2007-01-21

「グランジ」の世代

私を含め、70年代半ばから80年代初頭にかけての所謂「76世代」は、他の年代から非常に掴みづらい世代と見られているらしい。
少し上の世代は、バブルの波の中で多感な時期を過ごし、労せず就職し、労せず少なくない初任給を受けた第二次ベビーブーム世代だ。
そして間もなくバブルは崩壊し、一気に生活水準が落ちた。
故にかどうなのか。ホリエモンに代表されるような、無能な癖に権威・拝金主義者、というのが異様に多いようだ。
「カネこそ全て。カネで買えないものなどない。」
ラジカルにそう言い切れる感覚は、私には無い。多くの同年代もそうだろう。

15年ばかり前。不況の荒波の入口の頃、私は高校に進学した。
終身雇用や年功序列、正社員雇用による福利厚生すら、年を追う毎に怪しくなった。
でありながら、第二次ベビーブームの名残の年代でもあり、数による競争は激しかった。
当時と小子化が進んだ現在では、私の進んだような二流高校・三流大学でも合格圏偏差値が5以上違う。
厳しい競争は待ち構えるのに、その向こうに明日が無い。ガンバッたって無駄じゃないか。
これは、私だけでなく周りの皆が感じていたことだった。

同じ頃、海の向こうではニルヴァーナが脚光を浴び、「グランジ」がムーブメントになりつつあった。
薄ら汚いというような意味であり、あくまで退廃的に下降指向するグランジは、私達の心を捉えた。
イイコにしてても、未来なんかどこにも無い。
押し付けられた観念なんか糞くらえ。
その叫びは、まさに私達の代弁であった。

服装やスタイルに与えた影響は、今も残る。
古着が流行り、皆擦り切れたネルシャツに破れかけた緩めのジーンズを履き、バサバサと粗暴な髪型を作った。
コギャルの黒塗りやルーズソックスも、一連の「緩み、崩し」の流れに沿っていた。
清潔感や端麗なフォルムといった既成の美の観念への抵抗だった。
15年経て尚、それは変わらない。
普段背広で名刺を交す相手が、休日に会うと互いにボロボロのジーンズを腰履きしてジャージ着てたりして、笑う。
「ニート」が我々の世代から現れたのも、半ば当然に思う。働かないから、何なの?という感覚は、私にだってある。
2ちゃんの管理人ひろゆきは私と同い年。当人同士は交流があるらしいが、ホリエモンには無い感覚的シンパシーを、彼には感じる。

まるで社会的には百害あって一利無しの如く言われる我々の世代だが。
言い分は。勿論ある。
今の行き詰まった社会は、誰のせいなのか。
何をどうしてもたらされたものなのか。
言われるままに今まで通りやるのが良いことなら、何故今こんなに糞みたいな世の中なんだ?
その、初動の怒りを、私は忘れていない。
こんな糞みたいなシステムに認められる気は、ない。
外面はイイコにしてて、内では自分だけよけりゃいいってなお前らにはうんざりなんだよ。
今まで通りでは、いずれ更に行き詰まる。
終わりが、来るのだ。

こんなところで喚いて何になる、と嗤うなら嗤え。
私の口を塞いだところで、私達はひとりではない。

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