2007-03-02

上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~6~

~5.明日は明日の風が吹く?青果担当の発注作業~

少しでも売りを広げようと努力を続ける新人の三治君(仮名)。ふと時計を見ると、午後3時45分です。午後5時の、POS発注締め切り時間が迫って来ています。
朝から仕事に追われ続け動き回り、くたくたに疲れた足を引きずってバックヤードに戻ると、パートさんにこう言います。
「発注やるから、○○さんちょっと売場見てて下さい。」
指示の進行状況を見て、発注作業を終えるまで指示切れしないことを確認すると、1品ずつ在庫とオーダーブックのにらめっこをはじめました。
発注というのは、非常に大きなプレッシャーがかかる仕事です。発注しなければ商品が入ってこない、つまり商売になりません。また、多く発注しすぎ在庫を抱えれば、青果はみるみる腐ります。
しかし、実はこの時の三治君(仮名)は、少しほっとしています。パートさんは、品出しや荷下ろしのような自分でも出来る、見当がつく仕事に比べ、発注という作業、それが出来る担当者に、神秘的なまでの畏怖を感じています。具体的に言うと、発注しはじめた担当者には、邪魔しないよう話し掛けなくなるのです。
三治君(仮名)は、これまで自分を追い立てていた複数の案件のうち、パートさんと売場というプレッシャーのビック2から解放されました。発注というのは、担当者の一日の作業の中でも唯一に近い、完全に一つのことに集中できる作業なのです。
もっとも、それは三治君(仮名)がまだまだ本来の意味での発注をしていないから、という面もあります。
発注は奥が深く、売上げと利益に直結する作業ではありますが、三治君(仮名)のこれまでの作業がそうだったように、ごく簡単に最低限の結果が出るやり方を教わっているのです。

本来の意味での発注とは。「売るためにモノを取り寄せること」に他なりません。
いちばん簡単でわかりやすいのは、お客さんからの注文を受けるパターンです。
・何か欲しいものがある→手に入れる方法がわからない→わかる人に頼む
 コレが、お客さんの注文です。
・お客さんにコレが欲しいと頼まれる→モノを持ってる人に連絡し、取り寄せる→お客さんに渡し、対価をもらう
 コレが店の仕事になります。
このうち、「モノを持ってる人に連絡する」作業が「発注」にあたります。
でも、店では注文を受けてから発注する、ということは極めて稀です。お客さんがいちいち「注文」するのが面倒くさいから、欲しがりそうな物をあらかじめいろいろ集めて並べ便利にするのが「店」ですから、当たり前ですね。
すなわち、明日お客さんが欲しそうなもの、欲しがる量を予想して取り寄せるのが発注という作業なわけです。
なぜこんな当たり前のことを最初に確認するかというと、コレが極めて難しい仕事で、ともすれば基本を忘れがちになるからです。
明日の商品の売れ行きなんて、確かなことは誰にもわかりません。明日大雪が降れば、お客さんは店に来ないでしょう。近くの他の店が目玉満載のチラシを出せば、客数は相当食われます。何の前触れも無くおもいッ○りテレビで「みかんを毎日食べればガンにならない!」なんて放送したら、みかんが爆発的に売れるかもしれません。
そもそも、明日まで自分は絶対死なない、とすら言い切ることは出来ないはずです。明日のことなんて、神様にしかわからないことなんです。
でも、担当者はそれをやろうとします。発注作業とは、人間が神に近づこうとする努力の一形態である、と言っても過言ではないのです。
幸いスーパーには、前日までの過去の売上げという予想の参考になるものがあります。過去2週間以内で、明日の予定と同じ価格で売っていた平日、というような条件付での抽出をすれば、ほとんど同じ売数になることが予想されます。
と言っても、単調に同じ日が続くわけではなく、相場が変われば値段は変わるし、チラシに入って価格が下がる日もあります。そこでベテラン担当者は、ここでも経験からくる感覚を駆使し、修正を加えるのです。
まず第一は、「今日の実売数」です。前項で見たように、新人の三治君は指折り数えたりPOSデータを見たりしないとわからない実売数を、ベテラン担当者は相当の精度で察知しています。今日、今より最新のデータはありませんから、あるとないでは大違いです。
第二は、「過去の体験」です。例えば、明日は3月の第一週、この時期は春にらが旬だ。日に日に需要は上がってくる、と、こんな風に明文化は出来なくても、毎年同じように巡ってくる季節から来る商材の変動曲線が頭に入っているのです。最高気温が25℃を超えるとスイカのカット品のような夏商材が倍動く、というような今では常識化したことも、元は経験者が感覚で察知したことを検証して導かれたものなのです。
第三は、「関連商材」です。冬場に白菜が安いと、つられてネギや生椎茸も売れます。「鍋」です。同じ白菜でも、春に安くなると一緒に売れるのはきゅうりや白かぶ等「浅漬け」商材になります。関連商材の知識はむしろ『売場計画』と深い関係があり、そもそも本来、発注は売場計画と不可分の関係にあるのですが。そのへんは改めて詳述します。
さて。そんな知識も経験もかけらもない三治君は、どうやって発注をするか。実は彼は、先輩に「基準在庫めがけて発注しろ」と教わっているのです。
例えば、今日の売場で何度か例にしたキャベツ。当初の売場計画100個をはるかに超え、200個売るペースですが。まだ不足はしていないようです。それだけ発注できていた、ということになります。
これは多分、平台で売るものは、だいたいの売数を基準にその倍確保しろとかなんとか、わかりやすい基準在庫を設定してあったからなのです。
どういうことか。発注の日ではなく、その前の日の売数というのは、簡単に調べられますし、また調べなくても在庫の動きだけで把握できます。
またキャベツを例にすると。
一昨日の朝、冷蔵庫にキャベツが20個ありました。150個入荷しました。咋朝の倉庫には70個ありました。売場の余りはカットして無くなる運命にありますから、朝の時点で在庫としては無いも同然です。
ということは、一昨日の(だいたいの)売数は。
朝の在庫    20+150=170
その日の売数 170-70=100
100個ぐらい、とわかるわけです。
そして今日平台で売ることは、昨日の発注時点で決まっています。だから昨日は、100×2で200個に在庫がなるように発注していたのです。
この基準在庫を毎日計算するのは大変ですから、1週間ぐらいのスパンで計算しています。または、具体的にどのぐらい、と教えてくれる親切な先輩がいたかもわかりません。
三治君(仮名)がオーダーブックを持ってにらめっこした相手が倉庫在庫だったのは、このためです。
発注時点で60個在庫があれば、今売場に並んでいる数もありますからその後出す分は多くても10~20個、明日朝の在庫が40個として、今日も200個の基準在庫を目指すなら160個発注、となります。
売数の倍、というと多く感じますが、この日キャベツが200個売る勢いなように平台に並べるような魅力的な商品は、急に前日の倍売るような不測の事態はよくあることです。切らせば機会ロスですから、多めに在庫を確保しておく必要があるのです。
また、予想以上に売れない日があっても、最悪2日普通に売れれば減らせる量でもあります。余ってきたら発注を止めれば、2日で無くなる、新人の三治君(仮名)でもロスを出さず管理できる範囲、というわけです。
では、平台に乗るような魅力的な商品、『販促商品』でない、レギュラーケースに多種並んでいる、ししとうやオクラ、にんにくの芽やらみょうがやらパプリカやらにがうりやら、みんな知ってる、でも滅多に買わない商品、一日でどんなに売れても10個や20個、全く売れない日もある。でも並べてないと目的買いのお客さんはいる、というような『品揃え商品』はどうするか。
これはもう、売数も考えません。ひたすら基準在庫になるように発注するのです。そもそも、売上げや利益を大きく左右する商材ではないので、切らさないことだけ考えればいいわけです。
ししとう100円を10個売って1000円をどうしようかと必死に考えても、一日100万売るスーパーでは売上げの0.1%です。そんなものは、平台で売れているもの1品を10%伸ばせばお釣りが来るのです。並べているものの鮮度と品切れだけは、0点つけるお客さんに繋がるから手を抜けませんが。逆に言えば他はどうでもいいので、発注もいい加減です。
ししとうが10個並ぶ売場を作っていて、倉庫にも10個ある。なら1日でししとうが20個売れることは滅多に無いから、発注しない、とやるわけです。これがもし売場に8個出てるだけ、となったら、20個付近に戻るよう10個ぐらい発注します。
品切れ防止を重視するなら多めに、在庫の回転と商品鮮度を優先するなら少なめに基準在庫を設定して、あとはその基準在庫ぐらいにいい加減に発注する、その適当さが他の余裕に、売上げに繋がるわけです。

ここまで簡単に考えられるようにしていても、新人の三治君(仮名)には相当の重荷です。ふうふう言いながら倉庫在庫をチェックしています。
それでも、前日発注だからまだいいのです。これが前々日発注だったら、大変です。
今日はキャベツが全部売れてしまいそうです。生椎茸も切れる寸前です。でも、発注すれば明日朝には入るでしょう。
もし前々日発注で同じ方法だったら、どうなるか。またキャベツ(基準在庫200個)を例に考えてみましょう。

1日目。最初の朝の在庫は20個、入荷は150個、ここまで一緒です。
その日の夜の在庫を70個と想定して、130個発注します。でも、それが入るのは2日後です。
2日目。翌日は朝70個の在庫に、140個入荷してきました。でもその日はひどい大雪でした。30個ぐらいしか売れそうになく、夜180個余ると見て20個の発注で抑えました。
3日目。つまり今日です。200個売れそうな今日です。今日のすごい売れ行きは、前日買えなかったお客さんによる反動』だったのかもしれません。悪天候の日でもお客さんは料理はしていますから、次の日にはなくなった分を買いに来るわけです。
180個の在庫に、最初の日発注した130個が入荷してきます。朝の在庫は310個です。
200個売れそうですが、それでも夜の在庫は110個と予想されます。90個発注します。
4日目。朝の在庫は110個なのに、入荷は20個しかありません。130個という在庫量は、通常より30%売上げが伸びれば完売する量です。
単品売上げは日によって最大通常の倍まで伸びる、と言いましたが。この日はその売れる日の部類だったようで。完売してしまいました。
5日目。朝の在庫は0。無しです。でも入荷は90個だけです。昨日と同じ展開では、まず売り切れます。先輩に言われ、仕方なく売場展開を縮小することになりました。予想以上に売りが縮み、70個しか売れませんでした。

4日目と5日目に、機会ロスが発生してしまいました。前日発注なら、毎日、朝の在庫を200個付近にコントロールできます。から、4日目は130個からさらに140、150とさらに売上げを伸ばせたかもしれないし、5日目は100個売る売場(と言っても、2日前に200個、前の日に150個売れている売場です)で勝負できたのです。
なぜこうなったかと言うと、発注する時の基準を、発注する日に置いたからです。モノが入荷した日の朝で調整するから基準在庫式発注が成立するのであって、前々日発注ならどうしても、翌日の売上げまで予測しないとこの方式が成り立たないのです。
これは経験者でも難しい作業です。新人にやらせるなら、基準在庫を引き上げる(250個とかに)しかなくなるのです。
基準在庫が250個だと、
1日目 在庫20  入荷150 売数100 発注180
2日目 在庫70  入荷140 売数30  発注70
3日目 在庫180 入荷180 売数200 発注90
4日目 在庫160 入荷70  売数150?発注170
5日目 在庫80  入荷90  売数100↑発注180↑
と、ショートはしなくて済むようになりました。が、荷物が増えているということは、その分だけ荷下ろし・倉庫整理が大変です。
そして、4日目・5日目に、二日続けて凄い量発注しています。売れているからせざるを得ないんですが、6日目以降にまた大雪が降ったら、在庫の鮮度はどうなるんでしょう?
在庫リスクは、そのまま作業負担と値引きロスリスクに繋がります。
業者に無理させてでも前日発注にシフトしてきた理由が、ここにあります。

脂汗を流しながら、POSのリーダーでオーダーブックのバーコードを読み、数量を打ち込む新人の三治君(仮名)。もう体も心もへとへとです。
この、コンビニのレジにあるようなリーダーでピッとバーコードを読んで数字を打つ作業。実によくミスが発生します。
私は一度、ほうれん草5ケース(1箱20袋入り、つまり100袋)と押したつもりが、55と連打してしまっていたことがありました。55ケース、1100袋。10日分の売上げに相当します。10日置いておけば腐るのは必至ですから、翌日からの売場は超お買い得なほうれん草フェアーです。売上はなぜか伸びましたが、利益は言うまでもないでしょう。
ミスをしたら大変。でも締め切りは5時。時間は絶対にギリギリなのです。疲れた頭に鞭打って、三治君(仮名)は一心不乱にキーを打ちます。

終わると、放心状態です。1時間離れた売場も、もはや浦島太郎です。
既に帰り仕度を終えたパートさんに別れを告げ、再び重い足を引きずり売場に向かう三治君(仮名)でありました。

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