2006-07-03

中田英寿に捧ぐ

第一印象。
やっぱり、な。

彼は、私と同い年である。
だからこそ、いつだって目の上のタンコブのように感じさせられる存在だった。
彼には、無駄が無い。
いつだってスマートで、腹がたつぐらい無駄が無い。
男なんて馬鹿なもんで、たとえまるで別世界に生きている人間であっても、自分より優れた人間というものは認めたくないものだ。
ヒデには、かなわない。
かなわないからこそ、時には憎たらしさを感じてしまうものなのである。

いつもの彼なら、試合後のピッチから動けないなんてことはない。
彼が最も嫌う、芝居じみた感傷と取られかねない。
いつだって見られている自分を意識し、スタイリストであり続けた彼には、ありえない行動だった。

動けなかったのだろう。
彼の胸中に去来した無力感が、動くことを許してくれなかったのだろう。

ブラジル戦。
いつにも増して、狂気の如く走り回る彼の姿に。珍しく完全にガス欠を起こした終盤の彼の姿に。
今思えば、とは後からだから言えることだ。
傍観者たる私は、ただただ液晶越しに「走れ走れ、らしくないぞ」と繰り返しただけだったのだから。

大会前、彼は「まだまだうまくなれる」と語っていた。また、「もううまくなれないと思った時が辞める時」とも語っていた。
そういうこと、なんだろうか?

中田英寿は将軍だ。と私は書いた。主将ではない。誤解を恐れずに言えば、まとめる、のでは、ない。
服従を求めるのだ。

名波。中村。小野。日本的なゲームメイカーは、常に受け手中心に発想する。相手の裏をつこうとする。
中田英寿だけは違う。
自らの意志でパスを出す。受け手を操り、組み立て、切り込み、相手を斬る。
要求するパスと、要求に応えるパスの違いだ。
彼を守備的な繋ぎ役に置いたジーコは間違っている。
引き気味に置くなら、中村の方だった。
ヒデが前線で盾となれば、背後の中村はピルロよろしく自慢のキック精度を生かしピッチに君臨したろう。
彼の要求に応えられない選手は、苛立ちをつのらせるだけだった。

もし、トッティとのポジション争いに勝ち、ローマの2列目に定着していたなら。彼のカリスマが失われる事無く高まっていたなら。
どうなっていたろうか。

詮無いことだ。だから彼は辞めたのに。

とりとめなく考えるほどに。こみあげてくる。

やめんなよ、ヒデ。
まだ勝負はついてねえだろが

No comments:

↑ このブログがお楽しみ頂けたら押して下さい。ただの「拍手」です。