上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~15~
~13.義理と人情の世界です・青果担当の商品手配~
安定して売上げが伸び、利益も確保できるようになった2年目の盆明け頃から、私はチラシの企画にも加わらせてもらえるようになりました。
私のチェーンでは、週末を中心に3~5日程の期間を区切り、その間の価格を告知する週末チラシと、日曜日を中心に1日限りのお買い得品を集めた単日チラシの2種類のチラシを出していました。これは、多くのスーパーで一般的になっているチラシパターンです。
さらに、高収益店・競合が激しい店舗などでは、各店だけのお買い得品を掲載した単店チラシもあり、私の店は単店チラシを出す店に加えられていました。
チェーン全体のチラシというのは、その週ごとの売れ筋に沿ってバイヤーが企画します。店の担当者はまず関わりません。
全店同じ価格で提供しなければならないため、量の確保が必要であり、出物・相場の状況、さらに店舗全体での売れ筋を熟知したバイヤーでないと考えられないからです。
単店チラシは、主に店舗の担当者が直接仲卸と調整します。対象がその店だけですから、店ごとによって異なっている売れ筋を一番よくわかっている人間がやるべき、というわけです。
また、仲卸の業者との交渉でも、全店では損害が大きくて無理な価格でも単店程度の数量なら聞いてもらえることが多い面があります。バイヤーが出て行くと次週以降の相対に影響するため、仲卸も慎重になります。担当者のほうが後に響かないので、気楽に聞いてもらいやすいのです。
出荷量が少ないほうが価格が安くなる、というのは、流通の常識とはズレているようですが。青果の世界ではままあることです。
非常に腐りやすく、不良品を掴まされやすい青果を扱うと、全ての商品で同じように利益を取る、というのは至難の技です。それは、店でも市場でも、同じ商品を扱っている以上、同じことなのです。
店で在庫処分のためにタイムサービスをうったり値引きシールを貼ったりするのと同じように、仲卸や市場のほうでも在庫過多になれば、多少損な値段でも傷む前にさっさと処分しなければならない時があります。
しかもその鮮度基準が「これから店で並べられるもの」になりますから、「お客さんが食べられるもの」なら値段をつけられる店よりもさらにシビアにしなければならないのです。
市場には毎日何百ケースという入荷があり、しかも今後の入荷情報も入って来ていますから、売れ行きと入荷のバランスを見て今後ダブつきそうな商品というのは3・4日前から予測できるそうです。私の店の日曜単日チラシの締め切りは水曜朝11時でしたから、丁度そのタイミングに合っています。
在庫過多が予想され、早く売ってしまいたいけれども、全店で売る量の価格を出せば一気にモノが無くなってしまう、という市場の都合と、全店の価格では集客上弱い、午前中のタイムサービスの分ぐらいだけでも超目玉価格が欲しい店と。この双方の都合がピッタリ合うことが、単店チラシで価格が出やすい要因になっています。
しかも、市場での在庫過多の要因というのは、思ったより売れなかったから、ということはほとんどありません。店へ出て行く量はほぼ決まってくるからです。じゃあ何故溜まるか。出て行く側が決まっているのですから、入ってくるほう、つまり生産者からの入荷が多い、もっと言えば思ったよりたくさん収穫出来てしまったから、ということになります。
青果、とくに夏場の野菜の収穫適期というのは、一日刻みで非常に厳重にやらなければなりません。ほうれん草は一日で5cm伸びます。昨日青かったトマトも一日で真っ赤に熟れます。待てないから穫るしかないのです。
つまり、農家の出荷過多=市場の入荷過多というのは、その産物の旬に起きやすいのです。一番おいしい時期のものを目玉にできる、これも単店チラシの強みになります。
また、市場では常にそういうロスを睨んで、利益の取れる商品は高めに売る、早めに回さなければならない商品は利益を薄めにして回す、というマージンコントロールが必要になります。
利益が薄めの、回していかなければならない商品をつくのが今紹介してきた例ですが、利益を取っている商品のほうにもまた穴があります。
利益を取っているということは、それだけ高く売っている、ということです。言い換えると、多少値段を下げたって十分に利益は取れる、ということになります。
全店のチラシでは量が多すぎて、本来の利益が確保できなくなりますが。単店の量ならなんとかなるか、と値段を下げてくれることがあるのです。
ではどういうものが市場側の利益商材になっているかというと、先の例の逆です。つまり入荷過多が起きにくく、かつ日持ちする商品です。それは多くの場合、旬より少し早い商材が対象になります。
穫れ始めの時期というのは、一日での成長・熟するスピードが遅いものです。だから日持ちするし、生産者側でもそのスピードに合わせた収穫計画ができますから、出荷が安定しています。
それでいて、日本人は初物が大好きで、もうすぐ旬、という商品を買いたがる傾向がありますから、多少高めに売っても動きます。市場で利益を取りやすい条件が揃っているわけです。
その値段を頼んで下げてもらえば、需要が高い商品だけに店にとって大きな武器になります。まだ他のどこのチラシにも出ていない時期に、その店でのみ安く売っている、というのは強力な来店動機に繋がるのです。
じゃあ、市場や仲卸は誰が頼んでも値段を下げてくれるのか、といえば、絶対にそんなことはありません。市場だって商売です。知らん奴にまで何でも値段を下げていたら、メシが食えませんから、利益を詰めてでも欲しいメリットがある相手にだけ、特別に願いを聞いてあげた、という恩を売るのです。
その恩が今後に繋がるからやってくれるのであって、繋がらないなら誰も安くしてくれたりしません。詐欺師ともう一度付き合いたい、という人はいません。いつもお世話になっていて、これからもお世話になるからやってくれるのです。
ですから、店の担当者がチラシ用等で安くモノを仕入れるためには、普段から付き合いを作っておく必要があります。毎日市場に行く、というよくある担当者のサボりの口実も、ここにあります。市場との付き合いの重要性を店の人間も知っているから、通るわけです。
私は市場にはせいぜい2・3ヶ月に一度しか行きませんでしたが、かわりにものすごい頻度で仲卸に電話をかける担当者でした。
基本的には赤伝を上げなければならない商品がある度に電話し、商品の状態、最近の経過、その商品の箱に記載の生産者の名前や番号等を伝えていました。そのついでに、どの生産者はいいものが多い、という細かい情報も提供していました。
悪いものを入れたくない、いいものを入れたいのは店も仲卸も一緒ですから、そうした情報を共有していれば仲卸もいいものを入れやすくなります。同じ農協の箱に入っていれば、市場での値段は同じです。同じ値段なら、当然いいもののほうがいいでしょう。
また、一品一品売場に並べている店と違い、仲卸は市場買いの時にそこまで細かく検品はできませんから、そうした店からの情報は非常に役に立つものなのです。
そうやって付き合いが出来てくると、たまに仲卸のほうから頼まれごとをしたりもします。これは売れる、と読んで仕入れた品物がサッパリ動かず、ニッチもサッチも行かなくなって廃棄になる前に何とか売ってくれ、というのが一番よくあるパターンです。
私としても悪いものは売りたくありませんから、そういう時は条件をつけました。市価の半額で売るからその伝票で入れてくれ、それで廃棄が出た分はさらに全額赤伝を上げるけどいいか、という具合です。
店でも実際に半額でPOPに「見切り品」と表示して売り、POS売数に基づいて正確に192個売れて32個は更に半額、26個廃棄、不足分だけを赤伝処理、とやっていました。
私にしてみれば、売った分だけ利益は出ているし、ロスは見てもらえるしなので痛くも痒くもなかったのですが。
実はそういう頼まれの場合、何ともなさそうなら黙って正価で売る、あるいは「やっぱり売れないから全額赤伝くれ」というような、「それ以上」を目論む悪徳担当者(仲卸から見て、であって店側の利益を優先しているだけですが)も多いのです。
安く入れたものを正価売りすれば、それだけ無くなるのが遅くなりますから、通常の発注量が減ります。仲卸からすれば安く入れただけ損をした形になるのです。全額赤伝で金に替えられていたら、さらにたまったものではありません。安く売って少しでもロスを減らし、いつもの分はいつも通り買ってもらいたいから頼んだのに、それでは本末転倒です。
私は、自分の店では可能な限り在庫を切り詰め鮮度のいい商品で回そうとしていましたから、あまり見切り品ばかりやっていると店のグレードに関わるので聞けるときだけ聞く、という程度でしたが。入れさせてもらえればちゃんとやってくれる、という信頼を得ていました。
また、私は新しいもの・珍しいものを常に店に取り入れて、お客さんが飽きない売場を作りたいと考えていましたから、テレビや雑誌で聞きかじった耳慣れない野菜をいくら高くてもいいからこういうモノ無い?という手配をすることがよくありました。
そういう他のどこの店にも無い商品の値段というのはあってないようなものですから、私としては本当に値段はどうでもよかったのですが。これが仲卸には大変ありがたがられました。
普段扱っている商品というのは、値掛けにも出る量にも限界があります。それと別にプラスして買ってくれる、しかも受注手配なのでロスは絶対にゼロ、さらに利益はカケホーダイなのですから、仲卸にはいいことづくめです。
そのうち、私の店用にいろいろヘンなものを探してくれるようにもなり、それもまた全部買い取っていたので、よりありがたがられました。
私としては、特に無理せず当たり前のことを当たり前にやっていただけだったのですが。知らないうちに、仲卸からは非常に厚い信頼を得ていたのです。
最初にチラシ企画をやってみろ、と言われた時は、雲を掴むようで何をやればいいかわからなかった私ですが。仲卸に困った、どうしよう、と電話してみると、二つ返事でいつもお世話になっているからやってやるよ、と、目玉価格満載のFAXが届きました。どれでもチラシ期間はこの値段で入れてやる、というのです。
先に恩を売ってあったので、私がピンチだと思って助けてくれたのです。直接聞いたわけではありませんが、ここで力にならなければ沽券に関わるぐらいの気持ちだったのでしょう。
私は、その10品ほど並んだ安値商品のうち、5品目ほどをチラシに掲載し、残りはあえて載せずにそのお買い得価格で店に並べました。
「チラシは安いけど、他のものを買ってたら結局一緒になっちゃった」というお客さんの声をよく聞きます。実際、値掛けをギリギリまで下げて客を呼び、他の商品で利益を取る、というのはチラシ戦略の常套手段です。
チラシには、お客さんが行く店を選ぶためのもの、という性格があります。買い回りするお客さんもいるにはいますが、少数派です。チラシで選んだ店で目的の買い物を全部する、というのが一般的な買い物パターンで、そこにつけこんで利益を確保するわけです。
もちろん私も、利益商材も並べていましたが。チラシに載らないお買い得品を用意することでそのお客さんの不満を緩和したかった、「コレが安いから来てみたら、コレも安くてすごく得をした」というストーリーを作りたかったのです。
結果的に、この作戦は成功したようです。チラシ掲載商品はその価格で集客力を発揮し、チラシ以外の商品もお買い得商品を中心に満遍なく売れました。
こう売って大成功だった、と仲卸に伝えると、自分のことのように喜んでくれました。仲卸もチラシを見ています。信用されていない担当者なら、「せっかく10品も値段を出したのに、このチラシに載っていない5品は利益にしやがったのか」と勘繰られても仕方ない所なのですが。
私の場合は、毎週このパターンを中心にしたい、と頼むと二つ返事で快く了解してくれ、火曜の午後にはお買い得情報FAXが届くのが通例になりました。先の説明の通り、仲卸にだって単店に安値で入れて回すメリットはあるのですから、信頼さえあればやってくれるのです。
金銭の損得も絡んではいるものの、中心になるのは義理と人情です。お金というのは価値を置き換えたものです。カネにならないようにしか見えないものも、知らないうちにカネに換わっているのが商売の世界、と言えるかもしれません。
その方式で長くやるうちに、チラシで客を呼ぶ、売上げに繋げるコツを掴んできた私は、ウチも原価割れで売るから何とか超目玉が欲しい、コレの値段をここまで下げてくれ、というような、より積極的な仕掛けをするようになりました。
ぎええ、と仲卸に悲鳴を上げさせることもしばしばでしたが、大半は聞いてもらえました。
いざとなったら値段を下げて売り飛ばしたり、換金手段が多くある店と違い、仲卸は相手にする売り先が少ない分だけ、換金能力では弱い面があります。
売り手市場、買い手市場、というよくある市場分析で言えば、店と仲卸の関係は買い手市場になりやすいのです。
特に、信頼関係が厚くなればなるほど、その特徴が発揮されます。店にとって有利な取引ができるのです。ウチだって泣いてやるんだ、やってくれ、と言えばまず断れなくなるのです。
そうした関係を作った仲卸業者が増えてくると、更にその構造は強まります。「出来ないなら、仕方ないからよそに頼もうかなあ」とチラつかせれば、断るには非常に大きな勇気が必要になるでしょう。
そういう面倒くさいのはバイヤーの仕事だ、と投げてしまう担当者も、特に大手チェーンでは数多くいますが。担当レベルでしか出来ないことがある以上、やるべきです。
何より、こうした『商品手配』の努力は、最終的にはお客さんの利益になります。
よりよい品を、より安く。お客さんに支持される店を作るために、必要なことなのです。
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