2007-08-16

真夏の淡雪

白や桃色のジャガイモの花が終わり、黄金色の秋蒔き小麦も収穫を終えてしまうと、北海道の田園の風景は少し寂しいものになる。
水田地帯も、とうきび畑も、とにかくどこまで行っても緑。緑。緑。しかも、森の中の目に優しい緑とは少し性格が違う。日を照り返しギラつく、少し疲れる緑だ。
全道を車で駆け回る仕事をしていると、運転が1時間を超えたあたりでイライラしてくる。窓の真上からじりじりと太陽が照りつけ、腕だけ熱い。寒いぐらい冷房を効かせても腕だけはどうにもならない。
そんな時、真っ白く涼しげなそばの花が見えると、ちょっとほっとする。つるつるとそばを啜った喉越しまでイメージが膨らみ、より涼しい気分になる。
そば畑は、ここ10年ほどで随分増えた。どんな水田地帯でも、田んぼの中にぽつらぽつらと白い絨毯が敷かれている。
減反政策の煽りを受け、不本意な転作を余儀なくされた場合が多いらしいが。おかげで目にも楽しく、舌にも嬉しい。私はそばが好きなのだ。
起きたことは、起きたこととして。今を楽しむ余裕は失いたくない。
真夏の遠距離日帰り出張だって、そばの花も、地元の手打ちそばも楽しめる。悪くない。
 
その日も、暑いさなか、片道4時間運転していたのである。
世間は盆で休みらしいが、働いている人は働いているもので、働いている人に頼まれれば私も働くしかないのである。
片道が3時間を超えると、普通の人は日帰りはしないらしいが。外で泊まると眠れない私は、多少無理気味でも帰ってくる。
用務が終わったのが4時半。もはや、急いでも仕方がない。急げば疲れる。高速には乗りたくない。
多少回り道でもできるだけ疲れない道へ。時間も時間だから、できるだけうまい晩飯もあれば、それに越したことはない。
思いついたのが、幌加内を経由する国道275号である。
幌加内といえば、道内最大のそば産地。それはそれはすごい景色だ、と聞いてはいた。だが、そんなに有名ではないのか、写真すら見たことがない。
山あいの小さな町だ。電車も高速も無く、一番近い都市である旭川からでも50kmほど離れている。交通の便が悪いから、観光ではまず名前が挙がらない。
好都合である。何せ、盆だ。その上疲れている。混んでいる所になど行きたくも無い。
どれ。ここはひとつ。そんな軽い気持ちで山へと車を走らせた。


想像以上だった。
平地だけでなく山裾まで、見渡す限り一面のそば畑。
赤みを帯び始めた日に照らされてすら、どこまでも白い。
青々と輝く山の手前に、一面の雪化粧。
季節も山の高低も引っ繰り返した、鮮烈な景色だった。
 
ぐう、と腹がひとつ鳴った。
こんな景色を前に詩的感傷に浸っていてすら、眺めるうちによだれが出てくるのだから。私の動物的本能は大したもんである。
何せ、競馬場で馬のケツを眺めて「うまそうだなあ」とか呟く男だ。ケツがうまそうだったから、という理由で馬券を買ったりすらするのである。
景色を眺めている時より、腹いっぱいまでそばを啜りこんだ後のほうが幸せな顔をしていたのは、間違いない。
詩的感傷だって、怪しいもんだ。うまそう!!!!!11と心の中で叫んでいただけだろう、と言われたら、否定できない。

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