上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~17~
~15.特別な1日と普通の1日・青果担当のイベント販促~
誰にとっても、1年間の365日というのは、全部が同じ1日ではありません。
家族の誕生日はお祝いをします。結婚記念日だって普通はお祝いするものでしょう。たまにしか帰ってこない息子が帰って来る日だってあります。
そうした、お客さんにとって特別な日というのは、買い物も特別になります。普段は買わないものを奮発したり、家に集まる人数が多くなる分だけ買う量も増えたりします。
それが、多くの人で重なる日があります。そういう日は、スーパーにとって非常に重要な書き入れ時になります。
日本において一番特徴的なのは、正月でしょう。年末、26日ぐらいから普段では考えられない売上げになり、大晦日まで続きます。
こういう大事な日の買い物というのは、まずおかしなものを売る店には行きません。大事なお客さんが来たり、お祝いをするんですから、マズいものなんか買いたくありません。普段はチラシを見て安いものを買いあさるお客さんも、年末だけは間違いなく一番品質に信頼をおける店に行きます。
これを言い換えると、普段の買い物でいいものを買っていた店には、特別なことがある度に行く、逆に、価格最優先の安かろう悪かろうで売っている店には、安い時しか行かない、ということになります。
店に来てもらう、買ってもらうために、最も説得力が高いのは価格です。それは間違いないし、毎日開いている店、毎日働いている担当者にとって、価格が最優先になるのも無理は無いと思います。
しかし。例えば年末6日間の売上げは、年間売上げの1/20ぐらいに相当します。店によって差が出るでしょうが、私の店ではそのぐらいでした。その他にお客さんごとに個人的なお祝い事があり、クリスマスやお盆のような正月までではないイベントがあります。
少なめに見積もって年末の他に3回、年4回程、各お客さんが年末クラスの「普段よりいい買い物」をするとしたら。1/20×4=1/5、スーパーの年間売上げの1/5ぐらいは「普段よりいい買い物」をしたいお客さんで占められている、かもしれないのです。
普段からいいものを売っているかいないか、満足させているかいないかは、確実にこの1/5を左右します。普段の1日の、売上げ額以外の『顧客満足度』という担当者の仕事の成果が、特別な1/5の売上げとなって現れてくるのです。
常に価格最優先、安かろう悪かろうの売場は、確実にその1/5の売りを逃がす売場でもあるのです。
私の、野菜担当者としての最初の年末は、惨憺たるものでした。入荷・在庫管理からしてズサンだった様は前に書きましたが。売上げもひどいものでした。ピークの30日で言うと、前年が250万に対して220万まで売上げを落としていました。10%以上のダウンです。
マネージャーからのキツイ詰めの中で、やはり普段からいいものを売っていないからだ、というのを昏々と言い聞かされました。そもそもの鮮度基準が甘く、おまけに利益が恐くて値引きに消極的な面がありましたから、無理も無かったと思います。
また、競合条件が厳しい店でしたから、安い物が並んでいないとマズい、価格負けしてはいけない、と店長に常に言われ続けていました。自然に並ぶ商品も安いもの中心になっていたと思います。
年が明け、売れ行きと在庫をコントロールできるようになってくると、普段から意識していいものを売るようになりました。価格競争をする品目であっても、それと別に多少高くてもいいものを並べるようにしていきました。
例えば、トマトであれば。夏のハイシーズン、最大産地である平取町の桃太郎トマトというのは、Lサイズ1個(約200g)で50円まで下がります。
でもそれと別に、ワンランク上の糖度がある100g98円のg売りトマト(つまり価格差約4倍)、そして更に糖度が高いフルーツトマトは必ず並べていました。最高級のフルーツトマトは200gパックで980円(価格差実に20倍!)です。茄子・きゅうりも含めた『生り物』は味に差が出やすいので、常に多品目で価格と品質の両極を訴求していきました。
前にほうれん草の例もあげましたが、葉物野菜も産地・生産者による差が出やすい商品です。ほとんどの人は選ばないであるものを買う、というものでも、いいものを並べる努力をしていきました。
それに加え、とにかくどんなに小さいものでもイベント対応は手を抜かない、ということも意識しました。
年末の他の年3回、というのは、多くのお客さんで重なることはない「特別な1日」です。誕生日は1人1回必ず来ますが、全員バラバラです。だから、店側でそれに向けてどうこう、という対応はとりようがありません。
でも、そのお客さんそれぞれにとってみれば、大切な1日です。正月と同じぐらい、それ以上に大切な日だってあります。正月全員に重なるから店の売上げはケタが違う、というだけで、各々にとっての重要性では差が無いはずなのです。
それが、一部のお客さんの間では重なる、という日が年何回かあります。成人式にはじまり、卒業式や受験の合格、入学式が来て、母の日があり運動会(北海道では6月です)があり父の日があり。お盆が来て敬老の日があって勤労感謝の日があって、クリスマスから年末、と。
1日2500人お客さんが来る店ですから、うち何人かは本当に大事な日としてお祝いしているかもしれない日です。そういう日のお客さんに満足を与えられれば、より大事な日にも買い物に来てくれるだろう、そう考えたのです。
こうしたハレの日の食卓には、癖があります。冬は鍋であったり、春・秋は天ぷらであったり、サラダ需要が高まったり、枝豆や生姜・わさび等、酒の肴絡みで伸びる商材があったりします。
運動会はこの中でも読みやすく、弁当の重箱につきものの煮物商材、とくに旬のふきやたけのこ、そして弁当の彩りにつきもののミニトマトが大きく伸びます。母の日なら、子供とお父さんがお母さんのために作るカレー、というのが最近有力なセールコンセプトになっています。
毎週やってくる日曜日だって、他の日より特別な1日になりやすい日です。野球の大会があって豪華な弁当を作るかもしれないし、孫がやってきて庭でバーベキューパーティーをするかもしれません。
日曜日には必ずハレ商材をしっかり展開することと、日曜日というのはもともと平日の倍ぐらい売る日ですから、細かいことは気にせずがっちり値引きして全体の鮮度感を維持すること、この2点は特に気をつけていました。
さらにもうひとつ、重視したのは、送りギフトの展開です。
北海道では大きく分けて年に3回、名産の野菜を本州以南に送る需要が高まる時期があります。5~6月のアスパラ、7~8月のとうもろこし、9~11月のばれいしょ・玉ねぎです。これに果物のメロンを併せ、スーパーでも毎年大きく展開をしています。
よそに送るギフトですから、当然おいしいものを送るでしょう。どれでもいいや、にはならないはずです。そこにいいものを提供できれば、もらった側から喜ばれる、という、自分で食べておいしいというより大きな満足感に繋がります。店への信頼も増すでしょう。
他店だけでなく、郵便局で配っているようなカタログ、ネット通販等も競争相手になりますから、必死です。
送りギフトの販促というのは、とにかくいいものを欲しがっているんだから、高いものだけで、しっかり利益を取って売ればいい、という考え方もありますが。私はそれには反対でした。
その後のこと、自分の店から送ってもらうことによる満足を、何人に与えられるか、ということまで考えれば、価格は絶対によそには負けられないものです。悪いものを売っては元も子もありませんが、満足できるレベルの商品であればとにかく価格を追求すべき、と私は考えました。
特に、カタログで注文を取っての産地からの直送が中心になるアスパラやとうもろこしと違い、店に実際に商品を仕入れ、その商品を見てもらって送り注文を取る『現物宅配』が中心になるばれいしょは、運送会社とも組んでその時期だけの特別送料セールが数多くのチェーンで組まれ、毎年の恒例行事になっています。
その中で送ってもらい、そしておいしいと評判が立てば、普段の買い物よりずっと多くの信頼をかち得ることが出来るのです。
チラシ企画に関わるようになった2年目のばれいしょ送りシーズン。私は大きな勝負に出ました。
送料で周辺トップクラスだった私のチェーンでは、Lサイズ10kg箱で1980円の、農協選果品を中心に利益確保しろ、というバイヤー方針が出ていました。特別送料で下げた送料の半分は、バイヤーの裁量で賄われていたからです。店舗で利益が出なかったらクビが飛ぶので、バイヤーも必死です。
しかし私はそれに歯向かい、Lサイズは真狩の生産者に直接電話して1380円売りできるところまで原価を下げてもらい、そのうえで一つ下のサイズになるLMサイズの980円売りを主力にしました。
さらに、その980円(仕入原価750円)の主力品をピーク週の単店チラシ、日曜タイムサービスで780円まで下げ、集客の目玉にしました。
送りのばれいしょというのは、玉が大きいほど喜ばれます。理由は簡単、剥く手間が少なくて済むからです。箱売りは小さい玉ほど自宅用の買い溜め目的になり、普通Mサイズ10kg箱を利益を詰めて500円台、Lサイズは送り用=利益商材、1500円以上、というのが、私のチェーンだけでなく世間の常識になっていました。LMというサイズはどちらにも中途半端なので嫌われる傾向がありました。
しかし、実際に現物を見比べると、LとLMにはさほど差がありません。LとMならはっきりわかりますが、その比較ほど違うようには見えないのです。
私のセールの意図は、その隙間を突くことでした。送料含めて2000円、という価格帯でメインのLサイズを売り、さらに送りにも自宅用にも使えるLMサイズ980円を加え安さ感・お手頃感を前面に出すことで、ならちょっと送ってみようかしら、という衝動的送り需要を狙ったのです。
北海道に住んでいると、本州以南の人から「おいしいものが多くていいね」、なんて話を常にされ続けます。いつもは送ったりしないけど、安くていいモノがあれば送ってみようかしら、という潜在的需要は相当あると思います。
毎年必ず送る、というお客さんだけが相手なら、品質だけ気を使っていればいいかもしれませんが。今年から新しく送る、というお客さんだって相当いるだろう、毎年欠かさず、よりも、いいモノが安ければ、のほうが多数派じゃないのか?という仮説を立てました。
そして、送りの需要は1回こっきりです。10kgの箱詰めを送って年内にもう1回、というのはまずないでしょう。言い換えると、一度送ったら他の店からも送らない、ということです。競合戦略も極めて重要です。
送料と品質で勝っている、というのがバイヤー方針でしたが。絶対にそれだけではない、チラシの価格で勝つのが一番重要だろう、と私は考えていました。芋自体の値段で勝てれば、送りだけでなく自家需要も見込めます。
かといってMで価格を追求すると、送りでは使えないし、自宅用だって剥くのが面倒なのは一緒でしょう。自分の家だってLかLMぐらいを使いたいはずです。
だから価格が最優先、しかもより嗜好性需要の高いところで安い価格を、と考えていました。
品質だって、悪くはないものです。少なくとも食味では変わりません。
バイヤーの薦めた農協選果品というのは、生産者から農協に一旦品物を集め、そこからキズの多いものなどを弾いたものです。私は生産者に直接頼みましたから、キズものは多少多いかもしれませんが。それを農協に持っていけば選果品になる、というだけで、中身は変わらないのです。
しかも直接電話していますから、誰が売っているものか生産者側でもわかっています。変なものを入れれば次は無い、とわかっているはずですから、キズものだって多くは無いはずです。
何でそんなに安く売るんだ、とバイヤーには言われましたが。私には自信がありました。
結果は。売った箱数で言えば、私の店は提携先も含めた全チェーンでぶっちぎりの1位でした。売上額では微かにトップに届かず2位でしたが。その相手は大都市の大規模店、普段の売上げで2倍以上違う店です。しかもやはり普段の売上げが2倍近く違う大規模店3店の売上げを上回ってのものでした。
伸びた数の分析で言うと、一人で20ケース以上の大取引が格段に増えていました。多く送る人ほど1箱の値段が安いものを求めるでしょうから、当然と言えば当然ですが。
実際に店に出ていて聞いた声でも、「いつもは1箱だけど、今年は安いから2箱送るわ」というお客さんがいました。単価が下がれば客単価も落ちる、という単純な考え方は、こういうお客さんの前では崩壊します。
このお客さんが買ったのはLサイズです。1980円1箱の予定だったお客さんに、1380×2=2760円買わせたのですから、安く売ったほうが客単価が高くなったのです。
2年目に入って、地道に「いいものを売る店」という信頼を得るためにしてきた努力も、見を結んだのでしょう。単に安い、というだけならそういう店はたくさんあります。いいモノをいつも売ってる店が一番安い、だからこそ無類の競争力を発揮したのだ、と思います。
この1年間の努力は、最後の年末に見事なまでに結実しました。
6日間トータルでの売上げは前年比130%、ピークの30日は300万に届くか、というところまで売上げが伸びたのです。
前年のような発注ミス(というか根本的な誤解)もなく、何を無茶するでもなく、オーダーブックの価格の通りに順調に淡々と仕事をしていたら、いつの間にかそんな額になっていました。
年末は、いいものを買いたいお客さんしか来ないに等しい状況です。いつもは安いものも並べる店も、いいものしか置かなくなります。変に安い値段をチラシには出せません。そんな安物を年末に売っているのか、と見られてしまいます。
価格の差がない状況で、お客さんは何を基準に店を選ぶのか。それはまず間違いなく、それまで一年間での店への満足度だろうと思います。
普通の毎日の積み重ねは、年末にしっかり繋がっています。そして、お客さん一人一人の特別な想いにも、しっかりと繋がっているのです。
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