2006-06-13

心の隙間

84分間、日本は理想的な展開で試合を進めた。
シュート本数・支配率等のデータで言えば劣勢ではあったが、暑さの中回させている面もあったし、決定的シーンの数はほぼ互角だった。
一見、ラッキーなものに見える先制点も、決して幸運だけの産物ではない。この試合、前半から意欲的なプレーを見せ続けた2トップは、中村がパスコースを空けた瞬間、ファーとニアから一斉にDFラインの裏を取り、落下点へと走りこんだ。特に柳沢は、キーパーの動きを見ながら体を寄せ、自由にプレーをさせなかった。まるでクロスボールに対するDFのような、センス溢れるプレーが、日本に先制点をもたらしたのだ。

川口能活は、鬼神の如き集中力で、ゴール前の壁として立ちはだかった。前半3点、後半2点は彼によって防がれている。また、的確なコーチングで、幾多の危機を未然に潰し続けた。
後半39分。ゴール正面でのFK。アロイージのシュートは、強烈ではあったものの、川口のほぼ正面に飛んだ。
キャッチも有得るコースだったが、万全を期したか、彼はフィスティングを選択した。
しかし、結果としてそれは非常に危険な選択だった。弾いたボールは、真正面に中途半端な強さで飛んでしまったのだ。DFがクリアし事なきを得たが、決して褒められるプレーでは無かった。
が。チームは、これまでの川口の貢献を感じていたチームは、これもまた好セーブ、という受け入れ方をする。まだ自陣深い位置で相手ボールでありながら、川口とハイタッチを交わすDF達を、カメラは捕らえていた。
直後。
魔が差した、という言葉があるが、人に魔が差す時にはやはり原因はある。
また一つピンチを乗り越えた川口には、恐らく、若干の驕りが芽生えていた。日本のゴールは、俺が守っている。俺にしか守れない。という驕りである。責任感の強い、優秀な人間が陥りやすい錯覚だ。
ロングスロー。
枚数は足りている。マークもズレていない。であれば、ロングスローは直接ゴールには結びつきにくい。気を付けなければならないのはこぼれ玉。余程確実に触れる確信が無い限り、キーパーは出るべきではない。
魔が差した瞬間。
川口はマウスを離れ、遠く離れ、厳重にマークのついた、落下点のケネディのもとへ。
DFと交錯し、伸ばした手は届かない。触りきれなかったボールは、ほんの僅かな心の隙間が生んだミスは、この日の川口唯一のミスは、あまりに大きな代償を生んだ。

84分間、張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
その瞬間、ピッチには混乱が訪れた。
冷静に考えれば、目指すべきはまず勝ち点1だった。相手はCFを3枚並べたシステムのまま。しかも後半10分過ぎから足は止まっている。落ち着いて回していれば再びチャンスもやってくる。
だが。あまりに勝利に近付き過ぎた故、ピッチは勿論、我々のようなただの観戦者までもが、そんな冷静さは失っていた。
ゴールを。隙はある。ゴールを。勝利を。
一番顕著にその姿勢が表れたのは、黒子に撤し舵取りに撤していた、中田英寿であった。
試合を通じ、中田は厳しいマークに遭っていた。それを逆手にとり、豊富な運動量で相手中盤をかき回し、中村やFWのスペースを作っていた中田。あんなにバックパスを出した中田は、私の記憶にはない。駒になりきり、役割を担うことに撤していた。
だが、中村が前半から削りに削られ、後半半ばからガクリとトラップ・キックの精度が落ちている状況で、黙っていられる男ではなかった。
ここにも心の隙間があった。互いにバランスを意識していた福西との関係に、ヒビが入った。
その途端。ポストプレーからライン前のスペースを使われ、枚数の足りないDFがマークに追われるのを嘲笑うかのように、ミドルシュート一閃。
ほんの5分前まで手にしかかった勝ち点3は、この瞬間に0になった。
最後に、混乱は監督にまで訪れた。
失点の直後。CB茂庭を下げ、FW大黒の投入。
前の枚数を増やすなら、他にも方法はあった。疲労困憊した中盤やサイドを変えてもよかった。相手はサイドは使わない。使えない。日本も恐らく無理だったろう。
だが、ジーコはCBを下げてしまった。相手CFが3枚残っているのに。相手にはパワープレーしかないのに。
減った枚数を埋めるため、1対1の対応を迫られた駒野のプレーは、確かに稚拙極まりなかった。だが、責めるわけにはいくまい。最後の1点は、ジーコの失点だ。

手にしかけたものを失うほど、大きな喪失感はない。
結果が全ての本大会で、この結果は余りに重い。
最も与し易い相手から、何一つ得られなかったのだから。

だが、忘れないで欲しい。
ゲームを支配したのは、日本だった。
これまでの方向に、狂いはなかった。
失われた10分間を、あと2試合で取り返すのは難しいかもしれない。
だが。それでも。道を見失っては、どこにも辿り着けない。
迷わず行けよ。行けばわかるさ。

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