上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~10~
~9.明日は昨日の中にある・青果担当の「過去」と「未来」~
前項に引き続き、2年目に入ってどうして私の店の売上げが伸び始めたか、私なりの分析をしてみたいと思います。
この時期は、前年比120%超の伸びを記録していました。前々年対比でも110%前後です。小売業では、前年比110%以上の伸びを俗に「二桁伸長」と呼び、高成長の目安にしています。
入社1年ちょっとのペーペーが、いきなりそんな売上げをあげ始めたわけです。相変わらず、マネージャーがほとんど野菜に関われない状況で、です。そこには、必ず何かの理由があるはずです。
まず、鮮度・品質に関わる私の商品知識が上がってきたこと、これはあると思います。
僅か3年半の経験でしたが、鮮度やおいしそう・まずそうといった、見た目で感覚だけで判断する部分は、最後まで日々成長がありました。中でも1品1品を良く見る余裕が出てきたこの時期が、一番伸びたように思います。
担当者の鮮度基準・品質基準は、そのまま売場の基準、お客さんが見る売場商品の基準になります。良いものが並べば買うお客さんは増えます。良いものを買うお客さんが多ければ、固定客も次第に増えるでしょう。
とはいえ、10年やってようやくわかる、と言われるのが商品知識の分野ですから、その伸びは微々たるものでしょう。前々年、つまり後にバイヤーになる人と比較になるレベルだったハズが無いと思います。
次に、景気そのものが上向き局面に入ったこと。これもあるでしょう。私のいたチェーンでは、どの店もじわりと客数・客単価が伸びていました。
ですが、これもせいぜい数%のレベルの話です。たとえ10%伸びていても、前々年比較で後のバイヤーの売上げと並んだあたりということになり、商品知識で劣る部分の説明がつきません。
この時期に、私の売場に訪れた良い変化、しかも大きく数字を動かすほどのものは、何だったんでしょうか?
前項の最後のほうに、芋を積みながら明日を考えるようになった、という話をしました。まずこれが、最初のキーワードだと思っています。
ごく新人の頃の品出しというのは、三治君(仮名)で見て頂いたように「減った分の補充」、それ以外には何もありませんでした。その時点までの売数すら考えず、今現在、目に見える範囲だけで考え、行動していたわけです。
やっているうちに、何度も出しているものと朝から出していないものがある、ということがわかってきます。売れているかいないか、という過去の要素が加わってくる段階です。この段階に入ると、次に何かを出すときにどれだけ出すか、コレは目いっぱい積む、コレはそんなに急がない、という調整の要素が出てきます。
私は、これに近いところまでは研修で達していたと思います。でもそこで店が変わり、いきなり倍以上の売上げが責任範囲になり、さらに遥かに高い次元をわかりもしないのに要求されたので、その基本が崩れてしまった、と思います。
最初の盆の頃の売場維持というのは本当に支離滅裂なものでした。片っ端から中途半端に、という教えを誤解し、全品で同じぐらいのレベルの陳列量を維持するのが良い、と勘違いしてしまっていたのです。
三治君(仮名)の例の日で言えば、めためたに売れているキャベツも生椎茸も、大して動いていないぶなしめじも、関係無く全て8割目指して補充する、というような方法です。売れているものをボリューム販促できず、売れていないものを確実に余すぐらいまで積んでいくのですから、売れるハズがありません。
そこに下につくオジサンが来て、変わり始めました。オジサンは品出しのスピードも判断力も私より下だったので、同じ方法でやると売れているものの品出しが追いつかない、5割以下しか出ていなかったりするのです。
オジサンへの指示としては、売れているものへ刺さらせるしかありませんでした。そうすると必然的に、あまり出さない、出せない売れていないものの夜の残量が減ります。休みの夕方に売場へ来ると、その陳列量の薄さに我慢できないような思いをしました。
しかし、在庫を精査すると、売れているものも売れていないもの売数はさほど変わっていないことがわかったのです。全体の売上げの差も、せいぜい2・3%でした。
これは不思議な感覚でした。自分が正しいと思ってやっていた売り場と、仕方なく効率を優先した売場で、売上げが変わらない。んん?となったわけです。
それについて考えて、売れている量に応じた陳列ができればある程度売れる、という効率の発想が入ってきて、ようやく「過去の段階」をクリアーしたわけです。その頃にはもう年末でした。
年末の発注というのは、量がハンパでない上に市場の休みが絡むので、大体3週間前に大所の数量を集約する形になっていました。
その店の前年の野菜の年末ピーク、12月30日の売上げは250万前後でした。平日が45万ですから、実に5倍以上です。しかもそれは、1日限りのことではありません。27日で100万に到達し、ピークまで伸び続け、翌31日も150万売っていたのです。
その頃の私のレベルで捌ける事態のはずがないのですが、果物のみかんの箱売りや年始ギフト、クリスマスのカットフルーツなんかの計画で頭がいっぱいのマネージャーには、お前やれ、とだけ言われました。
基本的に単純馬鹿な所がある私は、また任されたな、とホクホクしていたような気がしますが、通常の発注すら過去を基準に、コレぐらい売れてたからこれだけ在庫、とやっていた私には、平時の5倍売る、そのための数量なんて想像も出来ませんでした。
しかも、年末商材というのは特殊商材のオンパレードです。さといもやごぼう、みつばのような普段は売れないのに跳ねる品あり、ゆり根や銀杏のような品揃え品が主力商材に加えられていたり、おまけに京人参やら八つ頭やらとお祭り気分に便乗しようという付加商品まであるのです。
自分の過去を基準にしたら、わかるはずがありません。売ったことが無いんですから。
仕方が無いから、前年の発注数量を基準にしました。というより、ほぼ丸写ししました。それしかなかったのです。
でも、そこには落とし穴がありました。私が基準にした前年の事前集約数量は、最低限でこれぐらい確保、という発想でなされたもので、在庫したくないから状況を見て直前発注で修正するつもり、というエクスキューズがついたものだったのです。
何も知らない私は、その数量だけで足りるんだろう、と思っていました。何だか入荷が少ない気がするなー、というマネージャーの呟きにも、前年と同じ数ですよ!と胸を張って答えてしまっていました。
12月29日。まだ異変に気付かず目先の作業に忙殺される私の在庫を、マネージャーがくるくる見て回りました。
マ「おい、三つ葉って明日入ってくるのか?」
私「あ、10ケース(100束)入りますー」
マ「あとは?31日は?」
私「え、それで終わりですけど?」
マ「今ここ30ケースあるけど、他に今在庫は?」
私「無いですけど何か??」
マ「・・・・・・バカタレー!!!!」
マネージャーはその場で携帯で仲卸に連絡を取り、100ケース追加発注をかけました。私は未だに???でした。
その時点で30ケースの在庫は、夜には10ケースになっていました。1束が298円売りだったので、200束で約6万円ぐらい売っていた、ということになります。
この日の野菜部門の売上げは170万。明日は250万。全体の売りが1.5倍になるのに従ったって、明日の三つ葉は9万円売れるのです。必要な数は300束。つまり30ケースになります。
さらに、三つ葉という商材は、その傷みやすい性質と、主に年越しそば・雑煮用の需要で元旦当日まで使う機会のないものであることから、30日・31日に売りが偏る傾向があります。年末商戦には、商品毎の購買動向が一日刻みで変わっていく、という特徴があるのです。
三つ葉の逆の例としては、煮物用のさといも・ごぼう等があります。これらは傷みにくく買いだめが効くため、25日~28日あたりでまだ日常の買い物があるお客さんが、ついでに早めに買っていく、となります。
つまり。30日単日で考えても、朝20ケースではまるで不足、31日も30日と同じぐらい売れる、しかも31日は市場は休みなのですから、さらに多くの数量確保が必要だったのです。
マネージャーの100ケース、というのは恐らく完全に適当でした。まるで足りていない現状に恐怖を感じ強めの発注になったのでしょう。
それぐらい、年末に主力商材の品切れは、絶対にやってはならないことなのです。折角の正月に絶対要るものが無い店なんて、普段でも行く気にはなりません。
まるでそんなことは考えていなかった私も、その日の売れ行きと残った在庫の少なさを見て、現状を把握しました。
29日の夜は、在庫と発注数量を再度精査し、絶対に品切れしない量を確保するための追加注文FAXを作成する作業に追われました。
本来なら、年末の夜というのは日々変わる売れ筋に応じた最善を目指し、毎日売場変更をかける時間なのですが。商品も来ないのに売場変更しても意味がありませんから、延々と電卓を叩きながら1品1品、数量を決めていったのです。
FAXを書き終えると、既に午前2時でした。それから売場変更です。終わると4時でした。翌日は年末体制で8時開店。3時間前から準備するなら、5時です。もう、帰っても仕方ない状況にまで追い込まれたのです。休憩室で仮眠を取り、うとうとしたと思ったら枕元の携帯のアラームが鳴りました。
この年末は、私に先のことを考えないとえらい目に遭うという教訓をくれました。
売るためにモノを取るんであって。売場を維持するために、昨日売れた分を補完するために取るわけではないということを脳裡に叩き込まれたのです。
しかも、「えらい目」は年を越しても終わりませんでした。切らさないように、と考えるあまり、ひどい量の在庫が残ったのです。
全く野菜に関わっていなかったマネージャーが頼んだ三つ葉に至っては、年越し時30ケースもの在庫を抱えました。雑煮は元旦だけ、という家が増えた現代では、三つ葉は年を越せばほぼ用無しです。
売れないものを、原価でも7万ほどの在庫。結局、単品で5万超のロスが出てしまいました。
年明け一週目の売上げは300万程でした。5万円は1.7%程に相当します。こう書くとたいしたこと無いようですが、他の品物も在庫山盛りの状況では、カバーしようにもできません。値上げができないからです。すればさらに余るうえ、年末に入荷した鮮度のよくない商品を高く売り付けることになるのですから。
この週の棚卸の粗利益率は、5%でした。予算は23%です。18%ものロスを出したことになります。どんな目にあったかは言うまでもないでしょう。
売るものを、売る分だけ取らないと、どうなるか。よくよく思い知らされました。そして、売って在庫を回すことがどれだけ大事か思い知らされました。
前年の売数・売上げをきちんと調べて発注していたら、こうはならなかっただろう。でも、前年より今年は売れていない。前年はどうやって売っていたんだろう。前年の数字と売場計画を引っ張り出し、年明けの暇さにかまけて綿密に調べ始めました。
売る場所によって、面積によって、陳列量によって、売上げは違う。じゃあそれを標準化して考えるにはどうすればいいんだろう。前に挙げた「単品別・展開別売り場効率」を始め、独自の数字基準をいろいろ考え始めたのです。
何のためか。明日どう売場を作って、それにより売上げがどうなるか、を予測するためです。つまり、過去を未来予測の材料として活用するという、また新しい段階に入ったのです。
過去と未来は、多くの担当者は頭の中だけで繋げています。「経験」という、自分の中で標準化されたデータベースを使い、答えを導いているわけです。
私には、経験はありません。2年目に入ったばかりですから、商品知識もおぼろげです。
でも、数字はパソコンの中にずっと残っています。それを分析すれば、経験からみんなが瞬時に得ているものが見つかるはずだ、と考えたわけです。
発注の精度が格段に上がりました。倉庫在庫は1/3になりました。倉庫在庫が少なくなれば作業が楽になり、売場にモノが並びやすくなり、考える時間も生まれます。全てが好循環で回り始めたのです。
これこそが、前々年を上回って売上げが伸びた最大の要因だったと思います。
前任者に無い、私独自の視点を得たことで、不足分を補いお釣りが来たわけです。
まるでわけがわからない、と怯えていた明日は、怖いものではなくなりました。何のことはない、昨日の中にあったんですから。
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