2007-03-06

上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~7~

~6.店はまだまだ開いている・・・青果担当の夜の作業~

売場に戻った新人の三治君(仮名)。体力的にはもう限界が近いです。
なのに、パートさんにお願いしていたとはいえ、ピーク帯が続く売場はまたかなり荒れています。手早く手直しを進めながら、状況を確認します。
既に5時を回りました。1日の総売上げの7割半あたりまで終わった時間になっています。商品を出しすぎれば明日の朝は値引きラッシュです。かといって切らしては機会ロスです。再三繰り返してきたように、コレが欲しい、と店に来ているお客さんは、目的の商品が無い店に0点をつける可能性がありますから、慎重に必要十分なだけの陳列を心掛けなければなりません。
とはいえ、ここまでの時間ずっと売場の見た目、現在の状況だけを判断基準にして売場を運営してきた、つまり売数に関係無く売場に出す数だけを基準にしてきた新人の三治君(仮名)に、これからの売数は予測できません。
発注時に朝と今の倉庫在庫の比較はしていても、売場に並べている量がわからないのでトータルいくつ売れたかはわからないのです。
しかしここでも、特に平台の品においては、先輩の助言が役に立ちます。7時半までは、売場に発注時基準在庫の1割残せというものです。
発注時の基準在庫は、予測売数の2倍を目安にしています。ですから、「発注時基準在庫の1割」というのは計画時の予測売数の2割になるわけです。
7時半というのは、1日の総売上の9割以上が終了する時間になります。7割半の5時から9割の7時半まで。予測の売数の1割半の時間ですから、2割あれば切らさずに管理できるだろう、という狙いです。
そして、7時半からの1割弱の時間に向けた残す数が2割ですから、そこで打ち止めて切らさず残しすぎず終わらせられる計画、というわけです。
もっとも、発注前までの段階で三治君(仮名)はかなり積んでいます。中途半端を繰り返していたとはいえ、5時でも計画倍数の5割は残っている場合がほとんど、7時半までに2割切るまで売れてくる商品は少数です。
陳列量が減れば衝動買いの機会ロスが起きますから、ピーク帯の3時~5時客数に合わせた陳列量を心掛ければ仕方ない面もあるのです。
基本的に減らすのみ、ボリューム感が無くなるので、びっちり手直しをして鮮度感を失わない売場維持をする。それが5時以降の売場での仕事になります。
もう一つ、夜の売場で行わなければならない作業に、『値引き作業』があります。朝の項で説明したような『当日売り切り品』に加え、一日売場に並んだためにくたびれきった商品も値引きで売ってしまわなければなりません。捨てれば0円、まるまるロスです。そもそも、せっかくの青果を捨てては、手塩にかけて育ててくれた農家の皆さんに申し訳が立ちません。
また、見劣りする商品に値引きシールを貼って先に失くしてしまうことで、売場にはより良い商品が残ります。つまり鮮度感がある売場作りにも繋がるわけです。とかく手が出にくくなりがちな要素が多い夜の売場では、鮮度感は命綱です。
売場にいい商品がなければ、全部値引きするぐらいの気持ちです。朝まで悪いものを残す担当者は、結果的に廃棄・機会ロスの多い担当者なのです。

少しずつ、お客さんが引き始めます。それに伴い、売場管理の作業も少しずつ楽になってきます。
三治君(仮名)でも余裕が出てきたところで、担当者の夜の仕事で最も重要な作業、明日の『売場計画』の作成にとりかかります。
私は非常に重要だと思う、売場計画ですが。実はまともに作っている担当者はほとんどいないと思います。慣れてきていて、高い次元で発注をしている担当者は、発注の時点で売場を想定しています。むしろ逆に、明日はこうしたいからこういう発注を、と売場から発想して発注をしているのです。ひたすら在庫量だけ見て発注していた三治君(仮名)とはワケが違います。
また、青果というのは非常にイレギュラーが多い部門です。鮮度・品質がまちまちですから、発注した量、入荷した量が全部そのまま正価で売れるとは限らないのです。さらに、昨日までバカバカ市場に入荷して安く取引されていた品物が、台風で全滅して入荷が全く無くなり暴騰したなんてこともしょっちゅうなのです。
計画をしても、結局状況で判断して修正を迫られます。三治君(仮名)のような新人ですら、今日の作業の中で生椎茸とぶなしめじの売場を変更しているのですから。
いらん手間は無いほうがいい、そもそも大まかな計画は脳内にある。だからわざわざ紙には書かない、という担当者が多いわけです。
でも私は、余程慣れた3年目の最後まで計画書を作り続けました。最後のほうは力余って、2週間分ぐらい先にわかっているセール計画に合わせて計画を作成しておき、毎日修正する、というスタイルでやっていました。
何故か。何かに書かないと、わけがわからなくなるからです。
何せ扱っている品物が300品目以上です。どれがどこ、としっかり書いておかないと、ころころ変わる単品の価格・細かいフェースの割り振りをしっかり掴めないのです。ただでさえおっちょこちょいの私ですから、完璧にやったつもりの時でも1つ2つミスをしています。
ミス予防には、書くことによる情報の処理・とりまとめが一番効果的だったのです。
それと、私のスタイルとして、売場の全体像を非常に重視するタイプだった、というのも理由の一つです。実際に図面として書いてみると、自分の脳内での売場映像イメージをよりくっきり描けるようになるのです。
そして、パートさんをはじめ使わないといけない人がいる以上、そのイメージをわかりやすく伝える媒体が必要になります。脳内映像を全て言葉で説明できる人はいないでしょう。いたとしても、図で示したほうが話が早いはずです。私は、平台の品物は、だいたい3cm刻みでこれだけの幅、と人に指示できるレベルの計画を作っていました。
やりすぎだ、時間の無駄だ、さっさと帰って寝ろ、みんなに言われました。でも、パソコン(図面にはエクセルを使っていました)の扱いに慣れれば、まとめて作った週間計画に修正を加えているだけですからものの10分もあれば作成できます。だから、週間計画の作成時以外は時間は理由になりません。
そして、細かい所までみっちり計画を作り、売上げ予測の細かい所までピッタリ計画通り進んだ時というのは、異常に気持ちがいいのです。
このブログの納豆問題の記事に書いた、さといもで一山当てた時などは、部門外の売場スペースを貸してくれと頼んだ副店長を始めとして、およそ当日前に計画を話した全ての人間に「アホか」と言われました。でも、結果は。
結果が出た後で「ざまあみろ」と言ったりするほど私は下品な人間ではありませんが。でも、自分だけが明日を知っていた、という予言者にも似た快感が味わえるのが、売場計画なのです。
思い通りにならないものだ、という前提があるからこそ、私には青果の売場計画というのは楽しく、やりがいがあるものでした。おまけにミスを防げるという実益も少なくないのですから、やらないわけにはいかない重要な仕事でした。

さて。新人の三治君(仮名)は、絶対に売場計画を作れと厳命が下っています。理由はもちろん、だいたいを想定する能力すら無いからです。
伝票とオーダーブックを再度見て売価の確認、発注量と倉庫在庫の確認をしながら、なにやらかさこそと細かい字を図面に書き散らしています。
と言っても、彼のやっている計画は、計画というより単なる「配地図」です。発注のあとに図面が来ているからです。
この価格で200個りんごを売りたい。そのためにはここでこんな広さでこんな並べ方でお客さんに見せて、と発想してから発注をするのと、200個りんごを在庫しよう、確保しよう、と発注するのでは随分違います。
発注して量を決めてから売場を作っているので、三治君(仮名)の売場は決まった量を売るもの、という範囲から抜けられないのです。
今日キャベツや生椎茸が売れていた、という情報は、その計画にはフィードバックできません。いつもの在庫量がある限り、売れているもの以外のものの売場は在庫を処分するためには縮めることはできず、従って売れているものの売場を広げることも出来ない、つまり売るための仕掛けが出来ないので、結果として同じ売上げしか期待できないというわけです。
足りない経験・知識・技術で忙しい作業をこなして上では仕方ない面もありますが。そのままでは売れないままでしょう。常に現在から後ろだけを見て、前を発想できず、しかも結果が出ない新人の頃の青果担当というのは、本当に面白くない仕事だと思います。

売場計画をつくりながらも、ちょこちょこ売場を見なければなりません。絶対やらなければいけないと言われているとはいえ、計画は明日の朝でも間に合うもの、今の売場は今しかないものです。当然、今の売場を最優先にしなければなりません。
7時過ぎ。困った問題が発生しました。在庫切れで売場を縮小した生椎茸が、既に10個しか残っていないのです。生椎茸の基準在庫は300個。既に大きく1割の30個を割り込んでいるのに、出すものがありません。
切らせば目的買いの機会ロス。もっともやってはいけない状況が訪れます。
ちらと見た三治君(仮名)は、平台からPOPを外し、生椎茸も一旦全部売場から下げて、跡地はまだ相当残っているぶなしめじで広げました。
そして、なめこやえのきが並んでいるレギュラーのきのこコーナーに向かうと、上段から二段目、減っているタモギ茸の売場を縮め、そこに先程下げた生椎茸を陳列しました。
こうすることで、つい手が出た、というだけのお客さんからは見えない、見つけにくい場所に移動し、でも生椎茸が欲しくて来た、というお客さんなら見つけられる状況を作った、つまり衝動買いの機会を減らし、目的買いのお客さんぐらいしか買わないだろう、という状況を作ったのです。これを『隠す』と言います。
付加効果として、隣の生椎茸と比較されて売れていなかった(のかもしれない)ぶなしめじを比較構造から解放して売りを伸ばす効果が期待されます。
と言っても、既に売上げは1日の9割に達していますから、その売上げ付加効果は微々たるものでしょう。やはり一番の理由は、品切れ防止です。

8時過ぎ。ようやく面倒くさい計画も終わりに差し掛かった頃。売場ではまた問題が発生していました。1個100円のキャベツが残り3個、1/2が2個しかないのです。
流石の三治君(仮名)も、このままでは品切れすることはわかります。隠そうにも1/2合わせて5個では、まだ品切れの危険は去らないでしょう。もし店にあと100人しかお客さんが来ないとしても、そのうち5人買ったらオシマイなのです。もし10人欲しいお客さんがいたら、5人に0点付けられてしまいます。
三治君(仮名)は、その1玉売りキャベツ3個を抱え、今日何度目かの猛ダッシュでバックヤードに帰りました。そして、大急ぎでその3個を半分に切り、1/2として製品化して再度売場に並べたのです。
これは、商品の性格と時間を考えてやった対策です。9時閉店のスーパーで、8時過ぎのお客さん。たくさん買うつもりの人はあまり来ない時間です。その日の夕食を中心に若干の買いだめをする、というパターンの主婦層はまず来ないからです。旦那も子供も夕食を食べ終えています。
じゃあ誰が来るか。この時間の客というのは、単身赴任等、一人暮らしかつ帰りの遅い「少量買い層」の比率が非常に高いのです。その割にコンビにでもホカ弁でも牛丼屋でもなくスーパーに来る、ということは、料理はしている人が多いでしょう。
と、いうことは、少量単位の需要が高い、ということになるわけです。
キャベツ1玉というのは、4人家族でも1日で使い切るのは稀な量です。一人暮らしなら尚更でしょう。
もう一つ。他の時間と同じようなお客さんがたまたまこの時間に来て、目的買いで1玉売りのキャベツが欲しいと思っていたとして。なかったらどうするでしょう?
1/2でもキャベツはキャベツです。そして、1/2で不足する、ということは今日びこのご時世、滅多に無いはずです。1/2を二つ買う、というのは考えにくい。1/2を一つだけ買っていくのが普通じゃないでしょうか。
そのお客さんにとって100点の状況、1玉売りが安くて新鮮、という状況ではありませんが、キャベツは手に入ったんですから50点ぐらいはもらえるのではないでしょうか。
3個残っていた1玉売りを全部1/2にしたので、売場にはもともと残っていた2個と合わせ、8個の1/2が並びました。5個と8個ではたった3個の差ですが、3人に0点つけられる危険が防げたとも考えられます。3人の後ろには1人あたり30人、90人の口コミ情報網が巡らされているんですから、決してバカになりません。今日の売上げには一切繋がらなくても、おろそかにできる仕事ではないのです。

やっと計画も終わる頃には、売場にはもう『蛍の光(オルゴールエディション)』が流れています。売場の保鮮作業を終え、新人の三治君(仮名)が店を出るのは9時半。休憩のほとんどない14時間半労働です。しかも、繁忙期の特異現象ではなく、これが日常です。
コンビニでカップラーメンや弁当を買い(同じ店の惣菜部門の廃棄弁当なんか、絶対もらえません)、のろのろ帰ると10時。
でも、飯を食って風呂に入っても眠くなりません。人間、あまりに疲れすぎても眠れないものです。
電気を消して、布団の中でカチャカチャと携帯でネットなんかやっています。2時や3時に寝て、翌日は6時起きで出勤。休みは週1回あればいいほうでした。
午前10時開店午後9時閉店のスーパーでこうですから。最近増えつつある深夜営業スーパーではどうなっちゃってるんでしょうか?
とはいえ慣れれば慣れますが。やっぱりスーパーの青果担当者ほど過酷な労働環境もなかなかないと思います。

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