他事暴論
サミットが近付いてきたせいか、それともゴアがとうとうノーベル賞までもらってしまったせいなのか。最近やたらと地球温暖化関連の報道を見かける。
我が家は北海道ローカルの新聞を購読しているので、尚更なのだろう。
北極の海氷が過去最小、だとか。アルプスの氷河がどうした、だとか。賑やかなことだ。
だが、現状の問題点は種々指摘され、CO2削減目標を達成できない政府を批判する割に、なかなか「じゃあ、我々はどうすべきなのか」という部分は出てこない。
まとまった結論の出しにくい問題ではあるにせよ、高みから指摘や批判だけをしてどうすべきかを述べない、というのはどうなんだろうか。
不安だけを煽るから、うろたえた人々が「割り箸反対」だとか「クールビズ」だとかつまらんことをキーキー騒ぎたてる奴が出てくるんじゃないのか。うるさくて仕方がない。
問題なのは、そんなみみっちいことじゃない。もっと本質的なことにある。
ゴアですら下らない、と私は思う。私ですらわかることから目を背けようとしてはいないか。
暴論なのは承知の上。それでも、誰も言わないから私が言うしかないではないか。
みみっちすぎる例として、クールビズでも考えてみようか。
服装を軽装にして、夏場の冷房温度を2℃上げると6%の省エネになると言う。
本当にそうなのか?そうなったのか?
服飾業界は、このムーブメントでたいそう儲かったらしい。それはそうだろう、ノータイを前提にした開襟シャツなんて、今まで脇役でしかなかった商材が主力で売れまくったのだから。
今までの常識の範疇での切り替えをしようと、女子制服を変えた会社やスーツを買い替えた男性も多いだろう。
ところで、その時に前着ていた服は捨てるしかなかったんじゃないのか?服を作る時にだってCO2は出るんじゃないのか?
さらに言えば、その服を売り捌き儲かった人がいる。
儲かった人達は、当然その金を使うんだろう。いい車に乗るのかもしれないし、贅沢な食事をするのかもしれない。そこにも、通常より多量のCO2排出が付き纏うはずだ。
その差し引きまで計算しているんだろうか?
それは初期投資だけのことで、ランニングでは着実に減ってくるはず、と言うのかもしれないが。
ランニングは本当に減るのか?
暑さのあまりアイスやらジュースやらビールやらの消費が増えたり、シャワー等で水道消費が増えたり、そういった負の付随効果までの検証はきちんとされているのか?
ちょっと考えれば、単純に温度を下げた分の削減ができるのか怪しいことが見えてくるんだが。
そもそも、「何をすれば大気中のCO2量を増やすことになるのか」ということに対する視点が欠けているのではないか。冷房の温度なんて、氷山の一角じゃないのか?
割り箸記事でコンビニ弁当の環境負荷についてちらっと触れたが。およそ、人間の活動なんて全てCO2排出に繋がっていると言っても過言でない。何せ、息するだけでもCO2は出るのだ。
活動の種類による排出量の違いは、確かにある。同じ距離を歩く場合と車に乗る場合ではえらい差があるだろう。
じゃあ、歩けるのか?といえば、歩けない。10km以内は全部歩け、と言っても誰一人従わないだろう。
だから、例えばハイブリッド車、というような発想が出てくる。だが、それで間に合うのか?
日本の全登録車両をハイブリッドにすれば30%ぐらいは排出軽減になる、という試算も見たことがあるが、それは全登録車両に徹底できてはじめて全体の排出量が30%減る、という話だ。
それではクールビズで服を着替えるのと同じではないのか?初期投資(車購入代)や旧型車両の解体再資源化からだってCO2は出るし、「儲かる人」も間違いなくいる。
しかも、現状ハイブリッド車は同ランクの車よりずっと高い。よく、「ちょっと高くても環境にいいものを選びたい」なんて絵空事を言う人がいるが。高い金を払うというそれだけでも環境負荷になる要素があることに気付いていない。もちろん、その渡した金を使う人がいるからだ。
その上ハイブリッドの場合、高い割にまだ運動性能では劣る。誰でもハイブリッドを選ぶ、というコストパフォーマンスを発揮できるようになる日は遠いだろう。
一体、ランニングで30%改善できるようになる日はいつのことになるやら。
活動様式をいくら変えようとしたところで、そのためにコストがかかる現状では本当に微々たる効果しか上がらないだろう。現に、日本のCO2排出量は、京都議定書発効以降も着実に増え続けている。
そんなまだるっこしいことをしなくとも、ちょっと本気で考えれば、日本のCO2排出量を6%削減する方法なんかすぐ思いつくだろうに、何故誰も言わないのか。
何をしたってCO2増加に結びつく。なら、「何かする」その行動を全て、6%制限してやればいいのだ。
金をもらうにも使うにも、6%の制限を加える。つまり、6%増税してやればいいのである。
問答無用で6%「使える金」が減るのだから、当然国民活動の合計が6%減縮するはずだ。
今より6%なんて冗談じゃない、と思うかもしれないが。日本の総所得が今より6%減ったからどうだというのだろう?国民一人当たりのGDPは、6%減ってもまだイギリス・フランス・ドイツなどの欧州諸国より上になる計算なのだが。当然、発展途上諸国とは比べようもない。今が不当に豊か過ぎるだけなのだ。
例えば、日本の名目GDPは約530兆円ある。そこにかける税を6%増やせば、約30兆円の増収ということになる。その資金で社会保障制度を立て直すなり、格差是正の資金にするなり(そもそも増税分を高所得偏重の累進課税にすればかなり格差是正に繋がるはずだが)、国の借金を返すなりすれば、現状国が抱えている問題の大半はケリがつくはずだ。それでCO2排出量も減るならば、万々歳ではないか。
年収500万あたりを累進の中間値とするなら、年間30万円。一月あたり2万5千円。辛いようにも思えるが、生きていけなくなる額ではないはずだ。
極論である。暴論である。そんなことはわかっている。
だが、イイ子ちゃんヅラした環境ブリッコどもが今騒いでいるような、何ら痛みを伴わないような行動だけで解決するなら、地球温暖化なんて問題にもならなかったはずだ。
彼らが軽々しく言っていることを、目標達成できるレベルで考えたら。それも、目に見えやすい金に換算したら、どういうことになるか。それに耐える覚悟があって言っているのか。
問いかけるために、話をわかりやすくしただけのことである。
ちなみに、確実な解決策はもう一つある。
国民の行動を6%削減する、もう一つの方法。
6%、人間そのものが減ればいいのである。
少子化による人口減少を待っている猶予は無い。京都議定書の期限は2012年だし、こうしている今も地球はどんどん暖まっているのだから。
ということは?
100人に6人。40人のクラスなら2人か3人。
みんなを助けるために、自分が犠牲になれるかい?
そういう覚悟ができないなら、それぐらいの効果を上げようという行動や意気込みが無いなら。
環境を語る資格など無いのである。
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