上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~5~
~4.脳が溶ける、溶けるよお!青果担当の午後の作業~
青果バックヤードに戻った新人の三治君(仮名)。メシ前に出した指示が切れかかったパートさんにもう一回りするぐらいの指示書を書いて、売場の確認です。
メシ→タバコ→指示 までを、どんなに急いでこなしても30分近くかかってしまいます。かなり売場は荒れています。
この1時過ぎというのは、昔の常識なら主婦は昼のメロドラマでも観ながらダラダラしたい時間だから店は暇、だったのですが。今は午前中パートに出てその帰りについでに買い物、という行動パターンが多く、客数は落ちません。
しかも、私のいた店では、自分の店で働いているパートさんも、昼で帰る人が毎日50人弱います。そのかなりの割合が毎日自分の店で買い物して帰ります。一日客数が3000人ぐらいの店でしたから、この時間の1時間あたり客数は200人前後。全員買い物していたら、この時間の客数を実に25%も押し上げるのです。
店員の買い物は10%引き、だとかの店員優遇システムをやっているスーパーは無いように思いますが。私は、どんどんやったほうがいいと思います。
何より、パートさんは担当者にとって一番身近で、気軽に忌憚ない生の声を聞かせてくれる「お客さん」、つまり売場の『モニター』です。
普通に店に来たお客さんに「このトマトどう?安い?高い?どっかよそでうまいトマト売ってなかった?」なんて、たとえアンケート用紙を配るような形でも聞けませんから、パートさんを大事にしないテは無いと思うのですが。
私は、自分一人の独自の判断で(つまり、勝手に)、内緒で値引きシールを貼ってあげたりよくしていました。たかが50円やそこらの値引きシール1枚で、今日の売場の感想や他店の情報、自分が料理に使わない野菜の調理のしかたまで聞けるのですから、非常にお買い得でした。
新人の三治君(仮名)は、ズタズタになった売場に大慌てです。品出し作業が必要な品目を頭の中でリストアップしながら、陳列が乱れた品物をきれいに並べなおす『手直し作業』を進めていきます。
全部ビシッと並んでいるより、ちょっと乱れていたほうが「売れている商品」という印象を与えお客さんは手を出しやすい、という考え方もあり、そのように『販売員』の資格の教科書にも書いてありますが。私の実感覚では、そんなことは起きませんでした。青果という商品の性格にもよるのかもしれません。
青果を買うお客さんは、前にも書いたように、自分ではよくわからない鮮度や品質への安心感を求めています。ぐちゃぐちゃの売場は、ほったらかしという印象を与えます。整った売場は、管理している人の存在を意識させ、鮮度感に繋がります。
たとえ1本20円で特売をかけたきゅうりであっても、私は1本1本手にとってびっちり手直しをしていました。
手直しがだいたい終わると、2時近くになっています。時計を見てまた三治君(仮名)はさらに大慌てです。赤伝の締め切りの午後3時が迫っているからです。
でも、最優先はあくまで今の売場です。今売場にいるお客さんの向こうに、そのお客さんの買い物仲間が30人いると思って仕事をしなければいけません。口コミの威力は何十枚のチラシより強力です。今売場にいるお客さんみんなに合格点をもらえる売場を目指さなければなりません。
バックヤードに戻り、台車に積みきる限界まで様々な商品を載せ、それを出して戻ってくるまで必要な分だけ指示書をまた書いて。「いらっしゃいませぇ」と泣き出しそうな笑顔で売場に出ていきます。
三治君は必死なあまり、先程の「全部中途半端に」だけで頭がいっぱいですが。昼からの品出しは、よくよく考えなければなりません。2時を過ぎれば、一日の半分近い売数に達しています。
この時間に出すものは、「朝からどのぐらい売れたか」をうっすら意識しなければいけないのです。
既に何度か補充して売場の量が半分になってしまったものと、一度も補充せず半分になっているものでは、売場だけを見ると同じように見えてしまいますが、売数が全然違います。出しすぎれば余ります。つまりロスが出ます。少なすぎれば、品薄になって機会ロスを起こすでしょう。
しかし、その売れた実数というのは簡単には把握できません。既に朝積んだ量に何回か補充していますし、出しているのは自分だけでない場合が多い(複数担当者がいる場合が多く、さらにパートさんやたまに気紛れで手伝ってくれる店長・副店長もいます)から、複雑です。きっちり考えられるのは相当な力量の持ち主でしょう。
またキャベツを例にしてみます。
朝100個積みました。12時前に50個補充しました。今2時、また売場の半分まで減っています。さて、朝から何個売れたでしょう?いくつ出すべきでしょう?
答えは、満タン(100個)から2回に分けて50個減っていることが確認されていますから、売数は100個です。1日の半分売れる時間で100個売れましたから、1日の売数予測は200個に修正します。そして、残りの売れる数は100個。再度、売場満タンに出すべき、ということになります。
こう書くと簡単そうに見えますが、売場にいて脳内だけで処理していると、その実数は意外に掴めません。
朝100個積んだ、あとで50個も補充した、という作業の大変さが印象に残れば、並べた数を実数より多く見積もってしまいがちです。逆に、半分以下まで売場が減っていないことや、12時前に積みなおした時の満タン売場が頭にあると、実数より少なく想定してしまいます。
そもそも、売場に最大いくつ出るか、ということすら、意識していない担当者だって相当数います。ベテランの人ほど実数なんて面倒なものは考えていません。考えなくても、かなりの精度で陳列量を調整できるのです。
できるベテラン担当者は、実数というデジタルではなく、売場の満タンの姿を基準にして、アナログ的に2回半分になった、今2時だから売上の半分、だからもう一回満タンにしてやれば全部売れて丁度いいな、とこれを瞬時に感覚で把握できるのです。
他の人の品出し状況も、ちゃんと目の隅で捉え頭に叩き込んでいます。売場に並んでいる全品目は把握できなくても、売れ筋商品を選びそこをしっかり管理できれば、売りと利益は管理できることを知っているのです。
こうした感覚は、経験によってしか身に付けることができません。鮮度の基準や売場の作り方、さらにはパートさんのその日の気分や健康まで、ベテランのできる担当者というのは感覚だけで全て把握できているのです。
ただ、感覚だけでやっていることは、人には伝えられません。自分の中にしかありません。だから、新人君は誰にも何にも教えてもらえません。
どんな業界でもあることでしょうが、「そんぐらいわかるだろこのバカタレが!!」と怒鳴られて終わりです。
私の経験は、僅か3年半です。感覚的部分はまるでダメでしょう。ベテランのみなさんに敵うはずは無いと思います。実際、改装セールの支援等で多くの先輩方の仕事ぶりに触れるたびに、力不足を思い知らされ続けました。
しかし。感覚がベテランの域に達するには、10年も20年もかかります。それまで売れない担当者のまま、というのは、私のプライドが許しません。誰だってそうでしょう。
「売上を伸ばせ」「利益を出せ」「在庫を減らせ」という、数字の結果を求められる所から担当者の責任は始まります。でも、その方法は先輩の感覚で「ほら、こうやるんだよ」とやったものを見様見真似でやるしかありません。
「売上を伸ばせ」と。売上とは。単価×売数。
単価を上げれば売上が上がるか?売数が下がるから違う。
売数を伸ばすには。単価を下げちゃあ同じことだ。
売場を広げればいい、目立たせればいい、と先輩は言ってた。
でも売場の総面積は決まっているから、何かを伸ばせば何かが狭まる。相殺されないのか?
じゃあ、例えば今日の売場で、どこにどう並べたどれが面積あたりいくら売れているか調べてみようか。
という具合に、いろいろ考えながら、実売数を調べ始めたのです。誰も教えてくれないので、一人で電卓をパチパチやっていました。
自分の「売れてる、売れてない」の感覚が、いかにアテにならないかがよくわかりました。ペーペーなんだから当たり前ですが。
そして、実際の結果を知ることで、感覚を修正していけるようになりました。私が仕事をしていて楽しい、と思えるようになったのは、そこからでした。
もちろん、鮮度や品質の知識をはじめとする、経験でしか、感覚でしか説明できない部分が多い仕事です。その部分への努力を怠ってはいけませんが。
数字にして、言葉にして、誰にでも最初からわかりやすく教えられる部分はあるんじゃないか、と思います。でも、それを教えてくれる人は私の周りにはいませんでした。
辞める前に、その私の考える「教えられる部分」を少しまとめて残そうかと考えていたのですが、本当に辞める寸でまで忙しく、できませんでした。
遅ればせながらこのブログで、すこしでもできれば、と思っています。
三治君(仮名)が売場のあちこちを補充して戻ると、もう2時50分です。
朝から書き溜めた赤伝リストを引っ張り出し、専用のFAX用紙に書き出します。
着々と電子化が進んでいる業界ですから、この作業は今頃電子処理されているでしょうか?私の頃からそうだとありがたかったのですが。
とにかく、赤伝は面倒です。資材発注もそうでしたが、売上げに直接繋がらないことというのは、担当者にとって非常に面倒なのです。
でも、自分の過失でなく出た傷みロスは、しかるべき所に賠償してもらえなければ、廃棄ロスの項で書いたようにロスの分だけ売価が上がり、結局お客さんに損させることに繋がります。やらなければいけません。
そろそろピーク、という時間に赤伝作業で10分離れると、売場はまた荒れています。慣れない新人のうちは、とにかく仕事に追われて追われて一日が終わるのです。
この位の時間になると、三治君(仮名)も「中途半端」の一つ覚えでは立ち行かなくなってきます。既に一日の売上げの半分売れています。品物によって、残り在庫にバラつきが出てくるのです。
昼一度補充した生椎茸は、もうあと30個しか倉庫在庫がありません。でも、売場は半分以下まで減ってしまいました。中途半端に出そうとしましたが、30個出してようやく売場の6割、というところでした。
ピークの時間です。そして、夕食の調理時間が迫っている主婦の皆さんは、今夜は何にしようかと悩みながら売場に来ています。衝動買いが多い時間帯なのです。ここまでによく売れた結果とはいえ、この時間にスカスカの売場を見せては機会ロスです。
ちょっと考えて、隣のぶなしめじがまだたくさん在庫があることを思い出しました。
どうするかと言うと。
まず、生椎茸の最大200個の売場を120個の売場に縮めます。200個の6割ですから、売場に出ていた数は120個です。つまり、面積なりに満タンのボリューム感に見えるところまで売場を縮めたのです。
次に、隣のぶなしめじ。同じように最大200個の売場に、140個ほど並んでいました。これを生椎茸を縮めた跡地までサラッと広げ、最大300個の売場にします。そして、半分しか埋まっていないように見える売場に、豊富な在庫から90個を新たに並べ、80%弱ぐらいまでボリューム感を戻しました。
そのまま放って置けば、生椎茸の購買意欲は徐々に落ち、ぶなしめじはその日の平均ペースで売れるだけでしょう。売場の『フェース(商品が見える面積)』を調整することで、在庫が余っているぶなしめじの購買意欲の引き上げと、生椎茸の機会ロス低減を狙ったわけです。
平台に乗るような、一定以上の魅力がある、売れる商品では、ボリューム感さえうまく出せれば売場の面積と売数はほぼ正比例します。
この場合だと、生椎茸の売場を縮めた分のマイナスはボリューム感の回復で相殺されますから、放っておいた場合と売れ行きはほとんど変わらないでしょう。
ぶなしめじは、売場を1.67倍に広げた分だけ売りが伸びる期待があります。
この時間まで(一日の売上げの6割ぐらい)が60個ですから、60÷0.6=100個が放っておいた場合の一日の売数、今日の残り時間はそのままなら40個ぐらい売れただろう、という予測になります。
それが約1.67倍になれば、残り時間での売上げは約67個になることが予想され、27個余計に売れる、100円で売っていれば2700円売上げが伸びる、かもしれないと考えられるわけです。
と言うと売上げが伸びた印象が強くなりますが。そもそも、生椎茸の量をきちんと確保していたら、この時間までの、ぶなしめじより圧倒的に売れていたペースを閉店まで維持でき、より多い売上げに繋がっていたでしょう。
この場合のフェース変更は、マイナスからスタートしそれを取り返す努力だったわけです。
そこに在庫や利益が絡むと、さらにややこやしくなってきます。新人の三治君(仮名)にはとても捌けないでしょう。だから、先輩はここにも彼でもわかる言葉で、「無くなってきたものの売場は、あるもので広げろ」と、最低限の効果が得られる教え方をしてあったのです。
それでも、補充を始めとする作業のスピードそのものが遅く、パートさんに指示切れを怒られながらの三治君(仮名)には、かなりの負担です。
あれもやらなければ、これもやらなければと、開店してから時間が経つにつれて、実際の売れ行きを見ながら修正すること、考えることが増えていくのです。
しかも、今度は5時が締め切りの発注が迫ってきています。朝から倉庫整理をする暇もなく荷物は投げっぱなしですが。在庫は把握できているんでしょうか?
どうしよう、どうしようと、大して中身の無いことを考え、考えすぎて脳が溶けそうな思いをする、三治君(仮名)の午後が過ぎてゆくのでした。
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