、右の彼のグラスに隙間を見つけ素早くビール瓶を手に取り、右の彼の顔色を伺&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;寝てる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;まあ、私も一度は覚悟したこととはいえ。&lt;br /&gt;新郎さんよ。お前さぁ、ほんと友達は選んだほうがいいよ。こんなのしかいないのかよ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;式は滞りなく進んだ。&lt;br /&gt;各界の著名人からの祝電が読み上げられ、嫁さんの親戚がガビガビに雑音が入ったテープを伴奏に日本舞踊らしきものを舞い、誰だかわからない女優はやたらに藤田まこととスティーブ・マックイーンの話を絡ませながら延々１５分に渡り宣伝だけで新郎新婦に何一つ触れないスピーチを敢行し、ブツブツ文句を言いながらひたすら酒をかっくらう末席のろくでなし集団には目もくれず式は進んだ。&lt;br /&gt;しかし、ろくでなしといえど、さすがに気が付いた。誰からともなく言い出したのである。&lt;br /&gt;普通、友人一同からささやかな贈り物とかがあるべきなんじゃなかろうか。&lt;br /&gt;何がいいか、と話す目の輝きが、既に尋常でない。&lt;br /&gt;案の定、ろくでもない案が次々飛び出す。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;・土鍋。&lt;br /&gt;　（あればあったで困らないが、まず買わぬ故）&lt;br /&gt;・浄水機。&lt;br /&gt;　（自社製品）&lt;br /&gt;・パイウォーター。&lt;br /&gt;　（最近見ないから）&lt;br /&gt;・ミネラルウォーター。&lt;br /&gt;　（つい勢いで）&lt;br /&gt;・東京ウォーカー。&lt;br /&gt;　（もはや語感のみ）&lt;br /&gt;・コン○ーム。&lt;br /&gt;　（逆に？）&lt;br /&gt;・札幌ドーム&lt;br /&gt;　（あげられるものならば）&lt;br /&gt;・鹿の頭の剥製。&lt;br /&gt;　（縁起がいいから）&lt;br /&gt;・えび。&lt;br /&gt;　（式次第・嫁の好物欄より）&lt;br /&gt;・えびの頭の剥製。&lt;br /&gt;　（もはや考える気力なし）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;という議論を経て。結局落ち着いたのは、「明日のメインの馬券」であった。&lt;br /&gt;何千円か出し合えば、三連単で相当の数の目が買える、当たれば下手すりゃ何十万、いや何百万だぞ、という意見に抗える者はいないのだ。この集団には。&lt;br /&gt;一人をWINSまで走らせ、ご丁寧にカードまでつけて寄せ書きをして。贈答品は完成した。&lt;br /&gt;寄せ書きの中身が公開できないのは言うまでもなかろう。私はまだ後ろに手が回るようなことは、したくない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;式は続く。早くも酔っ払って顔が真っ赤になっている奴がちらほらいる末席には目もくれず式は進んでいく。&lt;br /&gt;何せ、ずっとテンパった表情でかしこまっている絶好のからかい対象たる主役はこの末席からはるか遠くにいて、かつたまにお色直しとかいってちょくちょく姿を消すものだから、飲む以外することがない。&lt;br /&gt;たまに右の人に社交辞令を言う必要がある私は、まだ幸せだったのかもしれない。何しろ、油断しきってぐだぐだになっている左側とは、からっきし話題がない。こいつらの近況だのなんだの聞いたって何にもなりはしないではないか。全員ろくでもない社会人生活を送っていると、ちゃんと顔に書いてある。&lt;br /&gt;あることに気がついた。ハワイでとり行われたという神前式のビデオまで流れているというのに、誰一人新婦の話題をしないのだ。&lt;br /&gt;結局こいつらは、私と同じなのだ。自分と関係のあるもの以外には徹底して興味が無い。わざわざ新しい関係を作るのは面倒で仕方が無いのだ。&lt;br /&gt;類が友を呼びつつ、同類嫌悪で付かず離れずの関係を保って既に１５年。５～１０年のブランクがあれど、そのスタイルは何も変わっていない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ぼんやりするうちに式は終わりになったらしい。とてつもなく下らない話をして笑い転げていたら、周りががさごそ立ち始めた。慌てて、いろんな酒を混ぜてじゃれあっていたせいで何だか得体の知れない液体になったコップをめいめい手に取り、神妙な顔を作り直す。乾杯。&lt;br /&gt;悪ガキも３１にもなると最低限の空気は読めるようで、まず大過なく終わった。&lt;br /&gt;右の人は、日帰りで東京へ帰るらしい。つくづく、新郎はこの人にはひどいことをしたと思う。せめて仕事関係の若い人のテーブルにでもしてあげれば、何かしら楽しい思い出も作れたろうに。末席では、微かに面識のある私以外に右の人と話そうとする奴なんかいるわけがないのだ。&lt;br /&gt;今度こっちに来たらまた是非、ということで別れた。私は「何かハズレ馬券を見繕っておきます」と約束した。私だってあぶないものだったのだ。彼の気持ちは痛いぐらいわかる。きっとまた会うだろう。また社交辞令しか言わないけど。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;２次会は、ホテルのラウンジでやるらしい、とは聞いていたものの。発起人に名を連ねている奴ですらその店がどこだかわからない。徹底した連絡不足である。ロビーで３０分クダを巻き、ようやくとった手段が式を終えた新郎に電話である。なら出る時に聞いておけばいいのに。と、誰もが思っていても誰もやらないのが我々なのだ。&lt;br /&gt;ラウンジの奥のほうには、親戚や仕事関係の人とおぼしき集団が既に１５人ほど集まっていた。誰が言うでもなく、そことは壁を隔てた席に着く。一緒に座ったら７人揃って仏頂面になるのが目に見えている。&lt;br /&gt;ようやく、何だか落ち着いた。居心地が悪かったのは私だけではなかったらしい。油断の度合いがみるみる色濃くなっていく。&lt;br /&gt;ついに話題が尽きたか、多少互いの近況を話し始めた。既に式の開始から３時間半。そこまで話題に上らないほど、互いにとってどうでもいい話題だったのだ。&lt;br /&gt;しかもその内容は、聞いて損したとすら思った。全員わざわざ大学まで出ているのに、誰一人まっとうな社会人生活を歩んだものがいない。ちょっと前までパチプロだった奴が一人いる上、転職経験者が私を含め５人いるのだ。早めに結婚してここしばらくは転職していない私が一番世間的にまっとうなのではないかとすら思った。&lt;br /&gt;話すうちに次第に話が遡り、互いの第一印象の話になった。小中高ずっと一緒の同級生の例を除けば、全員が「何だコイツは」と思った、という結論を得た。どうやら類が友を呼んだのですら無いらしい。同類嫌悪による嫌い嫌いも好きのうちだとか、そんなような関係のようだ。&lt;br /&gt;既に全員３杯目の注文を終えた頃。一番「何だコイツ」と思われていたことにされた今日の主役がようやく登場した。&lt;br /&gt;どうもどうもとしゃっちょこばった挨拶もほどほどに、奥の親族席へ向かう。まあ、それが無難だろうと思っていたら、向こうもそこそこの挨拶のみで我々の飲んだくれ席のほうへ来てしまった。&lt;br /&gt;いいのか？と一応人並みな心配をする我々の前に、あ？いいんだ、と。ようやくよく見知った彼の顔が出た。彼が一番、窮屈な思いをしていたのだろう。まあまあとやるうちに、祝うというより結婚式をねぎらう会みたいになってしまった。&lt;br /&gt;結婚しているものは４人いるが、まともな披露宴をあげた奴が一人もいないのだ。私が呼ばれないはずである。そもそもその私に至っては何一つ式典的なものをしていない。写真すら撮っていない。面倒だからだ。&lt;br /&gt;面倒だよな、面倒だった。やっと終わったよ。いい家も大変だよな。それだけが我々の空気であった。&lt;br /&gt;おめでとうはそっちのけ。隣に座った嫁さんもそっちのけ。馴れ初めだの新婚生活だの、普通聞くようなことはやはり何一つ聞かない。互いに干渉されたくない私達には、それを聞いても何にもならないし聞かれたくもないだろう、という共通理解が出来上がっていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;いい加減出来上がって、仲間だけの３次会で鍋をつつくあたりでは、もうすっかり昔の顔である。式の当初は、あれでも相当分別くさい体を取り繕っていたのだろう。あれでも、あのレベルですら我々には負担なのだ。まっとうな社会人生活が送れないはずである。&lt;br /&gt;それでいて、これから俺達どうなっちまうんだろう、なんて不安を言い出す奴も一人もいない。なるようになるしなるようにしていける、という自信があるらしい。くだらないことを言っては貶しあってカラカラ笑っている。底抜けに楽天主義なのも、やはり私と同じのようだ。&lt;br /&gt;三次会が終わり町を練り歩く頃には、何の集まりだったかすら忘れてしまったような気分があった。「おめでとう」というのはギャグですらあった。誰もめでたくなんかないのである。祝う側ですら、式は口実でしかなかった嫌いがある。&lt;br /&gt;電車の時間があるから帰る、という私を、誰も止めなかった。疲れたからとか眠いからとか言ったら市中引き回しの刑に処するが、事情のあるものは決して止めない。それは昔からの暗黙の了解だった。&lt;br /&gt;おめでとう、と肩をバンバン叩く私と叩かれる彼を、みんなニヤニヤ見ていた。&lt;br /&gt;飲み会で一番大事なのは、別れ際である。ぐずぐず言う奴がいると醒める。別れ際がこうだから、私達はいつでも飲み歩いていられたのだろう。&lt;br /&gt;めでたいことにされたかわいそうな奴をからかう会は、私が帰った後もまだしばらく続いたらしい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;いい夜だった。心の底から、いい夜だった。&lt;br /&gt;こういう夜なら、たまにあってもいい。&lt;br /&gt;多分また１０年ぐらい無い気はするが。そんな関係だから長続きする、ということも世の中にはあるらしい。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7012733467969582063?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7012733467969582063/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7012733467969582063' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7012733467969582063'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7012733467969582063'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_21.html' title='似たもの同士の夕べ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-7728651138614678161</id><published>2007-09-20T16:42:00.000+09:00</published><updated>2007-09-20T16:40:50.396+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>改装オープンしました。</title><content type='html'>ちょくちょくご覧頂いている方はお気づきと思いますが。&lt;br /&gt;先週の金曜日からこのブログのテンプレートの改装作業に入りまして、先程ようやく携帯表示等の細かい部分まで確認作業が終わりましたので、お知らせいたします。&lt;br /&gt;また｢お前のブログなんだから勝手にやれ｣とお叱りを受けそうですが。まあ、ちょっと聞いて下さいよ。知識の無い私には大変な作業だったんですから。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そもそもこのブログは、Googleの｢Blogger｣というサービスを使って作っているんですが、そのテンプレの改造用にスタイルシートやらスクリプトやらをお借りしていたサイトが、急に閉鎖になってしまったようで。金曜に突然背景真っ白、テキストだけの表示になってしまってたんですね。&lt;br /&gt;一瞬固まりましたが、まあこういうこともあるのがボランティア配布スクリプトのいいところ（？）でして。たまにはイチからやり直しもいいもんです。&lt;br /&gt;とはいえ、大本をBloggerの公式レイアウトに変えましたから、それをこれまで慣れてきたものに近づけるのが結構大変でした。&lt;br /&gt;ソースだけでいじる今までと違って、「ウィジェット」とかいう各パーツごとにドラッグアンドドロップで編集できる、知識がなくてもいじれるようにしてあるもんですから、逆に決まってしまってるところを直すのがめんどくさいのなんの。７年前でタグの知識が止まってる、おまけにスタイルシートなんてろくにいじった経験がない私には、見たこともない文書がうじゃうじゃ。なんじゃこりゃ、でした。&lt;br /&gt;自動車みたいなもんですね。昔は乗る人はみんな自分で直せたのに、今じゃ整備士でも「メーカーじゃないとわかんない」とか言いますもんね。&lt;br /&gt;それでも最初のうちは「おお、ここをいじるとこうなりよるか」「これをこうでどうじゃ、ほれほれ」とか楽しんでたんですが。さすがに１週間やるとうんざりです。もうしばらくタグは見たくありません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;というわけで。だいたいはこれまでの表示に沿いつつ、ちょっとだけ変更を加えてみました。&lt;br /&gt;一応、下記に主な変更点を。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;１．上部フレームの表示を消しました。&lt;br /&gt;　あんまり使わないので。あと、たまに自分で自分のサイトを通報しちゃうので。&lt;br /&gt;２．英訳版の表示元をYahooからGoogleに変えました。&lt;br /&gt;　Yahoo翻訳が最近やたら重いので。翻訳の精度はYahooのほうが高いんですけどね。&lt;br /&gt;　何せGoogleさんだと「三治」は「three Osamu」ですから。さんおさむって何さんおさむ。&lt;br /&gt;３．ブログ内検索を上のほうにもってきました。&lt;br /&gt;　記事が増えたんで、自分でよく使うんです。&lt;br /&gt;４．最新の記事表示を５件に変えました。&lt;br /&gt;　１０件はかさばりすぎかなーと思ったもんで。&lt;br /&gt;　ちなみに、今までは昔の記事表示を表示している時は「今表示してる記事から順に前１０件」までが表示されてたんですが。それはできなくなったみたいです。&lt;br /&gt;５．一番下に「前の投稿」「次の投稿」と出るようになりました。&lt;br /&gt;　今までは古いほうへしか遡れなかったのが、新しいほうにも一個ずつ動けるようになりました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;こんなところでしょうか。&lt;br /&gt;「web拍手」とかすっかり忘れてて今日つけたぐらいなんで、他にも変なとこ直し忘れてるかもしれません。&lt;br /&gt;もしお気付きのとこありましたら、ご連絡をよろしくです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ではでは、明日以降のいつかに更新を再開します新生「雑念の置場」を、是非お楽しみに。&lt;br /&gt;多分中身は何一つ変わりませんけどね。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7728651138614678161?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7728651138614678161/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7728651138614678161' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7728651138614678161'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7728651138614678161'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_20.html' title='改装オープンしました。'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-7814708263194257612</id><published>2007-09-14T19:58:00.001+09:00</published><updated>2010-03-21T20:48:46.070+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='八百屋'/><title type='text'>上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～32～</title><content type='html'>～閑話休題・青果と農薬の思い込み～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;先日の&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/30.html"&gt;キャベツの記事&lt;/a&gt;へのリンク元をぼんやりと眺めていたら、ちょっと看過できない記事を発見しました。&lt;br /&gt;ヤフーの質問コーナーの回答で、既に２年前に「解決済み」になっている記事なのですが。ああ、未だにお客さんのイメージはこんなもんだよなあ、と。改めてがっかりしたというか、微妙な気分になりました。&lt;br /&gt;以下に全文引用します。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;質問日時： 2005/8/28 18:56:08  解決日時： 2005/8/28 20:41:35 質問番号： 5,829,904 &lt;br /&gt;・市場の中の八百屋でキャベツを買ったのですが店員がいちばん虫に食われた劣悪なや...&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;市場の中の八百屋でキャベツを買ったのですが店員がいちばん虫に食われた劣悪なやつをよこしました。とっさのことでびっくりして、クレームをつけることも思い浮かばず、今ごろ腹が立ってきました。これは、どういうことが考えられますか。私が客としてなめられたのでしょうか。 &lt;br /&gt;&lt;hr /&gt;・ベストアンサーに選ばれた回答 &lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;回答日時： 2005/8/28 19:03:01 回答番号： 21,129,949 &lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;虫が付かない位薬をかけた、キャベツより虫が付く位、薬の少ない物の方が良いのでは無いでしょうか。良い方に考え感謝して下さい。 &lt;hr/&gt;&lt;hr /&gt;・ベストアンサー以外の回答 &lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;回答日時： 2005/8/28 19:08:50 回答番号： 21,130,221 &lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;八百屋の主人ですが、この度は店員がそそうを致しまして申し訳ございません。&lt;br /&gt;いつも虫が食うような葉物は農薬をあまり&lt;br /&gt;使っていないから旨いんだ、なんて教えておりますので熱心さから出た事にてお許し下さい。&lt;br /&gt;適当に消毒剤を掛けたキャベツとお取り替え致しますので、恐れ入りますが当店まで&lt;br /&gt;お持ちいただければ幸甚です。 &lt;hr /&gt;回答日時： 2005/8/28 19:11:44 回答番号： 21,130,353 &lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;虫が食うという事は、農薬もなくて美味しいものですよ。&lt;br /&gt;なめられたという事はなくて、美味しいだろうと思うも物をだしてくれたんだと思います。&lt;br /&gt;けど、虫食いが嫌な人もいるでしょうから、その時に取り替えて欲しいと言っても良かったかもね。&lt;br /&gt;私の実家の家庭菜園のキャベツは、みんな虫食いですよ。けど、あまくて美味しいわよ。 &lt;hr /&gt;&lt;br /&gt;～Yahoo!知恵袋&lt;br /&gt;&lt;a href="http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=145829904#21130221"&gt;http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=145829904#21130221&lt;/a&gt;より&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;この回答のような誤解は、実に良く見ます。というより、ほとんど常識と言ってしまっていいぐらい、皆さん同じように考えられているようです。&lt;br /&gt;誤解、と言い切ってしまうのは適当ではないかもしれません。２割弱ぐらいは正解ですから。虫がつく＝農薬使用量が少ない、というのは間違いありません。虫が食っているものは食っていないものより安全な確率は高いでしょう。&lt;br /&gt;問題は、そこから実に単純に短絡的に、逆も真なりと決め付けてしまっていること、つまり&lt;strong&gt;虫の食っていないキャベツ＝農薬まみれで育てたキャベツ、と決め付けてしまっていること&lt;/strong&gt;です。&lt;br /&gt;そんなはずはないんです。だって、&lt;strong&gt;農薬を全く使っていない虫食いキャベツの畑にだって無傷のキャベツはある&lt;/strong&gt;んですから。&lt;br /&gt;どうにも、&lt;strong&gt;できるだけ虫が食ったりしていないキャベツを食卓に届けたい、という生産者の方の想いに対する無理解&lt;/strong&gt;にすら思えて、ちょっと黙っていられない気分になりました。&lt;br /&gt;本来私は一介の、経験の浅い元青果担当者でしかないわけで。生産者の方の完全な代弁者とはなり得ないわけですが。僭越は承知の上で、知っている限りのことを書いてみようと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;キャベツにつく食害虫は、蛾や蝶の幼虫がほとんどです。生産者の方の作業のひとつとして、この卵を産み付けに来た成虫を捕る作業があるそうです。卵さえ産ませなければ食害は起きないし、成虫は薬を使って殺すより捕ったほうが早いので、どこもみな捕虫網をブンブン振り回してつかまえるんだそうです。&lt;br /&gt;もし運悪く卵を産まれてしまうと、孵った幼虫は産みつけられた株から活動域を徐々に広げていきます。農薬を使う生産者の方はこのタイミングで使います。使わない生産者の方も、草取りをしたりしながら一匹ずつ手で取るんだそうです。&lt;br /&gt;農薬を使わなければ。または手で取らなければ。&lt;strong&gt;最悪、その畑のキャベツは全滅します&lt;/strong&gt;。アオムシとかケムシの類というのはものすごい大食いです。甘くておいしいキャベツの葉なら、底なしに食べてしまうのです。生産者のほうも必死です。&lt;strong&gt;食べられたら食べられたぶんだけ、生活に直結してくる&lt;/strong&gt;んですから。&lt;br /&gt;そうやって必死の思いで虫取りをして、今年はうまく虫食いのないキャベツが作れた、と胸を張って市場に送り出したら。「虫が食わないぐらい薬をかけた」と疑われてしまうのでしょうか？いくらなんでもそれはあんまりだと思うのですが。&lt;br /&gt;もっと言えば。虫食いがひどいキャベツは、当然ながら生産者の方も出荷しません。出荷できるレベルに無いと判断されたキャベツは、自宅用とするか、ごく親しい人に申し訳なさそうに配るか、畑に鋤きこんで堆肥にするかして、お客さんの目に届かないところで処分されているのです。&lt;br /&gt;すごく厳しい基準で判断し、ちょっとでも虫が食ったら出荷しない、という生産者の方だっています。そんな人のものまで「農薬まみれ」と疑われてしまうのでしょうか。&lt;br /&gt;虫が食った野菜は、見た目が悪いというだけではありません。前回まで繰り返し書いたとおり、野菜は切り口から腐ります。虫が食った部分も同様で、非常に腐りやすいからです。キャベツであれば、外側の皮をかじった跡があるぐらいなら剥けば済みますが、何と言う虫か知りませんが中へ中へ食い進んでいく奴がいて、外は大したこと無いと思ったら真ん中でぐちゃぐちゃ、なんてのも担当者は日常的に見ているのです。&lt;br /&gt;そういうものを並べない、という担当者の気遣いも、やはり「見た目ばっかりで」なんて言われてしまうんでしょうか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;水道水の塩素だとか防腐剤だとか農薬だとか、人体によくないものをわざわざ使うな、とヒステリックになる化学物質アレルギーな人がいます。&lt;br /&gt;確かにそれらは、使わなくて済むならそれにこしたことはないのでしょうが。なのになぜ使われるのか、どうして使われ始めたのか、もし今使わなくなったらどんなことが起きるのか。そこまでをしっかり検証し、対案を示した上での反論が、そうした人にできるのでしょうか。&lt;br /&gt;感情論みたいな思い込みによる主張が多すぎる気がします。&lt;br /&gt;一日２食健康法サイトへの反論で見つけて以来、すっかり私のお気に入りになってリンクも張らせて頂いている&lt;a href="http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html"&gt;有機化学美術館&lt;/a&gt;でも取り上げられていますが。&lt;strong&gt;危険性を主張するだけなら、ただの水でもできます&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;人間には何でもない物質でも虫など他の動物には有害、という物質だって数多くあります。逆ももちろんあります。ちょうど前回の記事は&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/31.html"&gt;玉ねぎについて書きました&lt;/a&gt;が、玉ねぎは犬や猫に食べさせると非常に毒性が強いということをご存知の方も多いのではないでしょうか。でも人間には、栄養豊富なおいしい食べ物なのです。&lt;br /&gt;「虫も食わないような」という言い回しは誤解以外の何者でもありません。虫は食べないけど人間は食べられるものだってあるのです。&lt;br /&gt;日本の農薬の使用基準は非常に厳しく、世界でもトップクラスと言われています。厳格なテストを通過したものだけが許可を受け、さらにその使用量も万が一が無いよう管理されています。&lt;br /&gt;何より、農薬に強い害があるとして、真っ先に被害を受けるのは撒布する生産者自身です。食べ物を通じてでなく直接摂取せざるを得ない危険に晒されるのですから。それでも、使っているのです。&lt;br /&gt;そのあたりの事情をわかった上で、それでも農薬の入ったものは避けたい、というならわかりますが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;特に、「ベストアンサーに選ばれなかった回答」の上のほうの奴。これには厳重な抗議をしたいと思います。といっても２年も前の質疑応答ですから今更なんですが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　＞いつも虫が食うような葉物は農薬をあまり&lt;br /&gt;　＞使っていないから旨いんだ、なんて教えておりますので&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;この程度の知識で「八百屋の主人」を騙られるのは、誇りをもってこの仕事に取り組んでいたものとして、心底不愉快です。&lt;br /&gt;まず、キャベツを「葉物」と呼ぶ八百屋なんかどこにもいません。葉っぱだから葉物だろうと単純に考えたのでしょうが、「葉物」と通称されるのはほうれんそうや小松菜・にらなどの「巻いていない葉っぱ」の野菜だけです。キャベツは「重量物」だとか呼ばれ、だいこんや白菜と同じくくりのものとして扱われる場合がほとんどです。&lt;br /&gt;「農薬をあんまり使ってないから旨い」なんて適当なことも、担当者は絶対に言いません。逆に、&lt;strong&gt;農薬や化学肥料を使っていない野菜に旨くないものが相当ある&lt;/strong&gt;ことを知っているからです。&lt;br /&gt;キャベツの虫取りからもわかるとおり、農薬を使わない場合栽培にはとてつもなく手間がかかります。その手間を惜しまず、確かな知識を持っておいしい野菜を作る生産者もいますが、ちょっと気を許せばその質はガタガタと落ちます。&lt;br /&gt;野菜の食味はかけた手間に比例すると言っても過言ではありません。その手間を薬の力で省力化したものと、手間をかけられなかったものでは、デキに大きな差があるのです。&lt;br /&gt;本当にそんなことを下の人間に教えて野菜を売っているんだとしたら、その店に旨い野菜は一つも無いでしょうね。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　＞適当に消毒剤を掛けたキャベツとお取り替え致しますので、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;消毒剤を掛けたって、農薬を戦後のしらみ取りのＤＤＴみたいなもんだとでも思っているんでしょうか。&lt;br /&gt;日本では、&lt;strong&gt;収穫後農薬（ポストハーベスト農薬）&lt;/strong&gt;は厳重に禁止されています。生育中にかけた農薬は、雨で流されたり野菜の中で分解処理されたりしますが、収穫後では残留量が大きくなるからです。&lt;br /&gt;消毒剤、というのも大きな誤謬です。農家の敵・農薬を使う対象は、多くの場合黴菌ではありません。虫です。生育中の野菜はそういうものが外から入ってこないよう身を守っているからです。&lt;br /&gt;植物が病におかされるのは、土壌から根を通じて吸収してしまった場合です。だから、消毒をするとしたら土壌であって、キャベツのような地上の実にかけても何の意味も無いのです。&lt;br /&gt;多くの農薬は防虫剤や殺虫剤です。消毒しても意味がありません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　＞恐れ入りますが当店まで&lt;br /&gt;　＞お持ちいただければ幸甚です。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;こいつはクレーム処理までナメてますね。持って来いなんて言えば確実にお客さんはブチ切れます。お客さんに落ち度は無いんですから、こっちがすぐに持って行きます、というのがスジというものです。&lt;br /&gt;もしそこで「いや、明日も買い物に行くからついでに」などとお客さんが言えば恐縮しながらお願いしますが、こっちから押し付けがましくお願いして「幸甚です」なんて言うような恥知らずはこの業界ではすぐに消えていきます。そんな思いをしたお客さんは店に二度と来ないばかりでなく、隣近所に言い触らして店の評判全体を落とすからです。&lt;br /&gt;まあ、ろくな知識も無くちょっと知ったかぶってみたかったようなこんな奴にそんなことまで言ってもしょうがないのですが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ちなみに、どうしても農薬が気になる、という読者の方のためにマメ知識ですが。&lt;br /&gt;野菜や果物の農薬は、水で洗うとほとんど落ちる、って知ってましたか？&lt;br /&gt;野菜や果物は、葉やら実やら根以外の部分から何かを吸うようには出来ていません。気孔という穴があって酸素や二酸化炭素は吸収・放出しますが、他のものはみんな根から吸うんです。&lt;br /&gt;農薬はその「吸わない表面」に付着しているだけで、中のほうにはほとんどありません。しかも水溶性のものがほとんどですので、洗えば落ちていくのです。&lt;br /&gt;今ソースを探してみたのですが、見つからなかったのでうろ覚えですみませんが。何かの実験で１分洗うと８０％が落ちる、５分だと９５％と。見たことがあります。くどいようですがうろ覚えです。興味のある方はご自分でどうぞ。&lt;br /&gt;さらに、切ってから水に晒しておけば、野菜は体の中で水を通そうとしますから、さらにいらないものは出ていきます。冷蔵庫で２～３時間もおけば十分でしょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。冒頭の質問の本題の「私が客としてなめられたのでしょうか」ということですが。&lt;br /&gt;残念ながら、私はナメられたんだと思います。はっきりわかるほどひどい虫食いのものをわざわざ渡す、というのは、スーパーでなく市場という玄人相手の場所に、ポッときた一見さんをいいカモと思ったんだろう、と。&lt;br /&gt;市場関係者の名誉のために言いますが、そんな奴はめったにいません。運が悪かったんでしょうね。スーパーでもそのテの輩はいるのは&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/26.html"&gt;前に書いた&lt;/a&gt;通りです。&lt;br /&gt;悲しいことですが、騙されないように、と今続けているシリーズで警告を発していく以外、今の私に出来ることはありません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt; テーマTOP | &lt;!-- 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/33.html"&gt;≫&lt;/a&gt; --&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7814708263194257612?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7814708263194257612/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7814708263194257612' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7814708263194257612'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7814708263194257612'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/32.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～32～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' 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/&gt;さらに細かく見れば、１０～２０kmぐらいしか離れていない単店どうしでもまるっきり売上げが違う商品、というのも少なからずあります。&lt;br /&gt;例えばどこかに主婦に大人気の料理教室なんかがあって、そこで習った料理に使うためにガバッと売れた、その後も順調に売れるようになった、というようなこともよくあるわけです。&lt;br /&gt;何が言いたいかというと。最近増えてきた「全店的な売場展開統一の動き」に異議を唱えたいのです。&lt;br /&gt;某最大手コンビニチェーンと、同じ資本系列グループのスーパーの成功例がきっかけとなって、今大手チェーンはどこも売場展開を指導するバイヤーやら何やらの肩書きの人が全店的テーマを作り、それに沿った売場を作るよう個店別に指導していく、という手法を標榜しています。&lt;br /&gt;そして、「どこの店はこれがどれだけ売れている、これは全店の平均でこれぐらい売れている」というような比較情報をもとに、売れていない店には単品別で展開上の指導が入るのです。&lt;br /&gt;それじゃあ、本当に一番売れる売場は作れないのにな、と。私は思っています。&lt;br /&gt;各店別の商品の動向は、非常に細かいところまで見ればまさに千差万別です。先述したように、その原因は担当者の売り方によるものだけではありません。各店ごとに違って当たり前の部分が確実にあるのです。&lt;br /&gt;一人一人のお客さんが、売場へ来て、今晩の晩御飯何にしようかな、だとか、今冷蔵庫にはあれが無かったわね、だとか、いろいろ考えながら買物をしています。&lt;strong&gt;何かが尋常でなく売れる店、というのは、それに繋がって売れているもの・いないものも必ずあるのです。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;それを全て把握するのは誰にも出来ないことでしょうが、少なくとも本部に座っている人間よりは、毎日品物を並べている担当者のほうがその感覚を掴みやすいはず、と私は思います。実際に私の店が他店より売れていた原因は、大抵&lt;strong&gt;他店より圧倒的に売れたものに押し上げられた&lt;/strong&gt;ところにあったのです。&lt;br /&gt;それを掴める能力、掴もうとするやる気のある担当者が少ないからこそ、全店で均してしまう方法が有用なものとされているのでしょうが。だからといって「こうしなさい」「わかりました」だけになる部分を広げてしまえば、余計に担当者のやりがい・責任意識を削いでいくように思います。&lt;br /&gt;何よりも、目の前にいるお客さんが欲しがっているものより、全体で欲しがるお客さんが多いものを押し付けるかのようなやり方、個人的嗜好より多数決重視みたいなやり方が、人によって好き嫌いの激しい食品を扱う部門でいい結果を生むはずがない、と思うのです。&lt;br /&gt;お客さんの立場としても、どうですか？何だかいつも人と同じものを買ってしまっている気がする店と。自分や家族の好きなものがふんだんに並んでいる店と。どちらがいいですか？&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。また随分脱線しましたが、今回は半ばわざとでもあります。&lt;br /&gt;玉ねぎというのは、野菜の中でも最も保存が利く商品です。春先から初夏にかけて出回る柔らかくてひらべったくて黄色っぽい「&lt;strong&gt;新玉ねぎ&lt;/strong&gt;」を除けば、放っておいても１ヶ月ぐらい平気で保つのが当たり前の商品です。だから、あんまり書くことが無いのです。&lt;br /&gt;家では保つからこそ逆に油断して「知らないうちに腐ってた」とかがよくある商品ですが。長くても１週間や２週間で在庫を回している店では、まずダメなものには出会わないでしょう。&lt;br /&gt;逆に、玉ねぎですら腐らせている・芽の出たまま並べている店、というのは、相当の店です。どうしてもそんな店しか近所に無い、という人には、気の毒ですが「どんな野菜を買うにも慎重に」と言うしかありません。&lt;br /&gt;どんなものがダメか、と、わからない人がいたら困るので念のため書いておきますと。ものすごく誰でもわかる基準として、芽や根が出ている玉ねぎはダメです。それらを伸ばすために玉の中の栄養を消費しているからです。あとは腐っていないかよく見ればいい、というだけです。&lt;br /&gt;他に一つだけ、玉ねぎを選ぶ場合覚えておいたほうがいいのは、&lt;strong&gt;玉ねぎの味は生産者によって全然違う&lt;/strong&gt;、ということです。畑の土壌の成分や肥料の使い方が影響するのか、「えっ、こんなに？」というぐらい違います。&lt;br /&gt;もちろんどんな野菜でも生産者による味の違いはあるのですが、玉ねぎの場合見てくれだけでは違いがわからないので（もちろん私の力量では、という話で、わかる人にはわかるんでしょうが）より生産者という「名前」が大事なのです。農協選果で特に生産者名の書かれていない玉ねぎでも、箱には必ず生産者番号が入っているのですが。番号別で食べ比べても結構差があったりします。&lt;br /&gt;最近の北海道のチェーンスーパーは、その特徴を知っているので皆「○○さんちの玉ねぎ」というような&lt;strong&gt;生産者ブランド商品&lt;/strong&gt;を扱っています。一度、そういうものと普通に安く売っているものを比べてみて下さい。違いがよくわかると思います。&lt;br /&gt;見た目でおいしいものを選べない私がそれに気付いたのも、食べたからです。正確に言うと、&lt;strong&gt;一時期玉ねぎが入ってくる度にバックヤードで生のまんまかじっていたからです。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;どんなに「いい」と言って入ってきたものでも食べてみなきゃわからんだろう、でも調理するのはめんどくさい。ということで、私はたいていの入荷品をみんな生のままかじってました。生で食べたら体に悪いと言われるほうれん草やじゃがいもも、多少ならなんてこと無いだろうと思ってかじってました。&lt;br /&gt;青果の担当者というのは、お客さんから見えないところでそんな努力もしているものなのです。もっとも、まともな担当者はちゃんと火を通すものには通して食べているでしょうが・・・&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;いよいよ書くことが無くなったので、&lt;a href="http://www.sgm.co.jp/life/syoku/2007/04/post_798.html"&gt;玉ねぎのマメ知識がたくさん書いてあるページ&lt;/a&gt;を紹介して終わりにしたいと思います。&lt;br /&gt;北海道の野菜というととかくとうきびやじゃがいもばかり言われますが。昼夜の寒暖差が大きく夏の日照時間が長い北海道は、玉ねぎの栽培にもいい気候なんですよ。生食だとカラすぎるぐらいのものが取れるので、加熱するとその辛味がみんな甘みに変わって、絶品です。&lt;br /&gt;飴色玉ねぎでおいしいカレーを、なんて時は是非北海道の玉ねぎを使ってみて下さい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt; テーマTOP | 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/32.html"&gt;≫&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-518012431526441466?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/518012431526441466/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=518012431526441466' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/518012431526441466'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/518012431526441466'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/31.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～31～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-5839347167384153443</id><published>2007-09-12T11:42:00.000+09:00</published><updated>2007-09-13T16:55:48.104+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='八百屋'/><title type='text'>上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～30～</title><content type='html'>～特別シリーズ・信頼できる野菜・できない野菜　その５～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;・単品別鮮度・品質チェックポイント　キャベツ・レタス・白菜編&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;今回は、３種類をまとめて書いてみたいと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ろくに家事の手伝いをしないような男子中高生だと、どれがどれだかわからなかったりするこの３種。&lt;br /&gt;まさかそんなレベルの人は担当者にはならないだろう、とお思いでしょうが。&lt;br /&gt;いるんです。相当の割合で。今４０代ぐらいの担当者に聞いたら、「入ったときは知らなかった」という担当者が半分近くいるんじゃないか、という気すらします。&lt;br /&gt;多くのスーパーの場合、新人採用は&lt;strong&gt;一括採用して適当に部門割り振って終わり&lt;/strong&gt;でした。仕事の中身の専門性に対し、あまりに新人の知識量や興味や好みというものを軽視しすぎている嫌いがありました。私は中途で「青果担当」という募集に応募しましたが、それですら野菜のことやなんかは何一つ聞かれませんでした。&lt;br /&gt;今はベジタブル＆フルーツマイスターとかいう怪しげな資格も出来ましたし、徐々にその専門性・知識の特殊性が認められつつある青果担当の仕事ですが。スーパーという効率重視の権化みたいな組織の中では「&lt;strong&gt;誰がやっても同じもの&lt;/strong&gt;」という駒扱いをされた時代が長かったのです。&lt;br /&gt;そのなかで、日々の売場管理を通じひとつひとつ知識を身につけ、厳しい競争を生き残ってきたベテランの担当者さんは、皆さんナントカマイスターとは比べ物にならない知識量を持っています。紙の試験では問題にしようがないことがこの世界にはたくさんあるのです。&lt;br /&gt;野菜に詳しい人、というと、とかく生産者やら市場の人やらばかり注目される風潮があるように感じますが。スーパーの担当者がそれらの人に負けるとは思えません。何せ場数が違います。ものすごく少なく見積もって、一日２０００点を年間３００日、２０年としたら、&lt;strong&gt;触った青果物の数は１２００００００個（１２００万個）&lt;/strong&gt;ですから。この数を一品一品見る仕事、それも多品目に渡って見る仕事なんて、他には無いんじゃないでしょうか？&lt;br /&gt;もう少し、評価されてもいいんではないかという気がしてしまいます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;３種の野菜の話から随分脱線しましたが。&lt;br /&gt;生食中心のレタス、千切りや炒め物・洋風煮物のキャベツ、鍋や漬物の白菜と、まるっきり用途が違う３種を並べたのは、男子中高生が間違うから、というだけの理由ではありません。その鮮度の見分け方にも、非常に似通った部分があるのです。&lt;br /&gt;トマト・きゅうりでもそうでしたが、&lt;strong&gt;野菜で一番弱いのは切り口の部分&lt;/strong&gt;です。&lt;br /&gt;小学校の理科を思い出してください。植物の細胞は全て「細胞壁」と呼ばれる固いカラに入っていて、細胞膜しかない動物より強い、って習いましたよね？&lt;br /&gt;でも、レタスやキャベツ・白菜では、その玉を切り離しています。そうすると、断面の細胞は細胞壁も何もない無防備な状態になり、死にます。そしてそこから徐々に腐り、維管束を通じて総身に行き渡るわけです。&lt;br /&gt;今時期は新鮮な朝採りレタスが並んでいる店も多いと思いますが。それをひっくり返して切り口を見てみて下さい。新鮮なものは真っ白です。それがだんだん茶色けてきて、あのレタス独特の溶けるような気持ち悪い腐り方になっていくわけです。&lt;br /&gt;これは、あまりにもわかりやすいので、店でも放置しません。茶色くなってきたら、&lt;strong&gt;おしりを切って白い面を出します。&lt;/strong&gt;ここを除けば腐る危険性を減らせるわけですから、見た目だけでなく保鮮上も必要な作業です。&lt;br /&gt;ただ、それを何度も繰り返せば外のほうの葉も落ちますから、緑みの強い葉が減り、白っぽい玉になります。鮮度を見分けるポイントは、ここにもあります。&lt;br /&gt;もう一つ、レタスも非常に乾燥しやすい野菜です。裸売りしていると、売場で表面がシナシナしてきます。一枚むけば変わらない、とも言えますが、どうせなら売場に長く並んだものは避けたいですよね。&lt;br /&gt;これらをまとめて売場を見たときの順で言うと、&lt;br /&gt;１．緑みが濃い&lt;br /&gt;２．おしりの切り口が白い&lt;br /&gt;３．外側の葉っぱのしなやかさ&lt;br /&gt;の順で選んでいけば、いいものにあたるわけです。&lt;br /&gt;もう少し寒くなってくると、レタスは産地でセロ巻きされたハウス栽培の流通モノが中心になってきます。これらはちょっと経てば切り口が真っ黒になってきますし、店でもあまりセロを破ってまで手直しはしなくなりますから、より切り口の色が重要になります。&lt;br /&gt;同じように裸売りが多いキャベツにも、先程とほぼ同じ基準が適用できます。切り口の変色スピードはレタスよりかなり遅いのですが、並べて比べてみるとわかりやすくなります。&lt;br /&gt;また、外側のヒラヒラ開いた葉っぱはすぐ乾燥します。乾いたらすぐ落ちますし、店でむいてしまう場合もあります。これがついていてかつしなやかなものは新鮮なものでしょう。逆に、真っ白になっている玉は相当むいている、ということで、よろしくありません。&lt;br /&gt;ちなみに、一般に出回っているキャベツの品種には、大きく分けて３種類あります。横から見ると楕円形でで、外の葉っぱがふわふわした「サワーキャベツ」と、キューピーちゃんの頭のように丸のてっぺんがとがった形をした「グリーンボールキャベツ」、そして冬場の中心になる、平べったくてがっちりと固い「寒玉キャベツ」です。&lt;br /&gt;サワーは柔らかく焼き物や炒め物・生食向きで、煮るとほつれてきます。グリーンボールはシャッキリとして葉に厚みがあり、浅漬なんかに向いていますが割とオールマイティです。寒玉はしっかりと固く崩れにくいので、じっくり煮る料理やお好み焼きなんかに向いています。&lt;br /&gt;表示している店・していない店がありますが、見ればすぐわかります。用途に合ったものを買ってもらう、もしくはモノにあった料理で使ってもらうと、よりおいしく食べられます。&lt;br /&gt;白菜の場合は、玉売りよりも１／２・１／４などのカットしたものが多いと思います。これらも、切り口から劣化していきますので、よく色を見極めて下さい。採ってから日にちが経っているものほど切り口の色づきが早くなります。&lt;br /&gt;また、白菜は芯が黄色くなっているものが多く、この黄色が濃いほどおいしいのですが。カットしてその部分に光が当たると徐々に緑色になっていきます。光合成を始めようと、葉緑素が作られるのです。この葉緑素に変わってしまったものが白菜の甘みを感じる成分ですから、できるだけ黄色いままのものを選んで下さい。&lt;br /&gt;この変化は、カットしたレタスやキャベツでも起きます。キャベツは白い部分が緑になります。レタスはもとが結構緑に色づいているのでわかりにくいのですが、切ったばかりのものと比べるとやはり違います。自宅で切ったものの色の印象を持っていれば、多少わかりやすいかもしれません。&lt;br /&gt;もう一つ。これらを買うときに、よく二つ手に乗せて重さを比べている人を見かけます。&lt;br /&gt;レタスは、一般には軽いものがいいとされています。生食のサクッとシャキシャキした軽い食感が大事だからでしょう。キャベツや白菜は逆に、重いものがいいとされます。軽いものは身がブカブカして締りが無いからでしょう。&lt;br /&gt;食感の問題のみと思われがちですが、重さは食味にも影響があります。&lt;strong&gt;これらの「重さ」を決めているのは、全て水分です。&lt;/strong&gt;生食のレタスの場合、水分が少ないほうが味が濃く感じられます。キャベツや白菜は加熱調理が中心です。「味を吸う」という意味では、水分が多いほうがいいでしょう。キャベツを千切りする場合も、瑞々しく柔らかいのは重いキャベツです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;これら３種は、需要で言うと『&lt;strong&gt;利用性&lt;/strong&gt;』の面が強い野菜です。（&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/03/13.html"&gt;この記事&lt;/a&gt;参照）どれでもいいや、と何気なく掴んでしまったり、とにかく安いものを、とばかり考えてしまうことも多いのではないか、という気がします。&lt;br /&gt;そこに付け込んで、なのか、店によってはとんでもないものを平気で並べていたりもします。出回り量が豊富ですから、市場では意外とピンからキリまであり、いくらでも安いものが見つかる商材なのです。&lt;br /&gt;だから、この３種は結構店の見極めにも役立ちます。どれもひどいものしかなければ、いくら安くてもおいしいものは何も売っていない店だと思います。多少高くてもこだわりを持ってしっかりとしたものを並べている店は、信頼のおける店です。安くてしっかりしたものなら当然もっといいわけで、そんな店がもし見つかったら青果は毎回そこで買ってもいいぐらいです。&lt;br /&gt;どれでもいいや、では気付きません。せっかく買うんですから、おいしそうなものを選んでみて下さい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt; テーマTOP | 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/31.html"&gt;≫&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-5839347167384153443?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/5839347167384153443/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=5839347167384153443' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5839347167384153443'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5839347167384153443'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/30.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～30～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' 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/&gt;一時期、有機野菜ブームの頃にさかんに「ほら！農薬も化学肥料も使わなかったきゅうりはこんなふうに不恰好に曲がっています！これが自然なきゅうりの姿なんですね！」なんて報道を良く見ました。スーパーに並んでいるまっすぐなきゅうりは不自然、何らかの手を加えている、とでも言いたげでしたが。&lt;br /&gt;これは、完全なる誤解です。何より、食べればわかります。同じ畑で取れた、曲がったきゅうりとまっすぐなきゅうりでは、明らかにまっすぐなほうがおいしいのです。&lt;br /&gt;ヘチマでもスイカでも何でもそうですが、ウリ系の植物の実はみんなまっすぐ、丸く、と規則的な育ち方をしようとします。それが歪んだ、曲がった、というものは&lt;strong&gt;何らかの理由で規則的な育ち方を乱されたのです&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;化学肥料を使わない有機栽培では、栄養不足が曲がりの主な原因になるようです。当然、しっかりとした施肥管理をしている農家さんのきゅうりは、有機栽培でもまっすぐに育ちます。&lt;br /&gt;まっすぐで黒いぐらい青々として、ぱんぱんに張りがあるきゅうり。これこそが、自分の思い通りに育ちたいだけ育った自然なきゅうりの姿です。味がいいのもこういうものです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;きゅうりの鮮度の見分け方には、よく知られたものがあります。&lt;br /&gt;「イボ（身の側面についているトゲトゲ）が痛いぐらいとがった奴がいい」&lt;br /&gt;これは、ある意味では正解ですが、ことスーパーに並んでいる商品に限って言えば、必ずしもそうとは言い切れません。&lt;br /&gt;イボは収穫してからしばらく経つとバラバラと落ち始めます。店舗に納品されるきゅうりの箱の底には、必ずこのイボが点々と落ちています。&lt;br /&gt;痛いぐらいイボが残っているきゅうりは、確かに採ってから日の経っていないもの、ではあるのですが。特に裸売りで並んでいる売場のきゅうりの場合、&lt;strong&gt;売場でどんどん傷んでいくのです&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;きゅうりには、実から水分が蒸発していきやすい性質があります。スーパーの売場というのは極端に乾燥していますから（衣料が同じ店舗内にあれば特に）、余計に蒸発しやすくなります。クーラーが効いている夏場はさらにひどいでしょう。&lt;br /&gt;おまけに朝からお客さんが品定めを繰り返すのですから、たとえ朝採れたてのきゅうりだって一日売場に出していればくたくたになってしまうのです。&lt;br /&gt;きゅうりで大事なのは、もちろん味もそうですが何よりパリッとシャッキリとした食感だと思うのですが。それが売場で刻一刻と失われていくわけです。裸売りの場合「採ってから何日か」よりも、「売場にどれだけあったか」のほうが重要な鮮度基準になると思います。&lt;br /&gt;じゃあ全部袋詰めで売ればいいじゃないか、裸で売ったりするからだ、と思うかもしれませんが。それもちょっと違うと思います。&lt;br /&gt;そもそも裸売りをしているのは、袋詰めする手間の削減だけではなく&lt;strong&gt;お客さんの目で鮮度・品質を判断してもらうため&lt;/strong&gt;という意図もあるからです。&lt;br /&gt;きゅうりの傷んでいく過程は、乾燥だけではありません。軟化も腐れも起きます。袋詰めになっていると、ちょっとやそっとの軟化はわかりません。実の色や張りツヤも袋でごまかされるので、いいものを見分けるのが裸より圧倒的に難しいのです。そもそもイボのあるなしだって、袋詰めではわかりませんよね？&lt;br /&gt;お客さんが自分の目でいいものを選んでもらうために。あえて傷みやすいリスクは抱えても、売場の回転を常に管理しながらやっていることなのです。&lt;br /&gt;買う側としては、一日中売場にいたようなくたびれた奴を避ければいいだけの話なのです。そしてそれは、結構簡単に見分けることができます。&lt;br /&gt;きゅうりの端と端を持って、曲げようとしてみて下さい。新鮮なきゅうりは、まず曲がりません。ぐにゃぐにゃと曲がったら、かなり劣化が進んでいます。できるだけ固いものがよりいいものです。&lt;br /&gt;それと。頭というのか尾というのかよくわかりませんが、枝に繋がっていたほう、とがっていないほうの丸まっている端。これを強めに指でつまんでみて下さい。&lt;br /&gt;トマトもナスもピーマンもそうですが、軟化・腐れといった劣化はたいてい枝に近いほうから起きます。きゅうりの場合はまず最初にここが柔らかくなってくるのです。&lt;br /&gt;ぐにぐにとゴムのような弾力があるのはよくありません。できるだけ固いものを選んで下さい。&lt;br /&gt;ここまでクリアしていて、さらにイボがチクチク痛いぐらい残っていたら、それは確実に新鮮でおいしいきゅうりです。パリッとかじったら汁が溢れてくるような、とれたての味を楽しめることでしょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;きゅうりについての雑学をもう一つ。「ブルーム」ってご存知ですか？&lt;br /&gt;白い粉をふいたようなきゅうりをたまに見かけることがあります。あの粉が「ブルーム」です。見てきたようにきゅうりは非常に乾燥しやすいのですが、このブルームには水を弾く性質があり、これで蒸発を抑えているんだそうです。&lt;br /&gt;一時期、この粉みたいなものが農薬ではないかと疑われて、できるだけ出ないようにした「ブルームレスきゅうり」が今は主流になっています。さらに、それは水分がすぐ抜けてしまうということで、皮が厚くて固い品種が流通の中心になりました。&lt;br /&gt;この「ブルームレス」は、きゅうりの品種に関係なく作ることができるそうです。もともときゅうりはヒマラヤが原産で、日本の気候では非常に弱い植物です。病害や冷害に強くし農薬の使用量を減らすため、カボチャの苗に「&lt;strong&gt;接ぎ木栽培&lt;/strong&gt;」をするのですが、そこで使うカボチャの品種によってブルームの出ないものが出来るんだそうです。&lt;br /&gt;ただ、味でいえばやはり皮が薄くてみずみずしいブルームのあるきゅうりのほうがおいしい、と私は思います。何より、曲がりがどうこうよりよっぽど「&lt;strong&gt;きゅうり本来の自然な姿&lt;/strong&gt;」に関ることですから。きゅうりの気持ちを考えると、ブルームのあるほうを応援してあげたくなります。&lt;br /&gt;曲がりやら農薬疑惑やらと、きゅうりというのはとかく思い込みによる風評被害に巻き込まれやすいようで。ちょっと不憫な野菜ですね。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt; テーマTOP | 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/30.html"&gt;≫&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7936694555924884197?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7936694555924884197/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7936694555924884197' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7936694555924884197'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7936694555924884197'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/29.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～29～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1665300136343452118</id><published>2007-09-10T15:39:00.000+09:00</published><updated>2007-09-13T17:02:57.697+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='八百屋'/><title type='text'>上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～28～</title><content type='html'>～特別シリーズ・信頼できる野菜・できない野菜　その３～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;・単品別鮮度・品質チェックポイント　トマト編&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;まずは私にとって担当者として触る機会が多かった野菜について書いていきたいと思います。&lt;br /&gt;順序は、だいたいの売上高の順にしたいと思います。何か順位を書いたものがネット上に落ちてないか探してみたんですが、見つからなかったので３年以上前のうろ覚えですが。&lt;br /&gt;最初は、今や年間を通じ野菜売上げのトップとなった、トマトのお話です。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;一般的なトマトは、未熟な真っ青の状態で収穫されます。今は結構有名な話になりましたね。&lt;br /&gt;トマトは採った後も赤く柔らかくなっていく、熟していく性質があります。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;追熟&lt;/strong&gt;といって、野菜より果物で多い現象なのですが。甘みや色の元になるでんぷん質の成分が、採った後も徐々に分解変化していくことにより熟していくわけです。&lt;br /&gt;あまり冷蔵保存に向かないトマトを腐らせずにもたせて小売でお客さんの手に渡るまで流通させるためもあり、流通する前に赤く柔らかくなっていると、輸送中に「&lt;strong&gt;当たり&lt;/strong&gt;」と呼ばれる実同士がぶつかることにより部分的にフニャフニャになる傷みが起きやすかったりもあったりで、未熟なうちに収穫してしまうわけです。&lt;br /&gt;とはいえ、味で言えばやはり枝にぶら下がったままの状態で熟したもののほうが、トマト本来の風味があるものが多いようです。さらに、トマトを腐らせるカビやなんかの類の微生物にしたら、でんぷんでも甘みを感じるグルコースでも同じように栄養分ですから、青くても腐るときは腐ります。青みでがっしりしているから日持ちするとは言い切れない部分があります。すぐ食べるなら間違いなく、枝熟で鮮度のいいものを選んだほうがいいでしょう。&lt;br /&gt;よく手で掴んだり色ばかり見ている人がいますが、それでわかるのはあくまで「現在の適熟・軟化の度合い」だけです。追熟だろうが枝熟だろうが赤くなって柔らかくはなるのは同じですから、そういう視点での見分けにはあまり役に立っていないことになります。&lt;br /&gt;どちらも真っ赤になって店に並んでいる、枝熟のトマトと追熟のトマト。どうやって見分けるのか、というと。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;ポイントは、ヘタと香りです。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;ヘタは、花で言えばガクにあたる部分です。当然、追熟はしませんし、採ってしばらくすると腐りはじめます。皮に包まれた実に比べ、枝から切ったところに断面があるヘタはずっと腐りやすいのです。&lt;br /&gt;割れてぐちゃぐちゃに腐っているトマトを見たことがある人は多いでしょうが、その腐れがほとんどの場合ヘタの側から起きることに気付いた人はいるでしょうか？実割れや虫食いを起こしたトマト以外は、みんなヘタのほうから腐るのです。&lt;br /&gt;袋詰めやパックのトマトだと、そういうあんまりよろしくない所を隠すため、ヘタ側は見えないように実を上に梱包されているので、余計ヘタ側が湿気を帯びやすく白いカビが生えてきやすくなっています。適度な通気性がある梱包をしていてカビがなくても、乾いてカリカリに固くなり、触るとポロポロ落ちるようになります。&lt;br /&gt;カビがひどい場合、店で拭いたりちぎったりして並べている場合もあります。どんな形であれ、ヘタに異変や不審な点があるトマトは、採って日にちが経っている、と思って間違いありません。&lt;br /&gt;逆に、実は真っ赤に熟れているのにヘタが青々としてしなやかなトマトというのは、完熟してから採って、しかもまだ日が浅い新鮮でおいしいトマトです。&lt;br /&gt;一見味とは無関係そうで、見逃してしまいそうなヘタですが。実は重要な情報が隠されているのです。&lt;br /&gt;もう一つ、香り。特に一番一般的な桃太郎トマトの場合、未熟で枝から外したトマトは悲しいぐらい香りがありません。本当においしい枝熟のトマトは、鼻を近づけなくてもむせかえるような香りを発しています。香りそのものもトマトの重要な風味の一つですが、それだけでなく他のおいしさの要素を類推する手がかりにもなるわけです。&lt;br /&gt;香りの成分がどうやってできるかは不勉強なため知りませんが、実の中での反応より枝のほうからやってくる成分が重要なのかもしれません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さらにもう一つ。うぶ毛の生えたトマトは甘い、ってご存知ですか？&lt;br /&gt;トマトの実には、よーく見ると必ずごくごく短いうぶ毛が生えています。この毛は空中から水分を取り込んでいると言われ、あげる水の量を減らすと長く多くなる、とされています。&lt;br /&gt;水をあげすぎると、果菜はみなそういう傾向がありますが、水ばかり果実に蓄えて味が薄くなる傾向があります。&lt;br /&gt;最高級のフルーツトマトは、手で触るとぞわぞわするぐらいに毛が生えています。桃かと思うぐらいです。そのぐらい毛が生えたトマトには、甘みばかりでなく全てのトマトの味が凝縮されたような濃厚な味わいがあります。そのぶん値段も上を見たらキリがないようですが・・・&lt;br /&gt;だからと言って、スーパーで売っているトマトも高ければ高いほどいいかと言うと疑問もあります。一般論ですが、&lt;strong&gt;高い商品ほど店にとっては在庫の回転が悪い商品&lt;/strong&gt;だからです。高いからおいしいだろう、とろくに見ないで買ってしまうと、しばらく在庫したせいで過熟でふにゃふにゃ、味もボケたトマトを掴まされる危険があります。&lt;br /&gt;しかも、高い商品を値引きするとロスが大きいので、ためらってしまう担当者もいます。高い商品には高い品質基準が必要、と頭ではわかっていても、９８０円のトマトを１０個半額にしたら４９００円のロスです。ついつい二の足を踏んでしまいがちになるのです。私も新人の頃はよくやって怒られていました。&lt;br /&gt;信頼できる担当者の店でもなければ、青果には「見なくてもいつでもいい商品」というのはなかなかないものなのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt; テーマTOP | 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/29.html"&gt;≫&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1665300136343452118?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1665300136343452118/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1665300136343452118' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1665300136343452118'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1665300136343452118'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/28.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～28～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1732772289740673648</id><published>2007-09-10T10:08:00.000+09:00</published><updated>2007-09-13T17:02:23.704+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='八百屋'/><title type='text'>上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～27～</title><content type='html'>～特別シリーズ・信頼できる野菜・できない野菜　その２～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;単品別の見分け方の話を書く前に、青果物を見分ける時の心得を２点ほど書いておきます。&lt;br /&gt;良い青果物を選ぼうと思う時は必ず、&lt;strong&gt;どれかとどれかを比較する習慣&lt;/strong&gt;をつけて下さい。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/26.html"&gt;前項&lt;/a&gt;でも書いたとおり、青果の売場の商品にはいいものも悪いものも混ざって並んでいます。そこで「どれでも一緒」と適当に掴んでしまっても、実際には全くどれでも一緒ではないわけです。ひょっとすると、その売場で一番おいしくないものを掴んでしまうかもしれません。&lt;br /&gt;だからといって、ろくに予備知識の無い人がいきなり売場の山積みになった商品から「これが一番」と見分けるのは至難の業です。でも、両手に二つとって、「どちらがいいかな」なら、少なくとも、「&lt;strong&gt;ここが違う&lt;/strong&gt;」というところに気付きやすくなります。その違うところのどちらが望ましい状態なのか、という知識さえあれば、判断の基準になるわけです。&lt;br /&gt;そこで出来た判断基準を売場にたくさん並んだ他のモノに適用してやると、「いいほう」以下のものは候補から消えます。恐らく半分ぐらいまで減ることでしょう。残ったもので再び「どっち」をやれば、また候補を減らせます。２・３回もやれば、「売場のなかでも相当いい部類のモノ」に辿り着いているはずです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;実はこれは、担当者が日々売場で繰り返していることでもあります。&lt;br /&gt;あまり品質の良くないモノが入ってきた場合や、売場に長い時間いたものばかりが並ぶ夕方過ぎの売場。あんまり良くないモノたちに、「ここまでセーフ・ここからアウト」という線を引かなくてはなりません。全部良くないんだから全部ブン投げる、とやれたら楽なのですが。それをできないのは見て頂いたとおりです。&lt;br /&gt;ある程度の絶対的基準を持っている担当者でも、こうした場合は相対的な比較により微妙に基準の線を修正したり、「ここまでは値引き売り、これぐらいは半額売り、これ以下は一旦引き下げて見切り品・廃棄」という中間基準を作らなければなりません。悪いモノのなかでも優劣はありますから、値引き幅を調整して悪いモノから順に売場から消していく努力をすることでロスを減らそうとするわけです。&lt;br /&gt;それを毎日。売場に並べるたび繰り返すのが青果担当という仕事です。一日に何千点もの商品が売れる売場で、毎日。週２・３回買物に来て、その時並んでいるせいぜい数百点のものから選んでいるお客さんより高いレベルの基準が、自然に出来ていくわけです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;もう一つ。商品を見るときは必ず、上下左右全方角からくまなく見て下さい。&lt;br /&gt;その中でどこが良し悪しを見分けやすいか、というポイントはこれから紹介していきますが、「異変」は必ずそのポイントで起きるとは限りません。あまり言われない・書かれないところから腐る場合もありますし、まだ誰も気付いていない見分けのポイントが無いとは言えないのです。&lt;br /&gt;売場のお客さんより圧倒的に「見分ける時間」が少ない担当者は、ごく限られたポイントに絞って商品を判別している場合がほとんどです。だから、ポイント以外の部分での傷みには気付かない場合も多いのです。&lt;br /&gt;買物するお客さんにとっては、３０秒や１分商品を見る時間をとってもなんてことないと思います。なのに、一個２・３秒しか時間が取れない担当者と同じ作業をしてしまってはもったいないと思います。担当者にとっては一日何千点の中の１点ですが、お客さんにとってはその１点しかないのですから。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt; テーマTOP | 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/28.html"&gt;≫&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1732772289740673648?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1732772289740673648/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1732772289740673648' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1732772289740673648'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1732772289740673648'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/27.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～27～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' 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/&gt;特に私には、青果担当としては３年半ほどの経験しかありません。しかも今はリタイヤした身分です。そんな私が、日夜青果と格闘しておられる諸先輩・現役の方々を差し置いて、鮮度についてあれやこれや言うのは僭越に過ぎるのではないか、という思いがあります。だから、多くの人に興味がある部分だろうことはわかっていながら、避けていたのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;しかし今年。年明けの納豆騒動に始まり、不二家の件があり、それに隠れるようにボロボロ出てきたファミレス・ファーストフードのずさんな管理が明らかになり。さらにミートホープの件があり、つい最近は白い恋人と。食品に関して消費者に与えられている情報が、どれだけいい加減なものかが次々に明るみに出てきました。&lt;br /&gt;消費者にとってわからないことは、いい加減でもいいや、と。いう企業がこれだけあったということに驚くと同時に、同じ食品のことを扱ったものとして、このシリーズの姿勢についても少し考えさせられていたところでした。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/02/blog-post_5559.html"&gt;シリーズ中にも書きました&lt;/a&gt;が、青果には日付がありません。扱っているのが生き物ですから、いつ腐るかは気分次第とでも言うしかないからです。&lt;br /&gt;いつ収穫したものかの履歴を辿れる、&lt;strong&gt;トレーサビリティ&lt;/strong&gt;強化の動きも一部ではありますが、まだまだ本格的なものにはなっていかないでしょう。仮にそれが徹底されたとしても、２週間もつか２時間で腐るかは神のみぞ知る、という部分がどうしても残りますから、「いつ収穫したか」にだけ拘ってしまうのもどうかと思います。&lt;br /&gt;でもお客さんにすれば、そこに不信のタネがあることになります。わからないのをいいことに適当な商品を並べているんじゃないか、と言われたら、そんなことはありませんと言うことは出来ても証明することが出来ません。現に、毎日大なり小なりクレームも来るのですから。&lt;br /&gt;となると。お客さんに変なものをつかませないために私が出来ること、というのは、しっかり見極めることが出来るようになってもらう。これしかありません。担当者でも気付かない腐れはいつでも起こり得ます。自分で買うものは自分でしっかりチェックするしかないのです。&lt;br /&gt;青果の目利きとしては半人前もいいところで終わってしまった私ですが。それでも一般の人には無いような、簡単に見分けられる鮮度基準・品質基準のようなものを持っています。今でも、いい野菜を見分けさせたらそこらへんのおばちゃんには負けない自負があります。&lt;br /&gt;であれば、やはりそれは提供しておくべきではないか。多少なりとも青果を販売する側に対する不信を除けるのなら、この業界にお世話になったことに対する恩返しにもなるんじゃないか。そんなふうに考えるようになったのです。&lt;br /&gt;ここから何回か、「いい野菜・果物の見分け方」に絞って紹介していこうと思います。　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。それではどうやっていい野菜・悪い野菜を見極めるか。&lt;br /&gt;最も簡単かつ確実なのは。&lt;strong&gt;近くにいる担当者に聞く・選ばせることです。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;さっき自分で選ぶしかない、と言ったばかりなのに矛盾してるじゃないか、と思われるかもしれませんが。自分より確実に詳しい人がそばにいるなら、当然聞くほうがいいでしょう。その人を信頼して任せるのだって、立派な自分の判断です。風邪を引いたら医者。裁判するなら弁護士。餅は餅屋、野菜は八百屋というわけです。&lt;br /&gt;ただし。医者や弁護士が必ずしも全員信頼できるとは限らないように、八百屋にも信頼できない奴が必ずいます。それは見分けなければなりません。&lt;br /&gt;まず、「どれでも新鮮ですよ！今日入ったばっかりですから。どれでもおいしいですよ！」なんて快活に言ってのける担当者。これは絶対に信用してはいけません。&lt;br /&gt;素人目には同じように見えたって、プロには必ず良し悪しがあることがわかっています。そして、青果の売り場というのは必ず&lt;strong&gt;できるだけイマイチなものから順に買っていってもらうように並んでいます。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;「良いもの」というのは誰でも欲しがるばかりでなく、一般に日持ちがします。イマイチなものはさっさと買ってもらえないと、売場で余しに余されて腐るまでずっと残ってしまいます。だから、出来るだけ良いものが後に売れるよう並べるのです。牛乳や納豆は必ず日付の残りが短い順に並んでいるでしょう？青果担当者はそれと同じことをさらに細かい次元でやっているのです。&lt;br /&gt;これはずるいとかずるくない以前に、いいものも悪いものもごったまぜに入ってくる青果の性質上、そうするしかないことなのです。&lt;br /&gt;良いものだけ並べる、悪いものは並べない。そうできればそれに越したことは無いでしょうが、それをやり出したら際限なく価格が釣り上がります。お客さんが誰も買わない、というレベルまで悪いものでなければ返品はききませんから、その分のロスは全部商品価格に乗っかるからです。そういう高級青果店があったっていいでしょうが、全部それでやっていたら確実に&lt;strong&gt;誰も生野菜を買わなくなります&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;自分でそうしてイマイチなものを先出しで並べておきながら、「どれでもいいよ」なんて言ってしまう担当者は全く信頼に足りない、と私は思います。せめて聞いてきたお客さんにぐらい誠実に「これがいいです」と言うべきだろうと思います。&lt;br /&gt;中には、「これがいいかな」なんて言って明らかに他のものより劣化したものを渡す担当者も存在します。腐っていなければクレームはつけられまい、だったら悪いのから売れ、と真顔で私に言った副店長もいたのです。&lt;br /&gt;そういう奴はやたらに「ここがこうだからこれがいい」云々と講釈をたれます。&lt;strong&gt;詐欺師というのはいつでものべつまくなしにまくしたてるものです&lt;/strong&gt;。くそ忙しい夕方のピーク帯の買い物でも平気な顔でべたべた喋りまくる担当者。これも信用できません。&lt;br /&gt;逆に、いい例。「どれがいいか」と聞いた時に「どんなのが好きですか？」とか「何の料理に使うんですか？」とか聞き返してくる担当者。これは大体の場合信用できます。探すヒントを得ようとしているからです。&lt;br /&gt;もう一つ。どれがいいか選ぶ時の目や手の動きをよく見て下さい。本当に悪いものをつかませないようにしよう、と思っていたら、&lt;strong&gt;ざっと見でこれがいい、という見当がついてからもう一度詳細にチェックをするはずです&lt;/strong&gt;。よほどのことが無い限り、と思ってもよほどのことが結構あるのを担当者は知っています。よほどが無いように念には念を押す担当者。これは信用できると思います。&lt;br /&gt;ここまでクリアしたら、さらに後押しで「何日ぐらいもちますか？」と聞いてみて下さい。そこで返事につまるようなら、あまり信用できません。いつ腐るかわからないとは言っても、&lt;strong&gt;日常的に野菜を腐らせている担当者には大体の目安として何日ぐらい、というのはわかっているものです&lt;/strong&gt;。そこで答えにつまるのは&lt;strong&gt;今にも怪しい物件だから&lt;/strong&gt;、という場合が多いのです。どんなにいいものでも日持ちしない、というものなら臆せずすぐ「お早めに」と言えるはずです。&lt;br /&gt;もっとも、これらの質問にはシリーズで紹介した「新人の三治君（仮名）」のような&lt;strong&gt;明らかに能力そのものが足りない担当者には当然答えることが出来ません&lt;/strong&gt;。どんなに誠実な人柄でも、能力が無いんですから。仕方ありません。&lt;br /&gt;能力の足りない担当者を見分けるのは、簡単です。聞いた瞬間の顔。「ひぇ」とか「うげ」とか「ちょ、おま」とか、一発で顔に出ます。&lt;strong&gt;人間、わからないことを聞かれる、しかも立場上答えなければいけない、という時ほど困った顔になるときはありません&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;うまく信頼できる担当者の店がみつかった人は、幸運かもしれません。実際にはほとんどいないと思います。&lt;br /&gt;その原因は、何よりも&lt;strong&gt;忙しすぎるから&lt;/strong&gt;です。ピーク帯の青果担当というのは、シリーズで見て頂いたとおりてんてこまいなのです。聞かれたら面倒なんです。何も騙すつもりが無くても、「どれでも自信をもってますよ！」とか言いたいところなのです。３０秒、１分、ひとりのお客さんにはなんて事無い時間でも、毎日何千人のお客さんの相手をしている担当者にはどうしても欲しい時間なのです。&lt;br /&gt;私も、できるだけ「顔の見えたお客さん」を大事に、と心がけてはいましたが、あと１０分で発注送信しなければ明日何も入らない、となったら流石に話が別になります。その「たまたまの一回」が、そのお客さんの印象のほとんどを決定する、とわかってはいても、です。&lt;br /&gt;だから、信頼できる受け答えをしてくれた担当者は、大事にしてあげて下さい。その人なら間違いありません。恐らく、売場の商品もいいものばかりが並んでいることでしょうから、ぜひ贔屓の店にしてあげて下さい。損することは無いと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;次回からは、具体的に単品別の見極め方をお話したいと思います。&lt;br /&gt;若輩者の言う事ですので、「そこは違う！」という先輩や詳しい方からのツッコミ、大歓迎です。&lt;br /&gt;結果的に青果を買う人がおいしい思いができる、そんなものになればいいなと思っています。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/04/blog-post_770.html"&gt;≪&lt;/a&gt;テーマTOP | 次の記事 &lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/27.html"&gt;≫&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-342697829443613419?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/342697829443613419/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=342697829443613419' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/342697829443613419'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/342697829443613419'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/26.html' title='上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～26～'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' 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type='html'>外へ出る。&lt;br&gt;家の裏の小さな林のほうで、コオロギたちがギリギリと鳴いている。&lt;br&gt;空には、低く薄い雲の天蓋。月明かりに照らされてか、うっすら青く光っている。&lt;br&gt;静かな、青い、青い夜。&lt;br&gt;たまたま青いスニーカーと青いジャージだった私は、夜の一員になったようで、少し浮かれていた。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;タバコが無いのだ。４００mほど先の、橙色のコンビニに行くつもりだった。&lt;br&gt;出た途端、青い夜である。&lt;br&gt;車に乗るつもりだったが、そのまま歩きだした。&lt;br&gt;夜空を見上げたまま、ふらふらと地に足がついていない。&lt;br&gt;つきあたり。&lt;br&gt;右に、すぐ近くにもう橙が見えている。&lt;br&gt;左には、もう一つ曲がって歩いていけば青いコンビニがある。&lt;br&gt;あまり迷うこともなく、左に向かう。&lt;br&gt;かつら、くつら、自分の足音が大きく聞こえる。&lt;br&gt;虫の音と、靴の音。落ち着きなくきょろきょろ周りを見渡しながら、歩いてゆく青い私。&lt;br&gt;見慣れた街を、初めて来た人のように物珍しげに歩いていった。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;青いコンビニでは、青い店員がつまらなそうに床を磨いていた。&lt;br&gt;そんなもんだよな。&lt;br&gt;そう思いつつ、それでも、と最後まで青いタバコにしようかと迷いながら、結局いつもの赤いタバコを買った。&lt;br&gt;店を出る。&lt;br&gt;バチリと大きな音。&lt;br&gt;見上げると、青い誘蛾灯に真っ青な蛾がへばりつき悶え苦しんでいた。&lt;br&gt;すっかり苦々しい思いで、赤い箱から白い紙のタバコを取り出し、赤い火をつける。&lt;br&gt;そのまま下ばかり見て、白い煙を鼻から吹きながら足早に帰った。&lt;br&gt;ドアに手をかける前に、見上げた空はやはり青かった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-3722676449889473842?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/3722676449889473842/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=3722676449889473842' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/3722676449889473842'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/3722676449889473842'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_02.html' title='青い夜'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-7677974694465807412</id><published>2007-09-01T15:04:00.000+09:00</published><updated>2007-09-01T15:05:09.114+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>つまらないこと</title><content type='html'>考えるのが趣味である。&lt;br /&gt;ほぼ唯一に近いぐらいの趣味である。ちょっと時間があれば、例えば車の運転だとか、単純作業に従事している最中などは、常に何かしら考えている。&lt;br /&gt;このブログも、それを書くために始めたようなものなのだが。これまでは、一応人に見せられる程度にまとまったものだけを書いている。それでもまとめきれずにダラダラ長くなる場合がほとんどだが、形にできそうなものだけまとめようとして書いている。&lt;br /&gt;考えたことのうち、どのぐらいを書いているのか、と今それについて考えてみたわけだが、恐らく１割に満たない。遠く、満たない。&lt;br /&gt;偉そうなことを言えそうなことだけ書いている気がしてきて、息が詰まっているように思えてきたのである。&lt;br /&gt;本来一番得意なこと、まとまりようのないつまらないことをたまに書いてみようか。&lt;br /&gt;そんな気分になってきたのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;今、私にとって一番まいっていること。&lt;br /&gt;それはもう、間違いなくぶっちぎりでゴミの分別である。&lt;br /&gt;そもそも、実家から一人暮らしの頃は常に部屋に１５ｃｍぐらいは積雪ならぬ積ゴミがあった私である。&lt;br /&gt;やたら雑誌やら新聞やらを買い、捨てられないので、溜まる。いつか読みそうな気がして捨てられないのだ。足の踏み場も無いほどそれらが乱雑に散らかっていると、そこにゴミぐらいまざっていたからどうなの、という気がしてくる。&lt;br /&gt;結果、見事なゲレンデが誕生する。私にとって「ゴミを捨てる」というのは、そのゲレンデを雪かきするかのごとく上っ面だけがさごそかき集める、そういうことだった。&lt;br /&gt;そんな私にとって、現在のリサイクル法に基づいたゴミ分別の要求は、あまりに高い。&lt;br /&gt;ペットボトル。プラマーク付きの資源ゴミ。アルミ缶・スチール缶。回収古紙。生ゴミ。発泡スチロール。それらに当てはまらないものだけが、燃やせるゴミ燃やせないゴミ。&lt;br /&gt;無理だ。わからない。夜中に思い出して開けたサンマの蒲焼の缶詰のカラが、どれにあてはまるのかもわからないのである。&lt;br /&gt;怒られどやされなじられつつ、ブ厚い廃棄物分別表とにらめっこしながら、それぞれ袋に小分けする。&lt;br /&gt;こんな苦痛な作業は、他には無いのである。&lt;br /&gt;しかも、詳しくは知らないが、こんな思いをしてまで分別したゴミを捨てるのに、さらに料金が必要らしいではないか。&lt;br /&gt;そんな馬鹿な話があっていいものか。&lt;br /&gt;既に自分にとって不要になったものだが、必要とする人がいる、再利用する方法があるらしいから、分ける。そこまではわかる。だが、利用する側に多少は自分も含まれるとはいえ、多くはリサイクルする業者の利益のためにやっていることなのに、さらに料金をとられると言うのだ。&lt;br /&gt;くどいようだが、自分にとっては不要なものなのに、だ。&lt;br /&gt;そんなこと、必要とするやつがやれ。そう、思ってしまうのである。&lt;br /&gt;どうせ金を取るなら、少し料金に上乗せしてやるから、自分たちでやれ、と言いたい。&lt;br /&gt;言いたいうちに、考えたのだ。&lt;br /&gt;そこだけ切り離せば、商売になるのではなかろうか、と。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ゴミ分別業。&lt;br /&gt;６０リットルゴミ袋１袋あたり１００円で、全て分別して廃棄代行します。&lt;br /&gt;これは、意外と流行るのではなかろうか。少なくとも、私は毎回頼むだろう。どうせ金は取られているのだ。分けなくていいなら、１００円ぐらい安いものだ。&lt;br /&gt;問題は、その事業の採算性である。&lt;br /&gt;まずは収入。商圏は１万世帯ほどで設定する。大都市なら無理な広さではないだろう。各家庭の排出するゴミの量。私の家庭で言えば、週の合計で６０リットル４袋ぐらいは廃棄している。だから、週４００万・月間１６００万ほどの売り上げがあるわけだ。&lt;br /&gt;次に支出。必要な経費をざっと洗い出す。&lt;br /&gt;人件費。５人ぐらいで抑えたい。週二回回収・回収人員２名。残り３名が分別。営業・事務処理は社長が一人でこなす。回収人員も非回収日は分別作業に当たる。週に集まるゴミの量が４万袋。週５日として一日８０００袋。一人一日あたり２０００袋ぐらい。１時間当たり２５０袋ぐらい。大量処理であればなんとかなりそうではなかろうか。&lt;br /&gt;月４０万×５人として、２００万。&lt;br /&gt;車両運行。回収・処理場までの運搬を含め、月２０万も見れば足りるだろう。分別処理用地。どんなに高く見積もっても、月３０万あれば相応の物件を借りられそうだ。&lt;br /&gt;車両初期投資が４００万ぐらいとして、その返済があるとしても、月１５０万浮いている。こまごまと経費で出て行く分があるにせよ、月２０万は超えるまい。１３０万－返済分は確実に浮くのである。何なら人をもう一人増やしてもいいぐらいだ。&lt;br /&gt;いい商売だなあ。どうして誰もやらないんだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんなことを考えつつ、自分でやろうとは決してしない。&lt;br /&gt;面倒だからである。&lt;br /&gt;そうやって、今日も日が暮れていく。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7677974694465807412?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7677974694465807412/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7677974694465807412' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7677974694465807412'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7677974694465807412'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post_01.html' title='つまらないこと'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-6722049780544347874</id><published>2007-09-01T14:08:00.000+09:00</published><updated>2007-09-01T14:04:40.035+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>みちしるべ</title><content type='html'>この道を、ただまっすぐに行けば、目的地に着く。&lt;br /&gt;わかっていても、まっすぐには進まない。それが人間、かもしれない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そんなことを考えながら、毎日行っては帰ってくる。&lt;br /&gt;一番早い道は、わかっている。それでも、わざとあちらへこちらへ。&lt;br /&gt;特段買い物もないのにコンビニや本屋に寄ってみたり。&lt;br /&gt;公園の駐車場に止まって、ただぼんやりしていたり。&lt;br /&gt;こっちですよ。左ですよ、３００ｍ先を左折ですよ。&lt;br /&gt;誰だか知らないが、親切な人がそう言ってくれている。&lt;br /&gt;ありがとう、と言いながら、右へ曲がる。３００ｍ行く前に右へ曲がる。&lt;br /&gt;達成を、したくないのである。&lt;br /&gt;目的というのは、達成した瞬間に意味を失う。&lt;br /&gt;それが、怖い。のかもしれない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;あぁ面白かった。&lt;br /&gt;そう言いながら死にたい。&lt;br /&gt;ずっとそう思ってきたが。&lt;br /&gt;私に、できるだろうか。&lt;br /&gt;面白かった、と言いたくなったことが、あまりないのだ。&lt;br /&gt;いつだって楽しいのは、今だけである。&lt;br /&gt;終わったら、つまらない。&lt;br /&gt;だから、過程を少しでも引き伸ばそうとする。&lt;br /&gt;まっすぐ帰る無駄の無さに憧れつつも、やはりそこに価値が見出せないままでいる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;親切で言ってくれているのは、わかるんだが。&lt;br /&gt;誰かの示した道は、行かない。行きたくない。&lt;br /&gt;我が道というほどの自信は無いが、おそるおそる、迷いながらも迷っていることを楽しんでいたい。&lt;br /&gt;それは、そんなに悪いことだろうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-6722049780544347874?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/6722049780544347874/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=6722049780544347874' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6722049780544347874'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6722049780544347874'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/09/blog-post.html' title='みちしるべ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-6058074326032960865</id><published>2007-08-27T13:25:00.000+09:00</published><updated>2007-08-27T13:21:24.385+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='野球'/><title type='text'>「熱血」の独善と、ひとりの少年の勝利</title><content type='html'>昨日の日曜日。遅い昼食の後でソファーに寝そべり、たまたまテレビをつけていたら、その番組だった。&lt;br /&gt;たまたまでもなければまず見ない番組だったのだが。気になるところがあってつい最後に近い所まで見てしまった。&lt;br /&gt;弱小野球部に起こった奇跡。とかなんとかいう題の、ドキュメンタリーだった。&lt;br /&gt;公式戦で１０年勝てなかった高校の野球部が、２点リードされた９回２死走者無しまで追い詰められ、そこから逆転で久々の勝利を収めるまでを追ったドキュメンタリーなのだが。&lt;br /&gt;全体の演出は、予想通り不愉快だった。&lt;br /&gt;そもそも、野球に「奇跡」などない。奇跡を何だと思っているのか。偶然性の高いプレーの中で決められた目標に向かい、全力を尽くす。その結果には、偶然や好運ぐらいはあっても、奇跡などないのだ。&lt;br /&gt;有り得るはずのないことが起きるのが奇跡である。モーゼの割れた海の道、イエスの復活、そうした、どう考えても有り得ないはずのことが起きた、それが奇跡なのだ。&lt;br /&gt;９回裏２死で２点差、しかもその試合のような、互いに点を取り合った３対５の２点差なら、まだまだ逆転勝利の可能性は相当残っている。１５０試合ぐらいある神奈川のような学校数の多い県予選の中でなら、毎年１試合ぐらいなら起きても全く不思議ではないのである。&lt;br /&gt;試しに計算してみる。&lt;br /&gt;地区一回戦のレベル、しかも点差が示すような力が均衡した試合の場合、打者が出塁する確率はどんなに小さく見積もっても３０％近くある。打率だけなら３割に満たなくとも、エラーや四球など相手のミスもあるからだ。&lt;br /&gt;この番組でのシーンの場合、それが９回２死から４つ繋がって３点入っていた。そうなる確率は、どんなに少なく見積もっても０．３の４乗＝０．００８１＝０．８１％もあることになる。これは、サイコロを３個振って３個とも６で揃う確率、１÷（６×６×６）＝０．００４６２...≒０．４６％の２倍近い確率になるし、ジャンボ宝くじの下２ケタの当たり（普通３０００円）の確率、１％にかなり近い。&lt;br /&gt;宝くじで３０００円当てて、奇跡だ！なんて言う奴がいるのか？&lt;br /&gt;しかも、投手はじめ守備側の動揺だとか、打者の勢いだとか、攻撃が繋がったことによる数字に変えようのない“流れ”が野球にはある。この番組の試合でも、２人目と３人目の走者は四球と死球で出塁していた。&lt;br /&gt;それを織り込み、例えば一人塁に出る毎に次打者の出塁率が０．１ずつ上がる、として試算してみれば、０．３×０．４×０．５×０．６＝０．０３６＝３．６％にもなる。３０回に１回以上起きることになる。&lt;br /&gt;それを奇跡と呼ぶのか、と。起きるはずのないこと、と言いきってしまうのか、と。延々と追い続けてきたチームを、まだ試合も終っていないうちに「奇跡でも起こらないと勝てないチーム」と言い切るのか。何様のつもりなんだ、と。&lt;br /&gt;試合にかけた選手達の努力、たとえ一縷の望みであっても勝利を目指す姿勢、そういったものを表現上否定してしまっていることに気付いていない。&lt;br /&gt;民放の似非「ノンフィクション」にありがちなこうした過剰演出は、極めて単純な不快感を私に与える。だから普段なら見ないのだ。&lt;br /&gt;でも、見た。&lt;br /&gt;過剰演出以上に「許せないもの」が、そこに映っていたからだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;高校までの私は、勉強は割と好きだったが、学校や授業は常に大嫌いなまま過ぎた。&lt;br /&gt;一人として、尊敬できる教師がいなかったからだ。&lt;br /&gt;今よく話題になるような、教える能力の無い教師、やる気の無い教師、プリントだけ配って終わるような教師。それもいたが、彼らはまだよかった。むしろ歓迎だった。&lt;br /&gt;やる気なら、私にあったからだ。&lt;br /&gt;授業で教わったことより、教科書で興味を持ったことを自分で調べたりして学んだことのほうがよほど多かった私にとって、空気のような彼らはかえって好都合だった。現行の教員制度では、高校教師の知識量などたかが知れている。本を読むほうがよほど深い知識と思索を得られるのは自明だった。&lt;br /&gt;私にとって問題なのは、そんな奴じゃなかった。&lt;br /&gt;「昔の先生のよう」と語られるような教師。熱血教師。生徒に愛され父兄の評判もいいような。そんな教師が、私には最悪の存在だった。&lt;br /&gt;奴らが熱心になればなるほど嫌気がさし、口からデマカセでご機嫌取りの台詞だけを並べてやりすごした。成績も素行も全てがソコソコだったので、うわべだけ取り繕えば構われずに済んだからだ。&lt;br /&gt;奴らの内に潜む、「俺はお前らより強く正しい」という意識、「教えてやる」という姿勢、それがどうにも不快でしかたなかった。&lt;br /&gt;番組の弱小野球部の監督は、まさにそのタイプだった。あまりに腹立たしくて、しばらく一人ブツブツ言いながら見ていたのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「てめえふざけんな。負けてえのか！&lt;br /&gt;あれがお前の一番いい球か？勝負球か？一番いい球を何で投げないんだ！&lt;br /&gt;代われ消えろ。やめちまえこの野郎」&lt;br /&gt;３回、交代出場した代わりばなに３点取られたエースを、口汚く罵る。&lt;br /&gt;これだけで、その監督のやり口はわかる。思うがままにならない奴は、脅す。恐怖支配だ。単に激しい言葉で選手の闘志を焚きつける、というのではない。「代われ」と自己の権力をちらつかせ、脅す。&lt;br /&gt;選手は萎縮する。萎縮するから、無難に監督の指示からはみ出ぬようにしかプレーできない。&lt;br /&gt;こんな監督では弱いはずだ。という私の思いとは裏腹に、番組はこの監督のやり方を肯定するかのようにその人となりに迫ってゆく。&lt;br /&gt;東京のそこそこの私大を卒業後、大手通信会社に入社。２４歳の若さで海外赴任も経験する、いわばエリートコースを歩む。だが高校まで取り組んだ野球への思いを捨てきれず、３０歳から教師として高校野球の監督に。&lt;br /&gt;「結局ね、優等生だったんですよ。&lt;br /&gt;当時で年収７００～８００万ですから。同世代の奴らと比べればまずまずいい給料もらってて。&lt;br /&gt;何かつまらないというか、これが俺のやりたいことなのか、という思いがあったんですね。&lt;br /&gt;どうしても野球への思いが捨てきれなくて。&lt;br /&gt;本当にやりたいこともやらないで、生きてるって言えるのかな、と。&lt;br /&gt;やり残したこと、悔いを残したくなかった。&lt;br /&gt;本当にやりたいことを必死にやるのがどんなに大切なことか、選手にはそれを伝えたいし、それしか伝えられることはないと思ってます。」&lt;br /&gt;何故それが、高校野球の監督だったのか。&lt;br /&gt;他に選択肢はなかったのか？たかが自分の思い程度のことだけで、子供達を指導出来ると思ったのか？&lt;br /&gt;わざわざ就職活動をして悩んだ挙句見つけた仕事に、続けていけるようなやりがいを見つけられなかった人間が。「年収７・８００万」、そんな下らないことしかかつての仕事について語れない人間が。&lt;br /&gt;彼が伝えたいのは「自分勝手な野球への思い」であって、「野球の楽しさそのもの」ではないのだ。&lt;br /&gt;そんなもの選手にしたら、いい迷惑だ。エゴの押し付けでしかない。&lt;br /&gt;「お前の抱えたハンディなんか知らねえんだよ。お前がエースだと思って投げさせてんだ」と試合中に彼は選手を罵ったが。選手にすれば、「お前のエリートコースを捨てた思いなんか知らねえんだよ。」だろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;野球の指導者として、伝えるべきこと。それは、野球の楽しさ、必死になるだけのやりがい、それ以外に無いはずだ。&lt;br /&gt;この監督はそれを、何ひとつ教えていない。教えることができなかったのだ。&lt;br /&gt;常に監督に脅えた目をし、監督の姿のない、抑圧から解放されたロッカールームで、惨敗したことも何とも思わず無邪気にふざけあう選手達。&lt;br /&gt;その姿から、一心に野球に打ち込み、何かを見つけたい、そんな思いは伝わってこなかった。&lt;br /&gt;何故か。自分のエゴに引きずられ、「野球をやりたいという強い思い」を、全選手が持っていて当然、という前提にしてしまったからだ。自分の基準にはめ込んだからだ。&lt;br /&gt;勿論、まるでやりたくなければ野球部には入らないだろう。その思いを育て、一心に打ち込ませる、自分の意思で打ち込んでいく中で、何かを見つけさせる。それこそが指導者としての仕事なのに。&lt;br /&gt;自分の思いを勝手に押し付け、同じ思いを強要し、お前ら何でやらないんだ、俺がこんな思いしてやってるのに、と追い詰める。&lt;br /&gt;選手達はとにかく怒られないように、そればかり考え続け、一通り言われるままに練習し、終われば解放された、としか思わない。部活動の中に、惰性以上のものが見出せなくなっている。&lt;br /&gt;たとえ甲子園に出られたとしても、彼の並べたキレイゴトの「伝えたいこと」など選手は何ひとつ掴めはしないだろう。強要されるがままにやっただけなのだから。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;一人だけ、実にいい目をした選手がいた。&lt;br /&gt;入学した時の体格は１４７cm・３３kg。３年生になった今も、ひどく痩せた万年補欠の選手である。&lt;br /&gt;「どうして続けているの？」という問いに、彼はきっぱりと「野球が楽しくてしかたないんです、野球バカですね。」と言いきった。補欠だとかは関係ない、野球が楽しいから、と言いながら、毎日日課にしているという深夜の素振りに打ち込んでいた。&lt;br /&gt;彼の家は貧しかった。修学旅行にも行けないほどだったが、それをすまなそうに言う両親に「いいよそんなの。あんなのつまんないし。思い出なら野球で作れるし。」とこともなげに言った。&lt;br /&gt;恐らく彼は、修学旅行か野球か、彼の家の経済上どちらかしか選べないことを知っていたのだ。&lt;br /&gt;野球というスポーツは、こまごまといろいろ金がかかる。バットやグラブ。ユニフォーム。ひとつひとつ馬鹿にならない値段がする。三年間での総額は修学旅行一回分より確実に多くなるだろう。&lt;br /&gt;それでも大好きな野球をやらせてくれた両親に、深い愛情を感じていた。&lt;br /&gt;愛のあるところにはやる気が育つ。彼の目には、「代われ消えろ」と脅されていた投手の目にはない、まっすぐな輝きがあった。&lt;br /&gt;彼は、夏の大会までの３年間を通じて公式戦での出場がなかったそうだ。&lt;br /&gt;ひ弱な彼は、監督の構想からは外れていたのだろう。&lt;br /&gt;「自分が出て勝ったら最高ですね。」それでも、そう屈託なく彼は言った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;負ければ最後の試合。９回２死走者無し。問題の、「奇跡」が起こるシーンで、彼は代打として初めての打席に立った。&lt;br /&gt;明らかに、高校野球でよくある「思い出作り采配」である。どうせ負ける、負けたら最後だ、機会の無かった３年生の選手に花を、というわけだ。&lt;br /&gt;彼が打つ、勝負強い、と思っていたなら、ここまで公式戦出番無しのはずがない。どこかで試しているはずだ。純粋に勝利を追及する采配として、スタメン９人より打つと考え送り出したはずがない。&lt;br /&gt;負けだ、終わりだ、と、テレビ局より先に諦めていたのは、カメラの前でくどくどとキレイゴトを並べてみせた監督だったのだ。最後まで自己満足で、どうせ負けるなら、といいことをした気分になりたがったのだ。&lt;br /&gt;必死で自分の指示にくらいついてきた選手の思いを置き去りにして、勝利の可能性を減らすと思いながらも「教育者としてチャンスを与えた」とかいう逃げ道を用意することを優先したのである。&lt;br /&gt;どこまでエゴイストなんだ。そしてそれを美談のまま終わらせようとするこの番組は、何なんだ。&lt;br /&gt;こいつら、子供達を何だと思ってやがるんだ。&lt;br /&gt;震えるほど腹立たしかった。その後の展開は前フリで予測出来ていても、許せなかった。&lt;br /&gt;番組が泣かせようとしたより少し前の場面で、全く別の理由で。私は目に涙を溜めていた。本気で怒り狂っていたのである。&lt;br /&gt;代打の彼は、「勝ちたい」と言い、そのために控えである自分の立場を受け入れ、チャンスを信じずっと一人夜中まで素振りを続け。試合ではサードコーチャーとして声を枯らしていたのだ。&lt;br /&gt;その思いすら踏みにじる行為であることに、このダメ監督は気付いていない。それが、許せなかった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;彼は打った。諦められていた彼は打った。同じように諦められた仲間にチャンスを繋げた。小さく構えて、初球を綺麗にミートし。レフト前に運んでみせた。&lt;br /&gt;彼だけは信じていたのだ。毎日努力を積み重ねた自分を。チャンスを逃さず弾き返せる自分を。そして、まだ何も終わっていないことを。&lt;br /&gt;ドラマよりドラマチックな逆転劇は、彼がもたらした。伝えるべきものを何一つ伝えない駄目監督が、最も期待しなかった彼から。期待されずとも自分の力で道を拓いてみせたのだ。&lt;br /&gt;番組は、その勝利を極めて安易に「奇跡」として伝え。原動力は監督であったかのように安易なストーリーをでっちあげたが。&lt;br /&gt;奇跡などでは、ない。監督がもたらした？とんでもない。&lt;br /&gt;見放された自分を信じて、信じきってみせた彼の勝利だった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「一生懸命ないい先生」には、常にこの監督と同じような独善性があると思っている。少なくとも、私に関わった教師は皆そうだった。&lt;br /&gt;ことの善し悪し、自分の望み、そんなことは小学校を出る頃には皆自分で判断できる。どんな悪ガキだって、卒業文集には立派な作文を書けるのだ。&lt;br /&gt;それを自分勝手な基準で枠にはめ。「何かを伝えられたら」などと。伝えようとすればするほど、彼らの伸びようとする力を削ぐだけなことに気付かない。&lt;br /&gt;「美しい国」とやらを目指すため、国の基準だけで教育が進められる方向に動いてさほど世論も動かない今、私の中で気持ち悪い思いがどんどん膨らんでいる。&lt;br /&gt;枠にはまりきった北朝鮮のマスゲームを、美しいと思うのか？&lt;br /&gt;あんな気持ち悪い光景を量産するのと中身の変わらない教育なんか、クソ食らえとしか思わない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;彼のヒットは、美しかった。&lt;br /&gt;怒られたくなかったのではない。&lt;br /&gt;言われたとおりにやりたかったのでは、ないのだ。&lt;br /&gt;ただ純粋に野球が楽しかった、打ちたくて打ちたくて仕方なかった代打の彼のクリーンヒットは、どこまでもまっすぐで美しかった。&lt;br /&gt;あの美しさは、誰に教わったのでもない。&lt;br /&gt;本当の美しさは、誰にも与えられない。教えられない。与えよう、教えこもうとするのは思い上がりだ。&lt;br /&gt;本当の美しさは、ひとりひとりの中に、ひとつずつある。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-6058074326032960865?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/6058074326032960865/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=6058074326032960865' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6058074326032960865'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6058074326032960865'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_27.html' title='「熱血」の独善と、ひとりの少年の勝利'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-4399421174317718623</id><published>2007-08-23T17:51:00.000+09:00</published><updated>2007-08-28T09:56:57.241+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='創作系妄想'/><title type='text'>蛇の足を描けと言われたので、描いてみる。</title><content type='html'>意味がわからない、と言われたのである。&lt;br /&gt;そんなはずはない。難しい言葉は使っていないはずだ。&lt;br /&gt;つまらない、と言われるなら、いい。構わない。というより私自身そんなに面白いとは思っていなかったので、そうでしょう？下手ですね。とでも言うしかない。&lt;br /&gt;意味がわからない、はちょっとこたえた。&lt;br /&gt;じゃあお前には全ての昔話の意味がわかるのかよ、だとか、すぐ思いついた罵詈雑言はとりあえずグッと飲み込んで。&lt;br /&gt;じゃあ、やってやろうじゃないか、と。考えたのである。&lt;br /&gt;私の好きな作家の一人に、太宰治がいる。好きすぎて、あんまり言わないようにしているぐらいである。&lt;br /&gt;好きな人にだけわかるように、題名だけ文中の一節から剽窃したりもしている。文章そのものにも大きな影響を受けていることも、太宰を読む人にはわかると思う。&lt;br /&gt;『&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_18.html"&gt;ムカシ、ムカシノ　オハナシヨ&lt;/a&gt;』という題名も、『御伽草子』の中で引用される昔話の書き出しを頂戴したものだ。&lt;br /&gt;『御伽草子』は、昔話のごくシンプルなプロットに、現代小説風のディテールを書き加え、太宰の作品として翻案していった作品である。&lt;br /&gt;ひとつ、やってやろうじゃないかと思うのである。&lt;br /&gt;プロットは、出来ている。出来は悪いが出来ている。&lt;br /&gt;これを元に、『御伽草子』風に肉を付け。わからないなどと言われぬものにしてやろうというのである。&lt;br /&gt;もとより、私には才能が無い。下らないことならどこまでも調べたり考えたりできるが、下ること（という日本語は無いが）身になることはさっぱり考えられない。&lt;br /&gt;だから、つまらない、とかくだらない、とか言われるのは一向に平気なのだ。&lt;br /&gt;問題は、わからない、である。&lt;br /&gt;わかってたまるか。私一人の話なんだから。何を期待しているのかと。&lt;br /&gt;それでも、期待されたら、やらざるを得ないではないか。&lt;br /&gt;やれるだけやってみます。多分つまらないでしょうが、それでもよければ読んでみてください。&lt;br /&gt;それでもわからない、と言われたら、知りません。勝手にしてください。というか、こんなブログに何を期待しているのかと。&lt;br /&gt;ただでさえ大して面白くもないものを、よりつまらなくするのは承知の上。&lt;br /&gt;自作自演の蛇足説明。はじまりはじまり。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ひゃっくりじいさん&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;昔むかし。あるところに、おじいさんがいました。　&lt;br /&gt;おじいさんには、おかしなクセがありました。　&lt;br /&gt;笑いだすと、ひゃっくりが止まらなくなるのです。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;昔話の登場人物というのは、なぜだか何処に住んでいたか特定されないものらしい。&lt;br /&gt;そうなったのは、多分そんなに昔の話ではない。今昔物語や宇治拾遺物語の登場人物は、必ずどこそこのなにがしと書いてある。&lt;br /&gt;それらと基を同じくする民話の類のものが、鎌倉仏教が興り室町期にかけて大衆と仏教が結びついてく過程で、説話として洗練されていったのが御伽草子と呼ばれる物語群だ。とか何とか学校で習った気もする。うろ覚えなのであまり信じず、自分で調べてもらいたいところだが。&lt;br /&gt;とりあえずその仮定でいけば、必ず「あるところのおじいさん（おばあさん）」なのは説明がつく。近所のガキども相手に、今ほど情報が発達していない段階で「吉野に住む講也という坊さんが」なんぞと始めた日には、その「吉野」がどこにあるかから何から何まで説明しなければならぬ。話す坊さんだって吉野になど行ったこともないだろうに。それは酷というものだ。&lt;br /&gt;だから、「あるところに」でごまかした。どこにでも、そこらへんにいそうなじいさん、ということにしたのである。自然な成り行きに思える。&lt;br /&gt;だが、現代小説としてはそうはいかない。読者のイメージが広がるよう、しっかりとした情景を描かなければならない。場所を特定するしないは別として、どんなところなのか、どういう特徴があるのか。物語と密接に関ってくる部分は、しっかり書かなければならない。&lt;br /&gt;人物画だけではなかなかストーリー漫画は成立しない。しっかり背景まで書き込まなければならないのである。&lt;br /&gt;数少ないが、ヒントは与えられている。「しゃっくり」を、この物語では「ひゃっくり」と呼んでいる。&lt;br /&gt;これは関東方言のはずだ。またうろ覚えだが、私が学校で習った方言分布図で言えば「し」と「ひ」の混同、特に「し」を「ひ」と読んでしまうのは関東地方だったはずだ。江戸っ子が「七」を「しち」ではなく「ひち」と読むのと同じである。&lt;br /&gt;うろ覚えが正しければ、関東地方。江戸からは若干離れる。都会の感じはしないからだ。面倒なので特定するが、埼玉である。もっと特定すれば、さいたま市浦和である。私が浦和レッズのファンだからだ。浦和には行ったこともないしその気候風土も歴史も露知らぬが、面倒なのでそういうことにしておく。&lt;br /&gt;笑った拍子にひゃっくりがとまらない。誰でも一度ぐらいは経験があるのではなかろうか。&lt;br /&gt;しゃっくりというのは、横隔膜の痙攣である。笑ったときなど、予期せぬ腹腔の激しい動揺により、痙攣が引き起こされるわけだ。&lt;br /&gt;こうした医学的見地に立った整合性を補完してやるのも、現代風小説では欠かせない部分である。でたらめばっかり並べても、誰も信用してくれないからだ。信用できないということは、リアリティが無い＝物語の世界に入り込めない、という問題に繋がってくる。&lt;br /&gt;魔法使いは、現代には生み出されえない。せっかく頑張って生み出されても、それはもはや純文学とは呼んでもらえない。子供騙し、と嘲笑うような奴がのさばっている。&lt;br /&gt;それにしても、笑う度にしゃっくりとは、気の毒な人もいたものだ。&lt;br /&gt;しゃっくりは、なかなかに、苦しい。痙攣である。足が攣るのと原理はそんなに変わらないはずだ。楽なものではない。&lt;br /&gt;昔、２４時間しゃっくりが止まらないと死ぬ、という話を聞いたこともある。まさかと思って本気にしていなかったが、よく考えれば呼吸器はじめ重要臓器を守る横隔膜の痙攣なのだから、有り得ることだ。実際、呼吸にはかなりの影響が出るではないか。命に関わる重大な症状にもなりかねないのだ。&lt;br /&gt;せっかく楽しく笑いたいときに、ヒィックである。毎回である。命に関わるのである。なかなかつらい。&lt;br /&gt;だがこのおじいさんの偉いところは、その辛さをおくびにも出さないところである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;お酒がすきなおじいさんは、いつものお仲間と今日も大さわぎです。&lt;br /&gt;笑いじょうごのおじいさん。ひと口のんで、&lt;br /&gt;誰かがおかしなことを言うたんびに&lt;br /&gt;「うははははぁっ　ヒィック」&lt;br /&gt;ずいぶんえらそうに笑うくせに、そのあとすぐにヒィックですから、&lt;br /&gt;まわりのおじいさんたちもおかしくてたまりません。&lt;br /&gt;おへやの中は、笑い声と、たまに聞こえるおじいさんの&lt;br /&gt;「ヒィック」と。その後のまた大きな笑い声と。&lt;br /&gt;１０軒先まで聞こえるようなにぎやかな大さわぎが、&lt;br /&gt;夜おそくまで続きました。&lt;/blockquote&gt;　&lt;br /&gt;命に関わる重大な病なのに、笑われたって平気なのである。むしろ大勢集めて、笑いものにされようとしているフシすらある。&lt;br /&gt;人がしゃっくりしたからといってそんなに面白いものではないと思うのだが。親しまれる人なのだろう。ただ笑っているだけの、明石屋さんまの「引き笑い」につられて笑う人が結構いるのと同じだ。&lt;br /&gt;親しみの無いところには笑いは生まれにくい。逆に、親しい人の言うことなら中身はさほどでなくとも面白いものだ。&lt;br /&gt;笑いというのは、言ってみれば油断である。子供や飼い犬の無邪気な姿を笑うのは、彼らが自分より弱い存在だからだ。危害を加えられようが無いから笑うのである。&lt;br /&gt;飼い犬が公園を無邪気に駆け回り、子供が本気で逃げ惑う。飼い主はけたけた笑っているのに、子供の親は本気で怒っている。このよくある状況には、危害を与える側・与えられる側の立場の違い、油断の差が作用している。&lt;br /&gt;ひゃっくりじいさんは、怒ったりしないのだ。むしろ、一緒になって笑ってくれるのだ。その油断が、言い換えれば安心が、一同の大きな笑いを生んでいるわけだ。&lt;br /&gt;いいじいさんなんだ。自分の命に関わる重大な持病を、みんなと一緒に面白がっている。&lt;br /&gt;こんなじいさんに私もなりたいものである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;いつものように大さわぎのある日。村のやどやに、&lt;br /&gt;とおい旅のおさむらいが泊まっていました。&lt;br /&gt;急がない旅ですっかりたいくつしているところに、&lt;br /&gt;わっはは、ヒィック。なにやら楽しげな声が聞こえます。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;おさむらいの登場である。&lt;br /&gt;秀吉が刀狩をするより以前は、「侍」と「百姓」の間には確たる身分の差が無かった。みんな自分の家の田畑を耕し、いくさがあれば出征したりしなかったりする。そんな感じだったようである。&lt;br /&gt;だから、この物語の時代は刀狩以降、しかも平和なようだから恐らく江戸中期ごろであろう。&lt;br /&gt;ということは、このお侍の「急がない旅」というのは多分、参勤交代の殿様に頼まれの用件か何かあって、それを果たした帰り道、といった感じではなかろうか。帰ってくるまでが仕事、という他藩への使者的役割などではなさそうである。&lt;br /&gt;江戸時代の侍は、現代で言えば公務員みたいなもんである。しかも完全世襲制。生まれた時から身分を保障されている上、よっぽど大きい一揆でもなければ、刀を抜く機会もそうそうない。&lt;br /&gt;平和ボケである。無礼者、なんて言ってそこらへんの者を切り回るような者はまずいない。そうした行いは、出世に障る。というか、民を治める立場にある以上、確たる非のない下々の者を切るなど、切腹覚悟の行為になるはずだ。&lt;br /&gt;このお侍もご多聞に漏れず、気弱なひとのようだ。しかも、用も終わったし、ということですっかりそわそわしている。&lt;br /&gt;長旅であっても、大きく進めるのは昼しかない時代であるから、夜は暇なのだ。あそびたいのである。どんな田舎町であっても、隙さえあらばと探しているのである。　&lt;br /&gt;そこに楽しげな笑い声。もう、いてもたってもいられない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;「おかみさん。ずいぶんにぎやかなおたくがあるようですね。」&lt;br /&gt;「ああ、あれですか。ひゃっくりじいさんのうちのさわぎです。&lt;br /&gt;　まいばんあれですよ。すみませんね、眠れないでしょう？」&lt;br /&gt;「いえいえ、私も酒は大好きなもんで。&lt;br /&gt;　あのさわぎを聞いちゃだまっていられません。&lt;br /&gt;　ちょっと案内してもらえませんかね？」&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;毎晩飲んで大さわぎする家ほど、周囲からしたら迷惑なものはない。楽しいのは飲んでる自分達だけ、周りにはただひたすらに騒音でしかないのだから。&lt;br /&gt;それでも３日もそんな騒ぎが続いたら、大抵は隣近所にこっぴどく詰められ大人しくなるものなのだが。ならないということは、町の有力なじいさん連中あたりがこぞって参加しているのだろう。おかみさんも「すみませんね」なんて言ってしまうぐらいだから、宿屋のオヤジも参加していると見てほぼ間違いない。&lt;br /&gt;そして。ただただ馬鹿笑い、というのではお侍も「だまっていられません」とはなるまい。近所の宿屋のおかみさんですら迷惑なのだ。何の縁もない、赤の他人もいいところのお侍にだって、普通なら迷惑であろう。&lt;br /&gt;楽しげなんだ。ただ酔っ払いどもが我を忘れて大笑い、というのとは違うところがあったのだろう。あそびたい欲求をあらかじめ持っていさえすれば、つい腰を浮かしてしまいたくなるぐらい楽しげだったのだろう。&lt;br /&gt;単にしゃっくりが面白い、というだけでは、なかなかそうはいくまい。かといって笑いものにされるぐらいだから、じいさん自身が有力者ということもあるまい。&lt;br /&gt;やはり、じいさんの人徳である。皆に愛され信頼され、笑われているのだ。本当にうらやましいぐらい幸せな老後である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;おかみさんに連れられて、がらがらとおじいさんのおへやをあけたとたんに、&lt;br /&gt;「ヒィック！うははははははっ」&lt;br /&gt;の大笑い。おさむらいさんはびっくりして、でもちょっとおかしくなって&lt;br /&gt;「こんばんは。ちょっとまぜてもらえませんか。」&lt;br /&gt;「うっくっくっくっ　ああ、どなたかぞんじませんが。どうぞどうぞ。」&lt;br /&gt;「いまね、このじじいがね、ひゃっくり、あっはっはっはっ」&lt;br /&gt;おじいさんたちは、笑いをこらえきれません。&lt;br /&gt;おかげでおさむらいには、さっぱり何の話だかわかりません。&lt;br /&gt;でもとりあえず、と腰を下ろしました。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;いよいよお侍さんとじいさん連中、ご対面である。&lt;br /&gt;腰に重たいものをぶら下げたのがガラガラと入ってくれば、普通座には緊張が走るものである。たとえシートベルトをしっかりと締め法定速度ピッタリで走っていても、後ろからパトカーが来たらギクリとするのと同じだ。&lt;br /&gt;だが、この一同。一向にそんな気配がない。人は年を取るほど図太くわがままになるものだし、酒が入って気が大きくもなってはいるのだろうが、そんな次元ではない。なんせ「どなたかぞんじませんが」である。眼中にない、ぐらいの言いようである。無礼極まりない。&lt;br /&gt;その上「いまね、このじじいがね、」である。どれだけ馴れ馴れしいのだと。士農工商、その首座に君臨する武士を目の前にして、このクソ度胸。いや、度胸というのも少し違う。度胸というのは、危険な状況であることを認識した上で胸の底から振り絞って発揮するものだ。このじじいどもは、度胸だけでなく何一つ振り絞ってなどいない。侍きたね、へえそうかこりゃいいとこにきた、ぐらいの勢いである。&lt;br /&gt;ごく自然に、いつでも誰とでも馴れ馴れしいのだろう。そして、侍を恐れるような、疚しいことなど一つも無いのだろう。&lt;br /&gt;忘れてはいけない。場には、町の有力者が揃っている。庄屋もいれば高利貸もいるだろう。だが分け隔てなく、揃いも揃ってアホ面並べて笑い転げているのである。身分の貴賎、金の貸し借り、そんな浮世のつまらんゴタゴタなんぞ、このじいさんたちはとっくに乗り越えているのだ。&lt;br /&gt;だから、たとえ侍であっても、良く来たこっちへこいこいと。楽しくやろうやと。ただ招き寄せてみせる。&lt;br /&gt;そこはまるで、楽園のようだ。慈愛に満ちている。尊敬だの謙譲だの、偉いの偉くないのと。そんなことはどうでもいいのだ。ただ仲間として、楽しくやろうや、という空気だけが満ちている。酔いも手伝ってただただ楽しく、皆が浮かれているのだ。&lt;br /&gt;ただ一人、お侍を除いて。&lt;br /&gt;いくら気弱な腰巾着みたいな侍とはいえ、侍はさむらいである。控えおろう、頭が高い、と一声かければ、下々の者は皆ハハーと平伏す。それが当たり前だと思って、３１年生きてきたのである。３１歳かどうかはしらないが、まあそんなところだろう。&lt;br /&gt;ここにやってきたのだって、ほほ、わらわはくるしゅうないぞよ、という殿様気分をちょっと味わってみたい、という目論見がなかったとは言えぬ。何せうだつの上がらない侍である。ガキの使いで江戸に遣わされ、さんざんあれもこれもと雑用を命じられ、やっと帰れる帰り道なのだ。上から叩かれた者というのは、自尊を保つためより下の者の上に跨りたがる。これは何も人間だけにある感情ではなく、犬のマウンティングだって同じ欲求が為させるもので、言ってみれば本能的なものなのだ。&lt;br /&gt;じいさんたちには、んなこたあ知ったこっちゃない。ただ、仲間がまた増えた、こいつはいい。楽しい。それしかない。&lt;br /&gt;あまりに想定と違う事態に、ちょっと入りきれないお侍。だが既に、強力な引力を発するじじい連中のペースに飲まれてもいる。とりあえず、と腰を下ろしてしまった。&lt;br /&gt;それが運の尽きだった。今まで誰一人指摘せず、気付かず過ごしてきたおのれの身体的特徴が暴かれ。その上笑いものにされ。マウンティングどころか、しまいにはすっかり馬鹿にされきってしまうとは。&lt;br /&gt;この時のお侍は、想像だにしなかったに違いない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;「まあ、まあおさむらいさん。まずはいっぱい。」&lt;br /&gt;そう言ってつがれたお酒を、おさむらいがくいっとひと口。&lt;br /&gt;とたんに鼻がぷっと赤くなりました。&lt;br /&gt;おさむらいには、おさけを呑むと鼻が赤くなるクセがあったのです。&lt;br /&gt;でも、おさむらいはそれに気付いていませんでした。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;とうとう、バレてしまった。とうとうも何も、飲んだひと口目でバレているわけだが。彼のこれまでの、飲酒の度に鼻だけが赤くなるということに気付かず過ごした３１年の月日を思えば、「とうとう」と言ってやりたくもなる。&lt;br /&gt;侍社会というのは、恥の文化だ。人を笑いものにする、しかも身体的特徴についてとやかく笑いものにするなど、あってはならぬことだろう。&lt;br /&gt;だが。言われないと気付かない弱点は、誰にだってある。いつかは気付かれることなのだから、誰か言ってやってもよかったのだ。余計なところで傷つかぬように。よっぱらいのじじいどもに笑われる、その前に。&lt;br /&gt;そしてやはり、そうした弱点は、得てして最悪の状況で暴かれる。例えば、侍を侍とも思わぬ不届きな酔っ払いじじいどもの前だとか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;「やあ、おさむらい。ずいぶんりっぱなお鼻をしてらっしゃる。」&lt;br /&gt;いちばんはじっこにいた、頭がはげたおじいさんが言いました。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;多分、全員気付いていたのだ。だが、彼らにだって、迂闊に口に出せば腰のものでどうされるかわからない、ということを考えるぐらいの理性は残っている。だから、言わないようにしていたのだ。&lt;br /&gt;だが。空気の読めない奴というのはいるものである。目配せすら必要ないほど全員で承知していた一致事項に、まるで気付けない奴、というのはいるものなのだ。言ってしまった。&lt;br /&gt;しかも、変に気を遣って「りっぱな」で止めてしまった。最悪である。&lt;br /&gt;言うなら、このタイミングしかなかったのだ。「やあ、鼻が赤くなりましたな」とだけ言ってしまえば、まだよかったのだ。それは単なる観察報告である。悪意がない。お侍だって、「鼻が赤い」と言われただけなら、「はて、そうですか？」で済んだのだ。まさかそこでいきなり「無礼者！」にはなるまい。「やあ、本当だ」ぐらいしか言わなかったはずである。お侍はこの時点では、自分の鼻の赤さに全く気付いていないのだから。&lt;br /&gt;「鼻が真っ赤でおかしいですね」と言ってしまえば即座に喉仏をすっぱりやられたのは間違いなかろうが。「鼻が赤い」だけなら、おかしいかおかしくないかの基準すら、お侍は全く持っていなかったのだ。侍仲間で容姿をとやかく言うのはタブーだったのだから。&lt;br /&gt;だが。「りっぱな」と言ってしまった。考え付く限り、最悪の言葉であろう。褒めればいいというものではない。褒め言葉には、ただ貶すより最悪な、「からかう」と取れる要素があるからだ。&lt;br /&gt;空気の読めるじいさん達、あまりに面白い侍の赤鼻を笑えないことを残念に思いつつ、スルーすると決めていたじいさん達は、慌てた。半端でなく慌てている。なりふり構っていられぬ。必死である。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;「いやいや、お前の真っ赤なはげ頭のほうがりっぱじゃて。」&lt;br /&gt;「なに、おまえのその袷からはみ出た真っ赤な腹のほうがりっぱじゃて。」&lt;br /&gt;「いやいや、わしの真っ赤なしりがいちばん。」&lt;br /&gt;しりをだすおじいさんまでいたものですから、たまりません。&lt;br /&gt;「うははははははっ、ヒィック」&lt;br /&gt;「やれ、また出なすった！あははははははは」&lt;br /&gt;おじいさんたちは大喜びで、どんどん床を叩いて大笑いです。&lt;br /&gt;でも、おさむらいにだけは何がおもしろいかさっぱりわかりません。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;フォローに焦ったじいさんたちは、こういう場合の常套手段に出る。「馬鹿にされた」という思いを忘れるには、何かもっと馬鹿にできるものを用意するのが一番手っ取り早い。マウンティングである。それを素早く判断して実行するあたり、さすが伊達に年は取っていない。&lt;br /&gt;とはいえ。いくらいつもひゃっくりじいさんを笑いものにし、笑い笑われ楽しんでいるじいさん達でも。どこの誰とも知れぬお侍を前に貶しあいを演じるのはさぞやつらかったろう。&lt;br /&gt;孫に「ハゲ」と言われようが「メタボデブ」と言われようが、平気だろう。仲間うちだって笑い事で済むだろう。&lt;br /&gt;だが。お侍がいるのである。若い娘でなかったのが不幸中の幸いとはいえ、見ず知らずの人には違いない。そんな人にまで笑われるのは、さぞや辛かったろう。まだ弱い、足りないと見るや、尻を出すことすら厭わぬのである。なんという自己犠牲。助け合い。空気の読めない赤ハゲのクソじじいには、猛省を促したいところである。&lt;br /&gt;流れるような連係プレーが実を結んだ。ようやく、救いがやってきた。彼らにとって鉄板のネタ、しばし鳴りを潜めていた「うははははははっ、ヒィック」が、ついに炸裂したのである。&lt;br /&gt;よしきた。ほっとした。つまり油断である。油断のあるところには、大きな笑いが起こる。どんどん床を叩くほどの大笑いは、瞬時流れた凍てつくような緊張状態を無事脱した喜びの笑いだったのだろう。&lt;br /&gt;ただ一人、お侍を除いては。&lt;br /&gt;ひゃっくりじいさんの、人なつこく分け隔てのない人となりを知悉しつくし、笑えば毎回出るという特徴もまた認知されていたからこそ、彼らに共通の鉄板のネタとなっていた「うははははははっ、ヒィック」だが。&lt;br /&gt;しゃっくりは、面白くもなんともない。誰でもする生理現象だ。それ自体、全く面白くはないのである。&lt;br /&gt;考えてみてもらいたい。電車で、隣のおっさんがいきなりしゃっくりしはじめ、止まらなくなった。そんなことで笑い出すのは、世界で最も思いやりがなく、かつ笑いのツボが最も浅い集団「学校帰りの団体女子高生」ぐらいだ。私はまず笑わない。良識ある大人は誰も笑わない。そもそもおかしくないのである。&lt;br /&gt;まして、人の生理を笑うなど男子の恥と教わってきた、武家の育ちのお侍である。全く面白くない。そもそも、何について笑い出したかすらさっぱり伝わっていないのだ。&lt;br /&gt;きっとお侍は、ハゲでもデブでも、尻ですら笑っていなかったのだ。面貌についてとやかく言うのは下品だからだ。武士のやることではないからだ。まして多勢の面前で尻を出すなど、無礼極まりないぐらいに考えていたに違いない。全てカラ回りだったのだ。しゃっくりまで徹頭徹尾、全てカラ回りしていたのだ。&lt;br /&gt;だが、自分達にとってはあまりに鉄板のネタだったがゆえ、そんなお侍にあまり気付いていない。学校帰りの団体女子高生でなくとも、何ら悪気のない人々であっても。あまりに一体感を得た人間というのは、そこからこぼれた人間への配慮を欠くきらいがある。ちょうど、日本ハムの日本一にちっとも喜んでいない私が、北海道では奇異の目を向けられたように。&lt;br /&gt;じいさん達にも、悪気はないのだ。あまりに、めでたし、と皆で思ってしまったが故に、ことの原因、張本人がまるで問題解決に至っていないことに、気付けなかっただけなのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;（俺の鼻、何がりっぱなんだろう？）&lt;br /&gt;真っ赤なお鼻をさすりながら、つまらなそうな顔をしています。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;いつまでも気になるのである。そりゃあ、そうだ。「りっぱだ」と言われただけで、何故立派なのか誰も説明してくれていない。そして、場は何だか謎の盛り上がりで、聞くに聞けないまま時間ばかりが過ぎていくのである。&lt;br /&gt;何が面白いのかもわからん。鼻についてもわからん。これで楽しそうな顔をしていられるほど、武家の育ちのお侍は「お追従」ということに慣れてはいないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;ひとりつまらなそうなおさむらい。&lt;br /&gt;おじいさんたちは、しきりとおさむらいにお酒をすすめます。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;小一時間もそうして過ぎていけば、流石の能天気なじじいどもでも、お侍の不興に気付く。&lt;br /&gt;そして、いつでも酒飲みのじじいがそうするように、安易な原因を導き、行動に移すのだ。&lt;br /&gt;即ち、「飲みが足りないのだ」と。酔わせてしまえと。いうことにしてしまうのである。&lt;br /&gt;いい加減酔いも回りきっている。あの、華麗な連係プレーを見せた注意力も、咄嗟の判断力も、思考力すら失われ始めている。&lt;br /&gt;もとがひゃっくりじいさんを笑おうという集いだから、酔えば酔うほどに本性が暴かれる。&lt;br /&gt;もはや、悪気はなくとも、面白いものをそのまま放っておくなど、そんなもったいないことを出来る状態ではなくなってきているのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;そのたんびに、おさむらいのお鼻はプップップッ。&lt;br /&gt;どんどん真っ赤になります。&lt;br /&gt;おじいさんたちはおかしくてたまりません。しかも笑ったあとには&lt;br /&gt;「うははははぁっ　ヒィック」&lt;br /&gt;ですから、そこでまたまた大笑い。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;これはひどい。ほとんど拷問である。&lt;br /&gt;しかも、笑われている当人のうち一人に、全く笑われている意識がない。きょとんとして勧められるままに酒をあおっている。罠とも知らず。&lt;br /&gt;罠。いや、そこまでの悪意はない。お侍がつまらなそうだから、一緒に楽しめるよう、酒を勧める。きちんと筋の通った大義名分は用意されているし、名目だけでなく実際そのために勧めている部分だってあるのだ。&lt;br /&gt;ただ、「オマケ」を大いに期待している、というだけで。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;おさむらいには、ますますわけがわかりません。&lt;br /&gt;ちっとも楽しくないのです。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;そりゃそうだ。笑われれば笑われるほど、意味がわかるまい。笑われていることすらわかるまい。指さし笑われたり、まじまじと見られたりでもすれば気付いたろうが。そこは老練の妖怪ども、多少空気が読めなくともそこまでのドジは踏まない。&lt;br /&gt;だが。ついに気付くのである。腐っても侍だ。武家の育ちだ。武芸だってかじっている。毎度視線を感じるうちに、その行き着く先に見当をつけた。&lt;br /&gt;確かめるには。それもできれば、ひとりこっそりと確かめるには。&lt;br /&gt;少し考え、おもむろにすっくと立つ。意外に背が大きい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;（俺の顔に何かついているのかな。どれ、ここはひとつ）&lt;br /&gt;「ちょっと、手洗いを」&lt;br /&gt;「あ、ああ庭のすみっこですよ。ヒィック」　&lt;br /&gt;「それまた出た！あはははははははは」　&lt;br /&gt;どうやらひゃっくりが面白いらしい、というのが、　&lt;br /&gt;ようやくおさむらいにもわかりました。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;笑いのしゃっくりの名残一発で、ようやく気付いたのである。前段の笑いがなかったから、わかりやすかったのだろう。&lt;br /&gt;少し、胸のつかえが取れた。なあんだ、という思いがあった。&lt;br /&gt;言われてみれば確かに。このじいさん、しゃっくりばかりしている。それを面白がっていたのか。&lt;br /&gt;実は見えたのはことの一端だけだったのだが。こんな時、人は全ての謎が解けた気分になってしまう。&lt;br /&gt;しかもこの場合、「自分が笑いものにされている、しかもこんな身分の違うクソじじいどもに笑いものにされているかも」という疑念で胸がいっぱいだったのだ。&lt;br /&gt;ひとのこころは、いつでも楽なほうへ楽なほうへと逃げたがる。疑うのは辛く苦しい。だから、世の中から詐欺は無くならない。疑うより信じるほうが、ずっと楽なのだ。&lt;br /&gt;あんなに酒も勧めてくれた。いいじいさんたちじゃないか。そんな気すらしてきた。&lt;br /&gt;奈落の縁はいつだって、そういうところに潜んでいる。疑いを無くした瞬間に、突き落とされたりもするものだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;でも、一度立ったものを座りなおすのもへんなので、&lt;br /&gt;そのままお手洗いに立ちました。&lt;br /&gt;用を足して、手おけの水をふいと見ると。&lt;br /&gt;自分の顔が映っています。&lt;br /&gt;（やあ、鼻が真っ赤だ！あのじじいども、これを笑ってやがったな！）&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;奈落の底である。&lt;br /&gt;奈落というには若干浅いようにも思うが。何せ、侍だ。武士は食わねど高楊枝である。面子だけを生きがいに生きているようなものなのだ。&lt;br /&gt;このままじじいごときに笑われていたなら、三村家末代までの恥。そもそも三村家はかの細川幽斎が子、興元公に仕えてより。そんな、子供の頃から耳にタコが出来るほど言い聞かされた輝かしき歴史が、脳内を走馬灯のように駆け巡るのである。&lt;br /&gt;事と次第によっては、あのじじども全てこの手で以て誅し。我もその場にて切腹。そこまで覚悟を固めたのである。&lt;br /&gt;「事と次第」を聞こうとするあたり、やはり平和ボケのおぼっちゃんなきらいはあったが。それでも、なかなかできる覚悟ではない。&lt;br /&gt;悲愴なまでの決意を胸に。のしのしと歩を進め。肩を怒らせ襖に手をかける。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;怒りに怒ったおさむらい、部屋のふすまをがらがらびしゃん！&lt;br /&gt;ちょっとびっくりしてしずかになったおじいさんたち。&lt;br /&gt;ちょっとあいて、また大笑いです。&lt;br /&gt;「やあ、とうとう顔中真っ赤になりなすった！あっはっはっ」&lt;br /&gt;「うははははぁっ　ヒィック」&lt;br /&gt;「それ出た！あははははははははははははは」&lt;br /&gt;今日いちばんの大笑い。&lt;br /&gt;顔中真っ赤になって怒っていたおさむらいも、&lt;br /&gt;あんまり笑うので怒る気がなくなってしまいました。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;笑いというのは、史上最強の兵器ではなかろうか。と思うことが、ままある。&lt;br /&gt;寝ているときより、笑っているときはさらに無防備だ。油断しきっている。だから、満面の笑みを浮かべて握手を求められたら、断れない。「笑顔」という弱い姿を見せ近づいてきた人には、信じざるを得ない何かが宿っている。&lt;br /&gt;だからなのか。腹を抱えて笑っている人というのは、それだけで戦意を喪失させる。戦争映画には、必ずと言っていいほどキャッキャと笑いながら人を殺しまくる役柄が現れるが、あれを怖いと思うのが私達の本能であろう。&lt;br /&gt;笑う人間に立ち向かうのは、並大抵のことではない。３１歳のお侍、三村殿のあれほどの覚悟も。見事なまでに砕け散ってしまった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;そのまましょんぼり宿屋に帰り、寝る前にもう一度顔を見ると。&lt;br /&gt;もうすっかりいつもの顔に戻っていました。&lt;br /&gt;ふう。大きなため息ひとつついて、&lt;br /&gt;おさむらいはあんまり眠れませんでしたとさ。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;その寂寞。その憂愁。いかばかりであろうか。&lt;br /&gt;そして、自己の思いがけぬ醜い習性に、気付かされた重苦しさ。一時の恥では、ないのだ。これから一生、酒を飲む度に、いつ笑われるかと怯えて暮らさねばならぬのだ。&lt;br /&gt;たかが酒で鼻が赤くなる、それだけじゃないか、と彼を笑うことができるだろうか。&lt;br /&gt;私には笑えない。むしろ、胃が痛い。かける言葉も見つからない。&lt;br /&gt;ただ、そっとしておくしかないようである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。わからないと言われたからには、何か結論、教訓、そんなようなものらしきものも提示する必要があるのだろうが。&lt;br /&gt;性格の悲喜劇というものです。とまた剽窃に逃げるわけにはいかないだろうから、何とするか。そもそも悪人が一人もいないのに起こる悲喜劇、というテーマ自体が『瘤取り』からの発想であったから、困った。&lt;br /&gt;考えるほどに面倒になってきた。そもそも、命を賭して文学に向き合う覚悟など、今の私には、ないのだ。&lt;br /&gt;面倒なので、もうこれにする。実際、これを一番言いたかった。そんな気すらしてきたのである。&lt;br /&gt;曰く。&lt;br /&gt;酒は飲んでも飲まれるな。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-4399421174317718623?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/4399421174317718623/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=4399421174317718623' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/4399421174317718623'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/4399421174317718623'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_23.html' title='蛇の足を描けと言われたので、描いてみる。'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-3499987946602235759</id><published>2007-08-22T18:56:00.000+09:00</published><updated>2007-08-22T19:09:23.373+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='野球'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='スポーツ'/><title type='text'>全ての球児に愛をこめて。</title><content type='html'>&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RswGS3EGv_I/AAAAAAAAAVk/e9E12gzxb50/s1600-h/20070822142012.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RswGS3EGv_I/AAAAAAAAAVk/e9E12gzxb50/s320/20070822142012.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5101459398992510962" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;その瞬間。&lt;br /&gt;野村は、ぼんやりと打球の行方を目で追った後、俯くでもなく、怒るでもなく。ただ、微笑みながら立ちすくんでいた。&lt;br /&gt;信じられない。それしかなかったのだろう。&lt;br /&gt;たった１球が流れを変え、全てをぐるりと引っ繰り返してしまう。&lt;br /&gt;引っ繰り返された者が、手にしかけた勝利を逃したその本人が。ただただ呆然と立ち尽くすしかないほどに。&lt;br /&gt;彼の目には、空に浮かんだ真っ白な雲は。どんな色に見えたのだろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ここまで鮮やかな逆転劇というのは、私は見たことがない。&lt;br /&gt;８回表終了までで、広陵は１２安打。２回から毎回得点圏に走者を置きながらなかなか点が入らなかったが、７回についに２点を追加し４－０。&lt;br /&gt;投げてはエース野村が１０奪三振。佐賀北を僅か１安打に抑えていたのだ。&lt;br /&gt;県大会であればコールドになってもおかしくないぐらいの力の差があるんじゃないか。そんなことすら考えながら見ていた。&lt;br /&gt;それでも、佐賀北は諦めなかった。誰も優勝するとは思わなかった、公立の進学校は諦めなかった。&lt;br /&gt;３者凡退の山を築いても。無死満塁のピンチでも、確実にアウトを積み重ね。大量点は許さなかった。&lt;br /&gt;そして。たった１本のラッキーなヒットから、針の穴を通すほどしかなかった筈の勝利への道をこじあけ。グランドスラム一発でとうとう真紅の大優勝旗を手にしてしまったのである。&lt;br /&gt;こんな試合は見たことがない。単にジャイアントキリングなら、ままある。だが、試合を通じてここまで力の差が明らかにされていながら、引っ繰り返ってしまった試合というのは、見たことがない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;贔屓のチームが負けてしまっても、毎年必ず「見たことがない」ぐらい凄いものを見る。だから甲子園は面白いし、ファンを惹きつけ続ける。&lt;br /&gt;なんで「見たことがない」んだろう。野球には逆転劇なんか、しょっちゅうある。ついこの間だって、阪神はヤクルトに７点差逆転をかましていた。&lt;br /&gt;でもやっぱり、今日のような試合は見たことがないのだ。&lt;br /&gt;なんでだろう。しばらくわからなかった。&lt;br /&gt;ついさっき、ようやく気が付いた。大事なことを忘れていた。&lt;br /&gt;毎年毎年、違う選手たちが、己の全てをかけて闘っている。&lt;br /&gt;彼らは、他のどこにもいない。彼らしかいないのだ。&lt;br /&gt;幼いころからの夢舞台。その場に立っているのは、俺だと。己の全てを剥き出しに、闘っているのである。&lt;br /&gt;まだ人生の１/４も終わっていない彼らだが。彼らには最後の夏なのである。これからの夏とは違う、今しかない夏なのである。&lt;br /&gt;プロ野球はおろか、メジャーもＷＢＣも下らない、としか思わない私が、甲子園にだけ夢中になる理由。&lt;br /&gt;見たことがないものを探し続け、毎年見つける理由。&lt;br /&gt;それは、彼らの自己を燃やし尽くすような輝きにあったのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;熱い夏だった。&lt;br /&gt;今年も、いい夏だった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ところで、私これから甲子園に出たいんですが。どうすればいいですか？&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-3499987946602235759?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/3499987946602235759/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=3499987946602235759' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/3499987946602235759'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/3499987946602235759'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_22.html' title='全ての球児に愛をこめて。'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RswGS3EGv_I/AAAAAAAAAVk/e9E12gzxb50/s72-c/20070822142012.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-2565187117144922655</id><published>2007-08-18T19:37:00.000+09:00</published><updated>2007-08-20T01:21:19.650+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='環境'/><title type='text'>成長か、逆行か</title><content type='html'>コイズミの、半ば痴呆に近いようなキャッチフレーズ政治の影響なのか。やたらごにょごにょべちゃべちゃとおよそわかりにくいことしか言わなかったアベまで、選挙が近づいてから取ってつけたようにキャッチフレーズを持ち出していたが。&lt;br /&gt;成長か、逆行か。&lt;br /&gt;これはひどいなあ、と思っていた。&lt;br /&gt;「美しい国」や「戦後レジームからの脱却」も、考えれば考えるほどにわけがわからないという意味でひどいフレーズだったが。意味がわかる分だけよりひどい。&lt;br /&gt;成長しなければ雇用も所得も税収も上がらない、上がる筈が無い、それでどうやって国を立て直すのか、とでも言いたいのだろうが。&lt;br /&gt;そして、コイズミ政権期も含めて景気を拡大し続けてきた党の実績を訴えたいのだろうが。&lt;br /&gt;景気なんて、いったいどこで拡大しているんだろう。少なくとも私の周りに儲かってしかたない会社なんかないのに。高度成長期やバブル期とは明らかに違う。&lt;br /&gt;今の景気＝企業収益状況の改善は、リストラと給与カットを続けたことによってもたらされたものであって。会社がクロだと言うだけで大方の労働者の所得は不況時から何にも変わっていないからだ。&lt;br /&gt;成長なんかしていないのだ。大企業が潰れなくなったというだけで、消費も物価も何も変わっていない。現状維持のまま節約術がうまくなった、それだけの話なのである。&lt;br /&gt;その路線でさらなる成長を、というのは、より会社が労働者に払う賃金を減らせるよう政府が手助けします、という意味にしか聞こえない。&lt;br /&gt;ただでさえ、ホワイトカラーエグゼンプションなどと怪しげな横文字を並べて残業代カットに正当性を与えようとした政府だ。彼の言う「成長」なんて、誰も信用しないのは当り前だろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そもそも、成長なんて誰が望んでいるんだろう。その段階から、私には疑問なのだ。&lt;br /&gt;私は、人間的にならどんどん成長していきたいと願えるが。経済的成長なんか、どうでもいい。&lt;br /&gt;むしろ、その「伸びしろ」がどこにあるのかのほうが気になってしまう。&lt;br /&gt;極端な成長志向が環境に与えた負荷を検証し反省し、見直しを進めていくのが今の時代の目標ではないかと思う。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;成長か、逆行か？俺は迷いなく逆行を選ぶね。成長はもうたくさんだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-2565187117144922655?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/2565187117144922655/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=2565187117144922655' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/2565187117144922655'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/2565187117144922655'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_18.html' title='成長か、逆行か'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1047026208599347909</id><published>2007-08-17T10:59:00.000+09:00</published><updated>2007-08-17T10:55:14.744+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>音痴の夕べ</title><content type='html'>&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsT59DVxbxI/AAAAAAAAAVM/dfhrLBKdPLY/s1600-h/20070813182335.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsT59DVxbxI/AAAAAAAAAVM/dfhrLBKdPLY/s320/20070813182335.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5099475505354206994" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;遠き山に　日は落ちて&lt;br /&gt;星は空を　ちりばめぬ&lt;br /&gt;きょうのわざを　なし終えて&lt;br /&gt;心軽く　安らえば&lt;br /&gt;風は涼し　この夕べ&lt;br /&gt;いざや　楽しき　まどいせん&lt;br /&gt;まどいせん&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やみに燃えし　かがり火は&lt;br /&gt;炎今は　鎮まりて&lt;br /&gt;眠れ安く　いこえよと&lt;br /&gt;さそうごとく　消えゆけば&lt;br /&gt;安き御手に　守られて&lt;br /&gt;いざや　楽しき　夢を見ん&lt;br /&gt;夢を見ん&lt;br /&gt;（『遠き山に日は落ちて』&lt;br /&gt;ドヴォルザーク『新世界から』より、堀内敬三作詞）&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ぼんやり一人車に乗っかっていると、知らないうちに歌を歌っていることがよくある。&lt;br /&gt;夕焼けの時分は、特に。&lt;br /&gt;昼はどちらかといえば憂鬱なほうが多い私は、朝焼けが嫌いで夕焼けが好きだ。&lt;br /&gt;私にとっての夕焼けは、「一日の終わり」ではなく「夜の始まり」なのだ。&lt;br /&gt;ただ、息の詰まるほど切ないドヴォルザークのこの曲が、次第に重荷になってくる。&lt;br /&gt;聖歌のように偉ぶった言葉遣いの割に中身は能天気な堀内の詞は割と好きなのだが。曲とのミスマッチがどうにも気になってくるのだ。&lt;br /&gt;そもそも、曲が気分に合っていないんだな。思い直し、歌を変える。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsT-EjVxbzI/AAAAAAAAAVc/7k9-YXAw174/s1600-h/20070813183100.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsT-EjVxbzI/AAAAAAAAAVc/7k9-YXAw174/s320/20070813183100.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5099480032249737010" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;夕焼け小焼けで　日が暮れて&lt;br /&gt;山のお寺の　鐘が鳴る&lt;br /&gt;お手々つないで　みな帰ろう&lt;br /&gt;からすといっしょに　かえりましょ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供が帰った　後からは&lt;br /&gt;まるい大きな　お月さま&lt;br /&gt;小鳥が夢を　見るころは&lt;br /&gt;空にはきらきら　金の星&lt;br /&gt;（『夕焼け小焼け』&lt;br /&gt;中村雨紅作詞　草川信作曲）&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;少しかすれた小声で歌っていると、実に気分がいい。&lt;br /&gt;多分、私の音痴が誤魔化されるからだろう。&lt;br /&gt;正面に夕陽が見えるように車を止め、シートを少し倒し。&lt;br /&gt;頭の後ろで腕組みして、もう歌わない。&lt;br /&gt;最後の光が真っ赤に輝きながら消えるまで、ぼんやり眺めている。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1047026208599347909?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1047026208599347909/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1047026208599347909' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1047026208599347909'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1047026208599347909'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_17.html' title='音痴の夕べ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsT59DVxbxI/AAAAAAAAAVM/dfhrLBKdPLY/s72-c/20070813182335.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-2774294489995615199</id><published>2007-08-16T18:32:00.000+09:00</published><updated>2007-08-17T09:47:38.048+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='食べ物'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='季節感'/><title type='text'>真夏の淡雪</title><content type='html'>白や桃色のジャガイモの花が終わり、黄金色の秋蒔き小麦も収穫を終えてしまうと、北海道の田園の風景は少し寂しいものになる。&lt;br /&gt;水田地帯も、とうきび畑も、とにかくどこまで行っても緑。緑。緑。しかも、森の中の目に優しい緑とは少し性格が違う。日を照り返しギラつく、少し疲れる緑だ。&lt;br /&gt;全道を車で駆け回る仕事をしていると、運転が１時間を超えたあたりでイライラしてくる。窓の真上からじりじりと太陽が照りつけ、腕だけ熱い。寒いぐらい冷房を効かせても腕だけはどうにもならない。&lt;br /&gt;そんな時、真っ白く涼しげなそばの花が見えると、ちょっとほっとする。つるつるとそばを啜った喉越しまでイメージが膨らみ、より涼しい気分になる。&lt;br /&gt;そば畑は、ここ１０年ほどで随分増えた。どんな水田地帯でも、田んぼの中にぽつらぽつらと白い絨毯が敷かれている。&lt;br /&gt;減反政策の煽りを受け、不本意な転作を余儀なくされた場合が多いらしいが。おかげで目にも楽しく、舌にも嬉しい。私はそばが好きなのだ。&lt;br /&gt;起きたことは、起きたこととして。今を楽しむ余裕は失いたくない。&lt;br /&gt;真夏の遠距離日帰り出張だって、そばの花も、地元の手打ちそばも楽しめる。悪くない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;その日も、暑いさなか、片道４時間運転していたのである。&lt;br /&gt;世間は盆で休みらしいが、働いている人は働いているもので、働いている人に頼まれれば私も働くしかないのである。&lt;br /&gt;片道が３時間を超えると、普通の人は日帰りはしないらしいが。外で泊まると眠れない私は、多少無理気味でも帰ってくる。&lt;br /&gt;用務が終わったのが４時半。もはや、急いでも仕方がない。急げば疲れる。高速には乗りたくない。&lt;br /&gt;多少回り道でもできるだけ疲れない道へ。時間も時間だから、できるだけうまい晩飯もあれば、それに越したことはない。&lt;br /&gt;思いついたのが、幌加内を経由する国道２７５号である。&lt;br /&gt;幌加内といえば、道内最大のそば産地。それはそれはすごい景色だ、と聞いてはいた。だが、そんなに有名ではないのか、写真すら見たことがない。&lt;br /&gt;山あいの小さな町だ。電車も高速も無く、一番近い都市である旭川からでも50kmほど離れている。交通の便が悪いから、観光ではまず名前が挙がらない。&lt;br /&gt;好都合である。何せ、盆だ。その上疲れている。混んでいる所になど行きたくも無い。&lt;br /&gt;どれ。ここはひとつ。そんな軽い気持ちで山へと車を走らせた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsTv8TVxbwI/AAAAAAAAAUo/Yo-QewLr_Po/s1600-h/20070814174053-1.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://1.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RsTv8TVxbwI/AAAAAAAAAUo/Yo-QewLr_Po/s320/20070814174053-1.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5099464497353027330" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;想像以上だった。&lt;br /&gt;平地だけでなく山裾まで、見渡す限り一面のそば畑。&lt;br /&gt;赤みを帯び始めた日に照らされてすら、どこまでも白い。&lt;br /&gt;青々と輝く山の手前に、一面の雪化粧。&lt;br /&gt;季節も山の高低も引っ繰り返した、鮮烈な景色だった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ぐう、と腹がひとつ鳴った。&lt;br /&gt;こんな景色を前に詩的感傷に浸っていてすら、眺めるうちによだれが出てくるのだから。私の動物的本能は大したもんである。&lt;br /&gt;何せ、競馬場で馬のケツを眺めて「うまそうだなあ」とか呟く男だ。ケツがうまそうだったから、という理由で馬券を買ったりすらするのである。&lt;br /&gt;景色を眺めている時より、腹いっぱいまでそばを啜りこんだ後のほうが幸せな顔をしていたのは、間違いない。&lt;br /&gt;詩的感傷だって、怪しいもんだ。うまそう！！！！！１１と心の中で叫んでいただけだろう、と言われたら、否定できない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-2774294489995615199?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/2774294489995615199/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=2774294489995615199' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/2774294489995615199'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/2774294489995615199'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_16.html' title='真夏の淡雪'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' 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/&gt;他の生き物が喜ぶかもね、って？&lt;br /&gt;確かにそうだろうね。人間なんて、全ての生き物の天敵みたいなもんだから。&lt;br /&gt;だけど、彼らに善だの悪だの言ってわかるのかい？&lt;br /&gt;俺には彼らの声が聞こえるって？だから証拠を出せってば。&lt;br /&gt;じゃあ、誰が。生きているのは、善悪を考えられるのは。一人しかいない。&lt;br /&gt;彼自身である。&lt;br /&gt;彼は自分を、善というか悪というか。&lt;br /&gt;あなたにはわかりますか？&lt;br /&gt;私にはわからないし、半ば確信を持って言える。&lt;br /&gt;彼にしかわからない、ってね。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;善悪なんて、所詮そんなもんである。誰かの評価、それだけのことだ。&lt;br /&gt;一人一人の中にしかないものを、多数決とって普遍的真理ということにしたがっているだけだ。&lt;br /&gt;何のため？自分にとって都合の悪い存在を押し潰すためさ。&lt;br /&gt;皆殺しの犯人は、「悪だ」ということにしたい。自分が殺されるからだ。同じように殺されそうな人を集めて、潰そうとしているだけだろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;自分の中で、良いとか悪いとか。それは、「善悪」より適した呼び方がある。&lt;br /&gt;それは「好悪」、好き嫌いと言うのである。&lt;br /&gt;私の中では、世の中のほとんどは「好き」「嫌い」「どうでもいい」で分けられる。&lt;br /&gt;足が速いか遅いかなら、タイムを計ればわかる。&lt;br /&gt;テストの○×で成績もわかる。&lt;br /&gt;だが、それを「いい」とみるか「悪い」とみるかは、あくまで足の速さなりテストなり、その枠内でのことだ。&lt;br /&gt;いくら足が速くたって自動車にはかなわないし、いくらテストの点が悪くたって教科書を調べれば答えは出る。&lt;br /&gt;足は遅いけどドライビングは一級品の人はいるだろうし、天才的カンニングで有名大学に入学した人だっているだろう。&lt;br /&gt;それをそれぞれどう評価するか、となったら、好き嫌い以外何があるというのか。&lt;br /&gt;私だけの話だとは思っていない。気付いていないか、認めようとしないだけではないか。&lt;br /&gt;誰だって好き嫌いだけで判断している。ひとつの事象を複雑で複合的な各条件に分け、ココは好きだけどココは嫌い、総合すると、ということを無意識下で行っているだけで、その他の基準なんかあるわけがないと思っている。&lt;br /&gt;何かを食ったら誰でも、うまいとかまずいとか思う。甘みが強いか弱いか、苦味が強いか弱いか、条件別に別に感じたことを総合する。チョコレートが甘すぎても甘くなさすぎても、苦すぎても苦くなさすぎてもうまくないように。&lt;br /&gt;そして、好きなチョコレートの味は人それぞれ違う。全てのチョコレートが嫌いな人もいる。&lt;br /&gt;食べ物の味なら誰でも納得する話だろう。他のことだって同じだ、と私は思うのだが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ただし。私の中には、好悪を超えたところにあるものもある。多分、誰の中にもある。&lt;br /&gt;愛だ。&lt;br /&gt;目に入れても痛くない、ってのはうまく言ったもんだ。&lt;br /&gt;例え殺されたって愛してる、という存在が、私にはある。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8323525071419613776?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8323525071419613776/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8323525071419613776' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8323525071419613776'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8323525071419613776'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_14.html' title='好悪の彼方'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-5481704281195055306</id><published>2007-08-13T13:53:00.000+09:00</published><updated>2007-08-13T13:49:34.281+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>下手の考え休むに似たり</title><content type='html'>さほど強くはないし、ネット上で変に書くと腕自慢の猛者が勝負を挑んできたりするので、あんまり書かないようにしているのだが。&lt;br /&gt;私は、小学生の頃から囲碁を習っていた。今でも好きで、新聞の囲碁欄は欠かさず読むし、このブログとは違うハンドルでネット囲碁を打ったりもしている。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;私の打ち方には、特徴がある。&lt;br /&gt;全くに近いほど、考えないのである。感覚だけで、５秒ぐらいでポンポン打ってしまう。１０秒考えたら大長考したような気分になる。&lt;br /&gt;将棋やチェスが緻密な計算のゲームだとするなら、囲碁は感覚的なゲームである。陣地を多く取ることだけが目的で、そのためには犠牲を払うことも厭わない。そもそも王様がいないし、飛車角のような飛び道具もいない。一度置いたら動かない石があるだけである。&lt;br /&gt;少し似たゲームにオセロがある。オセロもある程度までは感覚だけでも打てるが、盤が狭く、かつ打てる手が相手を挟める手に限定される分だけ選択肢が狭い。終盤は完全な計算のゲームになる。だから、私の力量も囲碁よりは少し劣るようである。&lt;br /&gt;序盤は、いつでも優勢である。私と同じぐらいの棋力の人は、一般的に細部にこだわりすぎる。うんうん唸りながら３子ぐらいポンと抜いて得々としている。その隙に、どんどん大場へ先行し外勢を固める私は、中盤に差し掛かる頃には勝勢を手にしていることがほとんどだ。&lt;br /&gt;だが、負ける。実によく負ける。いくら感覚的なゲームだからといって、まるで考えなければ結果は見えている。大抵相手の無謀な突撃を仕留めることが出来ず、逆に鉄壁だったはずの自石が取られてしまったりして、負ける。実に気持ちよく負けるのである。&lt;br /&gt;何べん負けても、治らない。治そうとしない。&lt;br /&gt;私が囲碁に求めているのは、論理のような人間くさいものに頼らず、感覚のみで打つことによる人知を超越した英知を得たかのようなカタルシスなのであって。下々の者共が群れ求めるような「勝敗」なんていう下世話なものではないのだ。&lt;br /&gt;と、自分に必死に言い聞かせ。バクバク鳴る心臓と、脂汗が浮いてきた鼻を同時に抑えながら、耳まで真っ赤にして。こんな精一杯の負け惜しみを言うのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;まあ、よく読んだと思うけどさあ。&lt;br /&gt;強い人とやればそんなんじゃあ、取れないし勝てないよ。&lt;br /&gt;せいぜい必死に考えればいいよ。&lt;br /&gt;「下手の考え休むに似たり」ってね。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;４０目からの大石を頓死させ、見るも無残な大敗を喫しておきながら。いやむしろ、だからこそ。そんな憎まれ口を叩くのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;囲碁から生まれて一般的なものになった言葉というのは、「下手な～～」以外にも意外なぐらい多い。&lt;br /&gt;「傍目八目」や「一目置く」もそうだし、「大局観」や「駄目」なんかが元は囲碁用語、というと多くの人が目を丸くする。&lt;br /&gt;もちろん、天皇や将軍、戦国武将などが親しみ、また名手と呼ばれた人も僧侶や学者など指導的立場にある人が多かったため、それらの人々に引用されるうちに定着していった、という面もあるのだろうが。&lt;br /&gt;私は、その一番大きい要因はこのゲームがあまりに人生的なことにあるのではないか、という気がしている。&lt;br /&gt;互いに四隅に地盤を固め。取ったり取られたりしながら、勝っても負けても全滅はしない。自分にも相手にも「分」があることを前提とした上で、より「分」を多く得る腕を競う。&lt;br /&gt;相手に与える「分」を囮に自陣を増やしたり。逃げてばかりでは何も得られず、無茶な攻めにはしっぺ返しがあり、堅実すぎては大勢に遅れる。&lt;br /&gt;すばしこい奴がいたり、鈍重なようで豪腕な奴がいたり、「ハメ手」と呼ばれる詐欺を使う奴がいたり、定石どおりにしか運べないマニュアル人間がいたり。打ち手の性格も如実に表れる。&lt;br /&gt;それでいて、打つ者は皆相手との駆け引きよりも「どうすべきか」という自分への問い掛けを中心に思考を巡らせる。&lt;br /&gt;１対１の勝負でありながら、どこかで相手との勝負だけでなく、盤上のどこかにある「神の手」を探しているような。そんな気分も味わえるゲームである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。何も私は、囲碁の面白さを世に広め、競技の普及に貢献したい、などと考えているわけではない。&lt;br /&gt;それは勿論愛好家が増えればそれに越したことはないが。その方面での私の力など、『ヒカルの碁』の足下にも及ばないだろう。&lt;br /&gt;じゃあ何の話か。このブログが常にそうであるように、今回もまた私自身の話なのである。&lt;br /&gt;先日来、公開されない「web拍手」のメッセージ欄に、熱心にコメントを下さる方がいる。&lt;br /&gt;非常に論理的で読みやすい内容ですね、と。「文才ですね」とまで書いて下さる方もいらっしゃった。&lt;br /&gt;お誉め下さるのは素直に嬉しいのだが。&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/01/blog-post_21.html"&gt;何遍も書いている&lt;/a&gt;とおり、私は誉められるのが何より苦手なのである。ああ、また罪のない人を騙してしまった、と。そんな気すらしてくるのである。&lt;br /&gt;論理的？とんでもない。私は全く論理的な人間ではないのだ。当てずっぽうでパチパチと軽率な手を打ちまくり、とんでもないおっちょこちょいをして全部御破算、というのを繰り返して生きてきた人間なのだ。論理に打ちのめされ、泣き続けて来た人生なのである。&lt;br /&gt;だからこそ、論理的思考への、自分に無いものへの憧憬は深くある。だから、文章という形では精一杯背伸びをして、論理的展開を必死で装おうとする。&lt;br /&gt;世の中、文章ほど人を欺きやすいものはない。という気がする。文章ではさも立派そうなことを縷々書き綴っている「評論家先生」が、テレビに出てみたら化けの皮が剥がれてなんじゃこりゃ、というのが実に多いように。（テレビはテレビで、テレビ独特の詐術でうまく騙す人もいるが）&lt;br /&gt;私の文章もまた。所詮は「下手の考え休むに似たり」である。何も言っていないじゃないか、と自分で言いたくなる記事がいくつもある。そんな記事に限ってコメントやなんかの評判は良かったりするのだから、何をかいわんや。&lt;br /&gt;誉められて汗が出るのは、誤解をされたくないからである。うまく騙した、わが意を得たりとニヤニヤしている、などというふうに、論理の上手に穿った見方をされたくないのである。&lt;br /&gt;下手なのだ。下手くそなのだ。休んでいるのと、変わらないのだ。記事を通じて訴えてきたことよりも圧倒的に痛切に、今私は自己の無能を訴えたいのである。&lt;br /&gt;だってね。ほら、ちゃんと書いてあるでしょう。タイトルに。&lt;br /&gt;『雑念の置場』って。&lt;br /&gt;こんなものは、仏法の悟りに繋がる「正念」なんかとは対照的な、雑念の寄せ集めなんですよ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;じゃあ何で書くんだ。なんでわざわざ公開するんだ。と言われたなら。&lt;br /&gt;下手の考え休むに似たり、のままではいたくないからだ。&lt;br /&gt;上手な文章を書きたい。常にそう思っている。&lt;br /&gt;そのためには、休んでいるのと変わらなくとも、亀が綱渡りしているような鈍々遅々とした歩みであっても。進まなくてはならないではないか。&lt;br /&gt;どうせ書くなら、公開して晒し者にして、たまに恥でも味わったほうが少しでも速く進めるのではないか、と。それだけのことなのだ。&lt;br /&gt;誉めて欲しいのでも、多くの人に読ませたいのでも、ない。私はそんな献身的な人間ではない。&lt;br /&gt;自分の中でもごもご蠢いているものを、なんとかしてこねてこねて形にして。へんな形になっちゃったなあ、とか思いながら。&lt;br /&gt;そっと目に付く場所においてみたら、みんなどんな反応をするかしら。&lt;br /&gt;じっと粘土細工の前に座り、自分でそのへんな粘土を下手だなあと眺めながら。人が通りがかって「変なものがあるね」と行き過ぎるのを眺めている。&lt;br /&gt;私にとってのこのブログは、そんな場所なのである。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-5481704281195055306?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/5481704281195055306/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=5481704281195055306' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5481704281195055306'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5481704281195055306'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_4018.html' title='下手の考え休むに似たり'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1426100795052257255</id><published>2007-08-13T04:09:00.001+09:00</published><updated>2007-08-13T08:43:43.286+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>星に願いを</title><content type='html'>小さい頃から、星が好きだった。&lt;br /&gt;望遠鏡で月を覗いて、クレーターの数を数えるような子供だった。&lt;br /&gt;の割に、星座などはちっとも詳しくないが。すっかり分別くさくなった今でも、星のきれいな夜は表に出てじっと夜空を見上げていたりする。&lt;br /&gt;まあ、家の中ではタバコを吸わせてもらえないから、外に出ている、というだけなんだが。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;毎年一回ぐらいはある天体ショーの日は、自ずとテンションが上がる。&lt;br /&gt;わざわざ目覚ましを３時でセットして。今日はペルセウス座流星群の極大日。&lt;br /&gt;だが。こういう日に限って薄い雲が夜空を覆っている。家の近くの空き地の、出来るだけ暗い場所まで移動してみるが。微かに瞬く恒星が、数えられるほど見えるだけだった。&lt;br /&gt;寝起きで頭が働かないので、今流れ星を見たら多分「流れ星が見えますように」と願うんだろうな、とかおよそ下らないことを考えながら、それでもしばらく眺めていたのだが。&lt;br /&gt;このまま外にいると、今見える星の数以上に短パンの膝から下を虫に食われそうだ。&lt;br /&gt;丁度、新聞配達のおじさんもやって来た。怪しまれないうちに。スニーカーのヒモの部分でボリボリ向こう脛を掻きむしりながら、退散することにした。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;布団に戻り。目を閉じる。&lt;br /&gt;まぶたの上から、眼球を押したり引いたりこすったりしてみる。&lt;br /&gt;暗いなかをちかちかと瞬く光。流れ星と言うにはあまりに鈍重な光だが、それでも少し気が紛れる。&lt;br /&gt;貧血を起こすとよく、目の前をちらちら星が飛ぶんだが。明日ちょっと、１０回ばかり献血のはしごでもしてみようかしら。&lt;br /&gt;相変わらず馬鹿なことを考えるうちに、少し眠くなってきた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1426100795052257255?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1426100795052257255/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1426100795052257255' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1426100795052257255'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1426100795052257255'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_13.html' title='星に願いを'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' 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/&gt;安打数も拮抗していたが、ラッキーな内野安打やポテンヒットが多かったのは広陵。内容は、点差の通り僅かに駒苫優位で運んでいた。&lt;br /&gt;それでも、嫌な予感が消えなかった理由。昨年までの駒苫には感じなかった不安が、消えなかった理由。&lt;br /&gt;それは、随所に見え隠れするこのチームの経験不足だった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;このチームは、昨秋の選抜に繋がる全道大会に出場していない。出来なかった。&lt;br /&gt;その前段の室蘭支部予選で、毎年甲子園出場を争う強豪・北海道栄にコールド負けを喫してしまったのだ。&lt;br /&gt;決勝まで進んだ先輩チームの影響で始動が遅れ、甲子園で負傷したエース候補・対馬を欠き。さらに甲子園の心労から胃を壊した香田監督が入院し合流が遅れる。悪い材料が重なった結果とはいえ、その代償は重くチームにのしかかった。&lt;br /&gt;実戦経験不足。&lt;br /&gt;いくらノックをしようと、いくらシート打撃をやろうと、野球には実戦でしか生まれ得ないシチュエーションが無数にある。&lt;br /&gt;対外試合が禁止される冬場。駒苫は、氷点下のグラウンドで紅白戦を繰り返していた。&lt;br /&gt;そこまでして欲しかった実戦訓練。だが、試練は続いた。&lt;br /&gt;特待生問題。春の全道には、控えメンバーで挑まざるを得なかった。&lt;br /&gt;結果として控えメンバーですら優勝し、レベルアップを実証したものの。「本来のスタメン」たる選手たちは、負けたら終わりの緊張感の中での試合は、夏まで経験出来ずに終わってしまった。&lt;br /&gt;一戦毎に仕上がりを増し、南北海道大会の決勝では完成したかに見えたチームだったが。選抜８強の広陵と比べれば、やはり粗さが目立っていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;初回から先発・片山は先頭を含む２つの死球。送りバント失敗でのゲッツー。三遊間を抜ける当たりを抑えたファインプレーから、送球を一塁手が捕球ミス。ショート後ろへのフライに３者お見合い。&lt;br /&gt;細かな、だが確実に決めるべきシーンでの基礎的ミスが序盤から積み重なる。&lt;br /&gt;５回にはゲッツーコースでの悪送球が失点に繋がり、６回はバントの構えの打者を四球で歩かせまた失点。&lt;br /&gt;回を追う毎に球威を増すエース・野村と共に、堅実な守備・シュアなバッティングで隙を狙う広陵ナインとは対照的だった。&lt;br /&gt;レベルの高い選抜の舞台を３試合経験したチームとの差が、徐々に表れはじめていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;９回。先頭バッターを追い込みながら、対馬の決め球のストレートは抜け気味に真ん中に入ってしまう。&lt;br /&gt;センター前ヒット。同点のランナー。動揺を隠せない。目が泳ぐ。&lt;br /&gt;悪い癖が出てるなあ、と思う間もなく。&lt;br /&gt;ボーク。&lt;br /&gt;微妙な判定ではあったが、中途半端な牽制動作だったのは確かだ。&lt;br /&gt;すぐに香田監督が交代を告げる。彼には珍しい非情采配だ。「次」を考えるなら、続投のほうがいいに決まっている。この緊迫した場面で、しかもミスを挽回するチャンスすら与えず代えてしまえば、本来のエース・対馬が負う傷は極めて深い。「次」を考えている余裕がない、「次」より「今」を重視しなければ「次」はない、という判断だろう。&lt;br /&gt;一面では正しい。だが、一面では間違っていた。異様な事態に、投手だけでなくグラウンド全体に緊張が蔓延していた。&lt;br /&gt;代わったピッチャーは、久田。春の全道でエースナンバーを背負い、急成長した選手。&lt;br /&gt;代わった２球目。パスボール。この緊迫した場面で急遽交代では無理もないが、無死一塁はミスによる自滅だけで無死三塁になってしまった。&lt;br /&gt;しかも、迎えた打順はクリーンアップ。外野フライでも同点。&lt;br /&gt;それでも、４番５番を立て続けに伸びのあるストレートで内野フライと理想的な形で打ち取った久田は立派だった。並の投手ならガタガタ崩れてもおかしくない場面。見事な集中力だった。&lt;br /&gt;あと一人。バッターは死球による負傷交代で出た控え選手。広陵ベンチでは泣き出した選手もいる。&lt;br /&gt;しかし、掴みかけた勝利は、ちょっとした運でするりと逃げてしまう。&lt;br /&gt;詰まらせ打ち取ったゴロは、高く弾みながら三遊間の真ん中へ。ショート本多のグラブを霞め、レフト前に転がっていった。&lt;br /&gt;同点。&lt;br /&gt;しかし、まだ同点なのだ。&lt;br /&gt;落ち着いて回を終えれば、まだ。裏も延長もある。&lt;br /&gt;落ち着いて。いつものとおりに。&lt;br /&gt;しかし、その「いつも」の経験が。このチームには足りなかった。&lt;br /&gt;試合を通じ繰り返されたミスが、最後に勝負を左右した。&lt;br /&gt;ボテボテのセカンドゴロ。セカンドは名手小鹿。しかもファーストにランナーがいるから振り向いて一塁に投げる必要もない。&lt;br /&gt;簡単な場面で、だからこそだろう。焦った。グラブにボールが収まらず、アウトが取れない。&lt;br /&gt;三塁ランナーが飛び出す。ホームへ送る。そこまでは非常に素早く良い判断が出来るのだが。&lt;br /&gt;再三好牽制を見せていた幸坂が、この場面で、三塁に渡すだけでアウトが取れるこの簡単な場面で、悪送球。&lt;br /&gt;勝ち越しの２点は、あまりに重かった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;５つの失点には、全てミスが絡んでいた。&lt;br /&gt;ミスしたほうが負ける、という甲子園格言を地でいくような結果だった。&lt;br /&gt;もし、選抜にも出ていたら。&lt;br /&gt;もし、特待生問題がなかったら。&lt;br /&gt;もし、甲子園で２戦ほど戦った後で、今日のカードであったら。&lt;br /&gt;もしを言い出せばキリがないが。「もし」はわかりきっていたことで、それを乗り越えるため努力を重ねた結果が甲子園出場でもある。&lt;br /&gt;過去３年は、その努力に多少の運が重なった。今年は、なかった。それだけのことなのだ。&lt;br /&gt;気持ちのいい連打と。３投手の力投と。随所の好守と。「らしさ」は存分に見せてくれた。&lt;br /&gt;それで、十分だ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;今年も、熱い夏だった。&lt;br /&gt;最近よりはちょっとだけ短かった、と。それだけのことさ。&lt;br /&gt;また、夏は来る。勝っても負けても、これからまだまだ、夏は来る。&lt;br /&gt;胸張って帰ってこい。でないとらしくないぞ。&lt;br /&gt;後ろばっかり見てたら、また逆転されちまうぞ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-3041088295700041036?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/3041088295700041036/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=3041088295700041036' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/3041088295700041036'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/3041088295700041036'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_12.html' title='夏の終わり'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8511211788254874733</id><published>2007-08-10T11:49:00.000+09:00</published><updated>2007-08-10T11:45:45.846+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>病理の背景</title><content type='html'>普通、私の仕事の繁忙期は盆前で一応のケリがつく。今年はいつもより長引いたが、昨日でやっと一段落らしき感じである。&lt;br /&gt;ふう、と一息ついたときに、毎年気をつけなければならないのが、燃え尽き症候群である。もともと鬱傾向がある私は、特に注意が必要だ。&lt;br /&gt;鬱ほどやっかいな病気はない。と思う。何しろ、何をしても楽しくない。嬉しくない。心肺を締め付けられるような重たい胸の痛みに常に付き纏われ、生きてることに意味なんてあるの？という思いだけでいっぱいになる。&lt;br /&gt;何にもやる気がしねえなあ、なんて時が要注意なのだ。ひたりひたりと、悪魔が背中を狙っている。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;最初に自分にその傾向がある、と気付いたのは、大学１年の春だった。&lt;br /&gt;浪人中ろくに予備校にも通わず、競馬しながら文筆で食えたらいいのにな、なんてぼんやり考えながら過ごしていた私は、それでも現役当時より相当偏差値を落とした大学にもぐりこんだ。&lt;br /&gt;世を拗ねた性格は当時から変わらないが。周囲から無言の圧力をかけられ続けていた私は、それでもやはりホッとしていたのである。&lt;br /&gt;大学の講義。それは高校までの押し付け刷り込み教育から解き放たれた、自由で好きなようにやっていいもの。そんな漠然とした期待感があった。&lt;br /&gt;実際に講義を受けてみれば期待ほどのことはなかったが、それでも結構勉学に燃えていた。一年次の成績は抜群に良かった。途中で以前書いた「一行論文」を突き出しドロップアウトした文学論だけは当然のように不可だったが、あとはほとんど優だったのである。&lt;br /&gt;その結果に、隙があった。らしい。精神科なんて診療代泥棒だと思っているので受診しなかったから、自己診断でしかないが。&lt;br /&gt;成績が良かった。それが、つまらなかったのである。&lt;br /&gt;自分自身の理解の程度は、自分でよくわかっている。教壇に立つ講師達の知識量や洞察力には遠く及ばないことがわかりきっているのに、成績が良かった。&lt;br /&gt;つまんねえなあ。テストの点、論文の内容、そのへんがそこそこなら結局優がもらえるのか。誰も俺の未熟を暴こうとはしないのか。&lt;br /&gt;一度挫折しひねくれた人間というのはどこまでもひねくれるもののようで。成績が良かったことが逆にやる気らしいやる気を全て削いでしまったらしいのである。&lt;br /&gt;俺みたいな馬鹿に優つけるような、あいつらの評価なんか何の意味もないじゃねえか。だったら俺は何しに大学なんか通ってるんだ。という思いが、いつの間にやら飛躍し「何しに生きているんだ、生きてることに意味なんか無い」にまで繋がってしまった。鬱の始まりである。&lt;br /&gt;長すぎる春休みが追い討ちをかけた。部屋に閉じこもり、ひたすら何かに怯えていた。何をするのも怖ろしく、何もしないと嫌な記憶ばかりが頭を駆け巡った。何も考えなくていいことを探した。&lt;br /&gt;ベッドの上で一人でトランプを始めた。それも、大富豪である。４人制で大富豪を行った場合、富豪が勝つ確率。１０回行った場合の結果のばらつきのグラフ。そんなおよそわけのわからないものをひたすら何千回と行い、ノートに記録し分析していた。&lt;br /&gt;外に出たら吐き気がして、近所のコンビニすら行けなかった。メシを食うのも怖かった。家族とすら顔を合わせたくなかった。鏡を見るのが、何より一番怖かった。&lt;br /&gt;最初のきっかけから鬱期の行動から、今考えたら下らない事ばかりなのだが。本人にとっては必死だった。&lt;br /&gt;真っ暗い水溜りの中へどぼんと放り込まれ。何も見えず聞こえず、ただ息苦しい。そんな感覚だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一月以上そんな状態が続いて。立ち直ったきっかけもまた、今考えれば下らないことだった。&lt;br /&gt;なぜか部屋でひとり、テレビドラマを見ていたのである。テレビなんて恐怖の塊だったその頃の私にとっては、魔がさしたに近かった。目が離せない。動けないのだ。&lt;br /&gt;今見てもおよそ下らないとしか思えないシーンで、急に涙が止まらなくなった。嗚咽が次から次へと沸いてきて、止まらなかった。多分、人生で一番泣いた。&lt;br /&gt;しばらく泣いて、今度は泣きじゃくる自分が可笑しくなってきた。次から次へと腹の底から可笑しさが沸いてきて、また止まらなくなった。とうとう声を立てて笑った。&lt;br /&gt;泣いて、笑ったら、憑き物が落ちたように治っていた。４０日も苦しめられていた胸の閉塞感が無くなっていた。&lt;br /&gt;なあんだ。泣いて、笑って。それだけのことだったんだ。&lt;br /&gt;意味なんか、無いんだ。無くたって、いいんだ。&lt;br /&gt;そう思えたのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;私は、自分で自分を追い詰めやすい。人の評価をあまり気にしない分、自分で自分を認められない思いを常に抱え続けて生きている。&lt;br /&gt;人生はうまくいくこともいかないこともある。それを、私は全て自分のせいにしたがる傾向がある。自分の弱さを、認めたくないのだ。&lt;br /&gt;だから、ふとしたきっかけで負のスパイラルにはまり込む。鬱に苦しみはしたものの、それに気付けたのがよかった。&lt;br /&gt;世の中なるようにしかならないし。なったように泣いたり笑ったりしていればいい。「こうあるべき」なんて考えなくたって、世界は回っている。&lt;br /&gt;それが、私が得た結論だった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;以来、あの苦しみを味わうことはなくなった。&lt;br /&gt;多少気分の揺れがあっても、気をそらしコントロールできるようになったようだ。&lt;br /&gt;例えば、軽い燃え尽き症候群になる繁忙期の後なんかは、ぽつぽつブログを書き綴ってみたりだとか。&lt;br /&gt;誰に読ませるわけでなくても、書いたり自分で読んだりしていることで軽くなる。&lt;br /&gt;あとは、いつものように。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8511211788254874733?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8511211788254874733/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8511211788254874733' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8511211788254874733'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8511211788254874733'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_10.html' title='病理の背景'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8045812863244224964</id><published>2007-08-06T09:51:00.000+09:00</published><updated>2007-10-01T14:13:39.170+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='面白スパム'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ネット放言'/><title type='text'>こんなオカンは嫌だ</title><content type='html'>お待たせしました。&lt;br /&gt;誰も待っていないかもしれませんが。実に半年振りの、笑えるスパム第四弾です。&lt;br /&gt;今回はなんと、オレオレ詐欺の逆バージョン、「オカンオカン詐欺」ですｗ&lt;br /&gt;本来、判断力の弱ったお年寄りを対象にするのがキモであるはずのオレオレ詐欺だが。果たしてオカンオカン言って効果があるものなのかどうなのか。&lt;br /&gt;いや、やはり人というのは、特に男というのは、オカンには弱いものなのだ。&lt;br /&gt;現に、大したネタでもないのに笑ってしまった私がいる。&lt;br /&gt;関西出身でもないのに、つい関西弁のオカンに自分の母親を重ねてしまったりするのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;From: *******@***********.tv &lt;br /&gt;To: *******@****.**.jp &lt;br /&gt;Sent: Sunday, August 05, 2007 5:55 PM&lt;br /&gt;Subject: なにやっとるん？あんたのお母ちゃんよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;久しぶりにメールしてきたと思ったら、この子は。&lt;br /&gt;まぁ、ええわ。&lt;br /&gt;ええ機会やからなあんたに前から話さんといけんこと思っとった話があるんよ。&lt;br /&gt;カミングアウトするから落ち着いて聞きや。&lt;br /&gt;あのな・・・&lt;br /&gt;あんた、実は貴族の血を引いとるんよ。&lt;br /&gt;プレイボーイ貴族ドン・ファン家、そこの血があんたの体の中には流れとるんよ。&lt;br /&gt;いや・・・お母ちゃんがドン・ファンとやったんちゃうよ。&lt;br /&gt;そんなん無理やん？&lt;br /&gt;細かい事は今度帰ってきたときに話すけどな、お母ちゃんが本当に話したいのはそんな事じゃないんよ。&lt;br /&gt;あんたはヤレる男の血筋を引いとるってことや。&lt;br /&gt;なのにあんた・・・いまだにセコセコ働いてるやろ？&lt;br /&gt;その事なんよ。&lt;br /&gt;あんなしょうもない仕事やめてしまい。な？&lt;br /&gt;働く必要ないんや、あんたは貴族やからな。&lt;br /&gt;あんたには生まれた時から女をたらしこむ素質が備わってるんよ。&lt;br /&gt;これからはヒモになれる女探して、それで食うていけばいいんよ。&lt;br /&gt;一人や二人じゃあかんで、せめて八人くらいは囲うんやで。&lt;br /&gt;そんでな、お母ちゃんいいところ見つけといたんよ。&lt;br /&gt;ここや。&lt;br /&gt;http://www.chochoice.happyhost.org/&lt;br /&gt;あんたの為にえらい探したで。&lt;br /&gt;あんたはお母ちゃんの言う通りやれば大丈夫や。&lt;br /&gt;お父ちゃん来年で定年退職やろ、うちの世話してくれる分も囲うんや。ええな？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それでな、お母ちゃん今の日本の社会情勢を調べたんよ。&lt;br /&gt;そしたらビックリや。&lt;br /&gt;今の女はよう働いてお金稼いどるから結婚する気がないんよ。&lt;br /&gt;そりゃ今の収入のあんたと結婚して養ってもらおうなんて思うはずないわな。&lt;br /&gt;結婚してあんた共稼ぎしようもんなら、あんたより女の方がいいお給料もろうとるなんて恥ずかしい結果になるんよ。&lt;br /&gt;キャリアウーマンいうのは恐ろしいやろ？&lt;br /&gt;だからあんたは最初っからそんな事で張り合っちゃあかんのよ。&lt;br /&gt;その代わりな、金持ってる女は淋しい人生送っとるんよ。&lt;br /&gt;「結婚する気ないけど淋しい」らしいんよ。&lt;br /&gt;あんたはな、そういう女のヒモになればいいんよ。&lt;br /&gt;あとは、その女の部屋に転がり込めばあんたがおらんと淋しくて何でも言うこと聞くようになるがな。&lt;br /&gt;どこの女もそんなもんなんよ。&lt;br /&gt;お母ちゃんもお父ちゃんをそうやって養ってきたんや。&lt;br /&gt;ええな、あんたはヒモの存在の大きさを教え込むんやで。&lt;br /&gt;誰もヒモなしでバンジージャンプなんかやらんやろ？&lt;br /&gt;そんくらい大事なんやヒモは。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ええな、ここやで！&lt;br /&gt;貴族なんやからな、気高いヒモになるんやで。&lt;br /&gt;http://www.chochoice.happyhost.org/&lt;br /&gt;他の平民に先越されんようにせんとあかんで。&lt;br /&gt;わかったらはよ行き。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;追伸：&lt;br /&gt;来年の正月は帰ってくるんか？&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ええな、ええな！と言われるうちに、何だかその気になってくるから恐ろしい。&lt;br /&gt;多くの母親にとって「教育」とは、「洗脳」とあまり変わらない。オカンの言う通りにしとったら間違いない、というだけなのである。&lt;br /&gt;＞どこの女もそんなもんなんよ&lt;br /&gt;と、自分の経験・感覚のみを根拠に、全ての女性の根幹に関る部分にまで話を広げ、言い切って平気なのである。&lt;br /&gt;＞お父ちゃん来年で定年退職やろ、うちの世話してくれる分も囲うんや。ええな？&lt;br /&gt;と言いながら、&lt;br /&gt;＞お母ちゃんもお父ちゃんをそうやって養ってきたんや。&lt;br /&gt;と言ってしまう論理矛盾にも何食わぬ顔なのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;恐ろしい。オカンとは本当に恐ろしい。&lt;br /&gt;諸悪の根源はオカンではないか、と。そんな気すらしてくると、もはや笑えるメールですら無くなってしまった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8045812863244224964?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8045812863244224964/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8045812863244224964' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8045812863244224964'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8045812863244224964'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_06.html' title='こんなオカンは嫌だ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' 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/&gt;こんなような中身の妄想が膨れれば膨れるほどに、もう、なんとしても、金太郎飴が欲しくて欲しくて仕方ないのである。切って切って切り刻みたくてたまらないのである。&lt;br /&gt;男子には、一度しかない七五三。姉の七も終わっていたので、文字通りラストチャンスである。後に妹が生まれてまたチャンスが来るんだが、この時点でそんなことは知る由もない。&lt;br /&gt;祖母が設えてくれた紋付袴を着て。記念写真ももどかしい。もう、この手にある、紙袋を引きちぎりたい思いだけでいっぱいなのである。&lt;br /&gt;帰ってから、ね、帰ってからね、と何度でも言い聞かせる母を、心底恨んだ。多分、一生で一番母を恨んだのはこの時ではなかろうか。&lt;br /&gt;ぎりぎりと奥歯の削れるほどの忍耐を重ね。帰宅した途端に爆発した。&lt;br /&gt;紋付袴を乱雑に脱ぎ捨て、裸同然の姿のまま例の紙袋を打ち破り。台所で包丁に手を伸ばそうとした所で、流石にゲンコツが飛んできた。&lt;br /&gt;極度の興奮を抑え付けられ、その場にへたり込んだ私を尻目に。母は次々に金太郎飴を打ち砕いていった。&lt;br /&gt;どうやら単純に食べたくて仕方が無いのだと思ったらしく、切り口がどうとかはまるで考えていない。ほら、と皿に乗って差し出されたそれは、もう何だかわからない物体。ちょっとカラフルな、うまそうでもまずそうでも面白そうでもない、ただの物体であった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;それでも、手に取りじっくりと観察してみたのである。&lt;br /&gt;切り口を正面から見れば、確かにそれは金太郎の顔のようにも見えなくはなかった。&lt;br /&gt;だが、乱雑に割られたその切り口に従って見たら、何だかわからない。&lt;br /&gt;はっと気がついた。これは、太巻きだ。あのすし屋の丸桶のはじっこにおまけみたいに乗っかっている、あの太巻きと同じだ。具や米の代わりが色つきの飴というだけで、きっとあのようにぐるぐる巻いて作るに違いない。切っても切っても顔なんかじゃない、例えば縦に切ったなら、びろーんと同じ模様の棒になるに違いない！それみたことか、金太郎飴の詐術、見破ったり！&lt;br /&gt;顔を紅潮させ得意げにまくし立てた私に、家族は冷ややかだった。&lt;br /&gt;何を当たり前のことをこの子は、ぐらいの調子である。&lt;br /&gt;私の家族には、そういうところがある。どんな大発見も、この家の人間にかかれば当たり前だろうぐらいの反応しかしてもらえないので、ムキになり続けた結果、今のこの私がある。ような気がする。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;すっかりふてくされて、無残に砕けた飴玉を一つほうばった。うまくなかった。何だかガサガサして、ケーキの上の砂糖菓子みたいな味だった。&lt;br /&gt;半分ぐらいまで舐めて、耐え切れなくなって吐き出した。口内の熱にとろけた切り口と外周の白飴は、見るもおぞましい物体に感じられた。そのまま捨てようとして、またゲンコツが飛んできて。仕方なく再度ほうばった。&lt;br /&gt;やっぱり、うまくなかった。切っても切っても同じ顔。つまり、この先この、元は棒だったぐずぐずの円柱たちを食べるだけ、同じ味を味わうことになるわけだ。&lt;br /&gt;うんざりした。もう二度と自分に七五三が訪れないことが、幸運であるようにすら思われたのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;以来、２６年近く経つわけだが。本気でそれ以来金太郎飴は食べていない。食べたいとも思わない。&lt;br /&gt;憧れなんて、目標なんて、手に入ったら意味が無いんだと。いうような話ということにでもしておこうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-9182115980974583642?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/9182115980974583642/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=9182115980974583642' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/9182115980974583642'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/9182115980974583642'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post_03.html' title='少年と金太郎飴の片思いと出会いと別れ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-6601453791052041335</id><published>2007-08-02T17:58:00.000+09:00</published><updated>2007-08-02T17:56:42.595+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='季節感'/><title type='text'>紫色の倦怠</title><content type='html'>&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/Rq_4aZRRnDI/AAAAAAAAAUE/GitXZHFWMBM/s1600-h/20070729112937.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/Rq_4aZRRnDI/AAAAAAAAAUE/GitXZHFWMBM/s320/20070729112937.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5093562835922951218" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;北海道の花といえば。&lt;br /&gt;こんなアンケートをとったなら間違いなく上位に入ってくるであろうラベンダーだが。&lt;br /&gt;私にとってはもう、感動を呼ぶものではないらしい。&lt;br /&gt;１年のうち１ヶ月しか花期がないのだから、この景色を見るのも１年ぶりのハズなのだが。&lt;br /&gt;ちっとも、そうした感慨が無い。ああ、いつものように咲いたね、と。それだけだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;多分、派手すぎるのだ。この紫色のこの景色は、あまりにも日常から乖離している。&lt;br /&gt;だから、一度見たらその鮮烈な印象が、消えない。&lt;br /&gt;毎年新たな感慨を呼ぶには、もう少し淡い感触のある景色で無けりゃあならんのではなかろうか。&lt;br /&gt;サクラなら、毎年きれいだなあと思うが。ラベンダーは、しばらくはいいや。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-6601453791052041335?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/6601453791052041335/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=6601453791052041335' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6601453791052041335'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6601453791052041335'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/08/blog-post.html' title='紫色の倦怠'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/Rq_4aZRRnDI/AAAAAAAAAUE/GitXZHFWMBM/s72-c/20070729112937.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-5688774985603619172</id><published>2007-07-30T00:33:00.001+09:00</published><updated>2007-07-30T08:37:29.770+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><title type='text'>I am an anarchist.</title><content type='html'>今回の選挙は、どうやら大方の予想通りの結果となったようだが。&lt;br /&gt;先日書いた通り、今回の選挙は私には心底どうでもいいものだった。&lt;br /&gt;アベ批判。それ以外に何か争点はあっただろうか。&lt;br /&gt;２年前まで極端にコイズミに騙され続けた人が、今回はアベに極端なNOを突きつけたというだけだろう。小難しい数字やら政策やらで民主との違いを訴えたアベより、単純なアベ批判に徹したオザワのほうがわかりやすかった、というだけだ。&lt;br /&gt;マニフェストを見たって、自民でも民主でも変わりゃしないのは目に見えている。センセイセンセイと呼ばれたいだけの奴らが、場面で行き当たりばったりの判断をしていく。それだけのことだ。&lt;br /&gt;もしこれでアベが辞めない、また辞めさせないなら、それは素晴らしく空気が読めない、世にも稀なるお馬○さん揃いだなぁ、そんな奴らがいるなら見てみたい、という興味なら、多少はあるが。&lt;br /&gt;今の政治風潮の中で、一度見限られた人物は、再度見直されることなど、ない。&lt;br /&gt;予め絶大な実績でもあれば別だが。選挙で選ばれたわけではない上に強行採決オンパレードのアベには、めぼしいものは拉致ぐらいしかない。しかも首相就任後、拉致問題は進展がないどころか悪化すらしている。&lt;br /&gt;今の期を逃せばどこまでも底無しに支持率が低下することも読めないようなお馬○さんが、本当にいるならちょっと見てみたい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;選挙期間を通じて。格差を是正する、経済を成長させる、美辞麗句を並べる両党から、具体的にどうするかという案は出ていない。&lt;br /&gt;そんなもん、わかりゃしないんだろう。&lt;br /&gt;受かるか落ちるか、そのために何を言うか。それしか考えていない。&lt;br /&gt;だから、投票する側にもさっぱり自分のこととしての実感がない。だから、とりあえず名前を知ってる有名人なら、ただのプロゴルファーの父親、というだけの人物でも投票してしまったりする。&lt;br /&gt;実際に政治をどうするか、なんてことは、専門家や官僚あたりが考えればいいことだとでも思っているのだろう。候補にも有権者にも、どちらにとっても他人事に過ぎない。&lt;br /&gt;騒ぐのは、自分の身が痛むことだけなのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;議会制民主主義は、もはや限界なのではないか。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/03/22.html"&gt;前にも書いたことがある&lt;/a&gt;が、この仕組みを運用するには、「この国」はあまりに単位として大きすぎる。&lt;br /&gt;よく言われる、欧米式の「小さな政府」でもまだ削り足りない気がしている。&lt;br /&gt;そもそも国家予算の半分を軍事費に投じている国の真似事を日本でしても仕方がない。&lt;br /&gt;有権者一人一人が、自分のことと実感をもって政治に取り組まないことには、民主主義は悪用しやすい理想論でしかないのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;では。どうするか。&lt;br /&gt;私が考えているのは、単位を小さくするしかないのではないか、ということである。&lt;br /&gt;紹介した記事で、堤防事業を例に記述したが。民主主義を運用するのは、そのぐらいの単位が上限ではないだろうか。&lt;br /&gt;自分の都合を押し付けた時に、「世間の誰かが困ってしまう」のと「５軒隣の○○さんちが困ってしまう」のでは、随分違う。&lt;br /&gt;自然に、皆が皆のために、最も良い形を模索する。議論し解決を図る意思のある社会にするには、それしかないのではないか。&lt;br /&gt;現中央省庁なんて、ほとんど潰してしまっていい。働いているものの生活？知るか。「改革には痛みを伴う」とか偉そうに言ったのはお前らだろう。&lt;br /&gt;850兆も借金を抱えた「会社」は、潰してしまわなければ改革などない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;お前のほうが理想論だろうって？そりゃそうだ。&lt;br /&gt;元来私は、無政府主義者である。全ての権力は下らないものと思っている。&lt;br /&gt;そんな私から見れば、議席が増えたの減ったのとお気楽に騒いでる奴らがあんまり滑稽に見えたもんでね。言ってみただけさ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-5688774985603619172?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/5688774985603619172/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=5688774985603619172' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5688774985603619172'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5688774985603619172'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/i-am-anarchist.html' title='I am an anarchist.'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-7295739229699365692</id><published>2007-07-27T17:51:00.000+09:00</published><updated>2007-07-27T17:47:27.801+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='季節感'/><title type='text'>みなとのまつり</title><content type='html'>&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqmuIZRRnCI/AAAAAAAAAT8/PhdZh29CIJ0/s1600-h/20070722183705.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqmuIZRRnCI/AAAAAAAAAT8/PhdZh29CIJ0/s320/20070722183705.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5091792312964586530" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;どんなに小さな港町でも、夏のお祭りは盛大にとり行われるものらしい。&lt;br /&gt;海というのは、とてつもなく、人の思うままにはならない所である。&lt;br /&gt;昨日までと同じ場所には魚はいないし、突如高波にのまれることだってある。&lt;br /&gt;どんなに荒くれた海の男にとっても、まつり、いのるのは、極めて自然なことだった。&lt;br /&gt;神のみちからにすがるより、他に方法はなかったのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;現代に生きる我々は、祈ってもどうにもならないことを知っている、と思って生きてしまいがちになるが。&lt;br /&gt;なに、土壇場になれば、我を忘れて手を合わせていたりするものだ。&lt;br /&gt;自分が誰に祈っているのかも、わからないままに。&lt;br /&gt;どんなに進化し発展したつもりでいても、人間の考えや思想・文化なんて、そんなもんである。&lt;br /&gt;日常を超えた現象には、頭だけではついていけない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;日常に組み込まれ、祈りを忘れた祭りにも。宵が近づくにつれ、人々を巻き込む幻想の時が訪れる。&lt;br /&gt;ざぶん、ざぶんと寄せては返す波音の中で、昼から飲み通しでいい加減茹りきった面々も、不意に神妙な面持ちになっていたりする。&lt;br /&gt;やがて日が暮れ、花火が上がる。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7295739229699365692?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7295739229699365692/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7295739229699365692' title='3 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7295739229699365692'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7295739229699365692'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_27.html' title='みなとのまつり'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqmuIZRRnCI/AAAAAAAAAT8/PhdZh29CIJ0/s72-c/20070722183705.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>3</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8251335698379803327</id><published>2007-07-23T00:22:00.001+09:00</published><updated>2007-07-24T17:34:31.943+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='野球'/><title type='text'>「１０番」の孤独な憂鬱</title><content type='html'>サッカーでは、トップ下の司令塔など、一番の花形選手が着ける番号である「１０番」だが。&lt;br /&gt;グラウンドに立つ選手が９人しかいない野球では、それとは随分違う境遇の選手が「１０番」をつける。&lt;br /&gt;投手が１番、捕手が２番と、守備位置に従って番号が振られ。９人終わった次の「１０番」は。&lt;br /&gt;大抵のチームでは、控えのピッチャーがつける番号なのである。&lt;br /&gt;夏の甲子園予選、南北海道大会決勝。駒大苫小牧のマウンドに立った選手は、背番号１０だった。&lt;br /&gt;勝つのは、間違いないだろう。何せ相手は、控えメンバー中心だった春の全道決勝で１３-１で蹴散らした函館工業である。&lt;br /&gt;香田監督にすれば、言い方は悪いが「実戦訓練」の域を出る試合ではないのではないか。だからこそ先発ピッチャーは、今大会最も多くのイニングを投げているエースナンバー片山ではなく、１０番だったのだろう。&lt;br /&gt;私のこの試合に対する興味は、「２番手の屈辱」を背番号１０の彼がどう乗り越えるのか。その一点に絞られていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そのピッチャーを初めて見たのは、およそ２年前。駒大苫小牧が夏連覇を果たした直後の秋季全道大会室蘭支部予選まで遡る。&lt;br /&gt;マウンドには、甲子園決勝戦で最後のバッターから150km/hの快速球で三振を奪い、一躍注目を浴びる存在になっていた田中将大。センターには、２年生ながら甲子園全試合で４番バッターとして出場し、香田監督にそっくりと話題になった本間篤史。&lt;br /&gt;さらにアルプス席には、公式戦での出番を終えた３年生達が応援に訪れている。主将だった林やキャッチャーの小山、ラッキーボーイだった岡山やエースナンバーだった松橋あたりが、訪れたファンのサイン責めに遭っていた。&lt;br /&gt;その日の私のお目当ては、やはり田中だった。その春の甲子園で初めて見た時から「コイツのスライダーならすぐプロで１０勝できる」と周囲に言い触らしていた私は、まだ生で見たことがなかったのが悔しかったのである。&lt;br /&gt;最初は、遠目でもよくわかる田中の豪速球とスライダーのキレに歓声を上げていた私だが。次第次第に、ブルペンから響いてくるズバァン！という快音が気になりはじめていた。&lt;br /&gt;そこでは、投手としてはやや小柄な、背番号１５ぐらいの選手が投球練習をしていた。プログラムで確認すると、まだ１年生らしい。&lt;br /&gt;苫小牧緑が丘球場のブルペンは、内野芝生席の一部をくりぬく形で作られている。キャッチャーの真後ろに立ち、それからすぐに彼が放った一球を、私は忘れることが出来ない。&lt;br /&gt;体が大きくないから、フォームも決して大きくない。ひょい、といった感じで投げたその一球は、ぐいと伸びたと思った瞬間には、快音とともにキャッチャーミットに吸い込まれていた。&lt;br /&gt;目を奪われていた。既に大差、駒大苫小牧の勝利はほぼ間違いない。彼の出番は、恐らく無い。それでも、目を離すことが出来なかった。&lt;br /&gt;彼の名は。対馬直樹と言った。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;びゅん、と風切り音すらあがるストレートは素晴らしかったが、明らかにノーコンだった。３球に１球ぐらいの割でスッぽ抜けた。&lt;br /&gt;また、変化球のフォームに少し癖があった。手首をクルクル捻って捕手に球種を知らせてから投げている投球練習とはいえ。その癖は１打席対戦すれば十分見極められる種類のものだった。&lt;br /&gt;総合的に見れば、今の田中には遠く及ばない。ブルペンにいるのは当然だ。&lt;br /&gt;それでも私がしばらく目を離せなかった、その理由は。彼の目にあった。&lt;br /&gt;ズバァンの快音の度に鋭さを増し。スッぽ抜ける度に不敵に歪む、その目。&lt;br /&gt;天性の投手とは、彼のようなタイプの選手を言うのだろう。&lt;br /&gt;投手は、間違いなく野球の全ポジションで最も過酷なポジションである。&lt;br /&gt;打球が来るか走者が来るか、または打席が来るかしないと、他の野手には仕事が無い。&lt;br /&gt;投手は一人、９イニングで１００球以上の球を力一杯投げ続けなくてはならない。&lt;br /&gt;特に、交代の投手まで揃うことが少なく、それでいて過密な日程を押し付けられる高校野球においては、勝負を決める要素の半分近くがエースにかかっている場合すらある。昨夏の斎藤がいた早実など、その典型だろう。&lt;br /&gt;それだけ責任重大なポジションだからこそ逆に、変に責任感や使命感が強い人間は、向かない。&lt;br /&gt;打ち取った手柄は全部俺様のおかげ、打たれたのは全部キャッチャーや捕れない野手のせい、点取られて負けたら全部打てない奴らのせい、ぐらいに考えられる人間でないと、務まらないのだ。&lt;br /&gt;彼の目は、まさにその投手の狂気に満ちていた。大きな可能性を感じる直球を、生かせる目をしていたのだ。&lt;br /&gt;彼がベンチに引き上げた後。私は同行者たちの席に戻り、饒舌に喧伝して回った。&lt;br /&gt;「田中がいれば春夏連覇、夏三連覇も夢じゃないって思ってたけどさ。夢じゃないどころじゃないかもよ。対馬って一年坊、ありゃ面白い。あれが化ければ、鬼に金棒さ。下手したら、今年松橋より田中が目立ったみたいにさ。田中も超えてっちゃうかもよ。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;田中の「いきなりプロ１０勝」は、現在７勝だからかなり確率が高いだろう。それは２年生の春の時点で言い当ててみせた私だが。対馬のその後に関しては、まるで当たっていなかった。&lt;br /&gt;翌春、「田中の二番手を確保するための大会」だった春の全道。&lt;br /&gt;再三先発の機会を与えられた彼から、あの大胆不敵な目を見ることは、もうなかった。&lt;br /&gt;何かに怯えるように放るストレートにも、あの唸るような伸びはなかった。&lt;br /&gt;投手という生き物は、唯一無二の存在、と信頼された時に、最大限真価を発揮する。逆に、その過信症故に、超えられない壁を前にし、自分を「いつでも替えのきく存在」と思ってしまうと、卑屈になる。&lt;br /&gt;田中将大という壁は、まだまだ未完成だった対馬にはあまりに強大な壁だったらしい。&lt;br /&gt;それでも、一戦必勝の夏の大会で、打たれた田中の後を任されるようなことでもあれば。&lt;br /&gt;まだだ、最後の大化けを、という私の切なる願いは、甲子園大会初戦の直前にもろくも崩れ去った。&lt;br /&gt;肋骨骨折。大会期間中は絶望。&lt;br /&gt;常に３人の投手を用意して連覇を成し遂げた香田監督にとっても、対馬の離脱は大きな誤算だったに違いない。&lt;br /&gt;初制覇の時は、岩田・鈴木・松橋。連覇の時は、松橋・田中・吉岡。そして昨夏は、田中・対馬・岡田というのが監督のプランだったはずだ。&lt;br /&gt;結局、投手の他に外野手もこなせる、という理由（だったと思うのだが）で連れていった菊池を、２度先発で使わざるを得なかった。&lt;br /&gt;田中頼みを打ち破れなかったチームが三連覇を果たせなかったのは、香田野球にとっては必然だったのかもしれない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;その後のリハビリにも手間取り、対馬の実戦復帰は遅れに遅れ、その間にチームは秋季大会支部予選でコールド負け、全道にすら出られないという屈辱を味わった。&lt;br /&gt;さらに。ようやく復帰の目処が立った春の大会では、例の特待生問題で出場は叶わず。実戦から遠ざかった対馬は、エースナンバー１を左腕片山に譲ったままになっていた。&lt;br /&gt;迎えた夏大会。幾度かの登板機会で見た対馬に、やはりあの周囲の全てを嘲るようなオーラは感じなかった。&lt;br /&gt;制球も変化球も、格段に向上していたが。最も大事なものが欠けたままの対馬は、小さくまとまった怖さの無い投手にすら見えた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;決勝。負けられない、というよりは負けてはならない試合。&lt;br /&gt;満員の円山球場の、異様な熱気。&lt;br /&gt;香田監督の選択は、片山ではなく対馬だった。&lt;br /&gt;テスト出来る最後の相手。決勝という最良の環境。これで監督の思いが伝わらないようでは、もう見込みがない。&lt;br /&gt;初回。対馬の目が泳ぐ。思いが伝わりすぎての極度の緊張が見てとれた。&lt;br /&gt;ストライクが入らない。四球絡みで１死満塁。&lt;br /&gt;伝令が走った瞬間に対馬が見たのは、ブルペンの背番号１だった。&lt;br /&gt;伝令の言葉を聞いて、ニヤリと笑った彼に、ようやく。ようやく、「あの目」が戻ったのを見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;６回２／３、被安打４、失点０。飛ばしすぎたか、１００球を超えてまたストライクが入らなくなり降板したが、まずは合格点だろう。&lt;br /&gt;出来れば、交代命令に唇を噛みながら戻るぐらいの傲慢さが欲しかったが。８対０での降板なのだ。安堵の笑みは無理もない。&lt;br /&gt;なに、甲子園までまだ時間はある。&lt;br /&gt;技術なら間に合わないが。精神は。魂は。自信を取り戻し蘇るに十分な時間が残されている。&lt;br /&gt;「１」でも「１０」でも、いいんだよ。対馬。お前にしか投げられない球がある。それでいいじゃないか。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;一気に相手投手を飲み込む連打。準決勝に続き下位打線や代打から大量点を生んでしまう「底のレベル」の高さ。１３対０から送りバントと犠牲フライで１点取るしたたかさ。堅い守備。果敢な走塁。&lt;br /&gt;「駒苫らしさ」は、試合不足に泣かされ続けた今年のチームでも、ようやく完成に近付いてきた。&lt;br /&gt;左右二人の「エース」に加え、久田という「第三の投手」も揃えた。&lt;br /&gt;今年も“また”いろいろあったが、戦闘態勢は整ったようだ。&lt;br /&gt;気まぐれな甲子園のマモノが、味方につくかはわからないが。&lt;br /&gt;今年も、駒苫は強いよ。イヤになるぐらいにね。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8251335698379803327?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8251335698379803327/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8251335698379803327' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8251335698379803327'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8251335698379803327'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_23.html' title='「１０番」の孤独な憂鬱'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-6569087214995963649</id><published>2007-07-21T16:38:00.000+09:00</published><updated>2007-07-21T16:35:12.861+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><title type='text'>参議院議員選挙に寄せて</title><content type='html'>参議院議員選挙にご出馬の先生方。雨の中、こんな田舎町まで遠路はるばるのご遊説、大変ご苦労様です。&lt;br /&gt;私のように頭の悪い者には、なんべん伺っても先生方のお名前なんて頭の片隅にも残らないのですが。&lt;br /&gt;そんな私のような者のためなのか、お名前だけを繰り返し繰り返し。何度でも大きなお声で仰って下さる。&lt;br /&gt;しかし頭の悪さというのは如何ともし難いもののようで。やっぱりなんべん伺ってもさっぱり、お名前の一部すら思い出せないのです。&lt;br /&gt;どうか、お声を枯らされてはお気の毒ですから。そのように、私のような頭の悪い者のことは考えず、もっと効果のあるやり方でもって運動を進めて頂ければな、と思うんです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;もっと効果のあるやり方。ええ、私には腹案があるのです。&lt;br /&gt;組織票？馬鹿いっちゃいけません。自民でも民主でも大した差がない、自分の仕事の大勢には影響ないことぐらいは、私のような頭の悪い者でもわかってますよ。&lt;br /&gt;組織票なんて、アテにできるのは公務員ぐらいです。それも自衛官とか国土交通省とか地方自治体とか、利害のはっきりする人達だけです。&lt;br /&gt;頭の悪い私は、先生が与党だったか野党だったかもさっぱり忘れちゃいましたけど。野党だったらそれすらアテにしようがないですしね。&lt;br /&gt;私の腹案は、そんなところにはないんです。&lt;br /&gt;「無党派層」なんてカッコよく呼ばれちゃってる、私のように頭の悪い「大衆」をだまくらかす方法。それが私の腹案なんです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;だまくらかす、なんて人聞きが悪い？よく言いますよ。公約なんてロクに守ろうともしないくせに。&lt;br /&gt;いや、責めてるわけじゃありませんよ。実際に責任ある立場に置かれたら、そんな昔の約束より今の判断が優先ですよね。&lt;br /&gt;だから、先生のご高邁なご思想に基づいたお優秀なご思索によるご判断を頂くためには、まずは国政の場に立って頂かなくてはならない。そのためにちょっと騙すぐらい、どうだっていうんです？&lt;br /&gt;騙したっていいんですよ。結局の結果がいいように、よくなくたって過不足なく無難にやればそれでみんな文句は言いません。&lt;br /&gt;まずは、受からないといけませんよ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;さて。本題の私の腹案です。&lt;br /&gt;まず、広くよく状況が見えてしまう先生方には、世の中いいと思ったことにも悪い面もあることをよくご存じと思いますが。&lt;br /&gt;それを表に出しちゃあ、絶対にいけません。&lt;br /&gt;だって、私のような頭の悪い者から見たら、悪いところばかり目立って見えてしまいますから。&lt;br /&gt;事務所経費ごまかしただとか、原爆とかしょうがないだとか、女性が子供を生む機械だとしたら生産する台数は決まってるから一台当たりの生産力を上げよう、だとか言われたら、そのマイナス面ばかり気になって、先生方が仰るようなその方の優秀な仕事ぶりなんてどうでもよくなっちゃうんです。&lt;br /&gt;だからって、「優秀な仕事ぶり」のほうがわかるように、と一生懸命ご説明頂いても、私のような頭の悪い者には何やらさっぱりです。教育再生だとか戦後レジームだとか美しい国だとか言われても、さっぱり自分のこととして実感できません。&lt;br /&gt;地球温暖化ですら、どうすればいいかよくわからなくてとりあえずペットボトルを丁寧に温水と洗剤で洗ってリサイクルごみに出したりしちゃうんですから。温水で洗うのに使う燃料も水も洗剤も、ごみステーションから車で運ぶ燃料だって地球温暖化にはマイナス、トータルしたらリサイクルしないほうがいいぐらい、なんてことは私のような頭の悪い者にはさっぱりわからないんですから。&lt;br /&gt;それじゃあすごく実感できる問題、例えば年金問題を言えばいいのか、といえば、それも間違いです。あんまりにも実感が出来すぎる、痛いぐらい実感出来ちゃうからです。&lt;br /&gt;みんなからお金を集めて、少しは運用したりして増やして、年取ったら生活に困らないように返す。年金は、あんまりにも仕組みが単純です。&lt;br /&gt;どうするか、今の一時的な未払いだけでなく将来的な資金不足を解消するには、どうするか。&lt;br /&gt;って考えると、みんな気付いちゃうんです。集めるお金を増やす、つまり税金を上げるか、払うお金を減らす、つまり毎月の支給額を減らすか支給開始年齢の引き上げか。どっちかしかないってことに。&lt;br /&gt;そんな問題で下手に何か言えば、すぐに悪い面に気付いちゃう人が出ます。そうしたら、悪い面ばかりが気になっちゃうの法則発動、つまりマイナスにしかならないんですよ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;じゃあ、何を言えばいいか。それが私の腹案です。よーく聞いて下さいね。&lt;br /&gt;ちょっと聞くとどうでもよさそう、でもまるで自分の生活と無関係とは言えない、それぐらいのことを、推進でも廃止でも何でもいいからとにかくズバリと言い切っちゃえばいいんです。&lt;br /&gt;みなさんの大先輩に、それで大成功しちゃった人がいるじゃないですか。&lt;br /&gt;「自民党をぶっ壊す」って言われたって、おおかたの人にはろくに関わりがないことです。自民党員なんて名前だけの人が多いですから。ぶっ壊したければご勝手に、ぐらいの話なんです。&lt;br /&gt;でも、「自民党」が政治とカネとかでちょっとマズそうなこと、それでいて自民党以外に任せるとろくなことにならないことには、みんな気がついていました。平成の乱だとか言われた野党ごったまぜ連立政権の頃のぐだぐだぶりを、みんな見てましたから。&lt;br /&gt;そこをうまくついた人は、ろくな政策もないまま「感動した！」とか言ってるうちに国民的支持を集めちゃいましたよね？&lt;br /&gt;ズバリ言ったからです。そして、ズバリ言われて困る人が、みんなの身近にあまりいなかったからです。年金問題でズバリ「増税して解決します！」とか言っちゃうのとはわけが違ったんですね。&lt;br /&gt;その人の人気がどうやら陰ってきて、どうするか、と思ってたら。やっぱり流石でしたね。「郵政民営化」ですもの。&lt;br /&gt;郵政が民営か国営かなんて、おおかたの市民には関係ないんです。ＮＴＴや電力各社が民営なのがどうでもいいように。ＪＲは廃線が増えて困った人も結構いそうですけど、それですら国営か民営かが問題だなんて、誰も考えやしないんですから。&lt;br /&gt;でもそれを、国の一大事ででもあるかのように、大げさに大げさに言いきっちゃえば、３００議席の大勝利に繋がっちゃうんです。すごいもんですよ。&lt;br /&gt;で、２年経って。だいぶ民営化路線で話が進んできたみたいですけど、何の話題にもならないんですから、ビックリしちゃうでしょ？反対した人の復党がどうのこうの、そんな問題の本質と関係ないことしか話題にならないんですから。地方の簡易郵便局をどうするかだとか、今の方針がどうなってるかなんて知ってる人、話す人、私の周りには一人もいやしませんよ。&lt;br /&gt;でもそれが、やるぞ！やるぞ！と言われてるうちに、ものすごい大問題だったような気がして。みんな投票した。うまいことだまくらかしたわけです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;みんなね、ズバリ言って欲しいんですよ。私と一緒で頭が悪いから。考えるのが面倒なんです。&lt;br /&gt;でも、本当に困る問題だとズバリ言われちゃ困ることがあるのがわかるから、どうでもよさそうなことをズバリ言われたほうが、ありがたい。そうだそうだ！と言いやすいことが欲しいんです。&lt;br /&gt;だからね、被害者も出てない期限切れ商品の話を「廃業してもらいたいッ！」とか血相変えちゃうみのもんたさんだとか、芸能人に好き勝手に「地獄に堕ちるわよ！」とか言っちゃう細木数子さんだとか、とりあえず何にでも反対しとけみたいにしか見えない田原総一郎さんだとか、ああいう私と同じように頭の悪い人でもズバリ言い続けてれば人気者になれちゃうんです。&lt;br /&gt;とにかくズバリ言ってればいいんです。ズバリ言われれば、考えなくて済む。みんな考えたくないんです。&lt;br /&gt;考えたら、面倒なことがたくさんあることに気付いてしまいますからね。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;まあ、そういうわけで。いよいよ投票まであと一週間になりましたけど。&lt;br /&gt;とりあえず最後の土曜の、あの「最後のお願いに参りました！」っていうの。あれだけは勘弁して下さいね。&lt;br /&gt;いくらお願いされても、頭の悪い私には先生のお名前は覚えられないし。なんだか誰でもいいような気がしてきちゃうだけですから。&lt;br /&gt;もっとも、私は頭が悪いんで。最初から誰でもいいなあと思いながら眺めてるだけなんですけどね。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-6569087214995963649?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/6569087214995963649/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=6569087214995963649' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6569087214995963649'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6569087214995963649'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_21.html' title='参議院議員選挙に寄せて'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-5035227859005710217</id><published>2007-07-20T17:27:00.000+09:00</published><updated>2007-07-20T17:24:25.836+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='季節感'/><title type='text'>雲の向こうの青い空</title><content type='html'>６月の半ばにも書いたが。この時期は、私の仕事の年一番の繁忙期である。&lt;br /&gt;あちらこちらと御用聞きに飛び回る日々が、お盆前まで続く。&lt;br /&gt;土日も、あんまり休めない。明日も仕事がある。明後日もまた。&lt;br /&gt;仕事がある、というだけならいいのだが。どうにも私にとって付き合うのが面倒な人ばかり相手にしているから、たまに逃げ出したくなる。&lt;br /&gt;逃げ場の一つだったはずのインターネットにも、こんな時期に限って面倒なことが重なって起きたりするんだから、世の中うまくいかない時はうまくいかないもんである。&lt;br /&gt;しかも、朝から一番嫌いな、ぐずぐずぐずぐずべちゃべちゃべちゃべちゃした雨。しかも寒い。先週からすっきりしない天気が続く。蝦夷梅雨がやってきたようだ。&lt;br /&gt;どいつもこいつも。馬鹿にしやがって。午前中が終わった段階で、もう何もかもイヤになりかけていた。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;それでも私が、何とかキレずにぼちぼちやっていけるのは、仕事で出かけるときはひとりになれるからだろうと思う。&lt;br /&gt;他には誰一人いない、ただひとり。社会から切り離される時間。それが、今の私の唯一の救いのようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqBq1m8_DvI/AAAAAAAAAQ0/-hx0YE5Tu08/s1600-h/20070720142031.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqBq1m8_DvI/AAAAAAAAAQ0/-hx0YE5Tu08/s320/20070720142031.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5089185048150609650" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br clear="left"&gt;ひとりふらふら、目的地はちゃんとあるんだが、目指しているかどうかがいまいち定かではないような。&lt;br /&gt;そんな時間を過ごすうちに、本来の「超」のつく楽天主義の私が蘇る。&lt;br /&gt;面倒な気分の最大の原因だったこの雨だって、着いたら止むに決まっている。&lt;br /&gt;やまない雨は無い、という言葉に含まれる「待ち」のニュアンスすら、私が発した場合には、ない。&lt;br /&gt;晴男の私に言わせたなら、「私が行く場所でやまない雨などあるはずがない」と、こういう意味になるのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;４５分ほど車で走り、着いた時には本当に何も降ってはいなかった。&lt;br /&gt;正確に言えば、雨なら止んでいない。森に入った私を、木々の枝葉が雨粒から守ってくれていたのだ。&lt;br /&gt;精密機械を扱う今日の仕事は、雨が降ると大幅に時間をロスしてしまう。&lt;br /&gt;森はいつでも、私を助けてくれるもののようだ。&lt;br /&gt;緑色の香りに包まれるうちに、朝からの不機嫌も、その反動の上機嫌も。どちらも消えていた。&lt;br /&gt;ただ集中して、職務を全うすることに徹する。本当の「いつもの私」に戻っていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqBuW28_DxI/AAAAAAAAARE/5J3iofOjUM8/s1600-h/20070720141608.jpg"&gt;&lt;img style="float:left; margin:0 10px 10px 0;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://1.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqBuW28_DxI/AAAAAAAAARE/5J3iofOjUM8/s320/20070720141608.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5089188917916143378" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br clear="left"&gt;仕事が終わる頃には、青空も顔を覗かせていた。&lt;br /&gt;少し気の早いオオウバユリが、ところどころで咲いていた。&lt;br /&gt;写真を撮ろうと近寄ると、不意に大振りの花びらがごそごそ。蜜に飽いた蜂がのそのそ這い出し、満腹の腹を重そうにぶら下げながら、どこへともなく飛び去った。&lt;br /&gt;シャッターチャンスを逃した私は、それでもにやにやしながら帰路を急いだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-5035227859005710217?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/5035227859005710217/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=5035227859005710217' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5035227859005710217'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5035227859005710217'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_20.html' title='雲の向こうの青い空'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/RqBq1m8_DvI/AAAAAAAAAQ0/-hx0YE5Tu08/s72-c/20070720142031.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-5378903751438528102</id><published>2007-07-18T15:28:00.000+09:00</published><updated>2007-07-18T15:29:18.666+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='創作系妄想'/><title type='text'>ムカシ、ムカシノ　オハナシヨ</title><content type='html'>昔むかし。あるところに、おじいさんがいました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おじいさんには、おかしなクセがありました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;笑いだすと、ひゃっくりが止まらなくなるのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;お酒がすきなおじいさんは、いつものお仲間と今日も大さわぎです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;笑いじょうごのおじいさん。ひと口のんで、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;誰かがおかしなことを言うたんびに&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「うははははぁっ　ヒィック」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ずいぶんえらそうに笑うくせに、そのあとすぐにヒィックですから、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;まわりのおじいさんたちもおかしくてたまりません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おへやの中は、笑い声と、たまに聞こえるおじいさんの&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「ヒィック」と。その後のまた大きな笑い声と。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;１０軒先まで聞こえるようなにぎやかな大さわぎが、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;夜おそくまで続きました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;いつものように大さわぎのある日。村のやどやに、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;とおい旅のおさむらいが泊まっていました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;急がない旅ですっかりたいくつしているところに、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;わっはは、ヒィック。なにやら楽しげな声が聞こえます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「おかみさん。ずいぶんにぎやかなおたくがあるようですね。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「ああ、あれですか。ひゃっくりじいさんのうちのさわぎです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　まいばんあれですよ。すみませんね、眠れないでしょう？」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「いえいえ、私も酒は大好きなもんで。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　あのさわぎを聞いちゃだまっていられません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　ちょっと案内してもらえませんかね？」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おかみさんに連れられて、がらがらとおじいさんのおへやをあけたとたんに、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「ヒィック！うははははははっ」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;の大笑い。おさむらいさんはびっくりして、でもちょっとおかしくなって&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「こんばんは。ちょっとまぜてもらえませんか。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「うっくっくっくっ　ああ、どなたかぞんじませんが。どうぞどうぞ。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「いまね、このじじいがね、ひゃっくり、あっはっはっはっ」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おじいさんたちは、笑いをこらえきれません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おかげでおさむらいには、さっぱり何の話だかわかりません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;でもとりあえず、と腰を下ろしました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「まあ、まあおさむらいさん。まずはいっぱい。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そう言ってつがれたお酒を、おさむらいがくいっとひと口。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;とたんに鼻がぷっと赤くなりました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おさむらいには、おさけを呑むと鼻が赤くなるクセがあったのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;でも、おさむらいはそれに気付いていませんでした。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「やあ、おさむらい。ずいぶんりっぱなお鼻をしてらっしゃる。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;いちばんはじっこにいた、頭がはげたおじいさんが言いました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「いやいや、お前の真っ赤なはげ頭のほうがりっぱじゃて。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「なに、おまえのその袷からはみ出た真っ赤な腹のほうがりっぱじゃて。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「いやいや、わしの真っ赤なしりがいちばん。」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;しりをだすおじいさんまでいたものですから、たまりません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「うははははははっ、ヒィック」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「やれ、また出なすった！あははははははは」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おじいさんたちは大喜びで、どんどん床を叩いて大笑いです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;でも、おさむらいにだけは何がおもしろいかさっぱりわかりません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;（俺の鼻、何がりっぱなんだろう？）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;真っ赤なお鼻をさすりながら、つまらなそうな顔をしています。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ひとりつまらなそうなおさむらい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おじいさんたちは、しきりとおさむらいにお酒をすすめます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そのたんびに、おさむらいのお鼻はプップップッ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;どんどん真っ赤になります。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おじいさんたちはおかしくてたまりません。しかも笑ったあとには&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「うははははぁっ　ヒィック」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ですから、そこでまたまた大笑い。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おさむらいには、ますますわけがわかりません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ちっとも楽しくないのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;（俺の顔に何かついているのかな。どれ、ここはひとつ）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「ちょっと、手洗いを」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「あ、ああ庭のすみっこですよ。ヒィック」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「それまた出た！あはははははははは」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;どうやらひゃっくりが面白いらしい、というのが、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ようやくおさむらいにもわかりました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;でも、一度立ったものを座りなおすのもへんなので、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そのままお手洗いに立ちました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;用を足して、手おけの水をふいと見ると。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;自分の顔が映っています。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;（やあ、鼻が真っ赤だ！あのじじいども、これを笑ってやがったな！）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;怒りに怒ったおさむらい、部屋のふすまをがらがらびしゃん！&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ちょっとびっくりしてしずかになったおじいさんたち。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ちょっとあいて、また大笑いです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「やあ、とうとう顔中真っ赤になりなすった！あっはっはっ」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「うははははぁっ　ヒィック」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;「それ出た！あははははははははははははは」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;今日いちばんの大笑い。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;顔中真っ赤になって怒っていたおさむらいも、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;あんまり笑うので怒る気がなくなってしまいました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;そのまましょんぼり宿屋に帰り、寝る前にもう一度顔を見ると。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;もうすっかりいつもの顔に戻っていました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ふう。大きなため息ひとつついて、&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おさむらいはあんまり眠れませんでしたとさ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;おしまい。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-5378903751438528102?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/5378903751438528102/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=5378903751438528102' title='4 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5378903751438528102'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/5378903751438528102'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_18.html' title='ムカシ、ムカシノ　オハナシヨ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>4</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-2711644924393778364</id><published>2007-07-17T14:42:00.000+09:00</published><updated>2007-07-17T14:41:13.075+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='食べ物'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>青い鱗と私の幸福</title><content type='html'>私は、大変安上がりな男らしい。別に意識しているわけでもないのだが、私の好きなものは安いものが多いのだ。&lt;br /&gt;例えば、回転寿司なんかへ行くと、それが顕著になる。私の食欲を刺激するものは多くの人々には無価値らしく、安い青皿にばかり乗って回ってくる。&lt;br /&gt;トロより赤身。大海老より甘海老や桜海老の軍艦。ホタルイカよりヤリイカ。ホタテより赤貝。ヒラメよりハマチ。&lt;br /&gt;回転寿司なんだから遠慮するな、と言われても困ってしまう。微塵も遠慮などしていない。好きなものを食べているだけなのに。&lt;br /&gt;そうして、一番好きな類のもの、わざわざ回転されることがあまりないものたちを、オーダー用紙に各２・３皿単位で書き列ねたあたりで、私にご馳走してくれている同行者の怪訝な表情はピークに達する。&lt;br /&gt;〆イワシ。〆サバ。アジ。旬ならサンマもいい。多くの人にひとくくりにされ蔑視を浴びる「ヒカリモノ」たちが、私にとっては一番楽しみにしているご馳走なのである。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;小さい頃は、嫌いだったような記憶がある。〆サバなんかは、独特の酸味がどうにも苦手で食べられなかった。&lt;br /&gt;寿司自体、そんなに好きでなかった。海産物なら、うにやかにみそのようなもっと旨味がはっきりしたものが好きだった。&lt;br /&gt;転機は、初めて一人暮らしした町の性質にある。&lt;br /&gt;時給制の安い給料の仕事。田舎だから一人用の物件が少なく、やたら広くて高い2LDKの家賃。おまけに、携帯でインターネットに初めて触れ、喉元までどっぷりと浸かってしまっていた私には、毎月多額のパケット料金請求が来ていた。&lt;br /&gt;７年も前の話である。iモード誕生２年目。パケホーダイは、まだ無い。「パケ死」という言葉が頻繁に飛び交う中で、私は初めてのおもちゃに出会った子供のようにはしゃぎ回っていた。&lt;br /&gt;当初の予定としては、自炊で食費を抑え無駄な買い物をしなければ、乗り切れるはずだった。だが、「仕事」も「家事」もおままごと程度にしか経験が無かった私には、それを両立するのがどれだけ大変なことかを想定する能力が備わっていなかった。&lt;br /&gt;１ヶ月も経てば、生活は荒廃した。特に食糧事情はひどいものだった。一つ７８円のカップ麺をしこたま買いだめしたり。1kg198円のスパゲッティを少しづつゆでて1週間凌いだり。見栄坊の私は、仕事の人と一緒に食べなければならない昼飯はあまり貧相に出来なかったから、夜は本当に悲惨な食事が続いた。エンゲル係数なんて何の指標にもならないことを、身を持って証明していた。&lt;br /&gt;極端にタンパク質が不足していた私にとっての救いは、その町が漁師町だったことにあった。&lt;br /&gt;日に日にやつれていく私を心配した仕事場のおばちゃん達、漁師のお嫁さん達が、何かにつけ魚やらイカやらカニやらを持ってきてくれたのである。&lt;br /&gt;うまかった。デカいスケソウを１匹丸ごと晩御飯に、なんて日は夢のようだった。&lt;br /&gt;先日紹介した三浦綾子の「続・泥流地帯」に、貧しい農家の娘が「にしんの季節は毎日魚が食べられてお大尽になったようだ」と漏らす場面があるが。私は実感としてその想いを理解することが出来たのである。&lt;br /&gt;貧乏もしてみるものである。魚は、特にその町で豊富に水揚げされる青魚たちは、私に至上の喜びをくれるものに変わっていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;世の中すっかり広くなった。コレがうまい、と誰かが言えば、誰が言ったか知らなくても、自分で食ったことが無くても。欲しがる人が群がり値段が上がるようになった。&lt;br /&gt;本当にうまさがわかっているか、いないか。そんなことは関係ない。数だけが問題で、利益だけが問題で。需給の論理だけで価格が決まっている。それを忘れた人たちは、価格をそのまま価値に置き換える。&lt;br /&gt;本当にうまいもの、食べたいものなんて、自分以外の誰かが知ってるハズがないのに。&lt;br /&gt;だからね。社長。奢りがいがない、って言われても困るんですよ。&lt;br /&gt;私は私が好きなものを好きなだけ食べられて、幸せなんですよ。それが「奢りがい」ってもんでしょう？&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-2711644924393778364?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/2711644924393778364/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=2711644924393778364' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/2711644924393778364'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/2711644924393778364'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_17.html' title='青い鱗と私の幸福'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-491861069750900492</id><published>2007-07-13T10:58:00.000+09:00</published><updated>2007-07-13T10:58:48.410+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='魔法のiらんど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ネット放言'/><title type='text'>友でもないのに遠方より大勢来たる</title><content type='html'>どうも。２ちゃんねるから来られた皆さん。おはようございます。&lt;br /&gt;昨日、ブログ晒されるわ自演認定されるわで踏んだり蹴ったりの目に遭った、三治と申します。&lt;br /&gt;とりあえず反論でもしたら火に油だから、少しでもログを流そうと思って下手くそな縦読みを連発したり告知文予想とかネタレスを煽って火消しに必死だったのは僕です。どうもすみませんでした。&lt;br /&gt;次スレも立って、リファーにもそれらしきものが出なくなってきたので、そろそろいいかなと思って更新しております。&lt;br /&gt;もし検索エンジンとかで見つけても、出来ればそっとしておいて下さい。恥ずかしいんで。&lt;br /&gt;これは日向に出るような種類のブログじゃないですから。主観バリバリ推測憶測当たり前、検証≒０の目からハッタリ口からデマカセですから。チラシの裏ですから。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;とはいえ。&lt;br /&gt;わざわざ過去ログ読み直してここまで来てくれたような方に、カエレ！とは言いませんよ。ええ、私も２ちゃんねらーですから。&lt;br /&gt;何か面白いおみやげぐらいないとな、と思うので。&lt;br /&gt;こんなもの貼ってみます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;2007/07/12 17:34:28&lt;br /&gt;ページ ページ001&lt;br /&gt;ページ回数 1    サイト回数 1    前回?    初回?&lt;br /&gt;モニタ1280 x 1024 x 32bit    JavaScript True    Cookie True&lt;br /&gt;HTTP_REFERER http://ime.nu/mimrasanji.blogspot.com/&lt;br /&gt;HTTP_USER_AGENT Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.04506.30)&lt;br /&gt;国/言語 日本語&lt;br /&gt;REMOTE_HOST heavensgate.tos.ne.jp&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;２ちゃんの、それもああいう板に出入りするような人なら、お馴染みのデータですよね?&lt;br /&gt;このブログのもともとの読者の方は、私を含めあんまりコンピュウタアに詳しくない人が多いので、簡単に解説すると。&lt;br /&gt;２ちゃんねるにこのブログがうｐされた直後に、何故か偶然、２ちゃんねるのどこかを経由してheavensgate.tos.ne.jp＝株式会社魔法のiらんどの社内サーバーからアクセスがあったと。いうことですな。&lt;br /&gt;どうしてなんでしょう。不思議ですよね。スタッフ一丸となって復旧作業に当たってるハズなのに。&lt;br /&gt;お楽しみ頂けていれば幸いです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;本当に、いろんな意味で、魔法のiらんどというのは私にたくさんのものをくれる会社である。&lt;br /&gt;それでいてお別れするのが寂しくも何ともないのが不思議だが。&lt;br /&gt;iらんどスタッフの皆さん。頑張って早く復旧して下さいね。&lt;br /&gt;移転先はもうあらかた準備出来てるんですから。&lt;br /&gt;あとはデータコピーすればおたくに用は無いんですよ。&lt;br /&gt;鬱陶しいの、早くいなくなって欲しいでしょう？さっさとして下さいね。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-491861069750900492?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/491861069750900492/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=491861069750900492' title='9 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/491861069750900492'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/491861069750900492'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_13.html' title='友でもないのに遠方より大勢来たる'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>9</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-8520632247864253444</id><published>2007-07-12T11:24:00.000+09:00</published><updated>2007-07-18T16:03:00.780+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='魔法のiらんど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ネット放言'/><title type='text'>情報の引力</title><content type='html'>一昨日の夜、魔法のiらんどの緊急メンテナンスに関する記事を書いて以来。このブログには、平常時の３倍（と言っても元が元だけに大したことはないが）ぐらいのアクセスがある。&lt;br /&gt;普段は一日に一人か二人いればいいほうの、検索エンジンからの来客がガボッと増えたのだ。&lt;br /&gt;使われたキーワードは。「魔法のiらんど」「不正アクセス」「緊急メンテナンス」「ウィルス」「トロイ」等。中にはご丁寧にこれら全部を打ち込んで来た人もいる。全部含めばGoogleでは８ページしか出ない。そのうちの一つがここだったわけだ。&lt;br /&gt;普段はまず見ないホストからも来ていた。gate-i.ped.mainichi.co.jp＝毎日新聞社である。テクノラティというブログサーチでやはり「魔法のiらんど」で検索して来ていたから、今回の件の裏を固めているのだろう。&lt;br /&gt;逆に、よく知っているホストからも、今日の0:30:46にわざわざGoogleで「魔法のiらんど　ウィルス」で検索して来ていた。&lt;br /&gt;heavensgate.tos.ne.jp＝株式会社魔法のiらんどの、恐らく技術職以外の誰かさんよ。お前らは世間にどこまでバレてるか気にしてる暇があったらさっさと謝罪してトロイの除去法を詳細に解説しろと。メールの対応をしろと。必死でメンテナンスしてる技術職にあったかいコーヒーでも届けろと。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;普段の私は、こういう「タイムリー」な記事を書くことはあまり無い。&lt;br /&gt;全国的なニュースとして話題になるようなことを扱う場合も、流れてから2･3日経ってからが多いので、検索での表示ではメジャーなサイトに埋もれてしまうことが多い。そもそも速報を流そうとしているわけではないし、私の記事よりニュースを求めているアクセスは増えないほうがいいと思っているので、それで構わない。&lt;br /&gt;今回も、緊急メンテナンスになったこと自体は８日の朝11時ごろには気付いていたが。その理由やらなんやらを調べて、私なりの思うことをまとめているうちに10日の夜になってしまっていた。&lt;br /&gt;それでも、メンテナンスが長引いたがためにまだ「リアルタイム」の話題になり。マスメディアにはまだ乗っていないから、長引けば長引くほどに「何が起きたのか」「いつ戻るのか」と気を揉む人の数は増えてゆく。&lt;br /&gt;魔法自体にアクセスができないので扱うページも少なく、魔法の利用者が併用するサービスはここのような一般公開ブログより検索エンジンに引っかからないmixiやモバゲーのようなSNSが多かったり、２ちゃんのニュース系に関連スレが無かったり。&lt;br /&gt;そんな複合要因が重なりに重なるうちに、個人的主観山盛りのPageRank１のブログに「ニュースを求める人」まで来てしまったわけだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;自分も良く使うので、わかっているつもりではいたのだが。&lt;br /&gt;改めて、検索エンジンで繋がれたインターネットの世界というのは、恐ろしいまでにすごい。&lt;br /&gt;「情報を求める人」がいて。「情報を収集整理するマシン」があって。「情報を提供する人」がいて。言語という記号を通じて、瞬時に全てを繋げていく。&lt;br /&gt;例えばテレビのようなマスメディアは、多くの人に同時にたくさんの情報を与えることはできるが。それが求められている情報とは限らない。多くの人に求められやすい情報を、と公約数を求めるうちに、結局は多くの人にとってどうでもいい情報が中心になってしまう。今、どうしても必要な情報は、そこにはない。&lt;br /&gt;例えば出版される書籍は、自分にとって必要なものかは読んでみないとわからない。本屋や図書館の膨大な数の書籍から、タイトルで見当をつけ。２００ページの本なら３･４時間はかかるだろうに、全部読まなければ自分に必要な三行は見つからない。&lt;br /&gt;Webでは、検索エンジンでは、それが瞬時に行われる。Web上をくまなく探すボットたちがインデックスした情報が、ここですよ、とポンと出てくる。&lt;br /&gt;さらに、出し手を選ばない。ベストセラーしか置いてくれない本屋とは違う。私のような市井の庶民の頭の中のモヤモヤまで、くまなく拾い上げてくれる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;全ての情報には、引力がある。&lt;br /&gt;人に好奇心がある限り。全ての情報には引力がある。&lt;br /&gt;それが自分にとってどんなに不要なものでも、どこかの誰かが必要としている。利用するため。教訓とするため。反面教師として。一つのケースとして。あるいは、単に興味本位で。&lt;br /&gt;これまではその力の大小・多寡によって差をつけて与えられていた情報が、Webによりフラットに与えられる時代になった。&lt;br /&gt;夜空の星たちが、塵芥を引き寄せ集めて銀河を作るように。&lt;br /&gt;私達もまた、たくさんの情報を集めるほどに大きく成長していく、のであれば、いいのだが。&lt;br /&gt;どちらかといえば塵芥のほうの私にしたら、飲み込まれないよう気を付けなければ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-8520632247864253444?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/8520632247864253444/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=8520632247864253444' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8520632247864253444'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/8520632247864253444'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_12.html' title='情報の引力'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-6204022388088830671</id><published>2007-07-10T19:29:00.001+09:00</published><updated>2007-07-11T09:20:41.447+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='魔法のiらんど'/><title type='text'>お詫びとお願い</title><content type='html'>まず、お詫びをしなければなりません。&lt;br /&gt;先週６日～８日午前10：00の間、当ブログの至るところにリンクされている私の&lt;a href="http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=mimrasanji"&gt;携帯向けホームページ&lt;/a&gt;を通じ、「&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%9C%A8%E9%A6%AC_%28%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%29"&gt;トロイの木馬&lt;/a&gt;」というウィルスが配布された模様です。&lt;br /&gt;携帯の方は心配ありませんが、パソコンの方は感染した可能性があります。&lt;br /&gt;本当にすみませんでした。&lt;br /&gt;このブログにもあるリンクから、６日以降アクセスされた皆さん。ウィルススキャンをお願い致します。&lt;br /&gt;ウィルスの性格上、全データのスキャンが必要になります。&lt;br /&gt;外部ファイル等接続された方は、お手数ですがそれらもスキャンをお願い致します。&lt;br /&gt;再発防止策としては、再度アクセスが可能となり次第、全データの他サービスへの移転を行います。&lt;br /&gt;完了次第、また当ブログにて発表させて頂きます。&lt;br /&gt;以降、背景の説明です。ご参照下さい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;以前からの読者の方はご存知のように。このブログはもともと、私が６年近く前からやっている携帯用ホームページのコンテンツとして始めたものだ。&lt;br /&gt;移転後既に半年が経過し、次第に元のホームよりこちらに比重が移ってきている。&lt;br /&gt;そもそもが連絡用というか、ごく内輪でやっていたものだったのだが。アクセスを増やさずにGoogleのPagerankだけ上げようとかバカなことをやってるうちに、ブログのアクセスばかりが上がってしまったからだ。&lt;br /&gt;増やそうとして増えたアクセスでなくとも、人が見ているページで手抜きはしにくいから、いつの間にやらブログがメイン、ということになってしまった。&lt;br /&gt;移転のきっかけについては&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/01/blog-post_18.html"&gt;この記事&lt;/a&gt;に詳しく書いたが。&lt;br /&gt;ざっとまとめると、もともとそのページのサーバー運営者「魔法のｉらんど」に不満があって、いろいろ問い合わせ等するうちにその根に何があるのかはっきりしたところに、元の本業だったシステム開発管理部門を身売りしたことで将来のサービス存続に不安を感じた、と。いうことである。&lt;br /&gt;文字通り「子供騙し」の下らない携帯小説を本業に据えてしまうような会社のサービスに、信頼は置けない。特に、これからも長く続けていくつもりでいる、また容量も大きくならざるを得ない、ブログは。&lt;br /&gt;だから、ネット業界で今一番倒産から遠い存在であるGoogleのサービスに切り替えたわけだ。機能面より、そっちのほうが重要な理由だった。&lt;br /&gt;元のホームページは、そのまま残してある。何せ６年分のログがあるので、全部移すのは容易ではないからだ。&lt;br /&gt;ホームページにあるのは、私の一存で消してしまえるものだけではない。管理者は、来客によって書かれたものの保管にも責任があると思っている。&lt;br /&gt;幸い、特別使っていないページであっても、魔法のｉらんどは消さない。登録が520万ページというのを広告営業上最大のアピールポイントにしているので、多重登録も歓迎し多重管理が楽になるようエントランスキーで全ページ一括管理なんてサービスもあるぐらいだ。&lt;br /&gt;消されないから、とりあえず後回し。そのうち暇を見てよそへ全ログ移転、というのが、今のスタンスになってはいた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;恐れていた「サービスへの不安」は、思ったよりずっと早くやってきた。&lt;br /&gt;先週金曜。７月６日。自分のページにアクセスしたところ、IE7.0のセキュリティが反応した。普段出ない警告だったので、実行しなかった。&lt;br /&gt;今日調べたところ、ウィルスの一種、「トロイの木馬」であったらしい。&lt;br /&gt;何せ運営用のシステムらしきものをWeb上にごろんと置いてしまう会社だ。セキュリティホールなんてそこらじゅうにあるんだろう。&lt;br /&gt;犯行を行ったものは別にいる、という意味では自分のせいではないにせよ。&lt;br /&gt;520万ページの利用者に感染の危険を与えたのだから、何らかの謝罪なり告知なり（ｉらんど風に言えば「アナウンス」）があるべきなのだが。無いなぁと思っていたら。&lt;br /&gt;日曜。７月８日。午前１０時。突然「緊急メンテナンス」と称し、全ページアクセス不能になってしまった。&lt;br /&gt;どうやらサーバー本体が感染し、不正アクセスをブロックするのに必死らしい。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://dp.tosp.co.jp"&gt;今見ると&lt;/a&gt;アナウンス文章が表示されているが。昨晩まではこれすら出なかった。そして、相変わらずウィルス大量配布に対する謝罪は、ない。どころか、アクセス不能状態にもいつもの「ご理解とご協力を〜〜」の押し付けがましさ全開である。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;例えば、ソフトウェアDLサイト「Vector」で配布していたソフトからウィルスが見つかった時は、即座に謝罪・対応がなされ、再発防止策も十分練られたものがすぐに発表されたが。&lt;br /&gt;この会社に、出来るんだろうか。&lt;br /&gt;多分、ダメだろう。何せ謝罪も、ウィルス検出ソフト実行のおすすめすら出てこない。自分が感染したことで頭がいっぱいだ。&lt;br /&gt;ユーザーのパソコンがどうなっても知らない、そんなの自己責任でしょ、と言わんばかりだ。仮にそう思っていなくても、そう思われる対応しか出来ていないことに気付かない。&lt;br /&gt;ウィルスに感染するかもだけど来たければ来ていいよ？と言われた所に好きこのんで行く奴がどこにいる？&lt;br /&gt;そう言ってしまっていることに気付ける能力が、ないのだ。&lt;br /&gt;おまけに、たかがトロイの対応で既に５５時間かかってしまっている、ということは、やっぱりろくな技術者は残っていないんだろう。&lt;br /&gt;中高生で７割を占めるユーザーの「程度」に甘え。一番やらなければならないことをおろそかにしたのだろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;と、いうわけで。ダメだと知りつつ移転をサボっていた私も。同罪の部分が多々あると思っています。&lt;br /&gt;以後、こういうことのないよう、慎重なサービス選択を心がけたいと思います。&lt;br /&gt;今回はすみませんでした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-6204022388088830671?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/6204022388088830671/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=6204022388088830671' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6204022388088830671'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/6204022388088830671'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_10.html' title='お詫びとお願い'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-7158158709378431605</id><published>2007-07-06T19:53:00.000+09:00</published><updated>2007-07-06T19:54:28.834+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='写真'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>私の頭の中のシナリオ</title><content type='html'>&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/Ro4YT6d6JmI/AAAAAAAAAN0/QCY66kIghZw/s1600-h/20070706184452.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;" src="http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/Ro4YT6d6JmI/AAAAAAAAAN0/QCY66kIghZw/s400/20070706184452.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5084027759739151970" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;およそ思い出ほど、自分を勇気づけ励ましたり、傷つけ苛んだりするものはない。&lt;br /&gt;人に何をされようと、思い出以上に影響を与えることなんか、出来ない。&lt;br /&gt;だから人には、自傷行為を避けるべく、思い出の中の物語を都合よく書き換えていく、という習性がある。らしい。心理学の本か何かの、読みかじりのうろ覚えの受け売りだが。&lt;br /&gt;一般論としてどうなのか、なんて、研究者でもなければ人生経験も浅い私にはわかりようがないが。&lt;br /&gt;自分個人のことと考えれば、思いあたるフシがいくらでもある。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;高三の冬。まったく受験勉強らしきものもせず、付き合っていた、浮気の前科がある彼女との関係を維持するだけで頭も心も精一杯だった私は、当然のように全ての大学に不合格だった。&lt;br /&gt;不合格発表を一緒に見に行って、その翌日。唯一の生きる希望、というより唯一の心の逃げ道だった彼女にも、別れを告げられた。&lt;br /&gt;あまりのことに錯乱状態に陥った私の脳は、その後のしばらくの間の記憶を一時的に抹消したらしい。&lt;br /&gt;いつのまにか家路についていて、帰ったらようやく突き上げるような痛みが心の奥から湧いてきた。&lt;br /&gt;その痛みを癒すために、なのか。私の脳は、「失われた時間」の記憶の部分に自分に都合の良いシナリオを作りだしてはめこんだらしい。&lt;br /&gt;ほかに好きな人がいる、と告げた彼女に、私は「俺より幸せをくれる人なのか？」と問い。「うん」と答えた彼女に「じゃあ、幸せに。」とだけ言ってにっこり笑った。という記憶にしたらしいのだ。&lt;br /&gt;どうにもクサイのは子供の考えなので勘弁してもらいたい。私だって自分で書いていて顔から火が出そうなのをこらえているのだ。&lt;br /&gt;それでも、ぽっかりとあいた穴を埋められず困った私には、軽いストーカーの症状が出た。&lt;br /&gt;家の前を通る同じような髪形の女性が全て彼女に見えたり。夜中に家を抜け出し、彼女の部屋を明かりが消えるまでぼんやり見上げていたり。&lt;br /&gt;それにも耐えかねた私は、「あの日」から一ヶ月ぐらい後に。意を決し、「もう一度」じゃあ幸せに、を言うために。電話をかけた。&lt;br /&gt;運よく一発で電話に出た彼女は、あからさまに鬱陶しげな口調だった。&lt;br /&gt;それは、あまりにも私の頭の中のシナリオからはズレた反応だった。にこやかに別れを告げたなら、もう少し気分よく対応してくれてもよさそうなものだ。&lt;br /&gt;こんなはずじゃない。こんなはずじゃ。うろたえた私の口をついて出る言葉は、どんどん「鬱陶しい元カレ」の本性をあらわにしていった。&lt;br /&gt;「もう一度やり直せないかな。」&lt;br /&gt;とうとう出てしまったその言葉を聞いて、彼女はふうと溜息をひとつつき。&lt;br /&gt;耳を疑うような「真実」を、私に告げた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;シナリオにあったような言葉も、なかったわけではないらしい。&lt;br /&gt;だが、完全に錯乱状態だった私は、最後にとんでもないことを言ってしまっていた。&lt;br /&gt;「最後にもう一回だけ、」と、要求したらしいのだ。&lt;br /&gt;らしい、という言い方は正しくないかもしれない。残念なことだが、今の私にはその言葉を言ったことも、その時の彼女のなんとも言えない悲しげな表情も。全て記憶が蘇っているのだから。&lt;br /&gt;それでも、その時は。シナリオの蓋然性を崩され、再びパニックに近い状態に陥っていたその時は。&lt;br /&gt;「嘘だ！そんなこと言ってない！」と叫ぶことしか、できなかった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;なんで急にそんな話をしたかって。&lt;br /&gt;ある人に、このブログを手放しで褒められたのだ。&lt;br /&gt;それで、また少し遡って読んでみた。&lt;br /&gt;最初の頃から、このブログは思い出話が多い。私にとっては、一番書きやすいのだ。&lt;br /&gt;原因から顛末まで、私の頭の中でシナリオが出来きっているから。&lt;br /&gt;だが、思い出なんてものは、おおよそアテになるものではない。特に、人に言いたくなるような美しい思い出は。&lt;br /&gt;私は、私の思い出に自信が無い。公開しているものではありながら、同じように私のブログにも自信が無いのだ。&lt;br /&gt;あまり過大な期待を持って読まれぬよう、予防線を張るのに必死なのである。&lt;br /&gt;人の話なんて、話半分に聞くものだ。&lt;br /&gt;本人だって、半分以上話せているとは思えないのだから。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-7158158709378431605?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/7158158709378431605/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=7158158709378431605' title='4 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7158158709378431605'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/7158158709378431605'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_9153.html' title='私の頭の中のシナリオ'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://2.bp.blogspot.com/_sHiUnrOEU6s/Ro4YT6d6JmI/AAAAAAAAAN0/QCY66kIghZw/s72-c/20070706184452.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>4</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-4406057692695105106</id><published>2007-07-06T16:58:00.000+09:00</published><updated>2007-07-06T17:44:40.835+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日常雑感'/><title type='text'>訃報</title><content type='html'>昨日、昨年の夏に娘がお祭りですくった金魚二匹のうち一匹が、短い生涯を閉じた。&lt;br /&gt;すくってきた時から少し大きさに差があった二匹は、だんだんとその差が広がっていっていた。&lt;br /&gt;うまくエサを食べられず、口に入れては吐き出してしまう「小さいほう」のために、市販のエサをすり鉢で砕いて与えてみたり。いろいろ手は尽くしたのだが。&lt;br /&gt;先週から、何だか痩せたなあと思っていたら、私が会社から戻った時には横たわったまま沈んでいた。&lt;br /&gt;つい先日まで、二匹が元気に泳ぎ回っていた水槽では、今はひとりになってしまった「大きいほう」が、まるで友達を探しているように所狭しと泳ぎ回っている。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;まだ少し泣きべその娘と金魚の埋葬を済ませて家に戻ると、また思いもしなかった訃報が飛び込んできた。&lt;br /&gt;前の仕事を私が辞めるきっかけを作った「元上司」が、亡くなったというのだ。&lt;br /&gt;春の定期健康診断で見つかった悪性腫瘍は、既に手遅れに近かったらしく。検査から１カ月程で逝ってしまったそうだ。&lt;br /&gt;不謹慎なのは、わかっているが。惜しいとも悲しいとも、微塵も思わなかった。&lt;br /&gt;自己の保身だけを心がけ、力を背景に抑えつけた子分の力でのし上がり。深く考えず自分の気分次第で処遇を行う、私にとって尊敬すべき点が一つも無い人だった。&lt;br /&gt;体育会系からの逸脱者である私は、先輩であれば無条件に全て尊敬する、という単純な思想を持っていない。特に、人間として最も基本的な部分が欠けた人間でも尊敬するようには出来ていない。&lt;br /&gt;処遇の恨みだのなんだのは３年ちょっとの月日を経て雲散霧消していても、肝心の「人として」の部分が、尊敬できる人ではなかった。だから、哀悼の意など浮かぶはずもなかった。&lt;br /&gt;微かに浮かんだのは、ああ、また一人知り合いがいなくなったんだなあ、と。その程度だった。かわいがっていた金魚を失った喪失感とは、比べるべくもなかった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;６０億の人間が暮らすこの星では、毎日大勢の人が死に、大勢の人が生まれる。&lt;br /&gt;人だけでなく、子飼いにしかわいがっている動物だったり、毎日水をやる庭の草花まで含めれば、私達はたくさんの「大事な者の喪失」を味わいながら生きていく。&lt;br /&gt;サヨナラだけが人生だ、と言った人がいたが。次第次第にサヨナラに慣れてしまった私は、サヨナラに込める気持ちも使い分けるようになっているらしい。&lt;br /&gt;神様から見れば、「命は平等に尊い」のかもしれないが。世界の隅っこのちっぽけな私から見れば、命は平等ではないようだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-4406057692695105106?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/4406057692695105106/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=4406057692695105106' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/4406057692695105106'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/4406057692695105106'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post_06.html' title='訃報'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-1426460957938615004</id><published>2007-07-05T15:05:00.000+09:00</published><updated>2007-07-09T10:33:28.689+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='思想的雑念'/><title type='text'>盗作疑惑？</title><content type='html'>ある来客の検索ワードのおかげで、自分で気付いたので。報告です。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/06/blog-post_20.html"&gt;『地球にやさしい？』&lt;/a&gt;の記事、すごく良く似た記事が他ブログにもあるみたいです。&lt;br /&gt;ビートたけしも似たようなこと書いた本があるみたいですね。不勉強なものでちっとも知りませんでした。&lt;br /&gt;本当に同じようなことを書いているし、疑いようなく私の記事が後に書かれたものなので、もしご本人がご覧になったらパクリと言われても仕方ない面がありますが。&lt;br /&gt;このブログにあるのは、無い知恵絞って自分で考えた文章だけです。まとめるのに半年ほどかかったのも、記事に書いたとおり本当です。&lt;br /&gt;ザ・クロマニヨンズの『土星にやさしく』の解釈については、今のところ他には無いようなので。そのへんと、私のいつもの文体で判断してもらうしかありませんが。&lt;br /&gt;意図的に、リンクは掲載しません。ご関心のある方は、“地球にやさしくなんかできない”でGoogle検索してみて下さい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;銀河鉄道９９９からの盗作疑惑で、作者の松本零士さんに謝罪を求められた槇原敬之さんが逆に提訴した、というニュースが流れていました。&lt;br /&gt;著作権という法律がどうにも嫌いなので、以前なら「へえ」で終わった話なのですが。&lt;br /&gt;そんなことがあった後だったので、他人事として聞き流せなくなってしまいました。&lt;br /&gt;漫画と歌謡曲という、そんなに世に数が出ないものにおいてすら、同じ問題が起きています。&lt;br /&gt;いわんやネットをや。&lt;br /&gt;ネットが万民に開かれた表現機会である以上、「似たような表現」がどこかにあるケースが、より多くあるのは、必然なのかもしれません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ここにある文章は、書いたのは私ですが、公開している以上、私だけのものではないと思っています。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2006/06/blog-post_116666074814201346.html"&gt;以前にも書いたことがあります&lt;/a&gt;が。言葉というのは、言った人のものではありません。聞いた人のものです。&lt;br /&gt;聞いた人は、言葉をもとに何かを考え、自分のものにして受け止めます。言った人の真意は、そこには関係ありません。&lt;br /&gt;「しょうがない」だとか「産む機械」と言ったのがどういう意味であったにせよ、聞いた人が許せないものであれば追求されるように。&lt;br /&gt;だから、私の文章もまた。読んだ人のものであって、私だけのものではないと思っています。&lt;br /&gt;だからこそ、逆説的ですが。私は、私が書いた文章についてこだわります。私以外の誰かが言ったこととして、だとか、私の断りなく何らかの対価を取るものとして流布される、だとかは、許せないだろうと思い、そのようにローカルルールを作って公開しています。&lt;br /&gt;「私が言ったこと・書いたもの」というラベルすら剥がされてしまったり、私に関係なく対価を取られていたら、言葉は聞いた人だけのもの・カネの代償でしかなくなり、せっかく頭を絞り生み出した文章と私の接点がなくなってしまう、ように思うからです。&lt;br /&gt;そういう意味での「著作者権利」は、認められるべきだと思っています。&lt;br /&gt;しかし。人というのは誰でもいいことを言おうとします。こうあるべき、と考えることが、人によって全然乖離しきっていたならば、社会は成立しません。&lt;br /&gt;さらに、言語の記号は限られていますから、似た考え・似た表現というのは、必ず生まれてしまうものだとも思います。&lt;br /&gt;もし私の意見を聞いた人であっても。十分に自分なりの咀嚼をし、再表現したならば。それはその人が発した言葉であり、もう私とは関係のないものだと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;くどくど書けば書くほど言い訳のようで嫌になってきますが。&lt;br /&gt;くどくど書きたくなるほど、私にとっては一生懸命考えた文章だったのです。他の誰から聞いたわけでもなく、私の少ない脳みそを絞って出てきたものだったのです。&lt;br /&gt;同じような考え方をした人がいる、というのは、喜ばしくもありますが。&lt;br /&gt;先に書いた側の気持ちもわかるだけに。やっぱり複雑な気分です。&lt;br /&gt;わざとでなくとも後出しジャンケンは責められるものだ、という世間的な常識も、頭のどこかにあるからでしょう。&lt;br /&gt;もっともっと、勉強しなければいけません。自分の考える幅を広げるためにも、先に考えた人のことを尊敬するためにも。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/38205957-1426460957938615004?l=mimrasanji.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://mimrasanji.blogspot.com/feeds/1426460957938615004/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=38205957&amp;postID=1426460957938615004' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1426460957938615004'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/38205957/posts/default/1426460957938615004'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://mimrasanji.blogspot.com/2007/07/blog-post.html' title='盗作疑惑？'/><author><name>三治</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14312372462432262892</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp2.blogger.com/_sHiUnrOEU6s/RcbQv24nktI/AAAAAAAAACQ/94OMkCM0dk0/s320/52_1_2W1ILT2J0K_s.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-38205957.post-532757427615875138</id><published>2007-06-27T15:26:00.000+09:00</published><updated>2007-09-13T17:03:56.818+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='社会問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='八百屋'/><title type='text'>上から読んでも下から読んでも八百屋です。　～25～</title><content type='html'>～特別編・食品販売者の責任～&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;先週から、大変な話題になっている一件。ミートホープ問題について、元青果担当販売員としての立場で書いてみたいと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;牛肉ミンチに豚肉を混入していた件が発端となり、この会社の悪質な手口が次々と明るみに出てきました。&lt;br /&gt;故事成語の”羊頭狗肉”じゃあるまいし。まさか現代の日本でそんな業者がいるとは。消費者として、というより、それを小売する人間の立場として。許せない思いでいっぱいになりました。&lt;br /&gt;当初報道では、厳罰に処する法律がない、などとも伝えられていましたが。馬鹿言っちゃいけません。本来の品質を偽っていたのですから、立派な詐欺罪で立件できるはずです。逆にこれに詐欺が適用できないなら、世にあまたある悪徳商法・霊感商法の類は全て立件できないことになってしまいます。&lt;br /&gt;単に「食の安全を～～」云々という話ではないのです。北海道産牛肉と表示して別物を売ったのですから。ガラス玉をダイヤと言って売ったのと何も違いはありません。&lt;br /&gt;従業員の解雇がどうしたこうしたという報道も流れていますが。事件が内部告発で明るみに出たように、内部で実情を知らない人などいなかったはず。わかった上で指示に従ったのですから、本来彼らだって刑事告発の対象となり得るのですから。生活保障云々を言う権利は、彼らにはありません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;ところで。&lt;br /&gt;廃棄処分の対象となったコロッケを横流ししていた（らしい）加ト吉以外、特段「取引先」を責める声はないようですが。それもおかしな話だな、と思います。&lt;br /&gt;お客さんは、誰からコロッケを買ったんでしょう。ミートホープから直接買ったわけではありません。店で買ったはずです。&lt;br /&gt;店で買ったということは、その店の利益になる分のお金も払った、ということです。つまり、偽装コロッケで利益を得ていた、という意味では、本来店もミートホープと同罪なのです。&lt;br /&gt;知らなかった、が通じるわけがありません。商品を売って商売をしようというのですから、自分の売るもののことは自分できちんと把握しているのが当然です。できていなかった小売店をはじめとする取引先にも、重大な責任があるのです。&lt;br /&gt;これは最近相次いでいる家電製品のリコール騒ぎでも言える事ですが。小売店は、自分の責任下で仕入れた商品をお客様に販売してメシを食っているのですから。マズいものを売ったのなら、そのお客様に対しての直接の責任は店にあるのです。&lt;br /&gt;例えば、&lt;a href="http://mimrasanji.blogspot.com/2007/03/20.html"&gt;本シリーズで苦情処理について書いた時&lt;/a&gt;の対応で言えば。&lt;br /&gt;たとえ何ら店に落ち度がなくても、青果というのは必ず不良品が含まれています。それも、切ってみるまで、食べてみるまでわからない、という店ではどうしようもない不良品がかなりあります。&lt;br /&gt;それでも、お客さんは当然、買った店に文句を言います。たとえ生産者の顔写真入りの産直商品であっても、産地に文句を言ったりはしません。&lt;br /&gt;店としては、自分の足でお客様のお宅に伺い、申し訳ありません、と頭を下げ、交換なり返金なりして、お客様から頂いた苦情電話の代金まで払います。&lt;br /&gt;それにかかる経費、モノの代金やら交通費やら電話代やら、一旦は全て店で持ちます。赤伝として仕入れ元に請求できる状況なら、請求しますが。それは原価分、つまり代金を仕入れた分の値段だけです。その他経費まで請求する担当者なんていません。&lt;br /&gt;仕入れ元は、店に売るまでが責任です。だから、店に入れた値段は保障しますし、代わりの品物が必要なら店に持ってきてくれますが。お客さんに売る部分の責任は、店にあるのです。原価と売価の差額分の値段、つまり利益や、お客様の対応にかかる費用は、店の責任の範囲なのです。&lt;br /&gt;でなければ、店の利益分はなんのために払っているのか、という話になります。原価ツーツーで一切利益もらってません、では店は成り立ちません。自分の責任でやっている仕事があるから、お客様は利益分も店に払っているのです。&lt;br /&gt;勿論一番悪いのは製造元ですが。全ての責任をそこに押し付けるのは間違っています。おいしいですよ、と宣伝して売りつけ、儲けたのは小売店も同じなのですから。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;とは言いながらも。&lt;br /&gt;もし自分が担当者だったら、と思うと、そら恐ろしい気がします。&lt;br /&gt;青果で例えれば。&lt;br /&gt;水煮して真空パック詰めされたたけのこなど山菜類。国産ですと書いて中国産が入っていても、まず絶対にわかりません。大豆もやしですと言っている商品の、ごく少ない何割かが他の豆のもやしに摩り替わっていたとしたら。まず絶対に見た目だけでは判断ができません。袋を開ければ、食べればわかるか、と言われても、からっきし自信がありません。&lt;br /&gt;千切りキャベツ、という商品があります。工場でキャベツを千切りし、無菌パックしてそのまま食べられます、という商品です。あれの一部が白菜に代わっていて、気付く担当者はいるでしょうか。私は自信がありません。食べればさすがにわかるでしょうが、無菌パックされているんですから、全てチェックしてから販売、なんてできることではありません。&lt;br /&gt;それは私の経験が浅いから、というわけではありません。私だって、シロウト目にはまず一緒にしか見えない、おいしいまずいしかわからないイチゴを、これは栃木産のとちおとめ、こっちは仙台のさちのか、これは福岡のとよのか、これは鵡川のけんたろう、これはアメリカ産の輸入品だから食べないほうがいい、と言い当てる能力ぐらいはあるのです。&lt;br /&gt;それでも加工品、特にパック詰めされた加工品が、どこのどんなものか。食べずに、どころか袋も開けずに言い当てる、というのは至難の業です。&lt;br /&gt;じゃあどうするか。信頼できる取引先から入れる、という以上は、出来ることがないのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;小売、特に食品販売者にとって、一番大事なのはお客様の信頼です。&lt;br /&gt;うまいこと言って騙したって、食べればうまいかまずいかはすぐわかります。信頼されるかされないかは、商品の質に全てかかっているのです。&lt;br /&gt;信頼のある店には、チラシを出さなくたってどんどんお客様が来てくれますが。信頼のない店は、どんなに安くたってお客様は入りません。&lt;br /&gt;だから、並べる商品には細心の注意を払いますし、万が一何かあった場合には誠心誠意対応をします。&lt;br /&gt;不特定多数を相手にしていると、一瞬たりとも気が抜けません。一つ腐ったみかんが並んだばっかりに、その後ろにいる５０人のお客さん全てを失うことだってあるのですから。&lt;br /&gt;その集中力は、会社と会社の取引になると失われがちになります。こっちも相手も一対一の担当者同士、取引する商品は莫大な量です
