2007-06-26

夏の始まり

試合開始は、午前9時ちょうど。
私の出社時間は、8時半。
どうやっても、最初からは見られない。それはわかっていた。
それでも、少しでも。どうしても見たい試合だった。
前日の外回りの間に溜まりに溜まったメールを30分で処理し。営業です、と告げて会社を出る。
嘘はついていない。営業にも行くからだ。「その前」にちょっと寄り道をする、というだけだ。
天皇陛下が今日お帰りになるので、メインストリートを行ったら規制にひっかかって遅くなる。
山から回って、1時間と少し。苫小牧市・緑ヶ丘球場に辿り着いたのは既に10時半近かった。
何だかんだで、1年ぶりである。昨秋・今春はなかなか時間を作れなかった。
しかし夏だけは、夏のこのチームだけは、テレビだけでは楽しめない。どうしても生で見たかったのだ。
文字通り「一度負けたら終わり」の夏でこそ、本領を発揮するチーム。駒大苫小牧高校野球部である。
 
最近毎年なので嫌気がさしてくるが。昨秋にもまた喫煙がらみの不祥事があり、春には例の「特待生制度問題」に巻き込まれ。
何だか最初の夏制覇の時のクリーンで爽やかなイメージは、メディア上ではどこかへ行ってしまった駒苫だが。
当の高校が変わったのか、と言えば、何にも変わっちゃいない。私が苫小牧で働いていたころから、煙草を吸う奴も居酒屋で騒ぐ奴もいる、よくある地方の私立高だったのだ。
北海道では公立校のほうが人気があり、偏差値も高い傾向がある。公立と私立を一校ずつ受ければ、私立は滑り止めなのが普通だ。
他に何校かあるこのあたりの「滑り止め」私立高と比べれば、どちらかと言えば好印象、というのはあった。恐らく大方の苫小牧市民もそうではないだろうか。
体罰がどの程度だったのかだけはわからないが、他の喫煙だの飲酒だのについては取り立てて駒苫が悪い、なんて言う人はそんなにいないのではないかと思われる。
野球が強いと、それも無名校から一気に全国区まで上り詰めると、メディアの主導でものすごく真面目で爽やかな印象が生まれることに決まっているが。何かあった場合には、その反動で一気に極悪高校ででもあるかのように言われてしまう。
全ては夏の甲子園の主催者、朝日新聞グループが自分の都合でやっていることなのだが。
 
この学校が強いのは、野球だけではない。五輪に夏冬合わせ5度出場した現衆議院議員、橋本聖子を始めスピードスケートの名選手を多数輩出しているし、アイスホッケーは過去20年間に渡り常に全国優勝レベルにある。
運動部だけではない。ブラスバンドも全国トップレベルにあり、毎年苫小牧で開かれる市民向け定期演奏会は、OB動員をかけなくても満員になる。
中途半端に勉強ができる子が集まった公立校より、みんなが何かを必死でやっている駒苫のほうが、よっぽど印象がいい。
また、現楽天の田中将大(兵庫出身)を輩出したことで急にカネをばらまいて選手集めしているかのようにも言われているが。
どう考えても、あの学校にそんな金はない。何せ、夏の甲子園初制覇の時には、金が続かないから負けてくれないか、と学校関係者が言っていた話がまことしやかに語られていた。ちなみにその時既に田中は入学している。
せいぜい、スポーツのできる子には寮費・学費の減免ぐらいの話だろう。そのレベルはそれこそ北海道の私立は全校やっているに近いはずだ。全国で300校以上の処分対象校が出たが、野球部だけでなく他の競技にまで広げたらもっともっとやっているはずだ。
私立高の経営戦略にまで口を出し、甲子園という大会が存亡の危機になるとわかるや否や掌を返した高野連は一体何なのか。
野球留学がいい悪いって、語学留学で海外に行かせる親だっている時代に。東大に入るために地方から東京の私立に入れる親にも、同じ文句が言えるのか?
高校は義務教育ではない。自由選択の学校制度である。自分がやりたいことを伸ばすために、どこがいいか選択する学校だ。そこにまで口を出してどうしようと言うのだろう。
 
駒苫は、というより、香田誉士史という監督は。この一連の問題に、既に答えを出した。
特待生生徒の出場が禁止された春の全道大会に、北海道栄のように出場辞退するのではなく、主力メンバーがごっそり抜け落ちたチームで平然と出場したのである。
ろくに試合でも見たことがなかった控えのメンバー達は、やはり平然と「駒苫の野球」をして見せた。叩かれても叩かれても、彼らの野球は変わらなかったし、いつでもベンチを含めた「全員野球」であったことを、グラウンド上で証明して見せたのだ。
あれよあれよという間に、優勝してしまった。昨秋は地区予選で北海道栄に敗れ、全道出場すら叶わなかった年代のチームが。
駒苫が強いのは、カネじゃない。それを見事に証明してみせたのである。
 
さて。今日の試合は。
対戦相手は、鵡川高校。公立校ながら、地区有数の強豪校である。何故なら、町を挙げて堂々と選手集めをやっている。道内各地にスカウトを張り巡らせ、目ぼしい選手には町の金で建設し町の助成金が出ている寮に入れて全面的にバックアップしているのだ。
プログラムを見ても、一人も地元出身の選手がいない。近くてせいぜい浦河。鵡川までは車で2時間以上ある町だ。釧路やら標茶やら根室やら。駒苫よりよっぽど遠方の選手が多い。
学校の制度ではないから特待制度規制にも引っ掛からないが。やっていることは一緒だ。
それが悪いとは思わない。私立高が生徒を集めるためにやるように、鵡川は町おこしのために町が考えた政策だというだけだ。
 
私が到着したのは、既に6回の裏であった。満員に近い。みんな、この試合の重要さがよくわかっている。
両校の学校側は、もっと本気だ。地区予選一回戦からブラスバンドを投入している。よかった。狙いどおりである。
この生ブラバンがなければ来た甲斐がない。それぐらい、駒苫のブラバンは素晴らしい。
既に3-1で駒苫リード。8回のダメ押し本塁打で、勝負は決まった。
もう地区予選に目ぼしい相手はいない。全道まではすんなり行くだろう。
試合を終えた選手達は、実にいい眼をしていた。過信するでもなく。卑下するでもなく。興奮せず、既に次を見ている眼だ。
負ければ終わり、そんなことは忘れている。勝てば、次がある。勝ち続ける限り、どこまでも行ける。それを信じている眼だった。
伝統は、生きていた。今年も、彼らはきっと、私に見せてくれるだろう。
別に全国制覇しなくたって、いい。彼らには、彼らにしかできない野球がある。

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