2007-09-14

上から読んでも下から読んでも八百屋です。 ~32~

~閑話休題・青果と農薬の思い込み~
 
先日のキャベツの記事へのリンク元をぼんやりと眺めていたら、ちょっと看過できない記事を発見しました。
ヤフーの質問コーナーの回答で、既に2年前に「解決済み」になっている記事なのですが。ああ、未だにお客さんのイメージはこんなもんだよなあ、と。改めてがっかりしたというか、微妙な気分になりました。
以下に全文引用します。
 

質問日時: 2005/8/28 18:56:08 解決日時: 2005/8/28 20:41:35 質問番号: 5,829,904
・市場の中の八百屋でキャベツを買ったのですが店員がいちばん虫に食われた劣悪なや...
 
市場の中の八百屋でキャベツを買ったのですが店員がいちばん虫に食われた劣悪なやつをよこしました。とっさのことでびっくりして、クレームをつけることも思い浮かばず、今ごろ腹が立ってきました。これは、どういうことが考えられますか。私が客としてなめられたのでしょうか。

・ベストアンサーに選ばれた回答
 
回答日時: 2005/8/28 19:03:01 回答番号: 21,129,949
 
虫が付かない位薬をかけた、キャベツより虫が付く位、薬の少ない物の方が良いのでは無いでしょうか。良い方に考え感謝して下さい。

・ベストアンサー以外の回答
 
回答日時: 2005/8/28 19:08:50 回答番号: 21,130,221
 
八百屋の主人ですが、この度は店員がそそうを致しまして申し訳ございません。
いつも虫が食うような葉物は農薬をあまり
使っていないから旨いんだ、なんて教えておりますので熱心さから出た事にてお許し下さい。
適当に消毒剤を掛けたキャベツとお取り替え致しますので、恐れ入りますが当店まで
お持ちいただければ幸甚です。
回答日時: 2005/8/28 19:11:44 回答番号: 21,130,353
 
虫が食うという事は、農薬もなくて美味しいものですよ。
なめられたという事はなくて、美味しいだろうと思うも物をだしてくれたんだと思います。
けど、虫食いが嫌な人もいるでしょうから、その時に取り替えて欲しいと言っても良かったかもね。
私の実家の家庭菜園のキャベツは、みんな虫食いですよ。けど、あまくて美味しいわよ。

~Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=145829904#21130221より

この回答のような誤解は、実に良く見ます。というより、ほとんど常識と言ってしまっていいぐらい、皆さん同じように考えられているようです。
誤解、と言い切ってしまうのは適当ではないかもしれません。2割弱ぐらいは正解ですから。虫がつく=農薬使用量が少ない、というのは間違いありません。虫が食っているものは食っていないものより安全な確率は高いでしょう。
問題は、そこから実に単純に短絡的に、逆も真なりと決め付けてしまっていること、つまり虫の食っていないキャベツ=農薬まみれで育てたキャベツ、と決め付けてしまっていることです。
そんなはずはないんです。だって、農薬を全く使っていない虫食いキャベツの畑にだって無傷のキャベツはあるんですから。
どうにも、できるだけ虫が食ったりしていないキャベツを食卓に届けたい、という生産者の方の想いに対する無理解にすら思えて、ちょっと黙っていられない気分になりました。
本来私は一介の、経験の浅い元青果担当者でしかないわけで。生産者の方の完全な代弁者とはなり得ないわけですが。僭越は承知の上で、知っている限りのことを書いてみようと思います。
 
キャベツにつく食害虫は、蛾や蝶の幼虫がほとんどです。生産者の方の作業のひとつとして、この卵を産み付けに来た成虫を捕る作業があるそうです。卵さえ産ませなければ食害は起きないし、成虫は薬を使って殺すより捕ったほうが早いので、どこもみな捕虫網をブンブン振り回してつかまえるんだそうです。
もし運悪く卵を産まれてしまうと、孵った幼虫は産みつけられた株から活動域を徐々に広げていきます。農薬を使う生産者の方はこのタイミングで使います。使わない生産者の方も、草取りをしたりしながら一匹ずつ手で取るんだそうです。
農薬を使わなければ。または手で取らなければ。最悪、その畑のキャベツは全滅します。アオムシとかケムシの類というのはものすごい大食いです。甘くておいしいキャベツの葉なら、底なしに食べてしまうのです。生産者のほうも必死です。食べられたら食べられたぶんだけ、生活に直結してくるんですから。
そうやって必死の思いで虫取りをして、今年はうまく虫食いのないキャベツが作れた、と胸を張って市場に送り出したら。「虫が食わないぐらい薬をかけた」と疑われてしまうのでしょうか?いくらなんでもそれはあんまりだと思うのですが。
もっと言えば。虫食いがひどいキャベツは、当然ながら生産者の方も出荷しません。出荷できるレベルに無いと判断されたキャベツは、自宅用とするか、ごく親しい人に申し訳なさそうに配るか、畑に鋤きこんで堆肥にするかして、お客さんの目に届かないところで処分されているのです。
すごく厳しい基準で判断し、ちょっとでも虫が食ったら出荷しない、という生産者の方だっています。そんな人のものまで「農薬まみれ」と疑われてしまうのでしょうか。
虫が食った野菜は、見た目が悪いというだけではありません。前回まで繰り返し書いたとおり、野菜は切り口から腐ります。虫が食った部分も同様で、非常に腐りやすいからです。キャベツであれば、外側の皮をかじった跡があるぐらいなら剥けば済みますが、何と言う虫か知りませんが中へ中へ食い進んでいく奴がいて、外は大したこと無いと思ったら真ん中でぐちゃぐちゃ、なんてのも担当者は日常的に見ているのです。
そういうものを並べない、という担当者の気遣いも、やはり「見た目ばっかりで」なんて言われてしまうんでしょうか。
 
水道水の塩素だとか防腐剤だとか農薬だとか、人体によくないものをわざわざ使うな、とヒステリックになる化学物質アレルギーな人がいます。
確かにそれらは、使わなくて済むならそれにこしたことはないのでしょうが。なのになぜ使われるのか、どうして使われ始めたのか、もし今使わなくなったらどんなことが起きるのか。そこまでをしっかり検証し、対案を示した上での反論が、そうした人にできるのでしょうか。
感情論みたいな思い込みによる主張が多すぎる気がします。
一日2食健康法サイトへの反論で見つけて以来、すっかり私のお気に入りになってリンクも張らせて頂いている有機化学美術館でも取り上げられていますが。危険性を主張するだけなら、ただの水でもできます
人間には何でもない物質でも虫など他の動物には有害、という物質だって数多くあります。逆ももちろんあります。ちょうど前回の記事は玉ねぎについて書きましたが、玉ねぎは犬や猫に食べさせると非常に毒性が強いということをご存知の方も多いのではないでしょうか。でも人間には、栄養豊富なおいしい食べ物なのです。
「虫も食わないような」という言い回しは誤解以外の何者でもありません。虫は食べないけど人間は食べられるものだってあるのです。
日本の農薬の使用基準は非常に厳しく、世界でもトップクラスと言われています。厳格なテストを通過したものだけが許可を受け、さらにその使用量も万が一が無いよう管理されています。
何より、農薬に強い害があるとして、真っ先に被害を受けるのは撒布する生産者自身です。食べ物を通じてでなく直接摂取せざるを得ない危険に晒されるのですから。それでも、使っているのです。
そのあたりの事情をわかった上で、それでも農薬の入ったものは避けたい、というならわかりますが。
 
特に、「ベストアンサーに選ばれなかった回答」の上のほうの奴。これには厳重な抗議をしたいと思います。といっても2年も前の質疑応答ですから今更なんですが。
 
 >いつも虫が食うような葉物は農薬をあまり
 >使っていないから旨いんだ、なんて教えておりますので
 
この程度の知識で「八百屋の主人」を騙られるのは、誇りをもってこの仕事に取り組んでいたものとして、心底不愉快です。
まず、キャベツを「葉物」と呼ぶ八百屋なんかどこにもいません。葉っぱだから葉物だろうと単純に考えたのでしょうが、「葉物」と通称されるのはほうれんそうや小松菜・にらなどの「巻いていない葉っぱ」の野菜だけです。キャベツは「重量物」だとか呼ばれ、だいこんや白菜と同じくくりのものとして扱われる場合がほとんどです。
「農薬をあんまり使ってないから旨い」なんて適当なことも、担当者は絶対に言いません。逆に、農薬や化学肥料を使っていない野菜に旨くないものが相当あることを知っているからです。
キャベツの虫取りからもわかるとおり、農薬を使わない場合栽培にはとてつもなく手間がかかります。その手間を惜しまず、確かな知識を持っておいしい野菜を作る生産者もいますが、ちょっと気を許せばその質はガタガタと落ちます。
野菜の食味はかけた手間に比例すると言っても過言ではありません。その手間を薬の力で省力化したものと、手間をかけられなかったものでは、デキに大きな差があるのです。
本当にそんなことを下の人間に教えて野菜を売っているんだとしたら、その店に旨い野菜は一つも無いでしょうね。
 
 >適当に消毒剤を掛けたキャベツとお取り替え致しますので、
 
消毒剤を掛けたって、農薬を戦後のしらみ取りのDDTみたいなもんだとでも思っているんでしょうか。
日本では、収穫後農薬(ポストハーベスト農薬)は厳重に禁止されています。生育中にかけた農薬は、雨で流されたり野菜の中で分解処理されたりしますが、収穫後では残留量が大きくなるからです。
消毒剤、というのも大きな誤謬です。農家の敵・農薬を使う対象は、多くの場合黴菌ではありません。虫です。生育中の野菜はそういうものが外から入ってこないよう身を守っているからです。
植物が病におかされるのは、土壌から根を通じて吸収してしまった場合です。だから、消毒をするとしたら土壌であって、キャベツのような地上の実にかけても何の意味も無いのです。
多くの農薬は防虫剤や殺虫剤です。消毒しても意味がありません。
 
 >恐れ入りますが当店まで
 >お持ちいただければ幸甚です。
 
こいつはクレーム処理までナメてますね。持って来いなんて言えば確実にお客さんはブチ切れます。お客さんに落ち度は無いんですから、こっちがすぐに持って行きます、というのがスジというものです。
もしそこで「いや、明日も買い物に行くからついでに」などとお客さんが言えば恐縮しながらお願いしますが、こっちから押し付けがましくお願いして「幸甚です」なんて言うような恥知らずはこの業界ではすぐに消えていきます。そんな思いをしたお客さんは店に二度と来ないばかりでなく、隣近所に言い触らして店の評判全体を落とすからです。
まあ、ろくな知識も無くちょっと知ったかぶってみたかったようなこんな奴にそんなことまで言ってもしょうがないのですが。
 
ちなみに、どうしても農薬が気になる、という読者の方のためにマメ知識ですが。
野菜や果物の農薬は、水で洗うとほとんど落ちる、って知ってましたか?
野菜や果物は、葉やら実やら根以外の部分から何かを吸うようには出来ていません。気孔という穴があって酸素や二酸化炭素は吸収・放出しますが、他のものはみんな根から吸うんです。
農薬はその「吸わない表面」に付着しているだけで、中のほうにはほとんどありません。しかも水溶性のものがほとんどですので、洗えば落ちていくのです。
今ソースを探してみたのですが、見つからなかったのでうろ覚えですみませんが。何かの実験で1分洗うと80%が落ちる、5分だと95%と。見たことがあります。くどいようですがうろ覚えです。興味のある方はご自分でどうぞ。
さらに、切ってから水に晒しておけば、野菜は体の中で水を通そうとしますから、さらにいらないものは出ていきます。冷蔵庫で2~3時間もおけば十分でしょう。
 
さて。冒頭の質問の本題の「私が客としてなめられたのでしょうか」ということですが。
残念ながら、私はナメられたんだと思います。はっきりわかるほどひどい虫食いのものをわざわざ渡す、というのは、スーパーでなく市場という玄人相手の場所に、ポッときた一見さんをいいカモと思ったんだろう、と。
市場関係者の名誉のために言いますが、そんな奴はめったにいません。運が悪かったんでしょうね。スーパーでもそのテの輩はいるのは前に書いた通りです。
悲しいことですが、騙されないように、と今続けているシリーズで警告を発していく以外、今の私に出来ることはありません。
 
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